お金を持っているかどうか聞いたら首を傾げられた。さて、これはどうしたものか……
既に日は沈み始めているし、もう直ぐにでもあの真っ暗な世界が訪れそうだ。俺としては早々に宿を確保してから酒場で情報集めをする予定だったんだがなぁ。
「あー、シャル。まずだが、お金のことは分かるか?」
「知ってるといえば知ってるけど見たことはないなぁ」
あいよ、了解。
ふむ、困ったな。まぁ、外界との接触がほとんどない村にいたのだし、お金を見たことがないのも仕方の無いことか。
とはいえ、これから生活していく中でお金を知らないままってのはマズい。時としてお金は命よりも重くなることがあるくらいなのだから。
シャルルリエほどの実力があれば、お金を稼ぐことなど難しくはないだろう。けれども、それは俺がまだハンターをしていた時代の話だ。今の世界ではそのハンターの存在が消えかけているせいで、どれほど実力があろうとそもそもクエストを受けることができず報酬を得られない。
ホント、どうすっかなぁ。お金がないものは仕方無いのだし、今日は野宿をすることとなりそうだ。せっかく人間の住む村へ着いたというのに……
大型モンスターの素材もいくつか持っているのだし、それを売ってとりあえずのお金に変えられたりしないものかねぇ。
ま、とりあえずシャルにはお金の説明をしておこう。動き出すのはそれからだ。
それからシャルへ簡単ではあるがお金の説明を行った。
そんな俺の説明を聞きちゃんと理解してくれたのかは怪しいが、とりあえず何かを得るためには基本お金が必要だという最低限のことを理解してくれたと思う。
あとは今の世界の物価がどの程度のものかってことくらいか。そればっかりは見て回らないと分からない。
「そんじゃ、シャル。とりあえず雑貨屋を探して今持っている素材を売れるかどうか聞いてみようか」
「お任せ!」
今のこの世界はハンターが消えかけているんだ。そうだというのならきっとモンスターの素材はかなり貴重なはず。貴重すぎて逆に値段がつかないってこともあるだろうが、まぁ、今くらいは前向きに考えよう。
それから、ぽてぽてと雑貨屋を探し決して大きくはない村を見て回った。
けれどもアレだ。どの店も開いていないんだ。まだ暗くなり始めたばかりの時間だというのにもう全ての店が閉まっている。この村に着いた時はまだちらほらと見えていた住民たちもいなくなってしまっている。ヤバい、詰んだ。あと酒場や宿らしき店も見つからない。つまり、思っていた以上にこの村は小さいらしいってこと。
「夜はなぁ、暗いからなぁ。皆家に帰っちゃったんだろうね」
なんともよろしくない状況だというのに、明るい様子のシャルルリエ。これで今日は野宿がほとんど決まってしまったのだが、そのことは分かっているのだろうか。
「店が開いていないのは仕方が無い。また明日になったら村の中を見て回ろう」
さてさて、そうなると今日は何処で一晩明かそうか。村の中で勝手に野宿をするのは流石にマズいよなぁ。
「ん~……ねぇ、ししょー。これってなに?」
そういってシャルは目の前にある大きな石像を指差した。
現在俺たちがいるのは村の中心にある広場のような場所。その広場の中心には大きな石像があった。
「暗くてはっきりとは見えんが、雌火竜――リオレイアの石像だと思う。なんでそんな石像がここにあるのかは知らん」
大きな翼と長い尻尾。そして背中や尻尾にある特徴的な棘。異名として陸の女王。精巧な石像とは言えないが、これがリオレイアを表しているのは確かだろう。
「ほほー、リオレイアっていうのか。強いの?」
「シャルが今まで戦ってきたモンスターよりは強いだろうな」
飛竜種の中ではそれほど強いモンスターじゃないが、初心者ハンターなんかが簡単に狩れるような相手ではない。コイツを倒せるようになれば一人前のハンターとして名乗れるって印象だ。
しっかし、どうしてレイアの石像があるんかねぇ。これだけ大きな石像なんだ、そこに何の意味もないってことはないだろうが、レイアが人間に対して益となる行動なぞしないだろうに……
まぁ、そんなことだって明日また聞けば良いか。今はとにかく身体を休めてもらおう。今日だってほぼ一日歩きっぱなしだったのだし、それなりに疲れは溜まっているはず。ただ、野宿じゃ疲れだってあまり取れないだよなぁ。
なんてことを考えながらも、シャルに村を出て野宿の準備をさせようと思っていた時だった。
それは大きな出会いとなる。
俺やシャルルリエ……そして、この世界にとって。それほどの出会いだった。
「え、えっと、旅のお方……でしょうか? 見かけない顔ですが。こんな時間にどうされました?」
声が聞こえた方を確認。
そこには背中に何かの武器を担いだ少女がひとり。そして、その少女は竜人族だった。
「こんにちはー。んとね、まだ開いているお金を探して雑貨屋さんを売ろうと思っていたんだけど、ししょーの夜は暗かったんだ」
「シャル落ち着け。意味分からんことになってるぞ」
なんだよ、まだ開いているお金と師匠の夜って。あと勝手に雑貨屋を売るな。
「はっ? え? 今、声が……あれ?」
俺の声を聞いてからキョロキョロと辺りの様子を確認する竜人族の少女。
「あーもう、だからししょーは勝手に喋っちゃダメだって言ったでしょ」
また怒られた。いやだって、お前が意味分からんことを言うからちゃんとツッコミをしないと……とか思ったんだ。
「驚かせて済まない。俺は大剣だが色々あって喋ることができるんだ。それで今はこの少女――シャルルリエと一緒に旅をしているところだよ」
「これ、ししょーも意味わかんないこと言ってるよね」
まぁ、そうだけど、それが本当のことだしなぁ。それにどうして俺が喋るのかは俺だって分からない。
「あっ、はい。よく分かりませんが、なんとなくは分かりました……えと、それで今は何を? それに旅というのは……」
理解の早い娘で助かった。此処で叫ばれでもしたら洒落にならんしな。まぁ、考えるのを諦めただけかもしれんが。
「この村へは今来たばかりなんだ。だから宿を探していたんだが、その宿が見つからないし、そもそもお金も持っていない。んで、旅をしている目的だが……ハンターを目指しているんだよ」
シャルに喋せるとどうなる分からないため、俺が答えることに。全てを理解してくれるとは思わないが、俺たちの状況を知り、少しでも協力してもらえたら有り難いかな。
「ハンター……」
そして、俺の言葉を聞いた少女はそんな言葉を呟いてから、その顔を落とし、何かを考えている様子。
俺にとっては何の違和感もない言葉だが、ハンターという存在が消えかけたこの世界で、その言葉ってのはどれくらいの大きさなんだろうな。
「なるほど、それで貴女は武器を持っているのですね。それに立派な防具も……」
装備だけは俺のいた世界でも文句無しの一級品だからなぁ。特に武器の方はすごいぞ、作るのめっちゃ大変だったんだからな。
「それでねー、今はししょーと一緒にドンドルマっていう街を目指しているんだ。私はシャルルリエ。シャルって呼んでくれたら嬉しいかな。貴女は?」
「あ、えと、ミリィ。ミリィ・スチュアートと申します」
うむ、ミリィね。了解。物事の理解も早く優しそうな性格の良い娘だ。
「それで……シャルさんはこの後どうされる予定ですか?」
「大自然のベッドに寝転がり、満点の星空に囲まれながら夜を明かす予定だよ!」
言い方はお洒落だが、要するにただの野宿である。今は暖かい季節だからまだ良いもののそんなに良いものじゃない。
「え、えと……つまり野宿ってことでしょうか」
「そうだな」
「ですよね……」
ほら見なさい、ミリィが若干引いているじゃないか。
まぁ、シャルみたいな少女が良い笑顔で『今日は野宿なんだ!』とか言ったらそりゃあ引くわな。
今までだって野宿は何度もしてきたんだ。だから別に問題はないだろうが、それが普通の生活だとはいえないだろう。シャルは自分が一般と比べてズレていることを理解しているだろうか。してないんだろうなぁ……
「その、もし良ければ私の家に泊まりませんか? あまり広くありませんが部屋も空いていますし……」
あら、それは願ってもないことだ。
いくら野宿に慣れているとはいえ、やはりちゃんとした場所で寝た方が良いに決まっている。それに今の世界の新しい情報だって集めることができるだろう。今はとにかくこの世界のことを知っておきたい。
「おかまいなくー。よっし、それじゃししょー寝る場所を探しに行こっか」
「おいこら、ちょっと待てシャル」
明らかにお言葉に甘える場面だったでしょうが。どうしてお前はいつもそう俺の予想の斜め上の行動を取るんだ。ラージャンの気光ブレスだってそんな予想外の動きをしないぞ。他人に気を遣うような性格でもないだろうに、なんで今ばかりはそんな遠慮気味なんだよ。
「えー、でも悪いじゃん。いきなり知らない他人を泊めるのは大変だと思うよ?」
すごく真っ当な意見だった。
その優しさや気遣いを少しでも俺に向けてもらえればと思う。なんで俺に対してはいつも厳しいのだろうか。やはり大剣だからだろうか……
「あっ、そんな、私は大丈夫ですよ? それに、いつもひとりで寂しいと感じていましたし……」
「ほら、ミリィもこう言ってくれているんだ。今はお言葉に甘えておけ」
とはいえ、此方は本当に1ゼニー無しだからなぁ。ロアルやケチャの素材くらいは渡しておいた方が良さそうだ。それが必要とされるかは分からないが。
「あっ、うん。それじゃあ、お世話になります」
「はい、どうぞゆっくりしていってください」
ペコリと頭を下げたシャルに対して、ミリィは優し気な顔でそんな言葉を落としてくれた。
とりあえずこれで今日の宿の確保は完了。ホント、今回は運が良かった。いや……今回も、か。
運命。なんて言葉を使いたくはないが、シャルの行動一つひとつが上手く噛み合っていく。
あの竜人族の里で育ち、俺を拾い、獣人族との出会いを通し、竜人族の少女――ミリィと出会うこともできた。それはまるでできすぎた物語のように思ってしまうもの。
それがたまたまの偶然なのか必然だったのかは分からない。けれども、それがシャルルリエという人間だったから引き寄せられたものだというのは確かなことだろう。
ま、その時の俺はそんなことを全く思っちゃいなかったんだけどさ。
だって未来なんて分からないものなのだから。きっと、誰にも。