『あなたは何処に行くんですか? 今すぐこの場から離れてどこか遠くに行けと言われましたけど、あなたはどうするんですか?』
背中を見せ、その場を去ろうとする彼女にそう訊ねた。
『———なに、あいつに別れを告げに行くだけだよ。言いそびれてたからな』
『それなら私も行きます。あいつって小娘ちゃんのことでしょう? もう会えなくなるのは寂しいですが、二人でさよならをして、そのまま一緒に———』
『全く……そろそろお前も独り立ちしても良いだろうさ。私はお前達に殺す以外の生き方を教えたし、知恵もやった。私がいなくてももう平気だろう』
彼女は呆れたように告げた。
本当はその言葉を否定したかったが、私には出来なかった。
『それとこれとは話が別です。私は、あなたとまだ一緒に居たいだけです』
『…………本気か?』
『本気です』
彼女と出会ってから私の生き様は変わった。
それはとても楽しいものだ。
しかしその楽しさは、彼女が居て成立するものだと、気付いていた。
だからこそ、手放したくなかった。
『……悪いな、それは無理だ』
『どうしてですか?』
『私は……何というかな。このまま遠い所へ行くつもりだ。だからお前とはもう会えない』
『嫌です、そんなの認めないです』
だからこそ、頑なに彼女を引き止めた。
『———分かった。じゃあその内また会いに来るよ。だから行かせてくれ』
だからこそ、私はその日初めて『嘘』をつかれた。
とてもやさしい、やさしいうそ。
でも私は、その時から『嫌いなこと』が一つできた———
「長耳ちゃん、一つお願いがあるのです。聞いてくれますか?」
『なんですか急に。夕飯のリクエストなら今日は天魔さんの番ですから、鬼神さんはまた今度ですよ。というか何で毎日のように夕飯だけ食べに来るんですか貴女たちは』
そろそろ夕飯の準備をと、エプロンを手に取った瞬間いつものように遊びに来ていた鬼神母神にそう言われた。
「もう、違いますよ。夕飯のリクエストなんかじゃなくて、ちゃんとしたお願いです。あと毎日遊びに来るのは長耳ちゃんに会いたいからです。夕飯だけ食べに来るのは多少は自重した方が良いと天魔ちゃんとお話して決めたからです」
なんと。
まさかあの我儘で傍若無人な天魔と鬼神が、此方に遠慮をしていたとは。
結局毎日のように来てるからこちらの負担はあまり減らないが、ここはあえて褒めておくべきところだろうか判断に迷う。
『まぁそれはこの際どうでも良いですか。それで、お願い事とは?』
最近異変とかも起きないし、少し刺激が欲しかったところだ。
珍しい旧友からの頼みだし、聞くだけ聞いても損は無いだろう。
「はぁい。そんなに重要というわけでは———あ、いえ。私にとっては重要かもしれないと言いますか……兎に角、連れてきて欲しいんです」
『はぁ、誰をですか?』
ナニかを連れてきて欲しいとはまた変わったお願いだ。
怪力乱心の神ともうたわれた鬼神母神が、己のその力で連れてこられない存在なんてそうそう居ない筈だ。
もしや天魔の輩が、何かしでかして鬼神を怒らせたとか?
「連れてきて欲しいのは、私の『娘』です」
『娘……ですか?』
「えぇ、娘です。絶賛家出中の娘を連れ戻して欲しいんですよぉ」
娘。
鬼神母神の娘というと、鬼の眷族のうちの一人だろうか。
自分がよく知っているのだと、星熊勇儀や伊吹萃香などだが……
「違いますよぉ。勇儀ちゃんや萃香ちゃんも私のムスメのような存在ですが、あの子達は家出なんかしてません。私の言う家出娘は他の鬼とちょっと事情が違いましてぇ。文字通り私と血が繋がってるんです」
『血が繋がってる……?』
それはつまり、あれか。
あれなのか。
「え、嘘だろ。お前産んだの?」
「? あーそうじゃなくてですねぇ。というか何でまた喋らない遊びやってたんですか長耳ちゃん」
「いやなに、わりと色んな連中から『前の方が良かった』って言われるからこっちをデフォルトにしようかなと。あとちょっとした諸事情で」
驚きのあまりつい喋ってしまった。
『産んでない? じゃあ何故血が繋がってると?』
確かに冷静に考えれば、この鬼神に子の種を注ぐ相手がいるとは思えないが……
「んー、なんて説明したら良いですかねぇ。というか長耳ちゃんも一度会っている筈ですよ。ほら、この前長耳ちゃんの身体に入った異変のときに」
『憑依異変で……?』
少し記憶を整理してみる。
『……そうだな、折角だからバトルロワイヤル形式でやろうか』
『おぉ、そいつは名案じゃな!』
『はいはーい、私先ずはあそこにいる、ピンク髪でシニョンしてる家出娘をやりたいでーす』
———あぁ、あの時のか。
『確かにあの人。妙な波長というか、鬼神さんに似たものを感じたような……』
あの時は色々と舞い上がっていたし、あの場にいた一人一人に深く注意を向ける事が無かったため、その時は鬼神の言葉も特に気にする事なく受け流していたし、気が付いていなかった。
「思い出してくれました? 実は幻想郷に居ることはだいぶ前から知っていたので、ちゃんとお話しようと何度も会おうとしてるんですけど……」
『避けられてるんですか?』
「えぇ……なのでこの前の異変の時がチャンスだったのですが、つい夢中になりすぎて逃げられてしまいました。それから今日に至るまで探し続けているんですけど、いつも直前で逃げられるんです。多分私の気配に敏感なんでしょうね」
成る程、だから自分に頼むわけか。
『でもどうやって連れて来れば良いのですか?』
少なくとも、ついて来てと頼んでも素直に従うわけがないだろう。
「んー、そこは長耳ちゃんにお任せしますよぉ。別に手足の一本や二本捥ぎ取って引き摺って無理矢理とかでも構いませんよー」
『自分の娘に対して酷い発言をする親ですね。というか嫌ですよ、暴力で解決するのは』
「え……? でも長耳ちゃんってわりと暴力で解決してませんか? 私や天魔ちゃんなんて、何度生死の境を彷徨ったことか……ん、思い出したらちょっと興奮しました」
『だって貴女たちそうでもしなきゃ止まらないじゃないですか!』
話し合いで通じる相手ならそれに越した事はない。
「……まぁとにかく、連れてきてください!」
『逸らしましたね。別に良いですけど……それで、何処にいるか見当はついているのですか?』
「うーん……射命丸さんからの情報だとぉ。博麗神社や人里での目撃が多いみたいなんです。というか、長耳ちゃんなら簡単に見つけられるじゃないですかぁ。ほら、はちょう? だとか何とかで」
『あー……まぁそうなんですけど。実は諸事情で今その能力は封印中といいますか』
自分の言葉に鬼神は首を傾ける。
『この際だからちゃんと説明しておきます。私の能力———波長を操ると呼称してましたが、正確には違います』
「違うんですか?」
『違うんです。名前を付けるなら、『裁定し調律する』能力です。霊夢ちゃんがこの幻想郷の調律者であるように、私はこの世界、『地球』という惑星の調律者です。これは私が生まれた時に与えられたもの、その能力の応用で私は人外じみた力を手にしています』
他人に説明するのが難しい為、今まで便宜上『波長』という言葉にしていた。
『あらゆるモノを裁定するにはそれを上回る力が必要でしょう? 調律するためには全てを知らなくてはいけないでしょう? だから私は鬼神さんや天魔さんを力でねじ伏せられるんです』
「むー……要は長耳ちゃんのその強さは、それに起因するものということですか?」
『まぁそういう事ですね……なので今の私はそこら辺にいる妖怪と大差ない強さなんで、この前みたいにいきなり殴りかかったりしないでくださいよ?』
「えー……」
『そこで不満そうな声を出さないでください……まぁ良いです。とにかく、私の能力には頼らないでくださいってことです。なので、頼み事は引き受けますけど約束はできませんよ?』
「はぁい。私はここで待ってるので、よろしくお願いしますー」
そうと決まれば、明日は先ずは買い物ついでに人里の方をあたってみるとしよう。
「あ、あと長耳ちゃん」
『? 何です?』
「最悪これだけでも伝えてください。もし、あの娘に会ったなら———」
「お、薬屋じゃないか。今日は少し懐かしい格好をしているな」
『慧音さん』
買い物籠を持ちながら里をぶらぶらと、情報収集していると人里の守護者と出会した。
「うんうん、喋るようになった着物姿のお前を否定するわけではないが、やはりその姿の方が私にはしっくりくるな。しかし急に何故その姿に?」
『まぁ……一種の気分転換みたいなものです』
やっぱりこっちの姿の方が馴染みがあるのか、今日は会う人会う人に似たような事を言われた。
『それより、少し聞きたいことがあるんですけど』
「ん、何だ? 私が答えられることなら何でも答えるぞ」
『実は人探し……ではなく、『鬼』探しをしているんですけど』
そう伝えると、慧音さんは少し不思議そうな顔をした。
「鬼……? それはあれか? 最近お前とよく一緒にいる……」
『えっと、その鬼ではなくてですね。あー髪色は同じなんですけど……兎に角、今日は人里に鬼らしき妖怪は入ってきていませんか?』
「いや、見てないな。もし鬼が人里に出入りしているのなら、目立つだろうから見逃したってこともないだろう」
『そうですか……』
となると、少なくとも今は人里には居なさそうだ。
「よく分からんが、鬼なら地底を探してみたらどうだ?」
『———そうですね、ありがとうございます』
確かに地底には鬼が居るが……鬼神の話を聞く限りそこに居る可能性は低いだろう。
何でも、たまに他の鬼に会う為に訪れたりしているらしいが、基本的には鬼神だけでなく他の鬼も避けているらしい。
「———あ、そうだ薬屋」
『はい?』
礼を言って、その場から去ろうとしたら呼び止められた。
「もしかしたら、博麗神社にいるかもしれないぞ。今日は神社で縁日があるらしいから、人に限らず妖怪すらも集まるあの神社なら探し鬼も見つかるかもしれない」
そう言って慧音さんは一枚の紙切れを渡してきた。
どうやら神社の縁日の宣伝を記したチラシのようなものらしいが……『ケセランパサラン公開中!』と書いてあるのはどういう意味なのだろうか?
———しかし博麗神社か。
神社での目撃情報もあるみたいだし、次は神社の方に行くとしよう。
「———ただ、少し妙な事が起きてるから、行くなら気を付けて行くと良い」
『妙な事?』
「あぁ、実は昨日から神社の縁日に行こうとする人々が、神社に辿り着くことなく帰ってくるんだ」
ふむ、確かにそれは妙だ。
『野良妖怪でも出たんですか? でもあの霊夢ちゃんが神社までの道の整備を怠るわけないし……』
「あぁ、別に危険があるわけじゃない。ただ皆が口を揃えて、『突然空腹になったから帰ってきた』と言うんだ」
空腹?
お腹が空いたから神社まで行く気が無くなり、引き返したということだろうか。
理由としては別に普通だが、行く人々全員が同じ理由というのは確かに妙な話だ。
『———まぁ考えても仕方ないですね。とりあえず神社に行く途中で原因がわかったら知らせますね』
「それは助かる、何かあってからでは遅いからな。私も近いうちに調査に行くつもりだったが、お前なら安心して任せられる」
『えぇ、任せてください』
———と、少し意気揚々と人里から神社を目指し始めたのだが……
(……確かに、急に空腹感が)
歩く度に空腹感が増し、心なしか手足も鉛のように重くなった気がした。
今の自分はそこらの人間と何ら変わらない状態なため、自身が被害に遭う可能性も考慮していたが……これは中々どうして辛いものだ。
しかし神社まであと少し、あまりしたくはないが、最悪飛んで……
(———誰か倒れてる)
と、山道で倒れている人間を見つけた。
人里の人間だ。
『大丈夫ですか? この文字が見えますか?』
「———あ、あぁ……大丈夫だ」
安否を確認すると、男は返事をした。
脈も正常だし、外傷があるわけでもない。
命に別状はない状態だが……
「く、薬屋さんか……申し訳ないが、水を持ってないか……?」
『ありますよ。ゆっくり飲んでくださいね』
水が入った竹製の水筒を取り出し、少しずつ飲ませた。
すると少しだけ顔色が良くなった様子だ。
『どうして倒れて?』
「い、いや……急に腹が空いて……」
成る程、やはりこの空腹感は人為的なモノに近いかもしれない。
『とりあえず背負うんで、一緒に神社まで行きましょう。縁日やってるみたいなんで、食べ物の屋台は沢山ありますよ』
ここからなら人里に戻るより神社に向かった方が早い。
そう考え、男を背中に背負った。
「す、すまない。女性にこんな事をさせるなんて……」
両手が塞がっているため、筆談の代わりに男の背中を軽く叩いて気にするなと返事をした。
———しかしお腹が空いた。
こんな事なら団子の一つや二つ持ってくるべきだったか。
そして押し寄せる飢餓感を振り払いながら、神社を目指した。
やがて、見覚えのある長い階段が目に入り、男を落とさないようにゆっくりと階段を登った。
(———縁日だというのに、騒ぎ声がしない)
そんなことを思いながらひたすら階段を登る。
そして疲労が限界を迎えようとする前に、何とか登りきることができた。
(———あ、やばい)
しかし最後の最後で、躓いてその場で転んでしまった。
とりあえず背負った男を怪我させまいと、あえて抵抗せずに地面に倒れたが、その結果顔面から強打した。
痛い。
(ぐっ———この私が転ぶなんて無様を晒すとは……)
この姿で良かった。
もし強気で喋る自分の姿でこの無様を晒した日には恥ずかしさで、また人類を全員抹消しようとしていたかもしれない。
「大丈夫!?」
と、駆け寄る足音と聞き覚えがある声が聞こえてきた。
「———と、何だ鈴仙か。これはどういう状況だぜ?」
「どうしたのよ、何かにやられたの?」
魔理沙ちゃんと霊夢ちゃんの心配する声がした。
「す、すまない薬屋さん……大丈夫か?」
背中の感覚から、男は自分の背中から離れて立ち上がったようだ。
『大丈夫でぇす』
ちょっと転んだ恥ずかしさで顔を上げられないので、そう書いた紙を倒れたまま掲げて無事を知らせた。
「何だ、喋るのやめたのか? まぁ良いけど、何かあったのか?」
『平気平気、それより誰か。何か食べ物持ってきてくれない? 二人分』
「食べ物? あんたが食い意地を張るなんて珍しいわね。『華仙』、持ってきてあげて」
「え、あ……」
「? どうしたのよ、鈴仙をじっと見つめて」
「な、何でもないです。食べ物ね、すぐ持ってくるわ」
———おや、この声は……?
「———はい、とりあえず八目鰻」
「あ、ありがとう」
『ありがとうございます』
華仙と呼ばれた『ピンク髪』の女性から八目鰻が入った容器を受け取り、早速食べ始めた。
これは美味い。
美味しい八目鰻が空腹というスパイスでさらに美味しさを引き立てている。
「えっと……それで何があったの?」
華仙がそう問い掛けてきた。
「あ、あぁ……別に大したことじゃない。ただ単に、空腹で疲れて倒れてたところを、薬屋さんに助けてもらっただけだ」
男がそう説明すると、華仙はこちらをチラッと見つめた。
———その瞳には何故か、動揺があった。
『何か?』
「え、いや……何でもないわ。それより、あなたは……どうしてここに?」
明らかに自分と接する時の態度が変だ。
何かに怯えてる……というより、困惑しているような。
『———縁日を楽しみに来たんですよ。けど、何故か猛烈な空腹が襲ってきまして、疲労困憊でここまで辿り着きました』
「そ、そう……では私は霊夢と少し話すことがあるので、これで」
そう言ってさっと霊夢ちゃんのいる方へ行ってしまった。
———まぁ、記憶違いでなければあの女性が探し鬼だろう。
鬼っぽさは無かったが、何処となく鬼神に似たモノを感じさせた。
けど、今すぐに連れ去るわけにもいかない。
とりあえず頃合いを見計らって、話し掛けてみることにしよう。
———そうして、暫く神社に滞在していると、あっという間に夕刻が近づいてきた。
「それにしても、本当に誰も来ないな。どうしちゃったんだろう」
と、隣に座っている魔理沙ちゃんがお酒片手にそう言った。
その近くでは縁日の屋台を経営していた河童や妖精達も、お酒片手にヤケ酒をしている。
「唯一来たあの男の人も、思い当たる節は無いって言ってたわ」
と、華仙が言う。
「うーん……鈴仙、お前は何か心当たりはあるか?」
『心当たり……ね。あるにはあるかもしれないけど』
煙管で煙を吹かしながら、魔理沙ちゃんの問い掛けに答えた。
慧音さんの話では縁日には一応向かった人達が何人かいた筈だが、その人々が縁日に行けなかった理由と、今回自分やさっきの男の人が感じた空腹感のことを簡潔に話した。
「———そういえば私も急にお腹が空いたな。妙な偶然もあるもんだ。どの道このままだと、この神社の時代は終わりって事かな」
「いつ時代が来てた」
うーむ、本当に単なる偶然だろうか?
流石に同じ被害に遭った者が多過ぎるし……
『そういえば、霊夢ちゃんは?』
「霊夢なら私の代わりに調査に行ったぜ」
「……それにしては、流石に遅すぎない?」
華仙の言葉で、その場にいた全員に嫌な予感が走った。
『私様子見てくる』
「いや鈴仙、ここは私とこの仙人様に任せておけ。お前はこの場で河童と妖精共を守ってやれ」
「そうね、さっきから不可解な事ばかり起きてるから用心して損はない」
『了解。じゃあ私に守られたい子この指止まれ』
そう宣言すると、臆病な妖精が何匹か体に蝉のようにしがみ付いてきた。
———しかし、あの霊夢ちゃんがやられるなんてことはないと思いたいが……
———まぁ、結果から言うと霊夢ちゃんは無事だったらしい。
何でも、神社の階段の下で倒れていたそうな。
そしてその原因がやはりと言うべきか……
『ヒダル神?』
「おう、何でも浮遊霊の一種らしくて、憑かれると手足がダルくなったり、あらがえない飢餓感をもたらす輩らしい」
成る程、浮遊霊か。
確かにそれなら姿を見せずに犯行が行える。
人里の人々や私、魔理沙ちゃんや霊夢ちゃんに悪さをしていたのはそいつで間違いないだろう。
『それで、そのヒダル神をどうやって片付けるの? まさか放っておくわけにはいかないだろうし』
「そこは霊夢に全部任せたぜ。相手が霊と分かったんなら、除霊なんて霊夢には朝飯前だろ」
『それもそうか……神なんて大層な名前付いてるから、一度己が手で捻ってやりたかったんだけど」
「おいおい、物騒な本音が声に出てるぜ」
まぁ仕方がない。
早く解決するならそれに越した事はないだろうし、自分の『目的』はまだ達成されていない。
今はそっちに集中しなくては。
「そうだ鈴仙、縁日の件だが、少し日を伸ばして明日もやる事になったらしいから、お前も参加しろよ」
『もちろん行くつもりだったよ』
「あー違う違う。私の言う参加しろってのは、運営側に参加しろってことだ」
……それはつまり。
『私も屋台出せってこと? 何で?』
「なに、昨日今日で今ある屋台は制覇しちまったからな。新しい刺激が欲しいんだ。できれば珍しい出し物だと嬉しい」
『そんな急に言われても……』
以前人里の夏祭りで綿あめを出した事があるが……それではダメだろうか?
「お前なら珍しい物沢山持ってる気がするぜ。知恵の実、禁断の果実、黄金の林檎とか———」
『なに、フルーツジュースでも飲みたいの?』
どうしてこう、人間は伝承とかを簡単に信じるのだろうか。
知恵の実だとか禁断の果実とか、そんなものを食べた覚えもないし、蛇に唆されたこともない。
まぁ確かに楽園には果実が無限にあるが、大して美味しくもないから需要はないだろう。
「そうだ、今度お前のこと研究させてくれよ。『パチュリー』の奴もお前のこと話したら興味深々にしてたし」
『研究って、何するつもり……?』
「あー……大丈夫だ、痛くはしない」
『嫌な予感しかしないからやだ。髪の毛とか爪とかで良いならあげようか?』
「そんなものよこされてもな……いやまて、もしかして良い素材になるんじゃ———」
『別に普通の人間のと変わりないけどね』
いけない、話が逸れてしまった。
『———まぁ良いよ。屋台の件は引き受ける。ただしあまり期待はしないでおいて』
「おう、期待せずにいるぜ」
急な話だが、丁度良い。
ここは一つ、仙人様を釣れる罠を仕掛けるとしようではないか。