「スウさんは下がって!!」
「くそっ...!」
従うしかない状況に悲しみに近い辛さを感じる最中、ルナは右手でレイピアの様な形状の剣を抜く。
「剣!?さっき見た時は何も持ってなかった...」
スウは驚く。さっき舐めるように見た時は確かに手ぶらだったはずだ。
「
彼女が能力の名を叫ぶと、左手の少し下の空間に四角い穴が開き、そこから骨の手が伸び、ルナに重厚な盾を手渡した。
「私は一度収納したものをいつでもどこでも取り出すことができます!大きなものは時間があるかかりますが...」
「説明は後だ!!前見て前!!」
前。さっきのゴレイが襲いかかって来ている。もう3m先、と言ったところだ。
「見ていてくださいね。」
確かにそう聞こえた。時が止まったように感じたその一瞬の後、ゴレイはルナがいる場所へと簡単にその身を投げ込んだ。
「ルナァァァ!!」
悲鳴にも似たスウの声は、どこにも届かず、虚空を舞う。
「大丈夫ですよ。かすっただけです。」
そんな声が聞こえ、慌てて声がする方向に目をやる。
そこには、ルナが立っていた。
「帽子を取られてしまいました。カブトにした方が良かったですかね?」
と、余裕そうにはにかむルナがいた。
「ルナ!!...って、その頭...!?」
スウが驚いたのは、瞬間移動でもしたかのようなその芸当よりも、ルナの頭の突起物であった。
「えへ、バレちゃいましたね。」
恥ずかしそうに頬をかくルナの頭には、ふわふわの毛が生えたもっこもこの耳が生えていたのである。
「私、ワーウルフなんです。珍しいらしいからバレないように帽子被ってるんですが。」
ワーウルフ。狼人間である。人間より遥かに鋭い五感と、ワーウルフ特有の柔軟な筋力、そして凶器にも近い程の爪と牙が武器の種族である、と、ゼウスからもらった知識にある。
そして肝心のゴレイはというと...
「グゥゥァ...」
少し前にルナがいた場所に力なく倒れている。
それもそのはずである。まず手脚がない。まさに手も足も出ない状況である。
「すげぇ...」
ルナは、あの一瞬でゴレイの手足を切断し、背後に回ったのである。目にも止まらないスピードで。
「じゃあ、改めて自己紹介といきましょうか!」
初めにあった時よりだいぶ活発になったようなその声に、スウは言われるがまま話し込むことになるのだった。
「助けてくれてありがとう。」
スウは、感謝を口にする。ルナがいなければ間違いなく死んでいただろう。
「いいえ、これも何かの縁ですし。最初から疑問に思っていましたが、スウさんはどこから来た人なんですか?見たことない服着てますけど。」
「服?」
黒の半袖Tシャツにグレーのパーカー。下はジーンズにスニーカーである。
「ああ、僕は転せ...」
待てよ、と思う。ゼウスが言うには、バレるのはまずいらしい。とりあえず黙っておいた方が話は楽か。
「僕はかなり遠くの村出身で、一攫千金を夢見て都会に向かってたんだ。」
我ながら適当にも程がある。そもそも村でこんな服作ってるわけもないが仕方あるまい。
「へぇ...確かにそういう冒険者の方、結構いらっしゃいます。」
「ところでルナはワーウルフ?なんだよね?」
もうこの話をするとボロが出そうなので無理やり話を切り替える。
「は、はい。ワーウルフはワービーストと呼ばれる種族の中でも、特に珍しい種族なんです。ですから、あまり人に教えるようなことでもないんですが状況が状況でしたしね。」
少し恥ずかしそうに答える。
「ふんふん、それでルナも冒険者なの?」
「はい、私は少し東に進んだ街の冒険者ギルドで冒険者をしています。職業はハンター。あらゆる職業の中で最も自由な形で戦える職業です。」
知ってる知ってる。なんだろう、この知ってる感じは慣れてくると優越感があるな...
まず、この世界にはギルドがあり、そこで冒険者に登録すると、最初に適正検査を受け、職が割り振られる。
その職業はいつでも変えられるが、そのまま同じ職で続ける人が多いようだ。ルナもその一人である。
「他にはどんな職業が?」
これは知識になかったので聞いてみる。どうやら、頭にある知識はなにかを聞くことでそれがトリガーとなり、芋づる式にそのことに関わる知識が呼び起こされる様だ。
「ほかには、ナックルや爪などで戦うファイター、魔法を使うマナター、モンスターを操るサモナーなどなど。言い出すとキリがないですね。異形種族だけで構成される職のリビングデッドのような特殊な職業もありますが、こちらはまずほとんどいませんし。」
「へぇ...結構種類あるんだな...」
と同時に、種族の多さについてもそう思った。ドワーフとエルフくらいしか知らんし。
「なあルナ、僕に魔法を教えてくれないか?」
「魔法...ですか?」
魔法。正直、僕は魔法が使えないとただの人だ。どうしても教わりたい。
「申し訳ありません。ワーウルフの魔法は、他種族に教えることはできません。ましてや人間なんかが使ってしまうと、死んでしまうと思いますし。」
人間なんか。と言うワードがぐさりとくる。そうか。人間はあんまりよろしい身分ではなかった。ということはルナってめっちゃ優しい子なのかも?
「そっか。ありがとう。」
すこししょんぼりしてしまう。
「あ...。ご、ごめんなさい。」
ルナも、差別とも取れるその発言を恥じた様だが、生まれてからずっとその様な環境に置かれていたのだろうから、仕方がない。
「いいよ。それより、あの、ゴレイ?って言うモンスターについてもっと教えてよ。」
今も傍らで伏しているあのモンスター。手足が無くても飛びかかってきそうだ。
「ゴレイはね、あのモンスターだけを指す言葉じゃないんです。あらゆる「終わったもの」を誰かが繋げて繋げて、そして完成するモンスター...」
通りで悪趣味になる訳だ。
「終わった物っていうのは?」
ルナの言い回しが気になった。終わった、とはどう意味なのか?
「例えば、生き物だったら死ぬことです。他にも、建物があったとして、崩れてもう誰も見向きもしない、なんてことになったら、それはもう建物として終わっていますよね。」
「なるほどな...そんなものを継ぎ接ぎしたものなのか...」
「はい、ゴーレムから来ているとか、ゴッドプレイ...神々の遊びであるとか、色々説はありますが、とりあえずそんな感じです。」
ゼウスを思い出す。確かに真面目ではないが、そんなことしそうな神さまでもなかったな、と思う。
「なるほどな。色々助かったよルナ。僕、冒険者ギルド目指して進んでみることにする。」
僕は、すこし休んで軽くなった腰を持ち上げ、屈伸しながら言う。
「短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう。」
僕が、別れの言葉を口にしようとした時、ルナも口を開く。
「待って!スウ、もしよかったら私がギルドまで案内しようか?そんなに遠くもないし、ギルドについても少しなら教えてあげられると思う。」
「本当か!?助かるよ!」
なんとも嬉しい申し出だ。美少女とおはなししながら歩けるなんて。じゃない、案内してもらえるなんて。
「はい、これも何かの縁、です!」
「ええ子や...」
泣きそうになる。元の世界にはこんな良い子いなかったと思う。
「じゃ、そうと決まればこのゴレイの牙を持って帰ってお金に換えましょう。ギルドではそうやって戦果を報告するんです...って、あれ?」
「?」
間抜けな声を出すルナと二人で、ゴレイの方を見る。そこには、
そこには、何もなかった。ないのは異常ではなく、無いのだ。忽然と。倒れ込んでいて動けるはずもないゴレイが。
「どっ、どこに行ったの!?あのゴレイ!もう動けるはずない!!」
「あっ、あれ!!」
よく見ると、ゴレイがいたはずの場所に血溜まりがあり、そこから引きずられたような血痕がヤブの方に伸びている。
日はもうすっかり落ち、夜が訪れようとしていた。
涼しい、というよりは少し肌寒い風が二人の間をすり抜ける。
「gogaaaaaaa.....」
この世のものとは思えないほどおぞましい音が、夜の林に低く、深く、満ちている。
ルナちゃん、めちゃ強い設定なのですが、そんな子が野ションしてるの想像すると....くるものがあります。
ではまた。