※ちょっとサブタイトルを修正しました。
「このガキがあたしたちの担任教師ってどーゆーことですか!?」
所変わって学園長室。ネギの発言の真偽を確かめるべく乗り込んだアスナは、学園長である近衛近右衞門から事実であると告げられて絶叫していた。
学園長室内にはアスナ他、このかとネギに紬もいる。
ちなみに紬は学園長の容姿を見て「ぬらりひょん? 学園の長が妖怪って大丈夫なのかしら……」などと呟いたきり、近右衞門の正体を見破ろうとでもしているのかその頭部をじぃっと凝視している。
子供が教師なんておかしいと追及するアスナをのらりくらりと躱し、近右衞門はネギとの話を進め、いつの間にか住む場所をアスナとこのかの部屋に決定してしまう。このかの方は特に気にしていないようであるが、アスナの方が断固拒否の姿勢だ。
と、ここにきて学園長の頭から意識を切った紬が勢いよく手を挙げた。
「総大将! いえ、学園長! ネギ君の住居が決まっていないのであれば私の部屋とか如何でしょうか!?」
「はぁ? というか、ここまでついてきてるけどアンタって何なのよ?」
今の今までネギのことで頭が一杯だったアスナがようやっとその疑問に至る。ネギの知り合いだから学園長室まで同行したのだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「む。よく見たら君、転校生の紬ちゃんじゃなかろうて?」
「あ、はい。遅ればせながら、宮本紬です。以降お見知り置きを」
「いやはや、無事に辿り着けたようでよかったの。到着予定日から一週間も音沙汰なしじゃったから、親御さんにも連絡してのう。心配しておったのじゃよ」
荷物だけが届いて当の本人がいつまで経っても来ないという事態に教師陣も焦ったものだ。もっとも、紬の両親の「何処ぞで迷子にでもなってるだけですから、ご心配なさらず。一週間以内には到着するはずでしょう」という言葉を信じて一応待っていたのだが。
「いやぁ、麻帆良に来るまでに色々とありまして……」
乾いた笑いを洩らす紬。やけに煤けた雰囲気というか、色濃い気苦労の気配が滲み出ていた。
そんな近右衞門と紬のやり取りを見て外野三人は驚きの表情を浮かべている。
「え、なに? アンタがウチのクラスの転校生だったの!?」
「わぁ、この人が迷子の転校生さん? よろしゅうな」
「紬さん、一週間も何処で何をしていたんですか?」
三者三様の反応に紬は気恥ずかしげに頭を掻く。
「それがまあ紆余曲折ありまして……というか、迷子扱いはちょっと……」
不服げではあるが強くは否定しない。事情を話した所で理解してもらえるとは思えないし、知らぬ者からすれば迷子にしか見えないのも事実であるからだ。
昔からそうであった。最初の頃は両親や知り合いも紬が神隠しに遭う度に大騒ぎして探してくれたものの、今ではまたかの一言で済まされてしまう。何日掛かっても必ず帰ってくるという信頼の証でもあるのだが、迷子や方向音痴扱いされるようになったことに関してだけは紬をして異議を申し立てたい所存である。
「私の話はさておき……如何ですか、学園長? アスナちゃんも乗り気ではないみたいですし」
「そう言われてもの。紬ちゃんは紬ちゃんでルームメイトとの兼ね合いもあるじゃろうて」
「むむっ、それは確かに」
そも紬はまだルームメイトが誰かすらも知らない状態。勝手にネギを受け入れることを決めたりするのはルームメイトとの関係に不和を生みかねないだろう。
「それにアスナちゃんとこのかの部屋は他より広いからのう。ネギ君一人くらいじゃったら受け入れられるじゃろ?」
「せやね。ネギ君ちっこいし、大丈夫だと思うよー」
「ちょっ、このか!?」
「では決まりかの。仲良くするのじゃぞ〜」
「そんなぁ……」
小さな頃から親が居らず、学園長の世話になっているアスナは逆らえない。がっくりと項垂れせめてもの反抗としてネギに文句を言うだけだ。
「くっ、美少年と一つ屋根の下になれる絶好の機会が……」
少し離れた場所では紬が悔しげに拳を握り締めそんなことを呟いていたのだが、誰の耳にも届いていなかったのは幸運だろう。
▽
学園長室で一悶着あったものの、とりあえず一行は教室へ向かう流れになった。
アスナとこのかは一足先に教室へ向かっている。その際、アスナは「私はぜったいに認めないからね!!」と去り際に言い残していった。
「何なんですか、あの人は……」
ガキガキ連呼してくるアスナはネギとしてもあまり得意な相手ではなかったらしい。これからの教師生活に伴う不安も相まってネギの表情は浮かない。
「うふふ、あの子はいつも元気だからね。でもいい子よ」
そう言ってネギに微笑みかけるのはネギの指導教員である源しずな。ネギと違って立派な大人の女性で、それはもう色々とご立派な美人女教師である。
「宮本さんも、アスナさんと仲良くしてあげてね?」
「ええ、勿論。話してみて分かったけれど、悪い子ではなさそうですから。ネギ君とも最初の出逢いかたが悪かっただけだと思うしね」
何よりアスナもこのかも中々の美少女である。仲良くなれるのならそれに越した事はない。
しずなからクラス名簿を受け取って不安に胸を膨らますネギと、これから始まる新たな学校生活に期待を募らせる紬。このあたりは年季の違いだろう。
「ここが僕のクラス……」
2年A組の扉の前に立って深呼吸を一つ。意を決してネギは扉に手を掛けた。
その様子を子供の成長を見守る親のような心境で眺めていた紬であったが、ふと扉の隙間に珍妙な物が挟まれていることに気づく。というか教師に仕掛ける悪戯の定番黒板消しであった。
紬の反応は早かった。頭上から迫るトラップに気づいていないネギの背後に歩み寄り、直撃する前に黒板消しを掴み取る。剣者たる紬からすれば造作もないことだ。
だが問題はこの後であった。
シーンと静まり返る教室内。期待していた光景とは違う展開に生徒たちも反応に困っている。紬も微妙な空気を察してやらかしたことを自覚した。
「あ、やばっ……白けちゃったか?」
この場合は下手に手出しせず、流れに任せた方がよかったのかもしれない。しかし手を出さねばネギがトラップに引っかかっていたわけで、それを見て見ぬ振りするのは憚れた。
そんな微妙な空気の中、ネギは頭上で掴み取られた黒板消しを見て目を点にする。
「えっ、あ! これはアレですね! 有名な黒板消しトラップ!」
呑気にそんなことを口にしながら無警戒に教室内へと歩みを進めるネギ。その足元に縄が張られていることにも全く気づいていない。
「待った、ネギ君。足元に──」
「──えっ」
足元など気にも留めていなかったネギは物の見事に縄に足を取られ、顔面から床に倒れていく。新任教師が入ってくると考えていた罠を仕掛けた面々は悲鳴を上げ、教室内が騒然となる。
ここでもやはり紬の反応は早かった。
縄と連動して落下してきたバケツを掴み取った黒板消しを投げて弾き飛ばし、顔面からダイブしそうになるネギに駆け寄りその身体を片手で支える。もう一方の手には同じく縄と連動していただろう玩具の矢がいつの間にか握られていた。
生徒たちが唖然とする中、全てのトラップから見事ネギを守り切った紬は小さく吐息を洩らすとやや芝居がかった風に口を開く。
「中々に手の込んだ仕掛けとお見受けした。手厚い歓迎、痛み入る……なんて感じでどうかな?」
最後にちょっとした茶目っ気を交えて締め括った。
「「「「「かっ……」」」」」
「かっ?」
「「「「「かっこいいーっ!!」」」」」
鮮やかな紬の対応に目を奪われていた生徒たちが、紬の締めを皮切りに爆発もかくやの勢いでいつもの騒がしさを取り戻す。多くの生徒が教室前に躍り出てきてはあっという間にネギと紬を取り囲んでしまう。
「ねえねえ、さっきのどうやったの!?」
「というか、あなた誰?」
「中々の身のこなし、何者アルネ?」
「ねえ、そっちの子供はどうしたの?」
「わー、こっちの子も可愛いー!」
その勢い、波濤の如し。好奇心とバイタリティの権化といっても過言ではない2年A組の生徒たちからすれば紬とネギは格好の獲物。さしもの紬も押し寄せる生徒の波に動揺を隠せなかった。
「うわっ、凄い勢い。私ってば一躍人気者になってたりして? ……って、どさくさに紛れてネギ君を掻っ払おうとしているのは何処の何奴!?」
「うひゃあー!?」
さり気なくネギに伸びてくる無数の手を相手に格闘しつつ、ネギは渡さぬとばかりに抱え込む。この様子を自分の席から非常に羨ましげな表情で見ているお嬢様が約一名いたりするのだが、さすがの紬もそこまで気は回らなかった。
熾烈なネギ争奪戦が勃発するかと思われたところでしずなが手を鳴らし、興奮状態の生徒たちを落ち着かせた。ネギの指導教員に抜擢されただけあって生徒を御する手腕は見事という他ない。
しずなのおかげで生徒たちもおとなしく席につき、改めてネギが教壇に立って自己紹介をする。
最初は子供であるネギが担任となることに生徒たちは驚きと戸惑いを禁じ得ない様子であったが、そこは賑やかし好きの2年A組。小学生が教師になるなどという異常事態にもさして気を留めず、ネギのおっかなびっくりな挙動にはしゃぎ始める始末だ。
「はいはい、静かにしてねみんな。まだ転校生の紹介が終わってないから」
いよいよ訪れた自分の手番。ネギと入れ替わりで教壇に立った紬は、これから同じクラスの仲間となる少女たちを見渡す。そしてできる限りの笑顔を浮かべて挨拶を始めた。
「初めまして皆さん。転校生の宮本紬です。気楽に紬ちゃんと呼んでくれると嬉しいかな。諸事情により一週間ほど登校が遅れましたが、宜しくね」
特に奇を衒うこともない至って無難な自己紹介。やや面白味に欠けたかと思われたが、生徒たちの反応は悪くなかった。拍手と共に好意的な声が返ってきたことに紬は内心で安堵する。
「(よかった、問題なく馴染めそうです。しかし……)」
拍手に対して精一杯の笑顔を返しつつ紬は内心で冷や汗を垂らしていた。
「(何だか何処かで見たような顔がちらほらあるんですけど? それに、ざっと見ただけでもかなりの遣い手がひーふーみー……五人はいる。それに……あれって絡繰よね? 生身じゃないわよね? どうなってるのかしら、このクラス……)」
教壇に立って教室内を見渡したところで紬はこのクラスの異常性を把握した。明らかに普通の中学生を逸脱している雰囲気を纏う者が数人いたのだ。恐らく、相手も紬が一般人でないことは既に悟っているだろう。
他のクラスがどんなものなのか分からないため何とも言えないが、紬の中で2年A組は魔窟という認識が固まった瞬間である。
しかし魔窟であることを補って余りある要素が2年A組にはあった。
美少女、そう美少女である。2年A組の生徒は総じて美少女、可愛いどころが一杯だった。それはもう、内心で拍手喝采してしまうくらいには。
加えて担任がネギ少年である。これはもう観音様の導きでしかない、むしろそれ以外に何があるのかと紬は胸中で豪語した。
紬がどうしようもなく一人で滾っているといつの間にか授業開始時刻が迫っていたらしい。しずなが紬の席決めを始めていた。
「そうね、紬さんは席に希望はあるかしら? 目が悪かったりするなら前の席の人と変わってもらうようにするけど」
「いえ、お気遣いなく。私は後ろの席で構いません」
むしろクラスメイトを思う存分見渡せる後ろの席がいいまであった。さすがに開けっぴろげにそんなことは言わないが。
「じゃあ後ろの空いている席から好きな場所を選んでいいわ」
「はい、じゃああの金髪の女の子のとな……り……」
ノリノリで可愛い金髪の少女の隣を所望しかけて、紬は唐突に背筋を走った悪寒に身を震わせる。何か触れてはならない恐ろしいモノに触れかけてしまった、そんな感覚だった。
紬は悪寒の正体であろう金髪の少女を見やる。一番後ろの席を陣取る金髪の少女は、紬の視線に頬杖つきながら中学生とは思えないほどに妖艶な笑みを浮かべた。
「(あ、これ駄目な奴だ)」
即座に身の危険を察した紬が選んだ席は一番後ろの窓際、金髪の少女の正反対だ。
「そこにするのね、分かったわ。じゃあ席についてもらって、ネギ君、授業の方お願いします」
「はい、頑張ります!」
ふんすっと気合いを入れて初授業に臨むネギ。そんな子供先生を応援しつつ席に座った。
その後、ネギの初授業がどうなったかを端的に語れば、走り出しはよかったものの最終的にはどんちゃん騒ぎのドタバタになってしまったとだけ記しておこう。
ネギ少年の道は前途多難である。