月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第34話

 

 

 

 

「にん……げん?」

 

「そう、ニンゲンだ。分かりやすく言うならそうだな……お前達の原点? 祖先? あーいや、『アダム』って名乗った方が分かりやすいかな? 要するにこの世で一番最初に誕生したニンゲンが私だよ」

 

 一番最初、つまり人間という種は彼女から始まった……それは全人類の母でもあり、創造主ともいえる。

 しかし……まさかそんな存在が本当に?

 

「なんだ、信じてないのか? まさか本気で人間が猿から進化した生き物だとでも? 私からすればあり得ない話だな、だって猿の原点は確か……二百四十五番目に創られて、人間……つまり私は丁度五百番目に創られた。似てるかもしれないけど全く違う生き物だよ」

 

 まるで実際に見てきたかのように語る。

 何だかそれが不気味だった。

 

「……創られたって、誰に?」

 

「ん、誰ってそりゃ……あそこに堂々といるじゃないか」

 

 そう言って彼女は指を指す……その方向には、青々しく輝く『地球』があった。

 

「まぁあれはもう殆ど死んでいるようなものだけど。……何処かで聞いたことない? 『地球も生物』だって唱えた……ガイア説だっけ? あれは強ち間違いでもない。強いて言うなら『生物だった』が正解だけど」

 

 何がおかしいのか、クツクツと笑う。

 その笑いがどこか、自傷しているようにも聞こえた。

 

「……それなら、どうしてあなたのような存在が兎の真似事を?」

 

「なに、こっちにも色々と事情があってな。あと兎の格好するの、意外と好きなんだよね……あれ、そういえば耳と尻尾消しちゃったかな? いかんいかん、つい舞い上がって戻りすぎたか」

 

 そう言って、私が瞬きをする間に彼女の頭部にはいつのまにか兎の耳が生えていた。

 

「どう? やっぱりこっちの方が似合ってる? この耳もう私のトレードマークみたいなものだしなうん」

 

 ハッキリ言って、和風な服装に兎の耳は余りにも奇抜だった。

 しかし妙な事に、それが似合っている。

 

「……あーいや、すまないな。初対面の相手に少しシツコイし喋りすぎたか。許してくれ、久し振りに思いっきり喋れる機会だったんで、テンションが有頂天だった」

 

 すると突然、我に返ったかのように振る舞い始めた。

 その様子は、まだ情緒が安定していない子どものように見えた。

 

「話を戻そうか。私は月の都を侵略しようとしている奴を止めに来たんだ。つまりあんた……えっと?」

 

「……『純狐』」

 

 何故正直に名を名乗ったのだろうか、私は。

 

「そうか純狐ね……私の事は好きに呼んでくれていいよ。あだ名なら腐る程貰ってるからね……今なら『優曇華』がオススメかな。今の所一人しか呼んでないし」

 

 全くもってどうでも良い情報だ。

 本当に何なのだコイツは。

 得体の知れない恐怖が、私に纏わりつき始める。

 

「一応聞いておくけど、今すぐ止める気は?」

 

「ない! 私は絶対に許さない……私の大事なものを奪った奴を! だから私は復讐する!」

 

「……そうか、なら仕方ないな。じゃああと一つだけ聞かせてくれ……純狐、お前さんの復讐とやらは、本当にまだ『続いている』もの?」

 

「何を当たり前のことを……まだ私の復讐は……」

 

 終わっていない。

 そう言うはずだったのに、一瞬だけ私の口はそれを躊躇った。

 

「……私の、復讐は……? だって、あれ? あの子を殺したアイツはもう死んで………………あぁでも、まだ。アイツに関わった奴らが残ってる……だから、全員殺さなくちゃいけないのね。それを邪魔しようとする奴も、みんな、みんな!」

 

「……成る程、これは重症だ。ちょっと自信ないなこれは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女、純狐はもう手遅れだ。

 本人も後戻りできないし、周りもそれを止めるのは不可能に近い。

 既に彼女本来の人格は完全に消えているか、もう塵に等しいだろう。

 何が彼女をそうさせたのか、どうしてこんな風になるまでに至ったのか、それは私の知ることではない。

 彼女は最早、呪いそのものだ。

 しかも最悪な事に、間違った方向へ呪いが進行している。

 

 おそらく彼女が最初に抱いた『憎悪』、その原因は既に取り除かれている。

 にも関わらず、彼女の憎悪は、感情は歯止めが効かず、もう独り歩きしてしまっている。

 きっと彼女の復讐は虚しいものだったのだろう。

 復讐を果たしても、その心に空いてしまった空洞は埋まる事はなく、代わりに行き場をなくした憎悪がそこに巣くってしまった。

 そして永い年月を重ねて、段々とその憎悪は広がっていき、彼女を蝕んだ。

 その結果が今の彼女だ。

 

 モノで例えるなら、延々とループする線路を走り続ける『ブレーキが壊れた列車』だろうか。

 しかも燃料は尽きる事はなく、無限に補給される。

 それを止める事は、最早誰にもできない。

 

 

 

 

 できないが、手助けするぐらいは可能だ。

 

 線路が無限に続くのなら、別の線路を作って繋げて、ループから出してやれば良い(復讐以外の生きる道を照らしてあげる)

 

 ブレーキが壊れているのなら、修理してやれば良い(心の支えになってあげる)

 

 燃料が尽きないのなら、その補給源を断てば良い(その憎悪を切除してあげる)

 

 どれだけの時間が掛かるか分からないが、この三つを誰かがしてあげれば……そしてまだ『純狐』という存在が塵ひとつ、欠片でもその列車に乗車しているのなら、助けられる。

 

「悪いな小娘(師匠)、約束は守るが、少し遅れるかもしれん」

 

 きっと、顔を真っ赤にして怒って、泣き出すんだろう。

 どれだけ経とうが、やはりあいつは小娘のままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん? 輝夜じゃないか。こんな所で何してんだ?」

 

「あら、もこたん。ちょっとした散歩よ」

 

「もこたん言うな、大体お前が散歩とか……明日は雨か」

 

「失礼ね、人を天気予報みたいに扱って……ていうかそんなに私のイメージじゃないの? 私は本来アウトドア派なんだけど」

 

 竹林を散策していると、妹紅に出会った。

 

「それにしてもだ。本当にただの散歩か?」

 

「何でそんな疑うのよ。まぁ……散歩なのは間違いないけど、どっちかというと散歩するしかないというか」

 

「? 何だよそりゃ」

 

 私の曖昧な返答に、首をかしげる妹紅。

 

「……今永遠亭には居られないというか、見てられないというか」

 

「…………あぁ、そういう事。まだ落ち込んでるのか、薬師」

 

 どうやら察したようだ。

 

「最近は全然部屋から出てこないのよね……多分変な罪悪感でも抱いてるんでしょうけど」

 

「て言ってもさ、まだ一ヶ月なんだろ? そんなに心配することないと思うけど」

 

「『まだ』じゃないわよ。『もう』一ヶ月よ。それに考えても見なさいよ、好意を寄せてる相手、しかも常に隣にいてくれたのが、急に音沙汰が無くなって帰ってこない……これで何とも思わない方が極少数だと思うけど」

 

「そういうもんなのかね……そんなに酷いのか?」

 

「そりゃもう。意気消沈とかもうそういうレベルじゃなくて、心ここに在らずって感じね」

 

 それだけ永琳が彼女……鈴仙の事をどう思っていたかが読み取れる。

 しかし肝心の鈴仙が、『帰ってこない』のだ。

 一ヶ月前、幻想郷が月の都に侵略されかけ、その月の都も何者かに侵略されかけたという異変の日から。

 

 鈴仙以外のメンバーは帰ってきた。

 今回の異変の関係者らしき人物も引き連れて。

 

「博麗の巫女の話によると、異変の黒幕の所へ一人で向かわせたんだったんだよな?」

 

「えぇ、しかもその理由聞いても『そうしろって私の勘が言ってたから』としか言わないし……永琳があんなに怒ったの初めて見たわ」

 

 そして遂には自ら月の都に向かおうとする永琳だったが、上手くはいかなかった。

 いや、正確には収穫がなかっただろう。

 他の面々が連れ帰った獏や、片翼の月の賢者、あと今現在天狗たちにこき使われてる玉兎二匹の情報や力を借りて永琳は単身月の都へ向かった。

 そして月の都の住人は全て夢の世界から戻り、月の都は元通りになっていた。

 つまり侵略……異変は既に解決していた。

 

 永琳は元教え子の、綿月姉妹、月の使者の力も借りて、鈴仙の捜索にあたった。

 しかし結果は悲惨。

 鈴仙の影どころか、痕跡すらも掴めないまま、時だけが過ぎていった。

 

「勿論、幻想郷中みんなで探したが居なかった……となるとやっぱり鈴仙ちゃんは……」

 

「その先、永琳の前では絶対に言わないでよ。死ぬほど殺されるわよ」

 

「うーん、死ぬのは歓迎だが、せめて死ぬ理由は選びたいなぁ……」

 

 ここで会話が一度途切れる。

 特に用もないし、この辺で世間話を終えようと、妹紅に別れを告げようとした時だった。

 

「なんだ、そんなに怒ってるのか師匠は?」

 

 そんな声が聞こえたので、再び会話がスタートした。

 

「怒ってるというか、落ち込んでるのよ。あんな永琳見るの初めてよ本当……」

 

「部屋に引きこもるとか相当だよなぁ……私も一時期似たような事あったけど、どんなに辛くても死ねないから滅茶苦茶精神にくるんだよねぇ」

 

「そりゃ悪い事したなぁ、けど約束は破る気はないし、何とか許してもらえないですかね? こっちにも色々と事情があったわけですし」

 

 声は背後からする。

 ちょうど横に並んでいる私と妹紅の背後だ。

 

「いやいや、まず恋する乙女の心を傷つけた時点で重罪よ重罪。もう土下座くらいじゃ許されないわね。『私の身体好きにして』とかそのくらいしないと」

 

「いや、薬師って乙女っていうほどの年齢なのか……?」

 

「馬鹿ね、永琳はああ見えて子どもっぽいところとかあるわよ」

 

「あぁ、確かに。案外好きな食べ物でも食べさせてやれば機嫌直すかも」

 

 いや、流石にそこまで単純ではないだろう。

 

「何なら今日の夕飯は豪華にしましょうか。勿論姫様の好きな物も沢山用意して」

 

「本当? それは楽しみだわ」

 

「えぇ、良かったらもこたんもどうぞ」

 

「だからもこたん言うなし……ていうかマジでいいの? 私は遠慮しないタイプだぞ」

 

 それはみんな知ってると思う。

 妹紅は平然とすき焼きの肉だけを掻っ攫っていくような人間だ。

 というか、相変わらずお人好しというか、見境いなしというか。

 

「ではお先に、暗くなる前に帰ってくるんですよ」

 

「はーい」

 

 そんな事言われなくても分かっている。

 全く、私だって子どもではないというのに……

 

「…………あれ」

 

「どうしたの妹紅」

 

 突然妹紅が間抜けな声をあげた。

 

「なぁ輝夜……今の声、誰だ?」

 

「………………え?」

 

 そう言われて、私の身体は反射運動をした。

 バッと後ろを振り向く。

 

 しかし、そこには誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が間違っていたのだろうか。

 いや、誰も間違ってはいない。

 ただ、私はまた迷ったのだ。

 もう二度と迷わないと決めたというのに、また迷ってしまった。

 また本音を隠して、自分の弱さを隠した。

 その結果がこれだ。

 

 本当は行って欲しくなかった。

 以前の都市伝説異変で、月のオカルトボールが混じっていた事に気付いてから、今回の黒幕の正体は予想できていた。

 そして異変の経緯も、何となく掴めていた。

 危険な相手だと分かっていた。

 

 だから貴女は行かないで、ここで私と一緒にいて。

 他はどうだっていい、貴女さえいれば私はそれで良い。

 けど貴女が居ないのなら、意味がない。

 ——その本音を私は隠した。

 怖かったのだ。

 その本音をぶつけて、もし拒絶でもされたらと思うと、吐き気すら込み上げてくる。

 要するに私は逃げたのだ。

 自分の恐怖心から。

 

 そして私は、また大事なものを失う。

 

「————? ここは?」

 

 気が付けば見知らぬ風景。

 この広いようで狭い幻想郷で見知らぬ風景を見ると言うことは、端っこの端っこ、誰も開拓していない辺境の地という事だ。

 どうしてこんな所に、と疑問をもったが、すぐに理解した。

 何もする気がおきず、部屋に篭ってばかりの生活に嫌気がさして、少し散歩しようと外に出たんだった。

 しかしこんな場所に無意識で来てしまうとは、余程今の私は精神的にきてるらしい。

 

「——————!」

 

 そして当然な事だが、人の手が入っていない場所には獣や野良妖怪がいる。

 そんな場所にノコノコとやってきた私は間抜けな餌でしかない。

 既に私の周りには、四足獣の妖怪の群れが集まっていた。

 

 ……この程度の妖怪なら、追い払うくらい造作もない。

 しかしどうしたことだろうか。

 その気すらもおきてこない。

 むしろこのまま無惨に引き裂かれて、一度死んだ方がスッキリするのではないか。

 全く馬鹿な考え方だ。

 自分で自分が嫌になる。

 そうやって楽になろうと、また私は逃げようとする。

 

 もう、何もかもがどうでも良い。

 このまま全て忘れ、虚無に還りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——痛みがこない。

 いくら不死でも痛覚は感じる筈だ。

 理性のカケラもない獣が、餌を前にして襲わないわけがないのだが……

 

「起きろ、寝坊助」

 

「づっっ!?」

 

 と思いきや、額に鋭い痛みが走った。

 いわゆるデコピンとやらをされたのだろう。

 しかし誰がそんな事を。

 

「……………………うそ、よ」

 

「嘘じゃないよ。まだ寝惚けてるのか?」

 

 いや嘘だ。

 これは夢だ。

 だってこんなにも……こんなにも都合の良いことがあるわけない。

 

「違う、違う違う! これは……現実じゃない」

 

「いや、紛れも無い現実だよ。醜くて酷い現実さ」

 

 やめて。

 

「ゆ、夢よ……だって、だって」

 

「夢からはもう覚めたろ? 何ならもう一発やっとくか?」

 

 やめて、やめて!

 

「こ、来ないで……お願い、私に近づかないで。でないと私、もうこの夢から出られない」

 

「そうか、じゃあ私はここで待ってるからお前から来い……『小娘』」

 

 ——意識が揺れた。

 あまりにも懐かしくて、愛おしかったその声で呼ばれた私のあだ名。

 それだけでもう頭は真っ白だった。

 

「あ、あぁ……」

 

 動けない。

 今すぐこの場から立ち去って、都合の良いこの夢から覚めるべきなのに、私の身体は一ミリも動かない。

 まだこの夢を見ていたい、その本音が私の理性を抑えつける。

 

「……お前は何も間違っちゃいないよ」

 

「え……?」

 

「お前はまだ『子ども』のままだ。だから迷ってもいいし、悩んでもいい。その本性を他者に見られまいと隠してもいい。けど無理に大人ぶって、自分だけで何とかしようとするのはまだ無理だ」

 

 諭すように、優しく語り掛ける。

 

「だからさ、今は自分に正直になるだけで良いんだよ。それが出来て初めてお前は小娘じゃなくなるんだ」

 

 ——自分に、正直に……

 

「…………私は」

 

 分かっているだろう。

 今、どうすべきかを。

 

 怖がるな。

 怖がったままでは、いつまで経っても子どものままだ。

 

「……私ね、今二度目の恋をしてるの」

 

「そうか」

 

「好きなの、他はどうだって良いって思えるくらい」

 

「そうか」

 

「その娘はいっつも無表情で、喋らなくて、お節介で、優しくて、厳しくて……そんな彼女が好きだった」

 

「そうか」

 

「……けどね、どうやら私忘れられてないみたい。一度目の恋の相手を……もしかしたら、二度目の相手に恋をしたのは、一度目の相手を重ねてたからかもしれない」

 

「そうか」

 

「おかしな話よね、一度目と二度目の相手、容姿以外は全く正反対なのに重ねてたなんて……」

 

「そうだな」

 

「うん、けど納得はできたわ……だって、二度目の恋なんて本当はしてなかった。私の恋はずっと、一度目を繰り返していただけだったんだもの」

 

「そうだな」

 

 ——そこまで言って、ようやく身体が動いた。

 思い切り地を蹴り上げ、私は前へ進む。

 そして抱きとめられた感触をその身に感じてから、私は本音を曝け出す。

 

「私、貴女が『好き』です」

 

「……そうか、光栄な事だ」

 

 

 

 


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