月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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今更ですが、東方茨歌仙のネタバレがあるので、ご注意下さい。


第45話

 

 

 

 

 

 つまらない。

 つまらない。

 つまらない。

 あぁ———つまらない。

 何も無い、何も感じる事ができない。

 退屈で退屈で、狂いそうだ。

 

 たまに、人間や同類(妖怪)が押し寄せてくるが、ほんの一瞬で『楽しみ』は終わってしまう。

 だから自分から出向く事もあったが、すぐに飽きてしまった。

 こうして眠りにつき、かつての思い出に浸っていた方がまだマシだった。

 

 あの時は楽しかった。

 本当に、心の底から楽しかった。

 対等に殴り合える友がいて、面白い事を沢山教えてくれる人間がいて———それから、自身に生きる楽しさを教えてくれた愉快な長耳の兎がいた。

 こうして目を閉じるだけで昨日のことように思い出せる。

 

 ———だが、あの日々は既に終わった。

 対等に殴り合える友はロクに話せもせず何処かに行ってしまった。

 面白い事を沢山教えてくれる人間は空に行ってしまった。

 愉快な長耳の兎はそんな人間を追いかけ、そのまま消えた。

 残った自身は、仕方なくあてもなく彷徨った。

 永い時間を彷徨い、世界を彷徨い、行き着いた先は結局退屈な日々だった。

 

 ———何故だろうか。

 どうして兎は、人間を追いかけたのだろうか。

 どうして私ではなく、人間の方を選んだのだろうか。

 もしかして逆?

 人間が兎を連れ去った?

 兎を独り占めしたかったのだろうか。

 その気持ちはよく分かる故、その人間を憎む気すらも出来なかった。

 だが己の内で暴れるこのぐちゃぐちゃしたモノは、いつまで経っても消えなかった。

 

 ———いっそのこと、何も考えずに暴れてしまおうか。

 そうしたらまた兎がふらりとやって来て、自身を叱ってくれるのではないか。

 そんな衝動に身を任せ、住処を飛び出した。

 

 自慢の角は研ぎ澄まされ、触れるだけで木々をなぎ倒す。

 爪は障害物を切り裂き、大地をかける四足は地面を抉り取る。

 このまま走り続けて、走り続けて、この身力尽きるまで暴れてやろう。

 そうすればきっと———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、こんな所で寝ないでよ」

 

「———何だ、永琳ちゃんじゃないですかー。どうしてここに?」

 

「どうしても何も、此処は私の家よ」

 

「……あーそうでした。長耳ちゃんを待ってたんでした」

 

 少し、ぼんやりする。

 まだ酒は呑んでいないというのに、いつの間にか寝入ってしまったようだ。

 

「彼女に何か用事でもあったの?」

 

「用事というか、ちょっと頼み事を引き受けてもらってるんですよ」

 

「ふーん……あなたが頼み事って珍しいわね。何を頼んだのよ」

 

「えぇ、家出してる私の娘を連れてきて欲しいと」

 

「———伊吹萃香の方なら、さっきミスティアの屋台で見掛けたわよ」

 

「あー萃香ちゃんじゃなくてですねぇ。私と血が繋がってる方の娘で、多分永琳ちゃんは会ったこと無いと思いますよ」

 

 そう伝えると、怪訝そうな顔をされた。

 

「……なに、産んだの? いつ? 相手は?」

 

「そうでもなくてですねー……何で長耳ちゃんと同じ勘違いするんですか?」

 

「違うの? じゃあどういう…………待って、『血の繋がり』ってあなたまさか———」

 

「言っときますけど、無理矢理とかじゃないですからね。お互い合意の上でした———まぁ、あの娘にはあの時、他の選択肢はなかったでしょうけどね」

 

「それにしたって不可解ね。あなた、そんな事するタイプじゃないでしょ。そもそも、眷属を創ってる事すら前から不思議に思ってたわ」

 

 確かにその通りだ。

 天魔のように私は群れる事に拘りはないし、本当はする気もなかった。

 では何故、今の私は沢山の眷属に囲まれ、家出娘を探しているのか。

 それは———

 

「んー、言われてみると何でですかねー?」

 

「いや、質問してるのはこっちなんだけど……」

 

「まぁ強いて言うなら、『成り行き』ですかねぇ。もしくは気紛れ?」

 

「分かったわ。特に考えは無かったってことね」

 

「むー、でも眷属達を創る『意味』はありましたよー。私、一時期自分でも抑えきれないくらい暴走しそうになってたんですけど、眷属を創ったお蔭で良い感じにガス抜きができて力をコントロールしやすくなったんですよ。まぁ狙ってたわけじゃないので、結果おーらいという奴でしたが」

 

「そう、それは良かったわね」

 

 ———そこで、永遠亭の玄関の戸が開く音がした。

 そして此方に近づいてくる足音———しかしそれは、『一人分』だった。

 

「あ、おかえ———」

 

「お帰りなさい長耳ちゃん! ずっと待ってましたよ!」

 

『ただいまですよっと———永琳顔こわ! 何で憎しみの目を鬼神に向けてるのです?』

 

「別に……!」

 

 ———やはり彼女一人だけだ。

 

「やっぱり長耳ちゃんでも難しかったですか? 本当に抵抗するようなら半殺しくらいにしても良いんですよ?」

 

『まだ言いますかそれ……別に失敗したわけじゃありせんのでご安心を。今日は様子見だけで、勝負は明日からです———時に鬼神、一つ聞いておきたいんですけど』

 

「はいはい、何ですかぁ? あ、私のすりーさいずなら上から———」

 

『それはもう知ってるんで言わなくても結構です。私が聞きたいのは、娘さんの好みです』

 

「はぁ———好み?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大盛況みたいね、霊夢」

 

「あら、華仙。来てたのね」

 

 神社の縁側から一人、お茶を飲みながら騒がしい縁日を眺めている霊夢に私は声を掛けた。

 

「河童や妖精達との信頼も回復したみたいね?」

 

「えぇ、お陰様で」

 

 そう言って、微かな笑みを浮かべる霊夢。

 ———彼女は昔と比べて、だいぶ変わったと思う。

 面倒臭がり屋で、気分屋の彼女が神社で縁日を開いたり、ましてや人外を招き入れるようになるとは、当初は思いもしなかった。

 何というか、年相応の『人間』らしくなった気がする。

 

「何よそれ、私が今まで人間じゃなかったみたいな言い方」

 

「……貴女の勘とやら、偶に怖くなるわね。地底のサトリ妖怪みたい」

 

「アレと一緒にされるのは困るわね」

 

 霊夢は湯呑みに残ったお茶を飲み干す。

 

「……そういえば霊夢」

 

「なによ?」

 

「『あの屋台』、何かしら。昨日は無かったと思うけど……」

 

 昨日までは何も無かった場所に、新しい屋台が出来ていたのを知ったのはついさっきだ。

 どんな屋台なのか気になり、覗いて行こうと思ったが、どうやら人気らしく行列が出来ていたし、何の屋台なのか看板すら無かった為、一旦諦めてそのまま霊夢の元に来たのだが……

 

「あー、あれね。あれは…………」

 

「霊夢?」

 

「……丁度いいわ、華仙。知りたいついでに、その屋台に御使い頼んだわ」

 

 そう言って霊夢はお金を幾らか、こっちに投げ渡した。

 それを慌ててキャッチする。

 

「え、御使いって……」

 

「百聞は一見に如かず、よ。『一杯』で良いから、頼んだわよ」

 

「い、一杯って……」

 

 何か飲み物を出しているのだろうか。

 別に屋台の名前くらい教えてくれても、良いのではないかと内心で思いつつも、取り敢えず例の屋台に向かった。

 

「……並んでるわね」

 

 行列はさっきよりは短くなっているものの、あの屋台に辿り着くには少なくとも数十分程待たなくてはならないようだ。

 これも仕方なしと諦めて、行列の最後尾に並ぶことにした。

 

「お前また並んでるのか?」

 

「そういうお前こそ。もう三回目だろ」

 

 すると、私の目の前に並んでいる二人の人間からそんな話し声が聞こえてきた。

 それならばと、情報を先に集める事にした。

 

「もし、この行列の先の屋台。どんなものか教えて貰っても?」

 

「なんだ、知らないのに並んでるのかい? あの屋台は———なぁ、何て説明すれば良いんだ?」

 

「そんなの簡単よ、安くて旨い、珍しい酒が呑める。ついでに愚痴れる小さな居酒屋よ」

 

「小さな居酒屋……?」

 

 よく分からない。

 よく分からないが、『珍しい酒』が呑めるという事は分かった。

 こんな、まだお天道様が空高く居られる時に酒を愉しむのは些か気が引けるが、偶には良いだろう。

 

 内心浮ついてるのを認めて、ただ黙って順番が来るのを待つ。

 どうやら一人ずつ屋台を利用する仕組みらしく、列は中々進まない。

 それに屋台は全体的に布で覆われているの為、中がどうなっているか分からない。

 それらが余計に、期待を次第に膨らませていく。

 

 ———やがて、自分の順番が来た。

 上機嫌で屋台から出て行く、私の前に並んでいた人間を横目に追いながら、屋台の入り口を潜った。

 

 

 

 

 

『いらっしゃい———おや』

 

「————」

 

 思わず、後退りしてしまった。

 

『これは仙人様、ようこそ。どうぞ、お座りくださいませ』

 

「な、ななな……あ、あなたは……」

 

 ここで何をしている。

 その言葉がうまく出ない。

 

『なに、魔理沙ちゃんにせがまれて、屋台を出す事にしただけですよ———急だったもので、ロクな準備もできませんでしたが』

 

 それなのに、ご丁寧に説明をしてくれた。

 

『……あの、そんなに怯えられるのは正直予想外というか。別に取って食ったりしないので、どうか落ち着いて』

 

「———いえ、こちらこそ失礼を」

 

 何とか動揺を振り払い、落ち着きを取り戻し、一つしかない椅子に座った。

 

『———この屋台はお酒と、簡単なつまみを提供します。ただし滞在時間は大体五分を目安にしますが、その間ならお酒をいくら呑んでもいいし、私とお喋りに花を咲かせても……まぁ私は基本筆談ですが』

 

「成る程ね、じゃあ時間が勿体ないし、早速頂きましょうかしら———珍しい酒とやらをね」

 

 こっちはそれを楽しみに、数十分並んだのだ。

 もう一度並ぶ気も起きないし、限られたこの時間で楽しむしかない。

 

『珍しい酒……あぁ、あれか。思ったよりも反響が良くて嬉しい限りです』

 

 ———そして出てきたのは、一見すると普通の酒瓶。

 ラベルもなく、銘も分からない。

 分かるのは、透き通った水のように透明度が高いという事だけ。

 

『これに銘はありませんが、強いていうなら「月のお酒」ですね』

 

「月のお酒!?」

 

 月に文明があるのは私も知っていた。

 幻想郷にもその月からの住人が引っ越してきてたり、遊びに来ている事も。

 しかし実際、どんな文明が築かれているのか知らないし、興味もあまり無かった。

 話を聞く限り、地上に比べて娯楽の類が規制されていそうと推測していたが……流石に酒の類は月にもあるらしい。

 

『つまみは……確か甘いものがお好きとか。みたらし団子で良ければお出ししますよ』

 

 ———そうして、少し大きめのとっくりに注がれたお酒と、三本の団子が目の前に出された。

 

「———これは……良いわね」

 

 月のお酒とやらは、私の中の合格基準点を遥かに超えた。

 味は正直言って、お酒らしくない感じはするが……これはこれで良いものだ。

 何より呑みやすい。

 このお酒は、迎え酒として呑むのが一番かもしれない。

 

『気に入ったようで何よりです』

 

「えぇ、並んだ甲斐があったというものです———というか、何故一人ずつなのですか?」

 

『なに、簡単な話ですよ———あなたと、少しお話がしたくて』

 

「え……私と、ですか?」

 

 その言葉に、改めて目線を紙きれではなく屋台の店主に向けた。

 

 

 

 

「『茨木童子』、私の旧友にしてお前の『母親』から伝言だ」

 

 そこには。

 そこには、昔に伝え聞いた長耳()がいた———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐ……お団子美味しいです」

 

あなた(鬼神)って、意外と甘党よね」

 

「好き嫌いはしませんよー? でも確かに、甘いのは好きですね。ほら、血肉と全然違うというか、お酒に合うと言いますか」

 

「何で血肉で例えるのよ……」

 

 皿に置かれた最後の団子に手を伸ばす。

 そして食べ過ぎだと言わんばかりに、永琳ちゃんに手を叩かれた。

 

「あ、でも血肉は血肉でも、美味しい血肉もありますよねぇ……ところで永琳ちゃんのお肉って、どんな味なんですか?」

 

「何か急に人喰い妖怪みたいな発言してきたわねあなた……もしかしてその気があるの?」

 

「産まれたばかりの頃は『そういうの』が主な餌でしたからねぇ……それに、『人間』はあまり美味しくないですが、偶に美味しい時もあるので、こう……籤引きみたいでワクワクしません?」

 

「しないしない……ちょっと、何でじりじりとにじり寄ってくるのよ!」

 

「永琳ちゃんは、当たりですかぁ? ハズレですかぁ?」

 

「きゃああああ! 食べられる! 物理的な意味で! た、助けて! うどんげぇぇぇ!」

 

「くっくっくっ、長耳ちゃんは今頃神社で縁日に参加してます……どれどれ、先ずはそのお胸から———」

 

「やめんか、アホたれ」

 

 ———角を掴まれた感触がしたと思ったら、次の瞬間とてつもない勢いで投げ飛ばされた。

 勢いそのまま、永遠亭の庭に激突。

 小さな穴ぼこを作ってしまった。

 

「……もう、ほんの冗談ですよ。天魔ちゃん」

 

「嘘は嫌いだったのではなかったか?」

 

「笑いを狙った冗談なのでセーフです」

 

「全然笑えないわよ! このお馬鹿!」

 

 着物に付いた汚れを払い落とし、髪に付着した土塊をはたき落とす。

 

「……あらら?」

 

「———あ、すまんの鬼神。思わず角をへし折ってしもうた」

 

 以前、長耳ちゃんに折られた角とは逆の角。

 それがあるべき場所になく、天魔ちゃんの手に握られている事に気が付いた。

 つまり今の私は———

 

「———角なしね」

 

「具の無い味噌汁じゃな」

 

「もう、二人して変な呼び方しないで下さい……むむむ」

 

 角は自分の象徴ともいえる存在。

 流石に二本とも折れたままではカッコウがつかない。

 仕方なしと諦めて、たった今天魔ちゃんに折られた方だけを再生させようと、力を込める。

 

「えいっ!」

 

「うわ、ニョキッと生えた」

 

「蜥蜴の尻尾みたいじゃな」

 

「ふー……!?」

 

 ———馬鹿な。

 角が、『両方』ある……!

 

「ああああぁぁぁぁぁぁ……!」

 

「何か急に落ち込み始めたけど……」

 

「ふむ、勢い余って角を両方とも再生させてしまったようじゃな。おおかた、長耳に折られた方だけそのままにしようとして失敗したか」

 

「……よく分からないけど、もう一回折ってもらえば?」

 

「頼んで折ってもらっても、嬉しくないです……」

 

 暫く突っかかるなと、釘を刺されたばかり。

 かといって、それを無視しても彼女に嫌われてしまうかもしれない。

 

「はっ……戦闘(殺し合い)じゃなくて、弾幕ごっこ(スペルカード戦)なら———でも私の角、無駄に硬いし。だったら予め亀裂でも入れて……」

 

『何言ってるか分かりませんが、あまり庭を荒らさないでくれますか?』

 

 ……気が付けば、永琳ちゃんと天魔ちゃんの隣に彼女が立っていた。

 

「———お帰りなさい、長耳ちゃん。ところで、今から弾幕ごっこしません?」

 

『しません、ちゃんと穴ぼこ埋めておいて下さい———あと、例の件。やっぱり連れてくるのは骨が折れそうだったんで、伝言だけ伝えてきましたよ』

 

「……そうですか、長耳ちゃん。ありがとうございました。あとはこっちで何とかします」

 

『どう致しまして———ところで、天魔はこんな時間に何の用ですか?』

 

「……やっぱりそっちのお前さん、何か気味が悪いのぉ。何でまた喋るのやめたのだ?」

 

『諸事情です———もしかして、また夕飯たかりに来ただけですか?』

 

「いや、少しばかりお前さんに頼み事があってな」

 

『……あなたも? ついさっきまで鬼神の頼み事を引き受けてたんですが』

 

「なら丁度良いというやつじゃろ。何、頼み事というよりかは、相談に近い。すぐに済む」

 

 そう言って、天魔ちゃんと長耳ちゃんは縁側の奥へと消えていった。

 

「……さて、今日は早めにお暇して———」

 

「待ちなさい。はい、これ持って」

 

 いつの間にか目の前にいた永琳ちゃんに、シャベルという道具を渡された。

 

「ちゃんと穴ぼこ埋めてから帰って」

 

「……やったの私じゃないのにー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また来たの?」

 

「別に構いやしないだろ? ちょっと休憩するのに良い場所だからさ」

 

「『死神』も休憩するのね。てっきり、一日中舟でも漕いでるのかと———あぁ、でも眠くても『舟を漕ぐ』とも言うものね」

 

「そうだよぉ、あたいは一日中きちんと働いているのさ……一人で月見酒かい? あたいも混じってやろうか?」

 

「……まぁ、別にいいけど」

 

 どうせ来るだろうと思い、予め用意していた器を死神に投げ渡す。

 

「銘柄も無いけど、どんな曰く付きの酒だい?」

 

「月のお酒みたいよ、思ったよりも美味しかったから、ちょっと頂いてきちゃった」

 

「へー、それは珍しい。月の酒というと、最近幻想郷に遊びに来る連中から? それとも竹林の宇宙人から?」

 

「強いていうなら、竹林の方ね。まぁ、貰ったのは『兎』からだけど……いえ、兎の振りをした人間かしら?」

 

「———それって、『鈴仙』とかいう奴のことかい?」

 

「そうね……会ったことあるの?」

 

「一回だけね。あの時は単なる妖怪兎かと思ったけど、まさかねぇ……ああいう手前とはあまり関わりたく無いから、出来ればもう会いたくないね」

 

「死神の貴女が苦手意識とは、驚きね。まぁ……私もちょっと苦手かもしれないけど」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ。

 彼女の事は、実は昔から知っていた。

 最も、会ったことはなく、伝え聞いていた程度だったが。

 

「———はー……どうしよう」

 

 それで思い出した。

 彼女が私に伝えた『伝言』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「そう身構えないで欲しいんだけど……というか、何でそんなに私を警戒してるの? この前の異変でちょっと大乱闘(弾幕ごっこ)しただけだと思うけど」

 

「いえ、少し聞いていた話とイメージが違うなと……もっとこう、おか……じゃなくて、鬼の頭領より暴虐で、残忍な性格かと」

 

「———あいつ(鬼神)、いったい私のことについて何をどう吹き込んだんだ……? いや、あの語彙力ではお察しの通りか———まぁ、見ての通りその聞いた話はアテにならないだろう?」

 

 長耳は何処からか煙管を取り出す。

 

「時間も無いし、本題に入ろうか。茨木どう……いや、華仙さんか。失敬、仙人様は仙人様だ」

 

「……あなた」

 

「悪かったって、勿論言い触らしたりしない。ここだけの秘密だ……それで、実は仙人様を連れて来いって、その鬼の頭領から言われてるんだけど……」

 

「…………」

 

「ふむ……あー、やっぱり無理矢理はヤダな。だから、伝言。取り敢えず聞いてくれない?」

 

 長耳は煙を吐き出す。

 ただし私に向けてではなく、何もない空中()へ。

 

「……聞きましょう」

 

「良かった……こほん。『今度、一緒に呑みませんか』だってさ」

 

「え……」

 

「まぁ、あれだ。私は関係ない立場だから口を出すべきじゃないけどさ……過去に何があって、今この瞬間から何が起ころうと、鬼神は仙人様の事、大事にしていると思うよ———正直あいつにそんな『感情』があるとは思わなかったけど」

 

「———でも、でも私は……!」

 

 思わず、感情が爆発しそうになる。

 それを、口元に人差し指を当てられて、抑えられた。

 

『今はそれ以上は言わない方が良いですよ。その気持ちを伝えたいのは、私ではないでしょう?』

 

 ———気が付けば、着物姿の長耳は消えていて、現代らしい服装に身を包んだ鈴仙がいた。

 

『さてさて、サービスであと数分延長します。何か愚痴があるなら聞きますよ。それとも、お酌でもしましょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……急に黙り込んで、どうかしたかい?」

 

「いえ、ちょっと悩み事が……」

 

「ふーん……あたいで良ければ相談に乗ろうか? なに、日頃のお礼も兼ねてさ」

 

「勝手に休憩しに来といて何を……まぁいいか。じゃあ聞くけど、ずっと昔に疎遠になった親しい人に、久しぶりに呑まないか? って誘われたんだけど、どうしたら良い?」

 

「? 別に良いじゃないか。久しぶりに会うってことだろ?」

 

「なんていうか……喧嘩別れしたっきりというか。色々と複雑な気分なのよ」

 

「ふーん……もしかして、その相手ってあんたの『御同輩』かい?」

 

「……まぁ、そんなところね」

 

「はっはっはっ、そりゃ複雑だろうね!」

 

 他人事だと思って、笑う死神。

 

「まぁ、あれだよ。あまり気にしなくていいんじゃない? あたいも口煩い上司に嫌々付き合わされる時もあるけど、意外と楽しかったりするもんだよ」

 

「そういうものなのかしら……はぁ」

 

 ……でも、確かに良い機会かもしれない。

 今後の『計画』の為にも、霊夢だけではなく、様々な人妖からの助けがいるだろう。

 それに……私の『腕』も、いい加減見つけ出したい。

 

「仕方ない……か。腹を括るしかないようね———ちょっと、呑みすぎよ! 私の分まで取らないで!」

 

 

 

 




仙人と死神のペアが茨歌仙の中でなら一番好きなんですけど、いつの間にか本編が完結してて、もう見られないのかと思うと少し残念と思う作者です……

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