月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第46話

 

 

 

 

「なー母上、久しぶりにヤらない?」

 

「抜け駆けは許さないぞー、勇儀。お前はこの前喧嘩したばっかりだろ? 次は私の番さ」

 

「おかしいな、そんな約束事した覚えないぞー、萃香。まぁ、前菜としてならお前と喧嘩するのも悪くないな」

 

「言ったなこいつー。月まで吹っ飛ばしてやるから表でようやー」

 

 ———騒ぎ声と、酒の匂いが支配するこの場所。

 捨て去られた地獄を再利用した小さな町。

 その一角に建てられた大きな建物の一階部分。

 そこは鬼と人間達に名付けられた妖怪の宴会場だった。

 

「うふふ、二人ともごめんなさい。今日はこの後用事が出来るかもしれないので、また今度です」

 

「なっ……母上が喧嘩の誘いを断った……だと」

 

「何だよ出来るかもってー。どうせまた竹林の兎に会いに行くんだろー? ずるいずるい、偶には私達にも構えー」

 

「天魔様と同じ旧友とはいえ、羨ましいなぁ。というか私もそいつと一度ヤりあってみた———」

 

「———勇義ちゃん?」

 

「じ、冗談……じゃないけど、そんな顔しなくても、母上の想い人を取るつもりはないって。ただちょっと、手合わせを……」

 

「うふふふふ、私も仕方なく我慢して、長耳ちゃんとの喧嘩は自重してるんです。なのに、勇義ちゃんは私を差し置いて、誰と、手合わせ、したいと、言うのですかぁー?」

 

「…………あー、萃香。やっぱり今日はお前と喧嘩したい気分何だけど、どうだい?」

 

「はっはっはー、仕方ないやつだな」

 

 そそくさと酒瓶を持ったまま出て行く二人の鬼を見送ってから、自身も立ち上がった。

 ———どうやら、用事が無事に出来たようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、来てくれて嬉しいです」

 

「…………お久しぶり、です」

 

 地底に唯一流れる川の上に築かれた橋。

 そこでお互い、出逢った。

 

「ほんのちょっとだけ、来てくれないんじゃないかと思ってました」

 

「……その、本当は乗り気じゃなかったけど。呑みに行くだけなら案外楽しいかもと、助言されてしまいまして」

 

「それなら、その方に感謝しませんとね———えっと、こういう時は再会の『はぐ』? をした方が良いんでしょうか?」

 

「……別に構いませんけど、力加減は考えてくださいね。下手をしたら圧死しかねないので」

 

 そう言いながらも、その場から動こうとしなかった為、仕方なく此方の方から歩み寄った。

 古くなった橋の板が、ギシギシと音を鳴らす。

 

「———また逢えて嬉しいです、『華扇』」

 

「あっ…………」

 

 背は華扇の方が高い為、頭まで自らの腕に収める事はできなかったが、それで充分だ。

 そうして一分くらい、出来るだけ弱く、それでいて力強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

「……あのさぁ、そういうの他所でやってくれないかしら」

 

「あら、ごめんなさい『水橋さん』」

 

 地底に住まう橋姫に怒られてしまったので、さっさと場所を移動する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日を、覚えている。

 全部が変わった、あの日を。

 運命的といえば、ロマンチックに聞こえるかもしれない。

 けれど、あの日はそんな言葉で片付けられるほど、単純ではない。

 

 嗚呼、私はあの日を、覚えている。

 暗くて、闇い夕焼け。

 風が吹き、木々が騒めく森の中。

 そして、小枝を踏み潰し、枯れ葉を蹴散らす音———

 私はただひたすら、傷だらけの裸足で山道を歩く自分の足を見つめ、俯きながら歩き続けた。

 

 痛い、痛い。

 とうに疲労は限界を迎え、足は棒のように固まっている。

 もう、歩きたくない。

 だけど、私は歩き続けるしかなかった。

 私は、『贄』だから———

 

 

 

 

 私は名前すらない、小さな集落で産まれた。

 両親は物心つく前に死んだらしい。

 そして私を引き取って育ててくれた、育て親も、少し前にこの世を去った。

 元から病弱だったのだ。

 むしろ数年間たった一人で私を育てられたのは、奇跡に近いだろう。

 

 だが、私はまだ子供だ。

 大人の助けがまだ必要だというのに、そんな私を再び引き取ろうとする大人は、集落にはもう居なかった。

 仕方ないといえば、そうだろう。

 好き好んで、同情だけで手の掛かる子供を一人、面倒みようなどという余裕があるわけがない。

 必然的に、私は孤立し、孤独になった。

 それでも何とかしようと、一人で生きているように努力した。

 しかし上手くはいかずに、次第に私は『邪魔者』とされていた。

 

 そんな状況の中。

 最近ある事件が相次いで起こっていた。

 集落の近くの山に、『妖怪』が住み着いたらしい。

 妖怪は非常に凶暴で、毎日のように山を荒らし、動物達を喰い荒らす。

 今のところ集落にまで降りてきた事はないが、いずれ現実になるかもしれないと。

 大人達はその妖怪を退治する事にした。

 

 ———だが、退治に出掛けた人間は誰一人として、戻らなかった。

 危機感をさらに感じた連中は、都まで赴き、大規模な討伐隊を送り込んだ。

 しかし、誰一人として、戻らなかった———

 

 そうなったら、後はどうするか決まっている。

 強い者に勝てないのなら、『服従』する。

 突拍子もない考えで、それを行うとする。

 だから、私は選ばれた。

 月に一度、妖怪(強者)に捧げる『生贄』として……

 

「———お腹、すいたな」

 

 大人達に、山の中腹にある大木に括り付けられたのが昼餉前。

 隠し持っていた石製の刃物で何とか縄を切って、脱出できたのがついさっき。

 お天道様はもう、顔を引っ込め始めていた。

 

 死にたくはない。

 だが、生きる術は無い。

 集落には戻れない。

 かといってこのまま山の中に居ても危険だ。

 だから私は、あてもなく、傷だらけの足で歩くしかなかった。

 

「———今の、音は……?」

 

 ぼやける視界の中、木々のざわめきが耳に入った。

 その音は段々と近づいて来て、意識が鮮明になり、気が付いた時には、もう『ソレ』は目の前にいた———

 

「——————!」

 

「あっ……」

 

 死を悟る。

 今動いたら、確実に死ぬ。

 もう頭の中は恐怖で麻痺しているのに、生存本能だけが働き、私の呼吸を止め、悲鳴をあげるのを抑えてくれた。

 

「—————」

 

 私を低い唸り声を出しながら、観察するソレ。

 私なんかよりずっと巨大で、血に飢えた眼を私だけに注ぎ、牙をガチガチと鳴らす。

 頭部に目立つようにそびえ立つ、二本の角、それに棘のように尖っている体毛のあちこちには、指を切ってしまった時によく見るような、赤い液体が、たくさんついて———

 

「———ぅぅぅうううああああ!」

 

 思考より先に、身体が恐怖で動き出す。

 死にたくない、死にたくない。

 死んでしまう前に、殺してしまえ———!

 そんな短絡的で、当たり前の結論が、私の知らないところで出された。

 右手に持っていた刃物を、突き刺すようにソレに突き立てた。

 偶然にもそれは、人間でいう眼の部分に当て嵌まるだろう場所に刺さった。

 

 

 ソレは少しだけ唸り声を止め、ほんの少しだけ、理性が宿ったような目で、私を見た———

 そして頭部を軽く、私に向けて押し付けた。

 自然と体勢は崩れてしまい、地面に座り込む形になった私に、ソレは大きな口を開けて———

 

「———あ、れ……」

 

 気が付けば、手にしていた唯一の武器である、刃物が無くなっていた。

 私の、『右手』ごと、ごっそりと———

 

 不思議と、痛みはなかった気がする。

 只々、呆然と血を噴き出す己の右腕だったものを見つめて、漸く目の前のソレに喰われたんだと気が付いた。

 そして、視線を前へ戻した。

 そこには、私の血で汚れた、大きな口が再び迫って———

 

「—————ちゃ、ん?」

 

 ———その口が、私を粉々にしてしまう前に、何処からかそんな微かな声が聞こえた気がした。

 するとどうだろうか、目の前のソレから、視界を埋め尽くす程の煙のようなものが噴き出したかと思えば、次の瞬間ソレは跡形も無く消えていた。

 

 代わりに、そこには女性がいた。

 だが、明らかに普通の人間ではない。

 頭からは歪に曲がった角が。

 何より、その眼だ。

 この獲物を見定めるかのような眼は、さっきのソレと全く同じだった———

 

「…………腕、美味しかったです」

 

「え———ど、どういたしまして……?」

 

 阿呆だ。

 自分の腕を喰った奴に、何を呑気に言っているのか。

 

「……一つ、聞いても良いでしょうか?」

 

「は……? べ、別に構わないけど———」

 

 殺すのならさっさとしてほしい。

 どうせもう私は助からない。

 大人達の思惑通りになるのはシャクだが、生きる意味も術も無ければ、どうする事もできない。

 

「———『小娘』って、何でしょうか?」

 

「…………?」

 

「小娘って、そんなに良いものなんですか? 人間の子どもが、何でそんなにも大切なんですか? どうして、彼女は私に嘘をついてまで追いかけて行っちゃうんですか———」

 

 質問の意味は、よく分からなかった。

 というより、自問自答しているように感じる。

 

「……よく、分かんないけど。子どもは大切だって思えるのは、その子どもの『親』だからじゃない?」

 

「…………親?」

 

「小娘って子どもを、追いかける程大切に想う親だったんじゃない……分かんない、けど———」

 

 ダメだ、もう意識が朦朧としてきた。

 あぁ、結局何もできずに、何も遺せず、私は朽ち果てる———

 私は一体、何の為に今まで生きて……

 

「ねぇ、親って何ですか? 私にも『子ども』ができれば、私も親になれるんですか? 私も、———ちゃんを知る事ができるんですか?」

 

「——————」

 

 地面に倒れ伏した私を、揺さぶる感覚を少しだけ感じた。

 だが私にもう、答える事も、思考する事も難しい。

 あとはひたすらこの『闇』に、沈んでいくだけ———

 

「……あなたに、親は居るんですか?」

 

 ———その言葉で、私は浮上した。

 そう聞かれたら、私は答えるしかない。

 意地でも、答えるしかない……!

 

「本当の、親じゃないけど……もうこの世にはいないけど、居た! 私は、死ぬわけにはいかない! じゃなきゃ、あの人が私を育ててくれた意味が……!」

 

 歯を食いしばって、何とか立ち上がる。

 そうだ、たとえ死ぬしかないとしても、私は最後までそれに抗う。

 少しでも長く、生きるのだ。

 

「———じゃあ、私に教えてくれませんか? 親を、子どもを……その代わり、その傷を治してあげるので」

 

「———えぇ、えぇ! 教えてあげるわよ! だから私を、もっと生かして———!」

 

 そう宣言すると、目の前のソレは初めて『笑った』。

 そしてそのまま私を押し倒すと、自らの『右腕』をいとも容易く、ちぎり取った。

 

「飲んで、呑んで、のんでください———」

 

 私に馬乗りになり、ちぎり取った右腕の断面を私の口に押し付けてくる。

 断面からあふれ溢れる血が、私の顔を穢す。

 私はその意図を理解し、理性だけを抑えて、生きたいという本能でその血を、啜った。

 

「私の腕、あげますね」

 

 今度は、その右腕を私の右腕があった場所にねじり込むように押し付けてきた。

 そんな事で腕がくっつく訳がない———しかし、私は抵抗せずにそれを受け入れた。

 

 すると、身体中にこれ以上ない激痛。

 まるで身体の中で、蟲が暴れまわっているかのように。

 加えて、右腕の傷口が抉られるような感覚。

 気になって視線を右に移して見れば、千切れて動くはずのないソレの右腕が、ひとりでに動き出して、暴れている。

 断面に口があるかのように、私の傷口に噛み付いている。

 死にそうなほど不快で、痛い。

 私の意思とは関係なく、身体のあちこちが痙攣するかのように跳ね回る。

 

「痛いんですかぁ? よしよし、いたいの、いたいの、とんでけー」

 

 何処でそんな呪い(まじない)を知ったのか、まるで昔見たやつを、単純に真似をするようにソレは、私の頭を撫でて呪いを繰り返して口に出す。

 

 私は、地獄のような時を必死に耐えて、耐えて、耐えて———

 どれくらい時間が経ったのか分からないが、痛みや不快感が消え、意識がハッキリとした頃———

 

 

 

 

 私は、『人間ではなくなっていた』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何ですか、この坑道は」

 

「地上への近道です。最近はこの道しか使ってないですねぇ」

 

 案内すると言って、着いて行ってみれば、知らない道を歩かされている———

 歩くというより、登っているだが。

 

「もしかして、地上で呑むのですか?」

 

「はぁい、地底だと色々と気にして楽しめないと思ったので。あと、最近行きつけの所があるので、そこにしようかなぁと」

 

 驚きだが、どうやら私に気を遣っているらしい。

 

「———ここって……」

 

 ひたすら登り続けて、ようやく出口に辿り着く。

 するとそこには、永遠亭と呼ばれる屋敷が……

 という事は、ここは迷いの竹林だろう。

 

「あら、見慣れないお客かと思いきや、見慣れた客もいるわね」

 

 何でここと地底が繋がっているのか、不思議に思っていると、誰かが声を掛けてきた。

 

「あらあら、輝夜さん。お邪魔してます」

 

「残念だけど、鈴仙は今留守よ」

 

「それは残念です。ですが今日は、長耳ちゃんに用は無くて、竹林の方に用があるのです」

 

「あらま、それは珍しいわね。じゃあ引き留めるのは悪いわね———というか、鬼さんは迷わないようになったの?」

 

「多分大丈夫です。美味しそうな匂いを辿れば、辿り着きますから」

 

「犬か何かかしら……まぁ、もし迷ったら、大きな声で『助けてもこたん』って言えば、暇してる道案内人が見つけてくれるわよ。それじゃあね」

 

 庭を散歩していたのだろうか。

 おそらく永遠亭の住人である黒髪の女性はそう言って、去って行った。

 

 

 

 

 

 迷いの竹林には、少し前、人里で流行った兎ブームの時に訪れた事がある。

 霧で視界は悪いし、竹は気味が悪いほど規則的に生えている。

 加えて霊脈や龍脈が複雑に、それでいて巧く絡み合っている。

 何が言いたいかというと、あまり進んで訪れたいとは思わない場所という事だ。

 修行にはもってこいの場所ではあるのだが———

 

「……ん、ありました」

 

 多分、時間にすると十分くらいだろう。

 ひたすら歩いて、少しひらけた場所に出た。

 おそらく、人工的に整備された場所だろう。

 そこには、小さな屋台があった。

 

「ちょっと、ここで寝ないでよ。またおぶっていくなんて私はヤダ———あ、いらっしゃい。適当に座っておいて」

 

 屋台の光に誘われるかのように、近づいてみると、鳥妖怪らしき妖怪が、カウンター越しから、カウンターに顔を突っ伏して寝ている青い長髪の人物を起こそうとしていた。

 

「ほら、他のお客さん来たから、せめて端っこに寄って!」

 

「ぐぅ……全く、しょうがないわね……」

 

 ぐいぐいと押し込むように、鳥妖怪は青い髪の……多分、何の気配もしないし、単なる人間だろう。

 長椅子の隅っこにその人間を押し込み、人間は最後の力を引き絞るかのように、頭を端っこに寄せた。

 

「あぁ、気にしないで。こいつ、いつもこんな感じだから———あれ、よく見たら最近よく来る鬼の頭領さんに、説教が好きな仙人様じゃない。これまた珍しい組み合わせね」

 

「———あぁ、そういうあなたは確か八目鰻屋の……」

 

 鳥妖怪の方は、見覚えがあった。

 確か神社の屋台や、人里の方でもよく八目鰻を売っている夜雀の妖怪だ。

 

「夜は人里の外の草原や、竹林の中でお店をやってるの。よければこれからもご贔屓に———そして間違っても、私の前で焼き鳥なんて罪深い食べ物を食べないように」

 

 妙な圧力を受けながらも、椅子に座る。

 自分のカウンターのスペースに隣の人間の、長い髪の一部が入り込んでいたから、それを指で押し戻してあげる。

 ……顔は見えないが、この人間何処かで見たような———

 

「なんでも良いので、お酒二つお願いしまぁす」

 

 鳥妖怪———確かミスティアという名前だったか。

 彼女は手慣れたように、二人分の酒を用意した。

 

「かんぱーい」

 

「……乾杯」

 

 彼女とこうして、杯を交わすのはいつぶりだろうか。

 

「———うーん、やっぱりお酒は良いですね。長耳ちゃんと同じくらい好きです」

 

「……そういえば、その『長耳ちゃん』に伝言を頼んだそうですね。何でそんなまわりクドイ事を……」

 

「だって、あなた私から逃げるじゃないですかぁ」

 

「もう少し他にやりようがあったでしょう。何でよりにもよって……めちゃくちゃ怖かったんですからね!」

 

「? 何で長耳ちゃんが怖いんですか?」

 

「そりゃ凶暴で戦闘狂の『母親』が唯一勝てなかった相手なんて話を聞かされたら誰だって……あ」

 

 つい、口が滑ってしまった。

 今この場には、私たち以外にも……

 

「……ん? あぁ、気にせず世間話でも秘密話でも続けて。店主として、お酒の席で溢れた話は絶対に漏らさないわよ。それに、その気になれば『すぐに忘れられる』し———ん? そんなにじっと見つめて、何か追加の注文?」

 

 まるで実演するかのように、ミスティアはさっきまでの会話を『忘れた』。

 そして、その顔に嘘はない事はすぐに分かった。

 ……鳥頭って、そんな自在にコントロール出来るものなのか。

 動物たちを使役する者としては、かなり興味深いのだが……

 

「そういえば、何で『せんにん』? なんて名乗ってるのですかぁ?」

 

「……それは」

 

「それに———『右腕』はどうしたのですか? 確か人間に斬り落とされて、それを取り返しに行くと言って、そのまま家出しちゃいましたよね」

 

「…………」

 

「ふふ、別に怒っていませんよ。ただ、事情くらいは話してくれても———」

 

「———ごめんなさい、『お母様』」

 

 ———どうするか、ここに来る間かなり迷った。

 だけど、私は話す事を決意した。

 

「? 急にどうしたのです?」

 

「私は———もう、『鬼』に戻る気ないです」

 

 それは、決別の言葉だった。

 結果的にとはいえ、命を紡いでくれた。

 生きる術をくれた。

 数多の眷属()を生み出し、『家族』を創ってくれた。

 ———失った親を、『母親』を演じてくれた。

 とても言葉では表せない程、感謝している。

 それなのに、私はそんな彼女に対して、決別の意を示した。

 恩知らずで済めば、どれだけ良いだろうか。

 

「私は……人間の美しさを知って———いや、『思い出してしまった』。鬼として、茨木童子の頃が疎ましいとは言わない……けど、やっぱり私は何処までいっても『人間』。だから、仙道を進む事にしました」

 

 言い方は悪いが、腕を———鬼神の腕(右腕)を斬り落とされた瞬間、まるで憑物が落ちたような感覚だった。

 多分、『邪気』を失ったのだろう。

 かつて鬼神を蝕んで、我を忘れさせたおぞましい存在。

 それが右腕に宿り、私に憑き、そして私から離れた。

 

「……そうですか」

 

「…………」

 

「———えぇ、『構いませんよ』」

 

「えっ……」

 

 しかし、返ってきた言葉は意外だった。

 てっきり、文句の一つは言われると思っていた。

 

「元より、私はあなたを『同じ』にするつもりはなかったですから。単にあの時は、ああするしか方法を知らなかったもので———正直、角が生えてきて、髪の毛も私みたいになった時は、『あれー、なんでかな』って思ってました」

 

「———そう、ですか」

 

 少し、複雑な気分だ。

 ホッとしているような、そうでないような。

 

「…………でもですね」

 

「……?」

 

「あの時は、『嬉しかった』です。今まで独りきりだったのに、私に恐れず勇敢に立ち向かった人間が、私と同じになってくれたのは。私に『親を教えてくれた』ことも」

 

 鬼神は、一度表情を崩してから、もう一度『笑った』。

 

「『ありがとうございます』、華扇()。あなたのお陰で、私は親になれました。かつて嫉妬するしか出来なかった、長耳ちゃん()小娘ちゃん(子ども)の立場を、知る事ができたんです。それはとても、良い事なんですよ?」

 

 ———そうか。

 そうだったのか。

 あぁ、何だかとても安心した……

 

「……あれれ、でもなんで、未だに右腕を探してるんです? 萃香ちゃんに聞いた話だと、巫女を利用して何か企んでるとのことでしたが」

 

 確かに、鬼を棄てるというのなら、もう私に右腕は必要ない。

 では何故、右腕を求めるのか。

 

「それは……その、手元に置いておきたいんです」

 

「……?」

 

「一応、お母様からの初めての贈り物でしたので……」

 

「あぁ、成る程ー。好きなものは手にしてたいですもんねぇ」

 

 ———それに、早々に回収しないとまずいだろう。

 あれだけの邪気が込められた腕。

 封印はされている筈だが、それがいつ解かれて、厄災を振り撒くか誰にもわからない。

 

「———しかし、未だに幻想郷に流れ着かないという事は、やはり外の世界で未だに『記憶されてる』……? やっぱり直接外の世界に出向いた方が……」

 

「んふふ、この際もう一回、あげましょうか?」

 

「それは本当にやめてください。あんな吐き気を催す体験は二度とごめんです」

 

 ———それからというもの、時間も忘れて呑み続けた。

 

 

 

 

 




余談なんですけど、東方の二次創作をするにあたって、主人公候補になる元キャラは何人かいました。
今回は鈴仙を選びましたが、実は華仙もそのうちの一人だったり……何というか、見た目も性格もどストライクなんですよね、仙人様は……笑

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