この場を借りて読者の方々にお願いを一つ。感想を書いて頂けるのは作者にとっても励みになりますし非常に嬉しいのですが、できれば本作における感想・ご意見・ご指摘に留めていただけるようお願いします。ガチャの結果だけの感想などはご遠慮願います。
今後ともよろしくお願いします。
楽しく賑やかな歓迎会の時間はあっという間に過ぎゆき、やがてお開きと相成る。下校時刻となれば生徒たちは女子寮へと帰っていく。ちなみに男の子であるネギも帰宅する女生徒の集団にいるのは突っ込むまい。
さて、それより問題なのは紬の部屋である。もっと言えばルームメイトが誰なのか。これに関しては歓迎会の折に判明した。
──長谷川千雨。
紬をして魔窟と評する2年A組にあって基本的にパッとしない生徒。むしろ自ら目立たないようにしているまである。そんな彼女が自身のルームメイトであることを知ったのは歓迎会の際、片っ端からクラスメイトに声を掛けていった時に千雨が明かしてくれたからだ。
「いやー、教えてくれて助かったよ、千雨ちゃん。私、まだ麻帆良のこととかさっぱりでさ、自分の寮も部屋も分からなかったのよ」
寮へと向かう道すがら、紬は積極的に千雨とコミュニケーションを取ろうとしていた。何せこれからクラスメイト以上に親密な関係となるであろうルームメイトである。できることならその関係は良好であるべきだ。
しかし──
「ああ、よろしく……」
千雨の方はあまり宜しくしたいわけではないらしい。先ほどから何度か紬がアプローチをかけてもこの調子。あからさまに嫌われているわけではないが、明確に壁を作られている。
「千雨ちゃん、もしかして機嫌悪い? いきなり私みたいな新参者と同室になって迷惑だった?」
「別に、そういうわけじゃない。ただ、ちょっと……」
自身の構築する唯一無二の牙城に他人が立ち入ることにちょっと、いやかなり抵抗があるだけだ。
長谷川千雨は紬をして魔窟と評する2年A組にあってかなりの常識人であると自負している。お転婆でお馬鹿で時に世間一般の中学生を著しく逸脱しているクラスメイトとは違い、自分は普通をこよなく愛するただの中学生だと断言するだろう。
だが忘れてはならない、彼女もまた2年A組の生徒であることを。自覚なくとも彼女もまた、普通の中学生とはかけ離れた逸材である。
「ここが私の……私たちの部屋だ。荷物はもう届いてるからな」
素っ気なく言って一足先に部屋の中へ消える。やけに警戒の強い千雨の背中に疑問を覚えつつ、紬もまた部屋へと足を踏み込んだ。
部屋は二人で暮らす分には申し分ない広さ。内装はこれといった奇抜さもなく、女子寮の造りと同じ洋装。千雨自身があまり装飾の類を好まないのか少し殺風景に映るものの、特別散らかっていたりするわけでもないので問題はないだろう。
ただ一つ、紬の注意を強烈に引くものがあった。部屋の隅に追い立てられたように固められた電子機器の数々だ。
前世の物と比べると非常に型は古く紬からすれば骨董品レベルの代物であるが、この時代においては最新式といっても過言ではないコンピュータが鎮座していた。
「うわっ、また随分と馬鹿でかい。この頃のデスクトップってほんと大きかったのよね〜」
「あ! おい待て、それに触んな!」
一直線に己の秘密目掛けて突き進む紬の前に、千雨は焦りを表情に浮かべて立ち塞がる。
普通を自称し平凡な学生生活を望む千雨にとって自分の
だから紬にとっては何気なく、こんな台詞を吐く。
「別に隠すようなことでもないでしょ? 今どき……はどうか知らないけれど、うちのクラスの可笑しさと比べたら自分用のパソコンを持っているくらい普通じゃない」
「──え?」
愕然とその場で固まる千雨。今、何かさらっととんでもない発言をされた気がする。
「な、なあ宮本。今、うちのクラスが可笑しいって言ったか?」
「うん? あぁ、悪い意味じゃなくてよ? 良い意味とも言い切れないですけど」
紬は古めかしい骨董品の検分の片手間に答えた。懐かしい代物を前に興味関心が完全に固定されてしまっているらしい。自分の後ろで千雨がどんな表情をしているのかも気づかないほどに。
「じゃあ、例えばだ。うちのクラスの連中だったら、具体的に何処がおかしい?」
「そうね〜、なんか中学二年にしては背丈にばらつきがあるというか、明らかに中学生に見えない子が居たわね」
お前が言うなという突っ込みが方々から飛んできそうではあるが、今の千雨にツッコミを入れる余裕はない。急かすように先を促す。
「お、おお。そうだな。他には?」
「ただの中学生とは思えないほどの遣い手がいることと、得体の知れない子がいること。後は……絡繰少女が生徒やってることぐらいかしら……個人的にはぐっとくるけども」
最後にボソっと要らぬ言葉が付け足されたものの、都合よく千雨の耳には届かなかった。
「お……おお!」
千雨、ルームメイトに一縷の希望を見出す。
今日に至るまで苦節十四年、麻帆良の非常識と異常の数々に頭を悩ませ、周囲との温度差に苦悩し続けていた。
明らかに異常なことを当たり前のように受け入れる麻帆良市民。千雨の苦悩を理解してくれる人間は側に居らず、千雨が理解者を求めたのは麻帆良の外の人間。幸い麻帆良外の人間の感性は正常だったらしく、千雨の体験談を聞いた者の大半は彼女を擁護してくれた。それが切っ掛けで千雨の趣味はパソコン関連になったのだ、
しかし今、目の前の転校生は麻帆良内に居てなお千雨と同じく異常を異常と認識している。つまり同志、仲間である。
身も蓋もないことを言ってしまえば、転生者である紬以上に非常識な存在もそうそう居ないのだが、それは言わぬが華だろう。
ともあれ、こんな形で理解者になり得る相手と邂逅できたことに浮かれてしまう千雨。故に気づかなかった。色々と漁っていた紬が千雨の趣味に繋がる致命的な証拠を探り当ててしまったことに。
「こ、これは──ッ」
「え、あっ!? バカお前それはっ!?」
紬の手に握られる一枚の写真。そこに写るはフリフリの可愛らしい衣装に身を包み、万人を魅了するであろう笑顔を振り撒く可憐な少女の姿──
──コスプレ姿の長谷川千雨その人であった。
同志を見つけた喜びの表情が一転して絶望に染まる。最悪だ、選りに選って同志になり得るかもしれない相手に秘密がバレた。もう駄目だ、お嫁に行けないどころか明日から学校にも行けない。
「そ、その写真を返せぇッ!?」
絶望に身も心も堕ちていきながらも千雨は写真の奪取を試みる。否、もはや理解者も同志も必要ないと開き直り、全てを闇に葬らんがため鈍器(巨大な人参の置物)を片手に躍り掛かった。
しかしそこは剣者の端くれ。拙い殺気にも機敏に反応し、殴り掛かってくる千雨の手を取り瞬く間に取り押さえる。千雨の主観からは瞬きしたら床に押さえつけられていたようにしか思えなかっただろう。
「は? ちょっ、何が……」
「──千雨ちゃん。この写真の女の子は貴方で間違いない?」
混乱から抜け出す暇もなく鼻先に突き付けられる
「うぐっ……ああ、そうだよ、私だよ! 悪いかチクショー! もう煮るなり焼くなり好きにしろっ!」
犯人、自供。これにて千雨の希求する普通な学生生活は彼方へと消え去った。一日もすればクラスメイト全員に知れ渡っているに違いない。千雨は目の前が真っ暗になった。
……が、忘れてはならない。此処にいるはあの
今一度言おう。彼女の好きなものは美少年と──美少女である。
「いい……凄くいいわ……」
うっとりと、涎を垂らしそうな表情で紬が呟く。千雨は言いようのない身の危険を感じ取った。
「何て可愛らしいのかしら! こんな逸材が目の前に居たというのに今の今まで気づかなかったなんて、何たる不覚っ。あぁ、滾るわ……」
「み、宮本? お前、何言って」
「千雨ちゃん、良ければ私にもこの姿を見せてくれない? 勿論、生でッ! あ、これ以外にも衣装があるならそれも見てみたいわ。和風装束とかあったりする? フリフリの魔法少女みたいなのも悪くないけど、私的には和服とか千雨ちゃんには似合うと思うのよ」
火がついた紬はもはや暴走列車と変わらない。己の趣味嗜好を全開に突っ走る。その結果、千雨に「あ、こいつもクラスの連中と同じ変人だ」と結論付けられていたとしても関係ない。滾る情熱のままに千雨に迫る。
「ね、ね? ルームメイトからのお願い。千雨ちゃんの可愛い格好、見たいなー」
「そんなこと言われたって、誰が見せてやるかっ!」
「えぇ? そんなケチくさいこと言わないでさ? ……ふむ、あのクローゼットが怪しいと見た」
「なっ!?」
不味い、非常に不味い。紬が目を付けたクローゼットの中には千雨が集めてきたコスプレ衣装の数々が収納されている。そんな代物を暴かれようものならどうなるかは想像に難くない。
「させるかぁ!?」
「おぉう!? ちょっと、千雨ちゃん待った──!?」
そこからはもう意地のぶつかり合いだった。
意地でも痴態を晒したくない千雨と可愛らしい千雨の姿を拝みたい紬の戦い。不毛な争いは外が暗くなっても続けられ、最終的には冷静になった紬が半泣きの千雨に平謝りする結果に落ち着いた。
ともあれ、望んだ形とは些か異なるものの、紬は