少女と剣
「ん~なんだろ、これ。剣……なのかなぁ」
目の前には、なんて名前なのかも分からない大きな大きな木。
そんな木の根元には、これまた大きな剣のような物が突き刺さっていた。
いつものよう山の中へ探検に出かけ、途中でランポスと遭遇。ランポスはちょっと面倒だから、そのランポスに見つからないよう探索をしていると見覚えのない場所へたどり着いた。
人の手が加えられていないこの山は、どこもかしこも木や草で鬱蒼としている。そうだというのに、ここだけは開けた場所にあり、太陽の日差しだって差し込んでいた。
毎日のようにこの山で遊んでいる私ではあるけれど、こんな場所があったなんて初めて知った。
そして何より気になってしまうのが大きな剣。
埋まっている……というか、木に突き刺さっているせいで正確な大きさは分からないけれど、それはもしかしたら私と同じくらいの大きさがあるのかもしれない。
「よーし……引っこ抜こう」
気になったら直ぐ行動。
私はあまり頭が良くないから考えたってどうせ分からない。その変わり行動力は人一倍あると思う。オババには、もう少し落ち着け、なんて毎日のように言われているけれど、きっとこの性格ばかりは変えることができないんだろう。
どうしてこんな場所にこの剣があるのか、そもそもこの剣が何なのかはよく分かんないけれど、その柄を両手でしっかりと掴んでから全力で引き抜こうとしてみた。
「……抜けない」
抜けなかった。すごいぞ、びくともしない。
確かに大人の男の人と比べたら力は弱いけれども……何というか力が足りないだけじゃないような……うーん、なんなんだろう。
その後も、どうにかその剣を引っこ抜こうと色々頑張ってはみた。でも、どれだけ力を入れようが、どんな方法で抜こうとしようが、その剣は少しも動いてくれない。地面に刺さっていれば掘るってこともできたけれど、その剣は見事に木の根に突き刺さっている。困った。
せっかく面白そうなものを見つけたっていうのに、これじゃあなぁ。
突き刺さっているその剣のことは気になったけれど、抜けないのなら仕方が無い。結局、その日は諦めることにした。
別に特別な出来事だとか、そういうことがあったわけじゃない。
私とその剣との出会いは、なんでもないただの日常のひとコマの中にあったのだから。けれどもきっと、私の物語っていうのはこの日から始まったんだろう。
☆ ☆ ☆
私が住んでいる村は決して大きな村といえない。この世界には、たくさんの人間が住んでいる場所もあるみたいだけど、私はこの村から出たことはないし、私の村へ訪れる人なんていなかった。
昔のことが書いてある本だとかそういうものもなく、この世界の歴史だとかそういうものは、この村の大人の人たちから聞いただけ。
この世界には“モンスター”って呼ばれる生き物がいる。
私は生きているのだと、ランポスとかアオアシラとか小さなモンスターしか見たことがないけれど、そのモンスターには色々な種類がいるらしい。大きな翼を持ち、空を飛ぶモンスターや、水の中を自由に泳ぎ回るモンスター。
そんなモンスターたちはどれもこれもがすっごく強く、私たち小さな人間はそんなモンスターたちの脅威に怯える日々。本当かどうかは分からないけれど、モンスターの中には、私の村にいる皆で戦っても勝てないモンスターだっているらしい。
つまり、今、モンスターがこの世界の頂点にいる。
けれども、昔……それこそ数百年前は違ったみたい。
人間の身体よりもずっとずっと大きなモンスターを倒すような人間がいたって聞いている。それも、ひとりや二人じゃなく、もっともっと多くの人間が。
そして、そんな人間は“ハンター”と呼ばれていた。モンスターを狩る者。私にとってはおとぎ話の主人公。そんな存在。
モンスターを倒し、その脅威から多くの人々を守り続けていた。どれだけ大きなモンスターだろうと、どれほど強いモンスターだろうと、そのハンターたちはモンスターへ立ち向かったみたい。
たぶん、その時はモンスターと人間との間にそれほど大きな差はなかったんじゃないかなって私は思う。
今となっては信じられないことだけど、そんなこともあった。
――あった。つまり昔のできごと。
今から数百年前。
ハンターは……人間はモンスターに負けた。
ずっとずっと昔のことだから詳しいことは分からない。けれども、それまではどうにかモンスターに立ち向かうことのできていたハンターたちが負けてしまったらしい。
そんなできごとから数百年。
人間たちは細々とした暮らしをすることになってしまった。
ハンターの存在はおとぎ話の中だけとなり、昔のようにモンスターと戦おうなんてことを考える人はきっともういない。
弱肉強食のこの世界。負けてしまった人間はそんな生活をすることしかできない。
私はハンターたちのいたときの生活を知らないし、今の生活にだって十分満足できている。けれども、やっぱりモヤモヤとした何かを感じちゃうんだ。
そのモヤモヤが何なのかはいくら考えたって分からなかった。
ハンター、か。
「オババ! 山にね、剣が刺さってた!」
あの剣が刺さっていた場所から村までの帰り道が分からず、いつもよりも少しだけ遅い時間の帰宅。そんな私に待っていたのは、オババのゲンコツだった。アレ、ちょー痛い。
「……剣? そんなもん、聞いたことないけどねぇ。シャル、あんた何処まで行っていたんだい?」
シャル。
私の名前がシャルルリエっていうことから来ている呼び名。可愛らしいし、私自身気に入っている。
「んとね、ん~……よく分かんないや」
あの剣は是非とも持ち帰りたいし、また行きたいのだけど……たどり着けるかなぁ。それこそ、毎日のようにあの山へ探検に行っているけれど、あの場所へ行けたのは今日が初めて。なんだか面白そうな香りがするし、是非とも手に入れておきたいところだ。
「はぁ、そうかいそうかい。探検もいいけれど、あまり無茶はするんじゃないよ」
「がってんだー」
よーし、明日こそはあの剣を引っこ抜いてやろう。
そして、次の日。畑の作業を終わらせてからいつものように山へ探検に出発。
昨日は何も持って行かなかったけれど、今回は昔オババからもらったカッコイイナイフを持っていくことに。今日は引っこ抜けるといいんだけどなぁ。
ふんふんと自分でも何の歌だか分からない鼻歌を口ずさみながら、途中で拾った木の枝を振り回しながら山の中を探検。
とはいうものの、やっぱりあの剣が突き刺さっている場所は分からなかった。
そんな時だった。
「おお? おー……お?」
私から少し離れた場所に見たこともないモンスターの姿が。
私が今までにこの山の中で出会ったことのあるモンスターはランポスにランポスのでっかいやつ、あとはアオアシラっていうハチミツが好きなモンスターくらい。けれども、今回出会ったモンスターはそれらの姿とは全然違う。
「あー……翼持ちかぁ、翼持ちはなぁ、ちょっとなー」
どうせ言っても聞かないからってことで、私は自由に生きているけれど、オババから翼持ちのモンスターからは逃げるように、ってことだけは言われている。
そして、私の少し先にいるモンスターはその翼持ちだった。翼にしゃくれた嘴。扇形の大きなものはたぶん、耳だと思う。さらに、うっすらと緑がかった青色の身体。その青色は今まで出会ってきたどのモンスターよりも綺麗に見えた。
そんな見た目カッコイイモンスターではあるけれど、私じゃあのモンスターに勝つことはできない。ランポスくらいなら、叩いたり蹴ったりしてなんとかなったんだけどなぁ。
だから私は名前も分からないそのモンスターから離れようと思った。
けれども、そう上手くもいってはくれないらしい。
できるだけ静かにその場を離れようとしたつもりだった。そうだというのに、私の存在に気づいたアイツ。
両翼を挙げ、私向かってトコトコと走ってくる姿はちょっと可愛らしいけれど、そんなものをゆっくり眺めている時間なんてない。私は狩られる側で、アイツは狩る側でしかないのだから。
「ああもう! こんなことなら、こやし玉も持ってくれば良かった!」
今更そんなことを言ってもしょうがない。まさに、後の祭り。
生い茂った木なんかを避けながら、全力で逃げる。毎日毎日この山を探検していたおかげか、自分でも驚くくらい速く動けていたと思う。
けれども、相手は常識なんて通用しないモンスター。私は木を避けながら逃げる必要があるけれど、相手はそんなもの関係無しに私へ向かって走ってくる。
後ろから響く轟音。その音に追いつかれた先の未来なんて考えたくもない。
ただ、アレだね。あんまりアイツの脚は速くないんだね。
私を追いかけてきているのは確かなのだけど、アイツとの距離はどんどん離れている。少しだけ、余裕ができた。
そう思い後ろを振り返った瞬間のこと。
アイツが火の玉のようなものを吐き出してきた。
私目掛けて飛んできた火の玉を転がってどうにか回避。そんな火の玉は私を通り過ぎ、大きな木へぶつかり弾けた。焦げ付くような、噎せ返る炎の香りが広がる。それは死の香り。私が初めて感じた匂い。
呼吸は一気に荒くなり、心臓が暴れた。
ただ――そんな状況を楽しんでいる自分がいたのは確かだと思う。
崩れた体制を直し、また逃走を始めることに。流石に炎は無理。てか、ずるい。私も炎とか吐き出してみたい。
それからアイツは炎を吐き出しながら私を追いかけるようになった。ソレが私に当たらなかったのは本当に運が良かった。
そして
「――か。お――誰か――のか!」
声が、聞こえた。
それは聞いたことのない声。村の人の声じゃないことは確か。
別に助けを求めていたとかじゃない。ほとんど無意識だったと思う。
そんな状態のまま私はその声の聞こえた方へ向かった。
鬱蒼としていた景色が開け、しっかりと届いた太陽の光。一瞬だけ見上げると、突き抜けるような空が見えた。
そんな場所にある名前も分からない大きな大きな木。それと、その大きな木に突き刺さっている大きな剣。
「おっ、ホントに人がいたか! そこの嬢ちゃん、ちょいといいかい?」
また聞こえた声。けれども、誰がその声の主が見当たらない。
……はっ、まさか、あのモンスターか!
なんてことを思い、後ろを振り返ったけれど、クエクエッ言いながら元気に私を追いかけてきているばかり。だから、たぶん違うと思う。
むぅ、そうなるとこの声は……
「おーい。おーいってば……あれ? もしかして聞こえてない? 聞こえてない感じですか? 大剣ですよー、君の目の前にいる大剣ですよー」
ああ、なんだ。あの刺さっている剣だったんだ。
「いや、なんで剣が喋るのさ」
「んなこと言われても、喋れるもんは喋れるんだ」
あー……そういうもの、なのかなぁ。
いや、やっぱりおかしい気がする。だって、私の知っている剣は喋らない。
声の主が剣だと分かって驚き、さてじゃあどうしようか、なんて考えていた。
そんなことをしていたせいで、追いかけ続けてきたアイツがついに私に追いつく事態に。これは……ちょーっとマズい。
さっきまで逃げていた場所とは違い、完全に開けた場所。走ってくるだけなら私だって逃げ切れたと思う。けれども、あの大きな翼が飾りじゃないとしたら……
逃げられる気はしなかった。
「うん? 珍しいなイャンクック亜種か」
どうやってアイツから逃げようか必死に私は考えていた。そうだというのに、のんきな声が剣から聞こえる。
イャンクック。たぶん、ソレがアイツの名前。亜種っていうのは……よく分かんないや。ああもう! そんなこと今はどうでもよくてっ!
むむぅ、こうなったら――
「ああ、なるほど。そういう状況か。おい、嬢ちゃん! 俺を……」
剣から聞こえる声。
そんな声を無視して剣の元へ。
そうしてから、突き刺さっている剣を一気に引き抜いた。
昨日はどれだけ力を入れようが、どんな方法を試そうがダメだった。けれども、その時は力なんてほとんどいらなかったんじゃないかな。
引き抜いた剣は本当に私と同じくらいの大きさで、その色は先っぽだけが青く、あとは燃えるような赤だった。
両手でしっかりと掴む。予想よりも重くはない。
「よーし、よくやったぞ嬢ちゃん。随分と久しぶりになっちまったが……ま、ひと狩りいくとしようか」
私にとって初めてのクエストが始まった。
★ ★ ★
・シャルルリエ総記
・緒論
今では多くの人々がその名を知るシャルルリエであるが、そのシャルルリエに関する資料は驚く程に少ない。
彼女の生まれ故郷や、どのような環境で彼女が育ったのか、そして彼女がハンターを目指した目的なども分かっていない。
そのように多くの謎を持ち、またその謎の多さも彼女の魅力のひとつである。しかしながら、シャルルリエの功績を考えるに、我々は彼女の生涯をまとめる必要性を強く感じた。
拙作は、そのシャルルリエの生涯をまとめた初めてのものとなる。また、拙作は様々な資料を用い、シャルルリエの生涯をできる限り忠実に書いたものであり、彼女の英雄談を高らかに謳うものでないことを御留意願いたい。
のんびり書いていきます。
本編最後のシャルルリエ総記は後書きへ移すかもしれません。