人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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――此は、泡沫の追憶


天の鎖

「僕は兵器だ。君が裁定する必要のないものだ。だから未来永劫、君の傍に在り続けられる――」

 

 

声が、聞こえる。穏やかで、たおやかな声が耳に届く

 

 

「たわけ」

 

 

――聞きなれた声が、それに応える

 

 

「よいか、それは――というのだ」

 

 

彼にとって、輝く星のような言葉を――

 

 

 

――此は、遥かな過去の記憶

 

 

 

自らを絶対と定めし王が、対等と認めた者がいた

 

 

それは神により造られた兵器。至高の泥人形。楔を戻す天の鎖

 

王と嵐の如く刃を交え、後に互いを固く認めあった存在同士となった

 

 

金色の王と、たおやかな緑の麗人

 

 

 

――そこからは、駆け抜けるような日々だった

 

 

 

天を、地を、冥界を、街を、都市を。二人はまるで子供のようにはしゃぎながら飛び回った

 

 

「貴様が来てからというもの、我の蔵は落ち着きがない!財を擲つなぞ、頭の悪い癖をつけさせてくれたな!」

 

「でも、積もった埃は払えたろう?」

 

「抜かしおるわ!よし、次の戦地に赴くとするか!」

 

 

――王は笑い、彼は微笑む

 

 

流星のように、空を行く鳥のように、地を駆け抜ける獅子のように彼等は輝き、生を謳っていた

 

 

 

 

「突然だが、我に付き合え」

 

 

そんな折だった。彼は一つの仕事に取り掛かると宣言した

 

 

「地上の全悪を滅ぼしに行くぞ。支度しろ。長旅になろうよ」

 

――驚いた。彼は圧政にて民を苦しめ、民を害している。そんな彼が、地上の悪を一掃するだって?

 

 

「不思議ではないだろう。さもなくば災害で民どもが餓え死ぬからな」

 

 

「君が、それをするのかい?民を苦しめている君が?」

 

 

「フッ、言うではないか。だが不思議ではないだろう。この星の文明(みらい)を守護するのが、我の務めだ」

 

 

「――」

 

「守護にも種類があろう。護るだけが守護ではない。時には北風も必要だろうよ」

 

 

――あぁ、そうか。つまり彼は

 

 

「――君は、見定める道を選んだんだね」

 

見て、決める。価値あるものを未来に進める

 

それが、彼が自らに決めた法だったのだ

 

 

「フン、改まって口に出すな、たわけ」

 

 

「うん。――それにしても、ふふっ」

 

「?」

 

「君が北風だなんて可愛いものか。嵐、破滅と言った方が正しいよ。あぁ、可笑しい」

 

「言葉のあやだ、忘れよ。いつまでも笑っているな!おいていくぞ!」

 

「ふふっ、あはははっ。ごめんごめん」

 

 

――そして彼は、地上の悪を滅ぼした。魔獣を、竜を、数多の悪性を蹴散らし、世界を見定めた

 

 

 

――その中には、少女の心を持てし怪物。――天の鎖の知己も在った

 

 

 

「――それは?」

 

 

「冠だ。手向けにはなろう」

 

 

花で編まれた、一つの冠

 

 

「――何故彼女は、あの冠を着けていたのだろう」

 

なんとはなしに、そう呟いた

 

「無垢な心は、一房の飾りだからこそ喜んだのだ」

 

 

――黄金の王は、それだけを告げ、都市へと戻っていった

 

 

――王と彼は、輝いていた。地上のどんなものよりも、天のどんな星よりも眩しく輝いていた

 

 

その輝きは、神々ですら無視できぬ程であり。世界の総てが彼に注目し、讃えていた

 

 

――そんな中、一人の女神が、輝ける王に恋をする

 

 

「あぁ、ギルガメッシュ、ギルガメッシュ――」

 

天の女主人、イナンナ。またを、イシュタル

 

 

彼女は美と、豊穣の女神。都市を護り、繁栄を護りしメソポタミアの神

 

 

愛多き神であり、数多の愛を獲得したイシュタルは、当然のようにギルガメッシュに愛を求めた

 

 

「私は貴方を愛しましょう。天がもたらす恵みのように、地がもたらす恵みのように。豊かなる山の幸のように、頬を撫でる風のように、世界を照らす星のように、貴方の総てを愛しましょう――」

 

メソポタミアの男なら、幸福にて絶頂すら叶う甘美な誘い、至福の誘惑

 

 

――だが

 

「失せよ、悪女め」

 

「――え?」

 

王は、完膚なきまでの拒絶を返礼とした

 

 

「貴様はどれだけ男を弄んできた。どれだけの男を食い物にし、また食い物にされてきた。手垢と汚濁にまみれた、精液臭い便所女め。淫売めに用はない。ティアマトの泥に還るのだな」

 

「な――なっ――」

 

「失せよ、と言ったのだ。下らぬ男と、我を同列に語るでないわ。神々の恥晒しめが」

 

 

「――な、なんという、なんという・・・天の女主人たるイナンナに向けて、なんという――!」

 

 

「そういう訳だから」

 

緑の麗人が、嘲りながら微笑む

 

「フラれたね、淫売の女神さま」

 

 

「――――!!!」

 

 

「愛の女神の看板は下ろした方がいい。君を信仰した者達が残らず今の君みたいになったら可哀想だ」

 

「・・・ギルガメッシュ・・・エルキドゥ――!!」

 

「またね。『失恋の』女神さま」

 

 

――面目を丸潰れにされたイシュタルは、父たるアヌに泣きついた

 

 

「父よ、ギルガメッシュをお裁きください。彼は私を侮辱したのです。悪女であると、男を弄び、駄目にするおぞましき醜女であると私を詰ったのです――」

 

「我が娘、イナンナよ。それらは全て本当の事ではないか・・・」

 

「貴方が我が願いを聞き届けぬなら、私は世界に死を撒きましょう。冥界の扉を開き、あらゆる死と苦痛を貴方と人にもたらしましょう――」

 

「――・・・・・・・・・・・・・・・解った。我が娘よ」

 

 

 

そうして、超高層型災害、神罰の獣『天の牡牛(グガランナ)』が地上へと放たれた

 

 

それは川を乾上がらせ、地を砕き、太陽の輝きを遮る死の災厄そのものであった

 

 

顕現した時、世界は滅ぶ――そんな神罰の化身にすら、二人は立ち向かった

 

 

黄金の空を舞う玉座にて、天に相対するギルガメッシュ

 

「フン。あの淫売、アヌに泣きついたと見える。あのような家畜まで持ち出すとはな」

 

「傍迷惑だね。――やるんだろう?友よ」

 

「無論だ――よく見ておけ、我の勇姿を」

 

「――ギル?」

 

 

「おそらく、我は此処が打ち止めであろうからな」

 

 

「――・・・それは」

 

「往くぞ、友よ!神が仕向けた獣、我等にとっては物足りぬがな――!!」

 

 

――嵐のような戦いだった。天が裂け、地が割れる激闘だった

 

 

その果ては――天の鎖が、天の牡牛を縛り上げ、締め殺し

 

星の輝きが、完膚なきまでにその災厄を切り払い――神の罰を打ち払ったのだった

 

 

 

「馬鹿な、そんな――うそ、うそよ・・・」

 

 

「計算違いだったかい?天の女主人。彼は最早、神ですら取るに足らない存在みたいだね」

 

 

「っ、ッ――」

 

「あぁ、残念だ。とてもとても残念だ――お前を捕まえられたら」

 

緑の麗人が、亡骸となったグガランナの内臓と、前肢を引きずり出し、イシュタルへと投げつける

 

「この牡牛と、同じ目に逢わせてやれたのに――!!」

 

笑顔に怒気を孕ませ、天を震わす怒りと共に。

 

――再び、イシュタルの面目は丸潰れになったのである

 

 

 

 

――そして、これが終焉(おわり)

 

 

イシュタルは神々に、ギルガメッシュかエルキドゥ、どちらかの死を求めた。人の身で神の獣を殺めたのが罪だからである

 

決議の結果――フワワを下した、エルキドゥが死を迎えることとなった

 

 

 

土塊に還り逝く友を、王は懸命に抱き抱える

 

 

「赦さぬ!赦さぬぞエルキドゥ!何故だ、何故お前が死ぬ!?罰が下されるのなら、それは我であるべきだ!全ては我の我儘ではないか!!」

 

王が叫ぶ。涙と悲嘆に、顔を歪ませて

 

「――夢とは醒めるものだ、友よ。僕という夢も、醒めて消えるが道理なんだ」

 

 

「たわけ、たわけ・・・!お前が夢であるものか!お前と過ごした時が、夢などであるものか!死ぬな、死ぬな――!!」

 

――あぁ、王が泣いている。紅き瞳を潤ませて、泥にまみれながら。雷雨のように泣いている

 

 

「――悲しむ必要はない。友よ。僕は兵器だ。君の数ある財宝のひとつだ。これから先、僕を上回る財宝は幾らでも現れる。貴方が涙を流す理由は、もう何処にもないのです――」

 

 

王は首を振る。それは違うと叫ぶ

 

 

「価値はある!!唯一の価値はあるのだ!!我は此処に宣言する!この世において、我の友はただ一人!なればこそ!その価値は未来永劫、変わりはしない――!!」

 

 

「――――」

 

 

 

 

 

「たわけ」

 

「?」

 

「共に語り、共に笑い、共に戦う・・・それは人でも道具でもない」

 

「・・・では?」

 

「――友と言うのだ、エルキドゥ――」

 

 

――

 

「――あぁ」

 

 

――なんて、罪深い

 

 

「・・・それじゃあ、君のために、誰が涙を流すんだい?誰が、君の孤独を癒すんだい?誰が――君に寄り添えるんだい・・・?」

 

 

――彼の矜持に、永遠の傷を付けてしまった

 

 

「友よ。これからの君の孤独を思えば――僕は泣かずにいられない・・・――」

 

――孤独であることが、彼の最大の誠意であったのに。

 

 

――雨は止み、人形は土へと還る

 

 

「ッ、く・・・ぅ・・・――ッッッ――」

 

 

残ったのは――

 

 

「ッッッ――ぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!!!!」

 

 

天雷を思わせる、王の雄叫びだけだった――

 

 

 

――此は、キミに見せるかつての記憶

 

 

・・・声がする

 

 

――僕はもう、彼の傍にはいられない。僕の物語は終わったからだ

 

・・・優しい、声がする

 

――無銘の魂よ。数奇な因果にて、かつての僕の様に、彼に寄り添う魂よ

 

 

穏やかで、静かな声が

 

 

――どうか。僕の友をよろしく頼む

 

 

魂に、語りかける

 

 

――民ではなく、主従ではなく、共犯者でもなく。・・・残念ながら、友でもない

 

 

――彼にとって、唯一の『何か』になってほしい。どうか、君だけの価値を、彼に示してほしい

 

 

――貴方は・・・

 

 

――私は、君を見ている

 

 

声が、遠ざかる

 

 

――君が友と、何を為し遂げるのか。ずっとずっと、見ているよ――

 

 

意識も、呼応するように、遠ざかる――

 

 

――いつか、素敵な名前がつくといいね

 

 

――たおやかな笑みが、見えた気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――魂が目覚める。遠い、夢を見ていたようだ

 

 

「――・・・・・・イン、ゴッド・・・」

 

――器はハンモックで寝ている。休息中であったようだ

 

――王の休息を邪魔立てはしない。叙事詩を読むのは、また別の機会でいいだろう

 

 

――叙事詩を読むより、はるかに貴重な体験をしたような気がするから

 

 

 

――天の楔と、天の鎖の。輝かしくも哀しき離別の物語

 

 

――それを、器と、何者かが、垣間見せてくれたのだから

 

 

 




――取るに足らぬ、懐かしいものを見た

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