伝説になんてなれないけれど。   作:puc119

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獣人族の里

 

 

 シャルの持つ、その明るい性格のおかげでもあるのだろうが、アレだけ怯えていたアイルーたちもすっかり心を開いてくれた。

 8匹ものアイルーと一緒に、なんだかよく分からん歌を口ずさみ進む光景は何とも賑やか。たったひとりで始めたこの旅も騒がしくなったものだ。まぁ、それも悪い気はしない。

 

 アイルーたちの住む里へ案内するといった提案をシャルは快く承諾した。俺もそのことを断る理由はなく、今はそのアイルーの里を目指して進んでいるところだ。

 クエストが行われるフィールドにもアイルーが住んでいる場所はいくつかあり、俺も何度か其処へ足を踏み入れたことはある。けれども、其処は決して規模が大きいといえず、数匹のアイルーやメラルーが踊ったり休んでいたくらい。少なくとも、里と言える規模ではなかったはずだ。今回連れて行ってもらえる場所もそんな感じなのかねぇ。

 

 よく分からん鼻歌を行進曲代わりにとことこ進む。開けていた景色も、直ぐに木に囲まれた景色となり、何処へ向かっているかもう本当に分からない。まぁ、元々そんな旅だったわけだが。

 

 そして、太陽の光すら差し込まないほどに鬱蒼としてしまった森の中、教えてもらなければまず気づかないであろう場所。人間が屈むことでやっと通ることができるくらいの小さな穴が空いていた。

 

「この先にボクたちの里があるニャ!」

 

 どうやら、アイルーたちの住む里の入口までたどり着いたらしい。

 その入口へ、此処まで一緒に歩いてきたアイルーたちは次々と入っていった。

 

「おおー、すごい! なんだか秘密基地みたいだね!」

 

 そういえば、昔、俺が見たアイルーの住む場所の入口もこんな感じだったなぁ。これなら、大型種も中へ入ることはできないし、何より見つけ難い。そうやってアイルーは昔から自分たちを守ってきたのだろう。

 

 そして、最後のアイルーに続いてシャルもその中へ。

 入口が狭く、背負っていた俺が壁に当たってしまうせいで、なかなかに苦労したが、どうにか入ることに成功。

 

「んもう、ししょーってもう少しくらい小さくなれないの?」

 

 無茶言わんでくれ。いくら喋ることができるとはいえ、身体の大きさは変えられんぞ。それに俺は大剣なんだ。これだけ大きいからこそ、アレだけの火力を出すことができる。

 

 そうやって文句を垂れるシャルであったが――

 

「……すっご」

 

 アイルーの里へ入った瞬間、その景色を見て固まった。

 

 アイルーの大きさが大きさということもあり、全体的に小さなものが多く、また家と呼べるような建物もない。

 しかし、アレだけ鬱蒼としていた景色は一気に晴れ、太陽光が差し込み、随分と明るい場所に。さらに、その場所の真ん中では大きな焚き火が行われ、小川は流れ、随分と神秘的な場所となっていた。

 その開けた場所はかなり広く、そして何よりも数え切れないくらいのアイルーの姿が。それはまさにアイルーの里といったもの。こんなでかい規模のアイルーの住処は俺も初めて見た。ホント、この世界は俺の知らないことばかりだ。

 

 そして、そんなアイルーの里へ俺たちが入ってきたのに気づいたのか、ニャーニャー言いながら、たくさんのアイルーたちが近づいてきた。

 

「……人間さん?」

「人間さんニャ。初めて見たニャ」

「マタタビをもらえるかもしれないニャ」

「マタタビ……うニャ! オモテナシニャ?」

「オモテナシニャ!」

「宴の時間ニャー!」

 

 一気に大量のアイルーたちに囲まれてしまったが、どうやら悪い雰囲気ではないらしい。先ほどのアイルーも言っていたが、人間を持て成してくれるのだろう。

 いくらシャルとはいえ、慣れない旅なんだ。その疲れは溜まっているはず。此処でゆっくり休むことができれば美味しい。

 

 一方、シャルルリエの様子だが、アイルーの里の景色に圧倒されているところを、大量のアイルーたちに囲まれてしまったせいで、何が何だか……といった感じ。何かを考える前に行動してしまうシャルでも困惑することがあるんだな。

 

 それから、ドタバタと騒がしい音を立てながら、アイルーたち曰く、宴が始まった。

 どうして良いのか分からない様子のシャルはアイルーに案内されるがまま、人間よりもずっと大きなキノコが生え、東屋のようになっている場所へ。

 そんな場所へシャルが座ると、焼いた魚や、たぶん先程シャルが倒したであろうブルファンゴから取れた肉を焼いたもの、あとは木の実や野菜など大量の料理が運ばれてきた。

 

 そして、その大量の料理を挟み、正面にいる1匹のアイルー。それはいかにも風格のありそうなアイルーであり、多分この里でも立場が上の方なのだろう。

 

「ニャふ。よくぞ来てくれたニャ」

 

 そんなアイルーがシャルへ向かってそんな言葉を送った。

 

「あー、えっと……おじゃまします」

 

 俺のいた時代、アイルーと人間はかなり良好な関係だった。お互いに手を取り助け合い、持ちつ持たれつの関係。とはいえ、まさか此処までの対応をしてくれるとは……その理由はなんなんだろうな。

 

「どうして俺たちにここまでのことをしてくれるんだ?」

 

 持て成してもらえるのは有り難いが、その理由が分からないとやはり困惑してしまう。確かに、シャルはブルファンゴからアイルーを守ったが、こうして歓迎されているのはそれだけが要因じゃないだろう。

 だから、そんなことを聞いてみた。

 

 しかし、急に剣である俺が喋ったせいか――

 

「うニャーッ! 剣が喋ったニャー!!」

 

 アイルーの里が一瞬でパニックに。

 

「……ししょー」

 

 ジト目のシャル。

 え? 俺か? 俺が悪いのか? い、いや違うぞ。俺だって別に混乱させようと思っていたわけじゃなくてだな……まぁ、その、なんだ。……ごめん。

 俺だって、この身体になりたくてなったわけじゃないと思うんだがなぁ……

 

 パニック状態は暫くの間続いたが、目の前にいた風格のあるアイルーが、落ち着くニャ! なんて言ったところで、そのパニックも少しずつ落ち着いてくれた。

 まぁ、最初に地面の中へ避難したのは他の誰でもない、そのアイルーだったのだが。

 

「びっくりするから急に喋るのはやめてほしいニャ」

「だってさ。ししょーは暫く喋っちゃダメだからね」

 

 ……なんだろうか、この遣る瀬無さは。剣差別は良くないと思うぞ。他にできることがないのだし、俺だって喋りたいんだ。

 

「うニャ。改めて歓迎するニャ。人間さんが来たらオモテナシをするのはずっと決まっていたことニャ」

 

 その理由を聞きたいんだがなぁ。その他にも聞きたいことがたくさんある。

 ねぇ、やっぱりまだ喋っちゃダメ? ダメですか、そうですか。寂しいなぁ……

 

「確かに、ボクたちと人間さんたちは離れ離れになってしまったニャ。けれども、人間さんたちにしてもらった恩をボクたちは忘れないニャ。あっ、料理を食べるニャ!」

 

 恩……ねぇ。

 たぶん、それは俺がいた頃の話。……まぁ、あの戦いってことなんだろう。人間がモンスターに負けてしまったあの戦いのことに。

 

 本当に遠い昔のことだ。そんなせいで、随分と曖昧な記憶となってしまったが……それでも、あの戦いを忘れることはできやしない。

 あの戦いは人間とモンスターだけが関係していたわけじゃなかった。人間だけじゃなく、シャルの育った村にいたような竜人族。そして、この里にいるアイルーや奇面族などの獣人種もその戦いに参加した。突如、俺たちの住む場所へ現れた大量のモンスターたちと戦うため。

 その戦いに負け、細々とした生活を続けなければならなくなったのは、きっと人間だけではないはず。しかし、今もこうして人間含め、獣人族たちが生きていられるのは……あの時、戦った者たちのおかげなのかもしれない。

 

 確かに、俺たちは負けた。けれども、それで全てが終わってしまったわけじゃない。きっとそういうこと。

 

 ……そうとでも思わなければ、俺たちも救われない。だから、そう思ってしまうことくらいは許してもらいたいかな。

 

「んー……よくわかんないけど、うん。じゃあ、いただきます」

 

 俺が喋ったことで起こったパニックは完全に収まり、そこから本格的な宴は始まった。

 大量に出された料理を食べた後は、大きな焚き火を囲み、大量のアイルーと一緒に踊るシャルルリエ。傍から見ている俺にとっては、何がなんだかさっぱり分からんが、シャルは楽しそうにしていたし、それだけで十分か。

 けれども、この旅だったり、先のロアルとの戦闘の疲れが溜まっていたせいか、太陽が沈み始めたくらいで、シャルはほとんど倒れこむように寝てしまった。

 

 睡眠はしっかりと取らせるようにしていたが、いつモンスターに襲われるのか分からない状況が続いていた。そんな状態でちゃんと休むことはできなかったはず。しかし、今ばかりはそんなモンスターたちに怯えず休むことができる。

 いくらハンターの素質を持ち、普通の人間とはかけ離れた超人的な力を持つシャルとはいえ、その中身はただの少女なんだ。

 お疲れ様。今はゆっくりと休んでくれ。

 

 

 シャルが寝てしまったこともあり、騒がしかった風景も徐々に落ち着いていった。そして、俺の目の前には風格のあるアイルーが相変わらず座っている。

 

「……お前は何者ニャ?」

 

 そのアイルーがそんな言葉を落とした。

 

「今はただの大剣で、この少女――シャルルリエにハンターってものを教えているものだよ。どうして俺が大剣になってしまったのかは分からん。それと、あの戦いを経験した……元ハンターのひとりだ」

 

 あの戦いからもう数百年。例え寿命の長い竜人族だろうと、今のこの世界にあの戦いを経験した者はもういないだろう。あの戦いを経験したのはこの世界でもう俺だけだ。

 自分に与えられた役割の大きさが嫌になる。この世界のために戦うとか、そんなキャラじゃないんだがなぁ……

 

「あニャー! また喋ったニャ!」

「お、恐ろしいニャ」

「剣が喋るとか意味分かんないニャ……」

 

 俺がまた喋ったことで若干のパニックを起こすアイルーたち。勘弁してもらいたい。まぁ、俺だって、いきなり剣が喋り始めたら混乱すると思うが。

 

「……あの戦いでボクたちは人間さんたちと離れてしまったニャ」

 

 一方、慣れてくれたのかパニックを起こすこともない風格のあるアイルー。自分から喋りかけておいてパニックを起こしたら、どうにかしてハッ倒そうと思っていたが、その必要はなくなった。

 

「人間と一緒に暮らしているアイルーはもういないのか?」

「うニャ。ボクは聞いたことがないニャ」

 

 そりゃあ、また寂しいことで。アイルーたちが作ってくれる料理は本当に好きだったんだがなぁ。それを食べることのできないってだけで、今の人間たちは大きな損をしていると思ってしまうよ。

 

 ……料理のこともそうだが、ネコタクを始め、武器防具やバリスタや大砲などの技術にもアイルーの知識が不可欠。つまり、ハンターという存在を復活させるのには、アイルーがいなければいけない。

 

「それに人間さんたちは、ボクたちと一緒に暮らしていたことをもう忘れてしまったかもしれないニャ。もしかしたら、もうボクたちは人間さんたちと一緒に暮らすことができないかもしれないニャ」

 

 この世界でハンターってものを目指すシャルの道のりは本当に険しい。少なくとも、シャルと俺の力だけでできることじゃない。

 そんな世界になってしまったんだ。

 

「もし、人間が頼んだら……それでも、また人間と一緒に暮らしてくれるのか?」

 

 だから今はとにかく繋がりがほしい。

 例え小さなものでも、きっとこの先、それがあの少女の力となってくれるだろうから。そして、それがもう一度人間を立ち上げるために必要なことなんだろう。

 

「もちろんニャ! 人間さんたちは忘れてしまったかもしれないけど、ボクたちはあの頃のことを忘れないニャ。だから、もしボクたちのことが必要になったら直ぐにでも力になるニャ。それは、この里だけじゃなく、この世界にいるたくさんのアイルーがそう思ってくれているはずニャ!」

 

 ありがとう。それは心強いよ。本当に。

 

 さてさて、此処まで言われてしまったんだ。

 最初はひとりの少女をハンターにするだけ、だなんて随分と気楽な考えでいた。けれども、もうそれだけで終わらせることはできやしないだろう。

 本当に大きな役割を押し付けられてしまったものだが、ソレをできるのが俺だけだっていうのなら……まぁ、やるだけやってみたい。

 負けっぱなしでいるのも、逃げるのも嫌いなんだ。俺なんかに何ができるのかは分からんが、あの少女のため頑張るのと同時に――この世界のため頑張ってみるとしよう。

 

 

 


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