月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

47 / 48
第47話

 

 

 

 

 

『……今度は貴女からですか、仙人様』

 

「ごめんなさい。でも、頼れるのはあなたしか居ないと思いまして」

 

『まぁ、別に頼られるのは嫌いではないので正直そこは良いんですけど……外の世界に連れて行って欲しい———というのは、どういう事なので?』

 

 最近、妙に周りから頼み事をされる気がする。

 そろそろ姫様から無理難題の一つや二つ言われるのではないかと思っていたら、まさかの予想外の人物が訪ねて来た。

 

「言葉の通りです。以前、外の世界に旅行に行ったとの話を聞いたので、あの八雲紫のように世界を行き来する事ができるのではないですか?」

 

『確かに楽園を通じれば、できますけど……それこそ、紫さんに頼めば良いのでは?」

 

「……まぁ、『行く』だけなら確かにそうですね。ある程度の『対価』を示せば彼女も協力してくれるでしょう」

 

『———つまり、行くだけでは物足りないという事ですか?』

 

「その通りです。正確には、『探し物』が幾つかありまして……」

 

 ———さて、どうしたものか。

 別に引き受けても良い。

 ただし問題が一つある。

 

 

 今日、永琳(師匠)とお出掛け———要するに『デート』の約束をしているのだ。

 果たして仙人様の頼み事とやらが、一時間くらいで終わる可能性はどれくらいあるのだろうか。

 

『……あー、取り敢えず詳しい訳を聞かせて貰っても? 何の目的で、何を探しているのか———それを教えてくれなければ、引き受ける気にはなれません』

 

 多分だが、相当な訳ありとみた。

 ここで理由は明かせぬ———そう言ってくれれば、断れる理由ができるのだが……

 

「———分かりました。全て、お話ししましょう」

 

 ……まぁ、そう簡単に事は運ばないか。

 取り敢えず、長話になりそうなので、お茶の準備でもしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———いや、よく生きてたな。あいつ(鬼神)の腕をくっつけて、あまつさえ『適合』するとは……ちょっと引くわ」

 

 思わず本音が言葉として出た。

 

「その……無我夢中というか、ヤケだったと言いますか」

 

 成る程、『血が繋がっている』とはそういう意味だったのか。

 鬼神がこの仙人にかつて行った方法は、自分が教えたものだ。

 もっとも教えた時は、不慮の事故で瀕死になった当時の天魔を手っ取り早く治療する為に、鬼神の血を媒介にして、肉体を分け与えるというものだった。

 まさかそれを、単なる人間にやるとは……ちゃんと、無闇矢鱈に使うなと教えた筈なのだが。

 

(……いや、これ間違いなく私の責任では……?)

 

 推測にはなるが、鬼神が暴走していたのも、自分が居なくなったショックによるものが起因だろう。

 そして華扇という少女が、人間として死ぬ事が出来ずに、鬼に変貌してしまったのも、要は自分が原因なわけで———

 

 うん、責任は取らなければ。

 だが、永琳の件をどうするべきか。

 蔑ろにしたら絶対拗ねるし、また後日って言っても納得しないだろう。

 だって、朝からずっと自室に篭って、色々と準備している永琳に、そんな事を言えるわけがない……!

 

 かといって、仙人様のいう『右腕』も放置するべきではないだろう。

 仮に封印とやらが解けてしまっている状態で、外の世界に存在しているとしたら、状況はかなりまずい。

 最悪の場合、犠牲者が既に何人かいるかもしれない。

 

『……一つ確認ですけど、右腕は再封印したいんですよね?』

 

「はい、我儘を言ってるのは承知の上です。どうかお力添えを……」

 

 鬼神母神の右腕。

 それを跡形もなく消し飛ばす事なら、自分か天魔、又は当事者の鬼神なら可能だろう。

 しかし、『封印』となると話が違ってくる。

 

『ふむ……ちょっと右腕を見せてもらっても?』

 

 了承を得て、仙人様の右腕を拝見させてもらう。

 一見すると、包帯でグルグル巻きの腕に見えるが、中身は存在していない。

 仙術による仮初の腕だろう。

 

『これは……多分なんですけど、腕を見つけても再封印は簡単にはできないかと』

 

「ど、どういう事ですか……?」

 

『封印は斬り落とされた右腕にされているわけではなく、あなた自身に施されてますね。多分連動していて、再封印するにはもう一度「同じ方法で」、あなたに施す必要があります』

 

 別の封印を施すという手もあるが、下手に別の刺激を与えると、何が起こるか予想がつかない。

 確実に安全に、再封印するには、同じ封印を同じ方法で行うのが一番だ。

 というか、鬼神の右腕をこうも綺麗に封印するとは……封印を施した人間はよほど優れて———いや、人間離れしていたのだろう。

 多分、当時の仙人様の『鬼としてあるが為』の原因を、右腕にあると見抜いて、斬り落とした上で封印をしたのだ。

 

「同じ方法……つまり、右腕を取り戻した私を『誰か』が倒し、『鬼切丸』で右腕を斬り落としてもらう———」

 

『そしてその誰かは、人間でなくちゃいけない……そうなると———霊夢ちゃんか、早苗ちゃん辺りが適任でしょう』

 

 自分もまぁ、ニンゲンではあるが……適任ではないだろう。

 

「———やはり、霊夢にやらせるしかないみたいですね」

 

『まぁ霊夢ちゃんなら心配ないですよ———問題なのは』

 

「えぇ、『右腕』と、『鬼切丸』を見つけなければならないという事———右腕は兎も角、鬼切丸の方はどうなっているのでしょうか。外の世界の……博物館でしたっけ? そのような施設にあれば少し『借りる』事くらいできるのだけど……」

 

『ふむ……そもそも、刀としてちゃんと残っているかが問題ですね。その辺りの伝承は詳しくないので何とも言えませんが、折れて粉々になってるかもしれませんし』

 

 逆を返せば、欠片の一つでも入手できれば、封印はおそらく可能。

 あの霊夢ちゃんなら、欠片一つあれば何とかするだろう。

 しかし何処から手をつけたものだろうか。

 せめて自分が現物を一度でも見た事があったら、仕方ないがここは能力を解禁して、探し出せたり出来たのだが……

 

『……まぁ、悩んでいても仕方ないですね。取り敢えず右腕の方から先に探しますか。準備の方をお願いします』

 

「え、もう出立されるのですか……?」

 

『時間が惜しいですからね』

 

 ———さて、なし崩し的に、いつの間にか引き受ける気満々になってしまったわけだが……

 永琳との約束をどうするか。

 その解決策は、もう出ている。

 少し早足で、永琳の部屋へと向かい、その襖を静かに開けた。

 

「———どうしましょう、今日に限って髪型がうまく決まらない……いっそのことおろして———あ、もうそんな時間かしら? もうちょっと待ってて貰える?」

 

「永琳」

 

「ど、どうしたの……?」

 

 姿見の前で悪戦苦闘していた彼女の背後に立ち、その銀の長い髪を代わりに整える。

 

「ちょっと予定変更してもいいか? なに、行き先が変わるだけだよ」

 

 髪型はいつもの三つ編みで良いだろう。

 彼女にはこれが一番似合う。

 

「? 何処に行くの?」

 

「外の世界」

 

「え……何で急に?」

 

「ちょっと行く用事が出来てね。それに、前は連れて行けなかったから、これを機に二人で楽しもうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その昔、日の本には妖怪と呼ばれた物の怪がいた。

 中には人間をものともしない、強大で、凶悪な妖怪もいた。

 その中でさらに一際目立つ、妖怪ありけり。

 その名を、『鬼』と言う。

 

 鬼は鋭い角を持ち、その腕力で全てを捻じ伏せる。

 鉄と鋼で鍛えられし刃を通さず、傍若無人の通り名相応しい暴れん坊。

 山を降り、人を襲い、酒や食料を奪う。

 手の付けれない悪童のようだった。

 

 誰が呼んだか、そうした山に住まう妖怪を鬼と呼称し、彼奴等も自らそう名乗るようになった。

 

 さらに恐ろしい事に、鬼の中には『神の如き力を持つ鬼がいた』。

 嗚呼、あれこそ鬼の頭領。

 鬼の親、鬼の神。

 『鬼神母神』の名を持つ恐ろしい存在が———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———あえて今まで追及はしませんでしたが、随分と派手に暴れたようですね』

 

 薄汚れた看板に書かれた、消えかけた文章から目を離した。

 

「えぇ、その……最初はひっそりと山に隠れ住んでましたよ? けど日に日に山に押し入る人々が多くなって、お母様も私も皆も、つい熱くなったというべきか」

 

 薄れているとはいえ、未だに人間達の記憶に残る『鬼』。

 それがどれだけ、当時人々の記憶に、恐怖にこびり付いたか想像くらいはできる。

 

「———近くに管理小屋みたいのあったけど、誰も居なかったわ。中の様子からして、長い間放置されてるようね」

 

 永琳が戻ってきた。

 

『本堂も仏殿もボロボロ。瓦も何枚か落ちて放置……人の手もかなりの間入ってませんね』

 

「えぇ……けれど」

 

 仙人様が地面に目を向ける。

 そこには外の世界の菓子袋やら、柑橘水のようなものが入っていたであろう容器が散乱してる。

 つまり、この古びた寺は、信仰は既に失われ、今では若者の隠れ家的溜まり場にされているのだろう。

 

「……この中に?」

 

『間違いないかと』

 

 外の世界にやって来た我々三人。

 目的のものは結構あっさりと見つかった。

 まぁ鬼神の右腕というのなら、長い付き合いの自分が波長を少し探ればすぐにキャッチできたというわけだ。

 

 そういうわけで、穴だらけで埃や土汚れが詰まった戸を開けて、中に入った。

 …………あれか。

 

「あ———」

 

『仙人様と永琳はそこに。私が確認します』

 

 仏殿の神棚の上、そこに見世物のように置かれた箱。

 蓋には『鬼の腕』と刻まれている。

 そして、その箱を手に取ると———

 

(うわ……封印が解け掛かってるな)

 

 さらに危惧していたように、既に『何人』か犠牲になったようだ。

 まぁ興味本位で危険な箱を開けようとしたのだから、知らなかったとはいえ自業自得だ。

 今回は無事に再封印させる事で、報いるとしよう。

 

「だ、大丈夫そう……?」

 

『ふむ……ちょっと失敬して』

 

 紐を解き、箱の蓋を開ける。

 すると中から、まさに邪気そのものがこの身を包もうとした。

 自分を『取り込もうとしている』のだろう。

 このまま誘いに乗って、邪気の本体を叩き潰しても良いのだが……

 それでは再封印にならない。

 なので無理矢理、『抑えこんだ』。

 一時的だろうが、これで暫くは大人しくなるだろう。

 

 念のため『中身』を取り出して、確認する。

 自分の手に握られているのは、間違いなく鬼神(角付き)の右腕だった。

 ちょっと干からびているが。

 

『それじゃあ、はい。仙人様』

 

「あ、ど、どうも……」

 

 箱を仙人様に渡す。

 これで目的の一つは達成できたわけだが……

 ぶっちゃけ、鬼切丸の方はお手上げだ。

 せめて何か手掛かりがあれば良かったのだが……

 

(……いや、待てよ)

 

 一つだけ、謎が残っている。

 仙人様に施された封印。

 それは薄れてはいるものの、完全には失われていない。

 永い刻を、失われる事なく発揮する封印術式。

 もしかしたら、その為の『楔』があるのかもしれない———

 

『仙人様、もう一度右腕を見せてもらっても?』

 

「え、か、構いませんが……」

 

 急に言われて困惑しているようだが、言われた通り仙人様は仮初の右腕を差し出す。

 前回は失礼だと思い確認しなかったが……今回は確かめなくてはいけない。

 

「え、あ、ちょ! な、何を!」

 

 仮初の右腕を模っている包帯をほどいていく。

 勝手にだが、仙術は解除した為、支えを失った包帯は重力に従って床にハラリと落ちていく。

 そしてあらわになった仙人様の本当の右腕。

 正確には、鬼神に喰いちぎられ、後に鬼切丸に斬り落とされて出来た断面(傷口)

 そこから、ついさっき斬られたかのように、瑞々しい赤い血が滴り落ちていく———

 それを数十秒ほど観察して、推測が確信へと変わった。

 

『先に謝っておきます、仙人様』

 

「え……?」

 

『文字通り、傷口を「抉る」ので、我慢してください』

 

「それはどういう事———いたっ、いたたたた!」

 

 その傷口に、自分の手を抉り込む。

 ぐちゅぐちゅと、肉が千切れる音がする。

 永琳が驚愕の顔で、何してるんだと訴えているような気がするが、無視する。

 埃が積もった木の床が、真っ赤に染まり始めた頃、ようやく『取り出せた』。

 

『はい、お疲れ様でした。無事に取れましたよ』

 

「ッ……い、いきなり何を———って、それは……?」

 

 血を指で拭い去ると、それは全貌を明らかにする。

 一見すると、それは金属の破片だった。

 

「……まさか、それは———」

 

 仙人様が気付いたのか、驚愕と、ほんの少しの恐れを表情に出した。

 

『そのまさかですね。かつて鬼の腕を斬り落としたと謳われる、妖刀『鬼切丸』———の破片です』

 

「い、いやでも……どうして鬼切丸の破片が私の———」

 

 まぁ、混乱するのも無理はないだろう。

 灯台下暗しもいいところだ。

 

『多分、封印の楔として埋め込まれていたのでしょう。当時の事をよく思い出してみて下さい、思い当たる節があるのでは?』

 

「…………あ、そういえば、右腕を斬り落とされたあと、鬼切丸の鋒で傷口を刺されて———」

 

 何ともまぁ、器用な人間だったのか。

 戦いの最中そんな芸当が出来るとは……

 

『まぁ、図らずとも目的達成できましたね。その破片は、右腕の封印に使った後、もう一度右腕の傷口に埋め込んでおけば大丈夫だと思いますよ』

 

 破片を渡す。

 いやはや、今回は運が良かった。

 いざとなったら、世界中くまなく探すつもりだったから、内心ホッとしている。

 

「———その、色々とお世話になりました」

 

『いえいえ……まぁ、半分私の責任もあったし……」

 

「え?」

 

『何でもないです。それより、今すぐ幻想郷に帰りますか? それとも私達と一緒に数日観光でもします?』

 

 永琳が余計な事を言うなという視線を向けてくる。

 

「……いえ、折角のお誘いですが、遠慮しておきます。霊夢を巻き込む為に、色々と準備もしないといけませんし」

 

『そうですか、ではまた今度。どうやらこの前てゐもお世話になったようですし、永遠亭に来てくだされば、夕食とお酒くらいなら馳走しますよ』

 

「———えぇ、機会があれば是非、お伺いします」

 

 幻想郷への道を開く。

 仙人様は一礼して、その姿は幻のように消えていった。

 

「……お節介者」

 

『怒ってます?』

 

「怒ってはないわよ」

 

『それなら良かった』

 

 機嫌を損ねないよう、彼女の手を握る。

 そうして、寺を出て、山を降り始めた。

 下り坂な為、意図せず早足になるが、決して手を離さず、転ばないように歩く。

 

「先ずは何処に行こうか?」

 

「その前に、服をどうにかしたいわ。外の世界に馴染めるようなね」

 

「確かに、じゃあ似合いそうなのを見繕うか?」

 

「お断りするわ、自分のセンスで貴女を見惚れさせてやるんだから」

 

「あぁ、それは楽しみだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———それからというもの、人里で物珍しいものが、それなりの頻度で見られるようになったらしい。

 何軒もの居酒屋をハシゴする、鬼の頭領と、説教癖のある仙人の姿が———

 

 

 

 




番外編第一弾、これにて完結です。
茨歌仙、続編とかやらないかなぁ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。