人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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集中治療室

アスクレピオス「ナノマシンの適合は問題ない。いや、何回も死にかけた・・・というよりは拒絶反応が出た訳だが、凄まじい事に悲鳴一つあげず、あまつさえ即座に抑えて見せた」

イニス「彼の・・・マスターの容態は・・・」

アイリスフィール「身体の方は問題ないの。でも、意識がどうしても覚醒しなくて・・・」

トキ「何か、最後の部分で相反している箇所がある。彼が譲れない何かが、ゼウスの力と噛み合っていない。・・・その答えを見つけられなければ・・・彼は・・・」

イニス「そんな・・・!『頼む!なんとかしてやってくれ』!──え・・・?」

アスクレピオス「・・・カイニスか・・・?」

「今のは・・・い、いいえ。そんな事より。では、せめて・・・寄り添って、よろしいでしょうか」

「・・・あぁ。励みになるだろう」

「・・・待っているんです。グランドマスターの皆様が。だから、どうか・・・目覚めて、キリシュタリア・・・!」


美空色の決意

『ほう。人間である君が此処までやるとは予想外だ。我が力をここまで身に宿すとは・・・』

 

「・・・・・・・・・」

 

『・・・もしもし、聞こえてる?私の声聞こえてる?』

 

身体にゼウス・クリロノミアを馴染ませ、凄まじい負荷と、身体を作り替える際の激痛と苦痛に苛まれ・・・時間と感覚の境すら消え去ったキリシュタリアに語る者がいる。威厳ある、それでいて何処か親しみやすい好好爺めいた声に、キリシュタリアの精神はぼんやりと向き直る。

 

「あな、たは・・・」

 

『私か?私は君がよく知るもの。そして空を見上げれば其処にいるもの。君達を見守り、美しき者に目がないもの。天空を支配するもの。ヘスティア姉さんが御世話になっています。そう──』

 

「ゼウス・・・大神、ゼウス・・・」

 

知ってたかぁ~。美空色に輝く球体は、キリシュタリアを暖かく照らす。それはキリシュタリアが宿したナノマシン・・・その大本である神の意識。

 

『先に言われてしまったが。そう、私ゼウス。でも安心して、これは私の残留思念。悪名高い真似も出来ないし、クリロノミアが馴染んだら私は消え去るから。大丈夫?人間の身で私のナノマシンを受け止めたのは凄いけど・・・』

 

そう、結果的に言えばキリシュタリアの肉体はゼウス・クリロノミアを受け止めきった。肉体、魔術回路、身体機能・・・それらは全てクリロノミアが修復し、手術の腕前もあり、身体に完全に馴染んだのだ。故にこそ、ゼウスの思念と垣間見たのである。適合率の高さが、ここに縁を結んだのだ。

 

「・・・申し訳ない・・・疲労困憊、憔悴につき・・・うつぶせ這いつくばりで失礼させていただくよ・・・」

 

ぐったりとうつ伏せるキリシュタリア。身体の適合は果たしたものの、彼は今現に疲労しきっている。これは身体の体質、そういった問題ではない。彼の唯一無二の適合拒否した部分に起因する。

 

『私は消え去る前に聞いてみたかったのだ。君は信じがたい事に、私の威光をほぼ完璧に身体に取り込んだ。本来ならばその様に疲労困憊になることもない。だが何故だ?何故、『心』を変質させる事を拒否する?その憔悴は、君が頑なに心の変化を拒むからだ。なぜ心を神にすることを拒むのだ?神はいいぞ。悩まず、省みず、決して挫けない。神の心は人間の繊細さとは無縁なのだ』

 

神の心臓、神の心。それを手にすれば名実共に人間を超越した存在となる。キリシュタリアもまた、神の領域に通達した人間は、名実共に並ぶものない存在になるだろう。ゼウスはそれを告げに来た。そして疑問を呈したのだ。キリシュタリアは、心を神にすることを断固拒否している。そのせいで、彼は無用な負担と負荷を受けたのだ。その非合理さが、ゼウスの残留思念を呼び起こしたのだ。

 

「あはは・・・神の中の神であるあなたから見れば不合理の極みと思うだろうね。人の心身は、神からしてみたら脆弱極まるものだろうからね・・・」

 

ゼウスのナノマシンが適合したキリシュタリアの肉体は、見違えるほどに逞しくなっていた。筋肉は細身の身体に敷き詰められ、身体の傷は勲章の様に輝く。しかし、心の具現である彼は疲労していた。其処には、彼なりの拘りが・・・決意があった。

 

「だが、完全な神になってしまっては意味がない。私が挑むもの、私達が臨む試練には、人であること・・・人の心を有してなくてはならないんだ。私の尊敬する者は、人の心を決して失わずに世界を救った。──私も、そう在りたいんだよ。人の機微を知り、弱きを労り、強きに立ち向かうその心・・・人の心を有した者が」

 

『人の心・・・その者の名は?』

 

「藤丸、龍華君。・・・彼女は、生い立ちにも宿命にも負けず・・・人であることを捨てなかった子なんだ」

 

弱きを護り、理不尽に怒り、未来を望み、進歩を続ける人間の魂。生まれがどうであろうと、生きる事を、立ち向かう事を止めなかったカルデア最後の希望であったマスター。キリシュタリアは、数多の英雄が、カルデアの皆が彼女を慕う理由がその生き様・・・人の心を懐き続けた事にあると信じているのだ。

 

「神の威光でも、積み上げた血筋でもない。それどころか、彼女に課せられたのは呪詛であり怨恨であった。だが、彼女は人の心を失わなかった。人の可能性を示し、人の未来を・・・人理を救ったんだ」

 

『連絡先知ってる?』

 

「私も、そうでありたい。人として、人の心を理解する者としてありたい。神の力を有していようとも・・・まだ私は、人でありたいんだ」

 

力を利用しておきながら、わがままな意見ではあるけれどね・・・。そう告げるキリシュタリアの目はここにいない仲間たちを映していた。そう、そこにいるのは・・・カルデアの仲間達。

 

「そんな彼女を・・・仲間を。皆を、人として支えたい。人間として、もっともっと頑張りたい。それが・・・私が心を捨てない理由だよ。我ながら、エゴにまみれていると思うけれどね」

 

人のまま、人として。それがきっと、あの少女の強さと優しさであると彼は信じている。ならば自分も、どんな事になろうとも失いたくないと神に告げる。弱くとも、迷おうとも。それを強さに変えられるたった一つのもの。

 

「人間は・・・いつだって、頑張る生き物なんだから」

 

『──そうか。私も人間は大好きだ。そうとも、君と私は似ているようだ。残留思念で無かったなら、きっと我々は友になれると確信できる程に』

 

それを聞いたゼウスは、納得と共に霧散していく。心残りの疑問が氷解したと同時に──

 

『力を手にし、力に溺れず。誰かの為に力を使いたいと願う。その優しさと慈愛にこそ、私は人の可能性と美徳を見出だしたのだ。ヘスティアに、エウロペに、あの姉弟に託した選択をしたのも・・・』

 

「?」

 

『いや、その概要は仲間たちに聞くといい。君の目覚めを、覚醒を待っている人々と共に』

 

そうして、ゼウスのナノマシンは彼に覚醒を促す。暗き空間に、蒼き光が満ちていく。

 

『話をする事が出来てよかった、名前を聞かせてもらえるかな。弱くも、誇り高き人間。私を受け継ぐ君の名前を』

 

消え去る主神の残留思念、その願いを叶える為に。キリシュタリアは、これより共に生きる神に自らの名を告げる。

 

「キリシュタリア。キリシュタリア・ヴォーダイム。今を生きる人間であり、カルデアに所属する数多のグランドマスター・・・その一人だよ、大神ゼウス」

 

『そうか。ならば行くといい。君達の行く末を・・・期待し、楽しみに見させてもらうよ。君と共に、君の血肉となり、君と同じ景色を・・・』

 

その声音は遠ざかっていく。遥かな威厳と、そして、未来を担う若者に期待を遺して。

 

『ヘスティアを・・・エウロペを・・・彼女らが生きるこの世界をどうか、よろしく頼む。そして、またいつか出逢った暁には・・・』

 

キリシュタリアは確かに、その声を聞いた。そう、決して果たされる事は無い願い。

 

『職員さんの、連絡先教えてね──』

 

そんな、割とアウトげな願いを聞き届けながら、キリシュタリアの意識は覚醒へと向き浮き上がる──

 

 




キリシュタリア「・・・・・・ぅ・・・・・・」

イニス「・・・!マスター!」

「・・・イニス・・・?」

アスクレピオス「・・・目覚めたか。正直な話、脳死判断をするか迷ったぞ。だが、目覚めたのならそれが答えだ。おめでとう、キリシュタリア」

イニス「あぁ・・・良かった・・・キリシュタリア、よく目覚めてくれました・・・」

「・・・身体に、力が満ちる。みなぎるといっていい。これが・・・私なのか・・・」

アイリスフィール「身体は全快していたのに、どうしても意識が回復しないのだもの!でも・・・良かったわね、イニスちゃん?」

イニス「はい・・・!」

キリシュタリア「・・・ありがとう、ございます。皆様」

アスクレピオス「治ったのなら、元気な姿を見せてやる事だ。・・・付きっきりの治療を何度もやらせるな。・・・お大事に」

キリシュタリア「・・・生きている。生きているんだな、私は」

イニス「えぇ、えぇ・・・。皆、待っていましたよ」

リッカ「キリシュタリア!」
マシュ「目覚めたのですね!?」
オルガマリー「心配は・・・」
カドック「そうこなくちゃな」
オフェリア「タフなのね、あなた」
ペペ「グランドマスター、勢揃いね!」
デイビッド「共にダサTを極めよう」

キリシュタリア「・・・ははははは!あぁ──」

イニス「ふふっ・・・『おせぇよ、馬鹿』」

「──ただいま!皆!」


手術──成功──

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