アイルーたちとともにケチャワチャを倒した後、再びアイルーたちの里へ戻ることに。そこで昨日と同じような宴が開かれた。
俺にとってみれば、ケチャワチャの討伐くらいなんでもないものだが、今のこの世界ではそうでもないらしい。もしかしたら、それはこのアイルーの里だからってこともあるだろう。しかし、ハンターのいないこの世界にとって大型種モンスターの討伐ってのはそれほど簡単なことでもないんだろうな。
そんなわけで、結局もう一日この里でお世話になることに。
まぁ、大型種と戦い、シャルだって疲れているはず。それに焦ったところで仕様が無いんだ。今日もゆっくり休んでもらうことにしよう。
まだ昼間でもあるにも関わらず、里の真ん中にある大きな焚き火を中心に踊るたくさんのアイルーとシャルルリエ。周りを見れば、お酒を飲んだのかマタタビを使ったのかは分からないが、酔っ払い寝ているアイルーたちの姿も見られる。それはまさに宴といった様子。
俺がハンターだった時代も、こういった宴が開かれることはあったが、ケチャワチャを倒したくらいで開かれることはなかった。盛大な宴が開かれるなぞ、超大型モンスターを討伐した時くらいじゃないだろうか。
宴は好きだ。
あの愉し気な空気が流れる中、美味い料理を食べ、酒を飲み、知ってる奴も知らない奴も関係無しにただただ騒いでいるのが好きだった。
ホント、懐かしいねぇ。
こんな身体となってしまっているせいで、その宴に直接参加することはできない。けれども、そんな様子を見ているだけで、俺も十分楽しめていたと思う。
モンスターに負け、ハンターは消えてしまった。
人間にとっては何とも絶望的な状況であるが、それでも、今のような空気はまだ残ってくれている。それが嬉しかったんだろう。
いや、まぁ、今この場所にいる人間はシャルだけなわけだが……
「ししょー、ししょー。初めて飲んだけど、お酒って美味しいんだね!」
先程までアイルーたちと一緒に踊っていたシャルが、とことこと俺の元へ近づいてきてから、そんな言葉を落とした。そんなシャルの手には、コップのようなものが。
「は? え、お前お酒飲んだの?」
シャルの詳しい年齢は知らない……というか、多分本人も分かっていないだろうが、その見た目的に、十代半ばといったところ。そうなると地域によってはまだ飲酒を禁止されている年齢だ。
それに、今は一応俺がシャルの保護者みたいな存在なわけで、悪いことは止めなければいけない。んじゃあ、この飲酒が悪いかっていうと微妙なところだが。俺もお酒は好きだったからなぁ……
とはいえ、シャルは俺のような野郎と違い、一応女の子なんだ。此処は止めた方が良いのかもしれない。
「ちょーおいしい!」
めっちゃ良い笑顔で言われた。
あー……そう言われると、止め難いな。お酒、美味しいもんな。
……俺の偏見もかなり入っているが、ハンターとお酒は切っても切れない関係だと思っている。実際、俺のパーティーにもクエストから帰って来た後だけじゃなく、行く前にも必ず酒を飲むような奴だっていた。
まぁ、ソイツは例外としてもハンターが酒好きだったのは確かだろう。ハンターの集まる集会所なんぞ、ほぼほぼ酒場みたいなものでもあったくらいなのだし。
そうなると、シャルにお酒を禁止するのは何か違う気もしてくる。いや、でもなぁ……
「ししょーも一緒にお酒を飲めれば良かったのにね」
表情はいつも通りの明るい笑顔。テンションもいつも通りの高さ。酔っているようには見えない。そう考えると、見る人によってはシャルなんぞ、いつも酔っているように見えるかもしれんな。
ま、飲み過ぎなければ良しとしよう。
別に遠慮しているつもりはないが、なんというか……シャルにはシャルのやりたいことをやってもらいたいんだ。酒だって飲み過ぎなければ悪いものでもない。もしシャルが本当に道を間違えそうになった時、俺が正しい道を示してやれればと思う。
「……ああ、いつかそんな日が来ると良いな」
こんな身体になってしまったんだ。元の姿に戻ることができるだなんて思っちゃいない。それにそんなことを考えたって仕様が無いことではあるが……やはり想像くらいはしてしまう。
ホント、いつかそんな日が来れば良いって思っているよ。
ケチャワチャを倒したことで開かれた宴は、夜遅くまで続き、その間シャルは踊ったり食べたり飲んだりと全力でその宴を楽しんでいた。よくまぁ、そんなにずっと騒いでいられるものだと思うが、コイツのスタミナ量はちょいとおかしいからなぁ。
ま、本人が楽しめていたのならそれだけで十分だろうさ。
そして、次の日。
名残惜しく感じてしまうが、このアイルーの里を離れる時が来た。
「せっかくこの里へ訪れ、ケチャワチャだって倒してくれたんだニャ。もう少しゆっくりしていっても良いと思うニャ」
風格のあるアイルーのそんな言葉だが、建前っぽさは感じず、多分これは本音なんだろう。この里にいた時間は長くないというのに、随分と懐かれてしまったものだ。
まぁ、相変わらず俺は怖がられているわけだが……
「んー、いっぱいゆっくりしちゃったからなぁ。これ以上はなー。それにそろそろ動き出したい気分なんだ」
昨日アレだけ騒いだというのに、今日も今日とて元気な様子のシャルルリエ。お酒を初めて飲んだはずだが、二日酔いは大丈夫なんだろうか。酒が美味いのは確か。ただ、あの二日酔いだけは遠慮したいよ。
「うニャー……それは残念ニャ」
そして、シャルの言葉を聞き、風格のあるアイルーだけでなく、周りにいたアイルーたちも一斉にため息をこぼした。
シャルがここまで懐かれているのはその性格もあると思う。ただ、きっとアイルーって存在は人間と繋がりを求めるんだろう。それはただの妄想かもしれんが、その考えが間違っているとは思えない。
そして、そんなことが嬉しかった。
「ありがとね。いっぱいお世話になっちゃった」
「俺からも礼を言う。助かったよ」
今回のアイルーたちとの出会いは、この旅においてかなり大きい。
ハンターってのはモンスターというあの巫山戯た存在と戦わなければいけない。そんな時、アイルーたちの助けがあれば本当に有り難いんだ。人間だけで戦えるほど、モンスターは優しい存在ではないのだから。
「気にしないで大丈夫ニャ。人間さんが来てくれたことは本当に嬉しく思っているニャ。だから、人間さんにはこれを渡すニャ」
そう言ってから、風格のあるアイルーが首飾りのようなものをシャルへ渡した。
「ああー、ありがと! えっと、これなに? すっごいキレイだけど……」
「ボクたちの宝物ニャ」
んー……ネコ毛の紅玉とまんまるドングリを使った首飾りか?
紅玉ってのは飛竜種の体内で希に発見される宝石。天鱗ほどではないにしろ、その価値は高く本当に手に入らない。どれだけのハンターが紅玉を手にするため苦しんだのかも分からないくらいだ。
ただ、ネコ毛の紅玉は宝石などではなく、ただの手玉だったはず。それでも、流石は紅玉と呼ばれるだけあり、シャルのもらったそれは宝石のように輝いていた。まんまるドングリの方は……俺もよく分からん。アイルーたちにとっては宝物ってことなんだろう。
「その首飾りを見せれば、きっとこの里以外のアイルーたちだって人間さんに協力してくれるはずニャ。それは、ボクたちと人間さんの友好の証ニャ!」
アイルーたちをボコボコにして無理やり奪い取った証拠だとも考えられそうだ。なんて思ったが、それを口に出すのは止めておいた。ここは良い話ってことで終わらせてあげたい。
「これから人間さんがボクたちの力を必要としたら、いつでも頼ってほしいニャ。確かにボクたちは人間さんより小さく、力だってないニャ。それでも、ボクたちはきっと力になるニャ」
頼もしい言葉。本当に有り難いよ。シャルの未来において、アイルーの力は絶対に必要となるだろうから。
「うん、わかった! ふふ、じゃあその時はよろしくね」
もらった首飾りを身に付けてから、良い笑顔で言葉を落としたシャルルリエ。本人はまず気づいていないだろうが、この繋がりは大きい。ホント、色々と持っている少女だよ、コイツは。
ただハンターを目指すだけだっていうのに、きっとこの少女はそれだけじゃ終わらない。まだ先のことは何も見えないが、少しずつ少しずつ中心へ近づいている。そしてその先には……何があるんだろうな。
「人間さん、名前は?」
「シャルルリエ。シャルでいいよ」
「うニャ! 良い名前ニャ」
そして、最後の最後となってから、漸く少女が自分の名前を言った。
その名前は忘れないことをオススメする。きっときっとこの世界中へ広がる名となるはずだから。
さてさて、そんじゃ、そろそろ出発するとしよう。まだスタート地点にすら立てていないんだ。焦ったところで仕様が無いけれど、進んでいこう。
「よおっし、私たちはそろそろ行くね」
「ありがとう、世話になった。それと道案内頼む」
「了解ニャ。人間さんたちの里が見える場所まではちゃんと案内させるニャ」
人間の住む村にさえ着くことができれば、きっとドンドルマまで通じる道だって分かるはず。先は長いが、今までと違い今度は道が見えている。悲観することは何もない。
とはいえ、ホントやらなきゃいけないことが多いよなぁ。とりあえず、ブレイヴスタイルのことを知る必要があるだろう。そして、モンスターとの戦い方や便利なアイテムの調合方法なども教えておいた方が良さそうだ。ただ、それを上手く教えてやれる自信はない。シャルほどではないにしろ、俺だって身体で覚えるタイプだったんだ。いやまぁ、できる限り頑張る予定だが。
「うん、お願いね。それじゃ、出発だー!」
今日も今日とて元気な様子で何よりだよ。気張っていくとしよう。
そういえば、シャルって自分以外の人間を見たことがないんじゃないか? あの村は竜人族しかいなかったし、この里も獣人族だけ。
ああ、うん。ハチャメチャな人生を歩んでいるんだな……まぁ、きっとそれがシャルルリエという人間なんだろう。それに物語の主人公ってのはそれくらいが丁度良い。
俺はもうこんな姿なんだ。今更主役を張れるような存在じゃない。だから期待しているよ、主人公。
★ ★ ★
・第1章
・酒
シャルルリエは無類の酒好きだったと言われており、クエスト後はもちろん、クエストへ行く前にも飲酒をしていた。また、現在のドンドルマギルドに酒場があるのも彼女のためではないかとも言われている。さらに、彼女が酔っている様子は確認されておらず、アルコールに対して異常なほどの耐性を持っていたと考えられている。
しかしながら、シャルルリエが活躍していた当時はハンターと酒との間に特別な関係もなく、彼女が行っていたクエストへ出発する前の飲酒などは考えられないことであった。ハンターとしての実力もそうであるが、シャルルリエの行動は当時普通のハンターとかけ離れていたと考えられる。
ギルドはもちろん、ハンターという存在ですら曖昧なものでしかなかった。そのような背景の中、現在のようにハンターと酒が切っても切ることのできないほどの関係となっていることもシャルルリエの影響が大きいだろう。