シャルが寝てしまい、朝になるまでの間は、あの風格のあるネコとずっと喋っていた。シャルが寝ている間はいつも暇していたものだが、今回はひとり寂しい夜を過ごすことなく、なかなかに有り難い。
この身体になってから、睡眠というものは必要なくなった。また食欲なども湧かず、シャルがどれだけ美味しそうに料理を食べようと、それを羨ましいとは思わない。ホント、人間を辞めてしまったものだ。
そして、あのネコに聞いたのは、今の世界がどうなっているかってこと。
俺が今までに手に入れている情報は、外との繋がりがないあの村で聞いたことだけ。そんな情報だけじゃあ、この世界を知ることはできないだろう。
そして、そのネコの話だが……まぁ、予想通り厳しいものだった。
ハンターがいなくなってしまったせいで、当然ギルドなどは存在していない。また、モンスターを狩ることがなくなっているため、ハンターが装備する武器防具などを加工できる者もほとんどいないんじゃないかと言っていた。
ホント、厳しい状況だ。現在のシャルの装備はジンオウガ防具に武器は俺と、俺のいた時代でも十分すぎるもの。しかし、他の者たちは違う。どれだけシャルが凄腕のハンターになろうと、ひとりだけじゃどう仕様も無い。
ちゃんとした武器防具無しで戦えるほどアイツらは優しい存在じゃないんだ。
とはいえ、悪い話ばかりじゃなく、どうやらこのアイルーの里から1日ほど歩いた距離に人間の住む村があると聞いた。しかも、その村まで案内してくれるとも。
最終的な目的地であるドンドルマまではまだまだ距離はありそうだが、人間の住んでいる場所へ行けるのは美味しい。
「せっかくこの里へ来てくれたのニャ。人間さんもゆっくりしていくと良いニャ」
「それは俺が決めることじゃないからなぁ」
風格のあるアイルーが言葉を落とす。
ただ、俺たちがゆっくりすることはないだろう。あのシャルの性格を考えると、起きたら直ぐにでも出発すると言い出すはず。あの少女がこの場所で止まるとは思えなかった。
まぁ、今回はきっとしっかり休めたことだろうし、直ぐに出発しても大丈夫だと思うが。
そして、次の日。これで、旅を始めて6日目。
相変わらずシャルは気持ち良さそうに寝ているが、そんなシャルを叩き起すような出来事が起きた。
「うニャー。大変ニャ! 里の直ぐ近くにケチャワチャが現れたニャ! このままじゃここまで来るニャ!」
急に地面から飛び出してきたネコがそんな言葉をあの風格のあるアイルーへ伝えた。
んー……ケチャか。確か、ケチャワチャの主食はオルタロスなどの昆虫で、アイルーを食べることはないはず。てか、アイルーを食べるモンスターっているのだろうか? ジョーなんかは食べそうだが、アイツはなんだって食うからなぁ。
とはいえ、面倒なことになったのは確かだろう。危険度の高いモンスターではないが、もし里の中にまで入ってきたら、いくらかの被害は確実に出る。
「むニャ……ニャンターたちは?」
「もう戦っているニャ! でも、相手が強いニャ……」
おおー、この里にはニャンターがいるのか。
実際に見たことはないが、確か龍歴院なんかではかなり活躍していたはず。俺はオトモアイルーを連れていなかったが、ニャンターという存在を知ってからは真剣にオトモをつけようか悩んだりもしたものだ。
ただ、そんなニャンターでも厳しい、と。この時代じゃハンターだけじゃなく、ニャンターも危うい存在になっているってことかねぇ。
「おいシャル、起きるんだ。クエストが届いたぞ」
さて、そうとなればもう、やることはひとつだろう。
少しでも大型モンスターとの戦闘経験がほしい今、このチャンスは見逃せない。
「……はっ、起きます!」
そして、俺の言葉を受け、シャルが飛び起きた。
相変わらずの寝起きの良さ。どっかのアイツも見習ってほしいものだよ。
「んー、何かあったの?」
「モンスターが現れたそうだ。行けるか?」
「行ける!」
おっし、良い返事だ。
もしそのケチャワチャが亜種の方だというのなら、かなり厳しい戦いになるが、そうじゃないのなら、シャルでも十分倒せるはず。それに、今はニャンターたちも一緒に戦ってくれるんだ。多少の無茶だってできるだろう。
ダウン回数に制限は無し。ベースキャンプも近く、これほどに美味しいクエストはない。
「そんなわけでシャルを戦いに向かわせようと思うが、大丈夫か?」
一応、あのアイルーに確認。
「もちろんニャ! よろしく頼むニャ」
だそうだ。
もう止まる必要はない。クエストの受注も完了。そんじゃ、気張っていこうか。
地面から飛び出してきたアイルーに案内してもらい、件のケチャワチャがいる場所へ。
そのケチャワチャだったが、有り難いことに通常種。亜種の方は例え俺でも弾かれるほど硬い耳が本当に鬱陶しく、その全てが上位のさらに上であるG級個体。アレは俺も苦手だったなぁ。いくら亜種とはいえ、所詮はケチャだろ。なんて気楽な気持ちでいったらボッコボコにされたのをよく覚えている。
一方、通常種の方はイャンクックみたく、初心者ハンターの練習台にされるほどの実力。それでも、今のシャルには厳しいだろうが、丁度良い相手だ。
「おおー、アイルーたちが……えと、戦ってる?」
そんなケチャワチャの周りには3匹のアイルーの姿。
初めて見たが、アレらがニャンターって奴なのだろう。
ただまぁ、アレだ。アレを戦っているといって良いのかは微妙なところだ。一生懸命ブーメランや爆弾を投げたり、杖のようなもので戦うのは良いが……正直、ケチャワチャに遊ばれているようにしか見えん。ケチャの攻撃で簡単に吹き飛ばされるその姿は蹂躙されている、といった方が正しそうだ。
身体の大きさが全然違うからなぁ。やはりネコじゃ厳しいのだろうか。
「シャル、一応言っておくが、今回もアイルーたちを助けるんだぞ? 間違ってもアイルーに斬りかかるなよ?」
前回が前回だけに、一応のアドバイス。
コイツの場合、3対1はずるいぞー! とか言ってアイルーに斬りかかりそうだし。今回そんなことをしてしまったら、流石に追い出される。
「了解!」
ああ、頼んだ。最初から全力でいこう。
俺もブレイヴスタイルについてはまだまだ分からないことが多い。分かっているのは、イナシができることと、ブレイヴ状態になれば溜め斬りができることというくらい。また、シャルはそのことすら分かっていない可能性もある。
とはいえ、シャルがやることは変わらない。抜刀斬りを繰り返し、少しでも早くブレイヴ状態となり、最大まで溜めた攻撃をブチ込むだけだ。問題はそのブレイヴ状態となるのにかなりの時間がかかるってことなんだよなぁ。ブレイヴ状態にさえなれば強いと思うのだが。
「前回と同じように抜刀斬りを繰り返せ! あと、危ない時はイナシも上手く使っていけ」
「わかった!」
相手の攻撃をイナすことができるのはかなり美味しい。これまでは攻撃後、ローリングで相手との距離を取る必要があったが、イナシを使えば前よりも攻撃できるチャンスは絶対に増える。多少、無理矢理でも攻撃を入れられるんじゃないだろうか。
アイルーたちで遊ぶことに夢中なのか、シャルのことは目に入っていない様子のケチャワチャ。
そんな相手に、シャルの一発が入った。
溜め無しの攻撃はやはり軽いが、相手の不意を付き爆破も引け、それなりのダメージは入ったはず。
「あっ、ししょー、イナシって何?」
抜刀斬りを当て、ローリングをした後、ゆっくりと納刀をしながらシャルがそんなことを聞いてきた。
……あれ? 言ってなかったっけ? あのロアルを倒した後、教えたような気もするが……まぁ、今更そんなことを考えても仕様が――
「右! 爪攻撃!」
考え事をしていると、躊躇なくシャルへ向かってケチャが長い腕をぶん回しての爪引っかき攻撃をしてきた。容赦ないねぇ。
「おわっ! ず、随分と動きが速いんだね」
その攻撃をイナしたシャルルリエ。
ほぼほぼ偶然ではあったが、攻撃をイナし納刀も完了。いや、ホント便利だなイナシって。
「イナシってのは今、お前がやった行動だ。できるのは納刀時、危なくなったら今のようにイナせ!」
ロアルと違い、牙獣種であるケチャの動きは確かに速い。その分、一発一発の火力は低いが、その火力の低さも怒り時になると跳ね上がるんだ。それが牙獣種の特徴。怒る前に倒すことができれば一番だが……ブレイヴ状態や力の解放と、こっちも準備には時間がかかるからなぁ。
「あー……うん。なんとなくわかった!」
たぶん、分かってない。
この戦い中にイナシを覚えてくれるよう祈るばかりだ。
ブレイヴ状態になることのできる条件は一定以上の攻撃や、イナシをすることだと思う。前回のことを考えるに、かなりの攻撃をしなければいけないだろう。
ただ、もっと早くブレイヴ状態になることができるはずなんだ。実際にブレイヴスタイルで戦う人間を見るのはこのシャルが初めて。
その程度の知識しか持っていないが、ブレイヴスタイルは本当に強い戦い方だと聞いた。そうだというのに、今のシャルを見ている限り、これを強いということはできない。だからきっと何か俺の知らない方法が……あー、もう! こんなことになるのなら、アイツの話をもっとちゃんと聞いていれば良かった。
「危ない攻撃はイナして、攻撃を当て続けろ。とにかくできる限り早くブレイヴ状態になることを考えるんだ!」
怒り状態になられるのは面倒だが、シャルにはあの本気スキルもある。また、ニャンターたちがいてサポートもしてくれるというのなら、持久戦だって悪くはないはず。
まるで、手探りで暗闇の中を進んでいるようだが、そうでもしなければ何かを掴むことはできない。
今は、とにかく前へ。
「あー、えっと、ブレイヴ状態って……なに?」
ただ、厳しい戦いとなるのは確かだろう。