「だからな、もっとこう……さっと納刀できんのか?」
「そんなこと言ってもさー」
ドンドルマを目指す旅を始めて5日目といったところ。
今はまだ大型種との戦闘はないが、良い加減動きくらいは教えておいた方が良いだろうと思い、シャルへ大剣の使い方を教えているところだ。
そして、あのイャンクック亜種と戦っていた時や、ケルビを倒した時も思ったが、どうにもシャルは納刀の動作が遅い。最初はただ大剣の扱いに慣れていないせいなのだろうとしか思っていなかった。しかし、どれだけ練習させようが、何度試させてみようが、やはり納刀の動作は速くならない。不器用な人間ではないのだし、これくらいさっとできそうなものだが……
大剣という武器を使うに当たり、納刀の遅さというのは致命的だ。抜刀状態で速く動くことのできない大剣は、抜刀斬り、納刀を繰り返して戦うのが基本。大剣使いの中には納刀スキルを発動させる奴だっていたくらいだ。
だから、シャルにももう少し納刀の動作を速くなってもらいたいって思っているんだがなぁ。
うーん、納刀が遅くなるスキルなんて聞いたことがないし、スキルのせいではないと思う。まぁ、何度も練習を重ねればきっと速くなると信じよう。
そんなわけで、その日の練習はそれくらいにして、旅を再開。溜め斬りや強溜め斬り、そして薙ぎ払い、とまだまだ教えなければいけない動作はたくさんある。まぁ、長い旅となるんだ。今は焦らずゆっくり教えていくことにしよう。
「ししょーってさ。剣なのにいろんなことを知ってるよね。私が拾う……おおー、でっかい川がある!」
とことこと歩きながら、シャルが俺に何かを聞こうとした時だった。
今までは多くの木に囲まれた景色ばかりであったが、それが一気に晴れ、目の前には草原の丘のような景色が広がっている。そして、シャルが言っていたように、大きな川も。そんな景色は森丘とよく似ていた。
「水浴びの時間だー!」
もう川のことしか頭にないのか、その川へ向かって走り出したシャル。
現在、食料も充実しているし、魚を釣る必要もない。それほど身体が汚れているわけでもないが……まぁ、せっかく川が流れているのだし、水浴びするのには丁度良いだろう。
川へ近づき、さっさと防具を脱ぎ捨て、俺を地面へ突き刺し、インナーだけの姿となってから川の中へ飛び込むシャル。いくら周りに人のいない状況とはいえ、女の子なのだしもう少し気をつけた方が良いんじゃないかって俺は思うぞ。
シャルがどう思っているのかは知らんが、一応、俺だって男なんだけどなぁ。
それから、楽しそうに川の中を泳いだり、身体やその長い黒髪を洗うシャルを横目に、青空を泳ぐ真っ白な雲をボーっと眺めていた。
危険なモンスターどもが蔓延るこの世界。そんな場所でするひとり旅なぞ、安全なはずがない。けれども、こうしてゆっくりのんびりとした時間を楽しむことができるっては旅の良いところなのかもしれんな。
どれくらいの時間、シャルが川で水浴びをしていたのかは分からんが、それなりの時間を使って楽しみ、ようやっと俺の場所へ戻ってきた。
「楽しかったか?」
「うん、満足だ!」
完全に水を拭き取れていないせいで、髪の毛などはまだ湿っている。そんな状態のシャルは元気良く笑顔で答えてくれた。
そりゃあ、良かったよ。過酷な旅には違いない。そうだというのなら、息抜きはやはり大切だ。
防具の装備も終わり、背中へ俺を背負えば旅を再開する準備も完了。ゆっくりでも構わない、また前へ進んでいこう。
「んじゃ、行くか」
「おおー……お? あら? ねぇ、ししょー。なんかこっちに来る」
シャルの声を聞いてから、当たりの様子を確認。
その瞬間、先程までシャルの遊んでいた川の中から勢いよく、大きな黄色のモンスターが飛び出してきた。
それは、明らかにシャルを狙っている動き。
「……水獣――ロアルドロスだな」
まーた、面倒な奴が出てきたものだ。
「え、えと、アレも戦わない方がいい?」
できればそうするのが一番だと思う。けれども、今回は相手に見つかっている状態で、しかも相手が相手。アイツから逃げるのはちょいと厳しい。ゲリョスなんかと同じように狂走エキスを保有しているせいで、コイツは何処までも追って来やがるんだ。
ロアルの危険度はイャンクック亜種よりも低い。水中で戦うアイツはヤバいらしいが、今は陸上。それにそろそろシャルも大型種と戦う経験がほしいとも思っていたところだったりする。
運良く、取り巻きも見当たらない。ちゃんとした防具はある。俺が言うのもアレだが、武器は超が付く一級品。普通に考えれば問題なく倒せる相手。
「……いや、今回は戦おう」
「いいの?」
今回ばかりは仕様が無い。
ただ、大型種とちゃんと戦うのは初めてといって良いくらいだ。だから、とにかく安全に。
「ああ、今回はな。ただ、この場所じゃちょいとマズい。川からできるだけ離れるんだ」
「りょーかいです!」
水の中へ入るとアイツは直ぐに体力やスタミナを回復する。だから、とにかく水から遠ざかるように。わざわざ相手のホームで戦う必要なんてないしな。
「おー……ま、まだ追ってくる」
俺の言葉を聞き、シャルは直ぐに川から遠ざかるよう動いた。そして、あの川の近くからひとつの丘を越えた場所。そうだというのに、ロアルはまだシャルを追ってきている。
やはり陸上では動き難いのか、その動きはそこまで速くもないが、振り切るまではできていない。いくらスタミナの多いシャルでも流石に逃げきれんよなぁ。ロアルの何がシャルを追うようここまで駆り立てるんだ……なんて思ったが、そういえばジンオウ防具って挑発スキルが発動するんだったかな。もしかしたらソレが関係しているのかもしれん。
「よし、シャルそろそろ良いぞ。……このクエストを始めよう」
「がってん!」
後ろを振り返ると、のそのそと此方へ向かって走ってくるロアルの姿。鬼ごっこは此処までだ。戦闘開始といこうか。
「とにかく相手の動きをしっかりと見ること! んで、隙を見つけたら俺を叩き込め!」
シャルの納刀の遅さはどうしても気になるが、もうそんなことを言っている余裕はない。
シャルの口から短い呼吸音が聞こえた後、少女は一気にロアルへ近づいていった。迷いなど微塵もなく、ただただ真っ直ぐに。
そんなシャルの様子を見てか、グッとその体を沈めるように力を込める動作をしたロアルドロス。
「飛びかかり来るぞ。避けろ!」
そして、俺の言葉が終わる前にロアルはシャルへ向かい一気に跳んできやがった。
シャルはそのロアルの飛びかかりをローリングで躱し、背中へ背負っていた俺を掴んだ。
「今! 頭を狙えっ!」
さらに、飛びかかり攻撃で隙のできた相手の顔面へ抜刀斬り。
初めて見る相手。初めてと言って良い大型種との戦闘。そうだというのに、この対応力は流石だ。ホント、コイツは化けるかもしれん。
しかしながら、溜めていない攻撃だったことと、爆発も引けなかったことで、せっかくぶちかました一発も手応えはあまりない。
ロアルくらいなら、最大限まで溜めた攻撃を入れられれば一発で倒せるくらいの火力はあるはずなんだが……むぅ、納刀よりも溜め方を教えるべきだったか。
俺が教えた通り、抜刀斬りを当てた後、シャルは直ぐに納刀。けれども、その動作はやはり遅い。ロアルが怒り状態になり、動きが速くなったらちょいとヤバいかもしれん。
それからもシャルは隙を見て、コツコツと抜刀攻撃をロアルの顔面へ叩き込み続けた。けれども、溜め斬りができないせいで、ダメージ量は期待できない。
まだ被弾はないものの、シャルも疲れてきているのか、回避がギリギリになることも多い。それと、やはり納刀の遅さがキツい。これならいっそのこと抜刀状態のまま戦った方が良いんじゃないかってくらいだ。
「その溜めってどうやるの!」
「振り被るように上段で構えて力を込める!」
もう何度交わしたのかも分からない会話のやり取り。
極論を言ってしまうと、大剣なんて溜め斬りさえできれば十分な火力を出せる武器だ。使いやすさだけなら、どの武器にだって負けない。
けれども逆にその溜めができないとなると……
ホント、溜め斬りさえ当てられれば、その状況を一発でひっくり返せるくらいの武器なんだが。
溜めることができず、十分に力の込められていない一発をロアルの顔面へ。運良く、爆発を引くことはできたが……マズイな、このままじゃジリ貧だ。
そして、シャルの攻撃後、相手は今までよりもずっと速い動きで突進をしてきた。
「むぅ!」
その突進をローリングでギリギリ回避。
まっずいねぇ、ついに相手も怒り状態ですか。まぁ、アレだけポコポコと殴られればそりゃあ怒るってもんだが。
「っつ! シャル、もっかい突進来るぞ!」
シャルを通り過ぎたロアルだったが、直ぐに方向転換。そして、そのままシャルへ向かって2回目の突進攻撃。豊富なスタミナを使っての突進連打。これだからコイツは!
そして、その突進がローリング後、ようやっと納刀したシャルへ直撃。
自分より何倍もでかい相手の突進。いくら優秀な防具を身につけているとはいえ、ロアルの突進を喰らったシャルは吹き飛ばされた。
受身も取れず、地面へ転がされたシャルルリエ。それはこの少女に対して絶望的すぎる火力。
「シャル!」
思わず叫んだ。
これは、俺が受けていたような一応の安全が約束されたクエストじゃない。ネコタクはなく、助けてくれる仲間もいない。一度でもダウンをすればそれがそのまま死へと繋がってしまう。
常に死と隣合わせ。それがハンターというもの。んなことは分かっていたはずだった。
倒れ込んだ少女。何もできないこの身体。自責の念ばかりが積もる。
な~んて湿っぽいことを思っていたわけだが――
「あいったー。むぅ、こんにゃろー!」
どうやら、この少女はやはり普通と違うらしい。
アレだけの突進を受けたというのに、普通に起き上がった。痛い、くらいで済んだらしい。いや、お前、何者だよ。
俺だって、タフな方だとは思っているが、もしかしたらそれ以上かもしれん。
「怒った!」
そして、そんな言葉を叫んだ瞬間――少女の右腕が青い光を放った。
つまり、力の解放。スキル、本気が発動。それはあの雷狼竜――ジンオウガが超帯電状態になった時を彷彿させるもの。
本気スキルを発動させているハンターは何度か見たこともあるが、やはり何度も見てもカッコイイ。
力の解放状態となったハンターは攻撃の会心率が上がり、スタミナの消費がかなり減る。発動条件は面倒だが、この状態になったハンターは本当に強いんだ。あと、とにかくカッコイイ。
……とはいえ、いくら本気スキルが発動したところで、根本的な問題の解決は何もできていない。溜め斬りさえ当てられれば……
「突進!」
「わかってる!」
さらに相手は面倒な怒り状態。隙を見つけるのも厳しい。
本気スキルが発動したんだ。暫くの間、スタミナはほぼ気にしなくて良いはず。それならいっそ此処は逃げた方が……いや、怒り状態のアイツから逃げるのはやはり厳しいか。
何か良い案は思いつかないものかと考えるが、どうにも思い浮かばない。いくらシャルがタフとはいえ、そう何度も何度も攻撃を喰らうわけにもいかないんだ。
突進を躱したあと、その小さな隙へまた抜刀斬り。やはり、溜めることはできていない。厳しい状況。
お願いだからそろそろ倒れてもらえないだろうか。疲労状態になってくれるだけでも良いんだ。
抜刀斬り後、やはりゆっくりとした動作で納刀をしようとするシャル。一方、ロアルは頭を上げる動作。それは、その巨体を使ったローリング攻撃の前動作だった。どう考えたって、回避もガードも間に合わない状況。
そんな、まさに絶望的な状態。納刀の遅さがついに響いてきやがった。
そしてシャルは俺を納刀しながら、ロアルドロスのローリング攻撃を身体に掠らせるように――イナした。
「おっ、お! なんか上手くできた! それにしても……コイツめぇ」
今、何が……起きた?
ローリングをしたわけじゃない。ガードでもない。絶対に避けられない立ち位置だった。そうだというのに、シャルは被弾せずさらに納刀も完了。
それは俺の知っている大剣の動きじゃ……
いや……違う。
そうじゃない。そうじゃないんだ。これもちゃんとした大剣の動きじゃないか。
やたらと遅い納刀。
大剣を使っているにも関わらず溜めることのできない攻撃。そして、今のイナシ。ヒントはいくらでもあったじゃないか。ただ、俺がそれに気づいていなかっただけ。
コイツは……シャルルリエは――ブレイヴスタイルだ。