月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第32話

 

 

 

 

 

「気味の悪い所だな、これが本当に月に繋がってるのか?」

 

 魔理沙ちゃんがふっと言った。

 

(この通路……確か第四槐安通路だったけ。『夢』を通じて月と地上を繋ぐ精神通路。結構危険という理由でずっと昔に閉鎖されたって依姫様から聞いてたけど)

 

 どうやら危険な通路を再びこじ開けるほど、重大な事が起きているようだ。

 少なくとも、清蘭と鈴瑚はこの通路を使って来たと言っていた。

 つまり、事態を知るには此処を通らなくてはならないということだ。

 

「というかこんな通路があるなら、わざわざ何日も掛けてロケット旅行なんてしなくても良かったんじゃないかぜ?」

 

「何を言うんですか魔理沙さん、ロケット旅行は浪漫ですよ浪漫!」

 

「私にはお前の方が何言ってるかわからんぜ」

 

「お喋りはそこまでにしときなさい。何かいるわよ」

 

 霊夢ちゃんがそう言って急停止した。

 するとその声に反応をしたかのように、目の前に人影が現れた。

 

「おやおや、誰かと思えば幻想郷の巫女とその他……それに月の兎? いや、何か違う……? 貴女たち一体どんな悪夢を見ているの……って、生身? 貴女たち全員生身なの!?」

 

 いきなり現れては、勝手に驚く目の前の……おそらく『獏』だろう。

 夢の住人、夢の管理者、そして夢の支配者である獏。

 成る程、この通路を開けたのは彼女で間違いないだろう。

 

「誰だか知らんが、そこを退いてもらうぜ。私達は月の都に用があるんだ」

 

「月の都に……? もしや貴女達は」

 

 魔理沙ちゃんの言葉に、何やら納得したような表情を見せる。

 ふむ、どうやら今回の『異変』には彼女も何かしらの形で関わっているのは間違いないかもしれない。

 

「良いでしょう、貴女達のその狂夢……この『ドレミー・スイート』が処理しましょう」

 

 そして戦闘態勢に入った獏……ドレミー・スイート。

 四人を目の前にして、ここまで余裕を出せるのは、ここが夢の世界(彼女の土俵)だからであろう。

 しかし、だからといって怖気付くわけにはいかない。

 何としてもここを突破して、月の都に向かわなくてはならない……先程からそんな気がして止まないのだ。

 

「……ふっ」

 

『え、早苗ちゃん?』

 

 今まさに決戦の幕が切って落とされそうになった瞬間、早苗ちゃんが自分達三人を庇うように一歩前に出てドレミー・スイートと対峙した。

 

「……ここは私に任せて、師匠達は先に行ってください。私はあの寝間着パジャママンを食い止めます」

 

 そして事もあろうに彼女は、一人で敵の足止めをすると言ってきた。

 

「別にこれは寝間着では……というか寝間着とパジャマって同じ意味だし、どちらというとマンじゃなくてウーマンでは……」

 

「シャラップです、あまり常識に囚われていると、足下すくわれますよ?」

 

「えぇ……」

 

 そして一瞬で東風谷早苗のペースになった。

 これが彼女の強みかもしれない。

 

「そう、じゃあ頼んだわよ」

 

「マジで置いてくのか? おーい早苗、ヤバくなったらすぐ逃げるんだぜ」

 

 一方他の二人はアッサリと先に向かってしまった。

 うーん、これは早苗ちゃんの実力を信じているからと、取って良いのだろうか。

 

「師匠もほら、早く行ってください」

 

『……わかった、大丈夫だとは思うけど気を付けてね』

 

 ならば自分も彼女を信じて、背中を向けて飛び立とうとした瞬間だった。

 

「師匠、さっきは足止めと言いましたが……別に、あれを倒してしまっても構わんのでしょう?」

 

『え、あ、うん……構わないと思うけど』

 

 ……本当に信じて大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かせてしまいましたか……まぁ良いでしょう。それより随分と仲間想いなのですね。心配はせずとも、命までは取ったりはしませんよ……? 何を笑っているのですか?」

 

「おや、失礼しました。実はこういう事一度してみたかったんですよ! ほら、よくあるじゃないですか、主人公を助ける為自分を犠牲にしようとするキャラ! はー、最高にカッコいいです!」

 

「……何だかよくわかりませんが、仲間想いというのは撤回します。貴女の夢は些か願望が強すぎる……だからその夢、残さず私が食べて差し上げましょう」

 

「あ、もしかしてそれ決め台詞ですか? 気合い入ってますねー。私も何か欲しいなぁ……『月に変わってお仕置きよ』とかどうです? 少しベタ過ぎますかね?」

 

「……何なのこの巫女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長くも短くもない通路を進んでいくと、次第に景色が変わってきた。

 

「あーん? ようやく気味悪い場所を抜けたと思ったら、またもや気味悪い場所に出ちまったぜ」

 

「……間違いないわね、ここ月の都よ」

 

「は? そうなのか霊夢? そりゃ私は月の海しか見れなかったから、ここが月の都かどうかは知らんが……月の都ってこんな『凍った』場所なのか?」

 

 魔理沙ちゃんが疑問を持つのも無理はない。

 確かに此処は月の都だが、明らかに様子がおかしい。

 いつもなら民や兎で溢れかえっているというのに、人っ子一人居ない。

 そして都を包む空気も、ひどく冷たいものだ。

 まるで氷河期を迎え、生きる生物は全て絶滅してしまったかのような場所に変わり果てていた。

 

「何がどうなってるんだぜ? 倒すべきはずの黒幕が居ないじゃないか」

 

「……いや、そういうわけでもなさそうよ魔理沙。私の勘だとこの先に事情を知ってそうな奴がいるって囁いてるわ」

 

「相変わらずお前の勘はおかしいな。しかもよく当たるから余計にタチが悪いぜ」

 

 ……確かに霊夢ちゃんの言う通り、この先に誰かいる。

 しかもこの波長は……

 

『おや、こんな所に人間が二人? ……そして誰かと思えばレイセンではないか。久しぶりだな』

 

『えぇ、お久しぶりです『サグメ』様』

 

 やはりそうだったか。

 この独特な波長は間違いなく、サグメ様だった。

 そして彼女もまた、自身の能力によって喋る事を封じられた悲しき運命を背負っているのだ……まぁ、厳密に言えば彼女は喋れないのではなく、喋ったら色々と面倒くさいからという理由なのだが。

 

「あー、知り合いか?」

 

『知り合いというか、筆談をする同じ同志というか……』

 

『何を言うかレイセン、私達は同志を超えた友だ。ズッ友じゃないか』

 

『……そうでしたね、私達ズッ友でした。サグメ様イズマイフレンド』

 

「おい一旦やめろお前ら。筆談で会話されたらこっちが追いつけんぜ! ていうかいつも思ってたが、字を書くスピード早過ぎるだろお前」

 

 そりゃ……それなりに努力をしてきたからだ。

 

『言ってなかったっけ。私、筆談検定八段だって』

 

「何だよその検定、しかもわりと高いな」

 

『ちなみに私は九段だ。レイセンとは同じ師範のもとで学んだ学友なのだが』

 

「聞いてないぜ。というかお前は何なんだ? もしかしてお前が黒幕か?」

 

 痺れを切らしたのか、単刀直入に問い詰めようとする魔理沙ちゃん。

 そうだった、この状況で一番怪しいのはサグメ様ではないか。

 

『ふむ、黒幕? ……成る程そういうことか。道理で獏がアッサリと通したわけか』

 

「おい、一人で納得してないで質問に答えるんだぜ」

 

『そうだな、月が幻想郷に侵攻しているという点なら私は黒幕かもしれん。しかし、厳密に言えば黒幕は私ではない』

 

「言ってる意味がわからんぜ。もう少し日本語で喋ってくれないか? ここは幻想郷……じゃないが、生憎私は日本語しかしらん」

 

 魔理沙ちゃんがサグメ様とやり取りしている間、霊夢ちゃんはただ黙って事の成り行きを見守っている。

 

『理由があるという事だ。今、侵略されているのは幻想郷だけでなく、ここ月の都もそうなのだ』

 

「……月の都が侵略されてるって? 一体誰にだよ」

 

『『怨霊』……とでも言うべきかな。アレは過去何度も月に攻め込んできた事があり、その度に撃退していたのだが……今回は見事やられてしまったというわけだ。お陰で月の住人は避難を余儀なくされ、今は夢の世界にいる』

 

「……ほう、それであれか? 住処から追いやられたから、幻想郷に引っ越そうとしてるのか?」

 

『察しが良くて助かる、だから私は黒幕ではないということだ』

 

 ……まさかそんな事が。

 思っていたよりも、事態は酷いのかもしれない。

 

 月の都が敗北を余儀なくされるほどの侵略者が、この先にいるかもしれない。

 成る程、この前豊姫様が言っていた厄災の予言は、この事を指していたのか。

 

『霊夢ちゃん』

 

「わかってるわよ、その怨霊だか侵略者だかをぶっ倒せばいいわけでしょ? 別に月を救うつもりはないけど、そうしなきゃ幻想郷は月の連中によってメチャクチャされる……あぁもう、腹立つわね」

 

『すまないな幻想郷の巫女。勿論全てが終わったら何かしらの詫びはするつもりだが』

 

「そんなもん要らないわよ。これから私達はどこに向かえば良いかを教えるだけでいい」

 

『む、そうか……敵の本拠地は『静かの海』にある。レイセンに案内してもらうと良い』

 

 静かの海……まぁあれだけひらけている場所なら、拠点にするのにも相応しいのかもしれない。

 

「そう、じゃあとっとと行くわよ。魔理沙、そいつの『相手』は任せたわよ」

 

「「……はい?」」

 

 今のは誰の声だったのだろうか。

 そんな素っ頓狂な声が二つ聞こえた。

 

「はい? じゃないわよ。いくら理由があったにせよ、そいつは幻想郷侵略に関わってたんでしょ? なら一回ボコボコにしないと」

 

『ちょっと待て、その理屈はおかしい。絶対にそうではないぞ』

 

「れ、霊夢……いくら私でも戦意のない奴に攻撃するのは」

 

「いいからやりなさい」

 

「え、ちょ……いでっ! け、結界だと? おい霊夢、幾ら何でもこんな変な奴と結界の中に二人きりはやだぜ私。というかここまでするか普通!?」

 

「そんなに硬くしてないわよ。適当にそいつと弾幕ごっこでもしてれば、自然と崩壊するわ」

 

『なんて無茶苦茶な巫女だ』

 

 と、ものの数秒で結界という名の牢獄に閉じ込められた魔理沙ちゃんとサグメ様。

 

「それとも何、負けるのが怖いのかしら?」

 

「いやそういう事じゃなくてだな……あぁもうわかったよ、やれば良いんだろやれば!」

 

 何を言っても無駄という事が、魔理沙ちゃんは察しできたのだろう。

 ちぇっ、とつまらなそうに舌打ちをして、背を向けサグメ様と向き合った。

 

「さ、とっとと行くわよ」

 

『え、あ……うん』

 

 彼女はいつもこんな調子で異変解決をしているのか、少し疑問に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、そういう訳だから付き合ってもらうぜ」

 

「……全く、地上の人間は本当に理解不能だ」

 

「お? なんだ普通に喋れるのかお前」

 

『おっといけない、口を滑らせないようにしなくては……まぁ良いだろう、私も八意様の刺客を送り込めただけで仕事はした事になる。事が済むまでは君と戯れる事にしよう』

 

「おう、その気になったか。なら普通にやるよりも、楽しいお遊びでもしないか? スペルカードルールっていう幻想郷のお遊戯なんだが」

 

『あぁ、それなら知っている。いいだろう、付き合うとしようか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃははははは! イッツルナティックタイム! 全員纏めて狂ってしまぐへぇあ!?」

 

『霊夢ちゃん霊夢ちゃん、何か居たけど……というか弾いたけど』

 

「妖精の一匹や二匹、蚊を潰すのと同じよ。それより此処は?」

 

 月の都を出ると、そこは妖精が蔓延る地獄のような場所だった。

 しかし、何故こんな場所に妖精が……?

 

『多分月の外側、もう少し進めば目的地に着くと思う』

 

「そう、なら此処の連中は私が片付けておくから、あんたは黒幕を倒しに行って」

 

『うん、任せ……て? え、私だけ行くの?』

 

 てっきり自分がこの場所を任されると思っていたのだが……

 というか異変解決は巫女の仕事なのでは?

 

「この先はあんたが一人で行って、一人で異変を解決した方が良いのよ……そう、私の勘が言ってるの」

 

 なんだその勘は。

 全くもって意味がわからない。

 

「いいから早く行きなさい。じゃないとそこら辺の妖精と一緒に撃ち落とすわよ」

 

 と、ついに脅迫までしてきた。

 ここは素直に従った方が賢明だろう。

 

『えっと、じゃあ行ってくるね』

 

「えぇ」

 

 そうして一人、妖精無双をする霊夢ちゃんを背に、自分は飛び立った。

 

 

 

 

 


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