伝説になんてなれないけれど。   作:puc119

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出会い

 

 

 あんな道に見えないような道を進んでいたんだ。いつかこうなるだろうなぁとは思っていた。

 右も左も、前も後ろも知らない景色が広がるばかり。それを他人は迷子と呼ぶのだろう。

 

「いやぁ、困ったねぇ」

 

 困っているようには見えないが、たぶん困っている状態のシャルがそんな言葉を呟いた。力の解放もブレイヴ状態も解けており、いつもの状態に戻ったシャルルリエ。

 

 あのロアルドロスとの戦闘に必死だったせいで、元の場所にどうすれば戻ることができるのかは分からない。

 旅の経験なんて全くないからなぁ。こんな時はどうすれば良いのだろうか。

 

「ねぇ、ししょー。これからどうしよっか?」

 

 ホント、どうすっかなぁ。

 できることなら元の場所に戻りたいのだが、それはちょいと厳しい。

 

「まぁ、アレだ。迷っちまったもんは仕様が無い。これならいっそ開き直って進めば良いんじゃねーか?」

 

 いくら迷子になったとはいえ、進み続ければ何かが見えてくるだろう。進む道は見失ってしまったが、ただそれだけ。足を止める理由にはならんだろうさ。

 んなわけで、旅を再開。どうせ長い旅になるんだ。少しくらい寄り道するのも悪くない。

 

 そんな俺の提案は失敗だった。もしかしたら、元の道に戻れたのかもしれんが、これで俺たちは完全に道から外れてしまったのだから。

 けれども、結果的にそれは正解だったのだろう。よく旅に例えられるこの人生。そんな人生どうなるのか分からないというのなら、旅だってどうなるのかは誰にも分からないのだろう。

 

 

 

 標となる道を見失い、宛のない旅となってから暫く。これまでのように木に囲まれた景色ではなく、視界の開けた場所を進んでいることもあり、様々な種類の生き物の姿を見かけた。

 それは草食種が主であったが、大型種らしきモンスターもちらほらと見かる。

 

「世界ってさー。おっきいんだねー」

 

 ロアルとの戦闘で疲弊した体力を回復するため、むしゃむしゃと薬草を食べながらシャルがそんなことを呟いた。

 

「そりゃあ、そうだろ。俺だって、この世界がどれだけ広いのかすら分かっていないくらいだしな」

 

 俺のいた時代は飛行船技術も発達し、人間の行動範囲は本当に広がった。それでも、この世界がどれだけ大きく、どんな世界が広がっているのかは分からなかったんだ。この広い世界にとって、人間ってのはそれほどに小さな存在。

 今の時代にも飛行船などの移動技術は残ってくれているのかねぇ。まだまだ分からないことが多い。

 

 現在は食料が充実していることもあり、特に草食獣を狩ることもなく、ただひたすらに何処かへ向かって進む。それにシャルはロアルと戦ったばかりなんだ。今はできる限り戦闘を避けたい。

 

 暫くの間は木のない草原が広がるばかりだった。しかし、いくつかの丘を越え進んでいると、その景色も少しずつ変わっていくように。今はただ真っ直ぐに進んでいるが、この調子だとまた森の中を進むことになりそうだ。

 ただ、森の中って景色が開けていないこともあって、つまらないんだよなぁ。それにあの視界の悪さのせいで、いつモンスターに襲われるのかも分からん。モンスターの中には人間よりもずっと感覚器に優れた奴がいる。そんな奴らからの奇襲は面倒だ。

 

「あっ、ししょー、ししょー。なんかちっこいのが戦ってるけど、アレなに?」

「んー……いや、俺には見えんぞ」

 

 シャルの指差す方向を見ても特に変わった様子は見られない。この少女は目と耳が恐ろしいほどに良い。それはハンターにとっても大きな武器となるだろう。そればっかりは生まれ持っての才能で、そんな才能を持っているなぞ羨ましいものだ。

 

 それにしても……ちっこいのが戦っている、ねぇ。こんな何もない場所に人間がいるとは思えんが、この何もない状況を変えることのできるチャンス。

 

「シャル、その戦っている奴の所へ向かってくれ」

「がってん!」

 

 俺の言葉を聞いてから、シャルは走り始めた。連戦は勘弁してもらいたいが、このチャンスを逃したくはない。

 

 何かが見えた場所へ進み始めて暫く、ようやっと俺にもシャルが見たものが何なのか分かってきた。

 アレはブルファンゴに……獣人族か?

 人間でなかったことは残念だが、今ばかりは獣人族に会えただけでも嬉しいものだ。

 

「シャル、助けてやれ!」

「わかった!」

 

 詳しい状況はまだ分からんが、どうやら2匹のアイルーがピッケルと木の枝でブルファンゴと戦っているらしい。とはいえ、アイルーじゃブルファンゴを倒すことも難しいのか、もうなんかボッコボコにされていた。お得意の大タル爆弾特攻でもしない限り、勝つのは難しいだろう。

 

 ただ、その状況もこのシャルが現れたことで一変。

 シャルが行う初めてとなる他人のための戦いはアイルーを助けるためといったもの。

 

 そんなアイルーたちへシャルは一気に近づき、背負っていた俺を掴んでから、その手に力を込めた。

 

 

「こんにゃろー、2対1はずるいぞ! 助太刀するよ!」

 

 

 うん? 2対1? いや、ちょっと待ってね、シャルちゃん。お前はどっちを助けようと……

 

 そしてシャルは――ピッケルを持ちブルファンゴと戦っていたアイルーに抜刀斬りをした。

 そんなシャルの攻撃を喰らい、もうなんか面白いくらい綺麗に吹っ飛ぶアイルー。

 

「バカヤロー! そっちじゃない! ちっこい方を助けるんだ!」

 

 鬼か、お前はっ! 泣きっ面にブナハブラどころじゃない。完全にトドメの一発だ。見なさいよ、残ったアイルーのあの絶望した顔を。

 俺だって肉球のスタンプ目当てで、何匹かアイルーを倒したことはあるが、既にボロボロな状況のアイルー相手にそれはできんぞ。

 

「え? でも、2対1はずるいよ?」

 

 いやうん、まぁ、そうっちゃあそうなんだが、アイルーなんてそれでもブルファンゴには勝てんし……

 てか、そもそもブルファンゴを助けようとする奴なんて始めて見たぞ。どうしたら、そんな考えに……あー、アレか。以前、俺がハンターは全てのことを守らないといけない、的なことを言ったからか。

 アイルーのことを知らなかったってのもあるだろうが、このシャルのことだ。あの言葉をそのまま受け、今回はブルファンゴの味方になったってことだろう。まぁ、うん、素直なのは良いことだと思うぞ。

 

「とにかく、今はそのブルファンゴを倒すんだ」

「えー、そう言うならそうするけど……」

 

 はぁ、こりゃあ、また教えなきゃいけないことが増えましたね。

 

 なんてことくらいしか、その時は思っていなかった。つまりそれは、その教えることの難しさを俺は分かっていなかったってことだろう。だって、俺にとってブルファンゴは狩る相手でしかないのだから。そんな存在を守ろうとなんて考えたこともなかった。一方、アイルーは人間の助けとなり、守る価値のある存在だ。そうだというのなら、ブルファンゴとアイルーどっちの味方になるかなんて、もう考える必要もない。

 けれども結局のところそれは、人間のことしか考えていなかったってことなんだろうな。

 

 何かを守るということは、何かの敵にならなきゃいけないってこと。

 じゃあ、全ての者を――この世界のことを守らなきゃいけないハンターは誰の敵で……誰の味方なんだろか。

 

 

 その後は、シャルがブルファンゴへ抜刀斬りを一発喰らわせたところで、戦闘が終わった。ドスファンゴが相手だったら違っただろうが、相手がブルファンゴ程度ならこんなものだろう。

 

「いよっし、討伐完了! 大丈夫だった? えっと……ちっこいの!」

「ソイツはアイルーって言う名前の獣人族だ」

 

 最初にシャルから攻撃を喰らったアイルーは目を回して仰向けに倒れ、残ったアイルーの方も何がなんだか分からないのか、怯えたような顔でシャルを見ている。

 まぁ、いきなり仲間をぶっ飛ばされたと思ったら、今度は急に敵を倒してくれたのだし、そうもなるだろう。

 

 最初に吹っ飛ばしたアイルーだが、たぶん命に別状はないはず。アイルーは本当に弱い存在だ。現に今もブルファンゴ相手に蹂躙されてしまうくらいなのだから。けれども、その小さな身体は恐ろしいほどにタフだったりする。アイルーが死んだところは見たことがなく、聞いたこともない。極限化したラージャンのデンプシーが直撃してもコイツらは元気なくらいだしな。

 

「そっかー、アイルーっていうのかぁ。ちっこいなー。あと、大丈夫だった?」

「あっ、う、うニャ。だ……だいだいだ、大丈夫ニャ」

 

 ようやっと喋ってくれたアイルー。けれども、やはりその顔は強張り、もう今にも泣き出しそうだ。

 

「喋った! お前も喋れるんだね!」

 

 そして、シャルがそんな大声を出したところで、ついにそのアイルーは泣き出してしまった。

 

 

 泣き出してしまったアイルーを相手にどうして良いのか分からず、おろおろするシャル。けれども、それからシャルが一生懸命敵意はないことを伝え続けると、そのアイルーも落ち着いてきてくれた。

 

「それにしても、お前は何をやってたの?」

「み、皆でマタタビを探していたら、ブルファンゴに襲われちゃったのニャ……に、人間さんは?」

 

 やはりまだシャルのことが怖いのか、警戒心の解けないアイルー。けれども、会話ができるくらいにはなったのだし、良しとしようか。それに、ここでアイルーと出会えたのは大きい。もしかしたら、人間の住んでいる場所とかも知っているかもしれんしな。

 

「私はハンター目指して旅をしているんだ」

「はんたぁ……うニャ。じゃあ、人間さんはモンスターたちと戦うのかニャ?」

 

 シャルの言葉を聞き、目の前のアイルーがそんなことを呟くと、うニャーとか、あニャーなんて言いながら、地面から幾匹ものアイルーが飛び出してきた。その数は合計で8匹ほど。これだけの数がいてもブルファンゴ1頭倒せないのか……まぁ、アイルーは臆病でできる限り戦いを避ける性格だし、それも仕方無いんかねぇ。

 

「おおー、めっちゃ増えた! うん、そうだよ。さっきもね、おっきい奴を倒したんだ」

 

 ぽこぽこと地面から出てきたアイルーたちに囲まれ、随分と賑やかな状況に。けれども、やはりシャルのことが怖いのか、アイルーと俺たちの距離は空いていた。

 んー……今の時代のアイルーはどんな存在なのだろうか。俺のいた頃、アイルーはもう人間の生活になくてはならない存在だったが。

 

「うニャ……昔、人間さんにはボクたちもお世話になったニャ。いっぱいいっぱいお世話になったニャ。だから、オモテナシをしないといけないニャ」

 

 ……昔、ねぇ。

 じゃあ、今はどうなんだ? ってことだが、まぁ、それもそのうち分かることか。ただ、一度モンスターに負けてしまった影響は、俺が思っている以上に大きそうだ。

 そんな現状を把握するためにも、さっさとドンドルマのような大都市へ向かいたい。

 

「だから……もし良ければ、人間さんにはボクたちの里へ来てもらいたいニャ」

 

 ただまぁ、少しばかりの寄り道も悪くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

・第1章

・獣人族

 

 現在、我々人間にとって獣人族はなくてはならない存在であるが、シャルルリエのいた当時はその獣人族と人間の関係はなくなっていた。そのような状況は大昔にあったモンスターとの大戦で人間が負けてしまったことが大きいと考えられている。

 また、その大戦により人間の持っていた多くの文明は衰退し、ハンターという存在ですら消えかけてしまった。しかしながら、獣人族は人間が忘れてしまったその文明や知識の一部を残しており、そのことがハンターの存在を戻す上でも大きなものとなった。

 シャルルリエがどのようにして、その獣人族たちと関係を持ったのかは不明である。しかし、彼女と獣人族の繋がりがハンターの存在を戻すため、この歴史上必要不可欠であったことは確かだろう。

 

 


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