月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第27話

 

 

 

 

 

「……まさか本当に飛ぶなんてね。幻想郷の技術もようやく進歩したと言うべきかしら」

 

「それは違うわよ輝夜、あれは外の世界の技術で飛んでるんじゃない。住吉三神(幻想)の力で飛んでるのだから、あれは幻想郷特有のロケットよ」

 

 屋敷の窓から、空を見上げながら輝夜とそんな会話をする。

 紅魔館のロケットが空へと旅立って暫く、そろそろ月に辿り着く頃だろう。

 

月の羽衣(保険)もあのロケットに仕込んだし、間違いなくあのロケット()は月に辿り着く……そして後のことはあの姉妹が全部やってくれるわ」

 

「ふふ、正直月なんてどうでも良いとか思ってるのに永琳ったら。一応私以外の友達が月にいて安心したわ。貴女意外と口下手だものね」

 

「友達じゃないわ、教え子よ。そういう意味では輝夜、貴女の姉弟子よ」

 

 今思えば、地上に逃げる時もあの姉妹に声を掛けるべきだったのだろうか。

 あの娘達も私を慕ってくれていたし、良き共犯者になっただろう。

 

「ねぇ鈴仙、永琳ったらこんな事言ってるけど貴女はどう思う? 口下手なのは確かよね……鈴仙?」

 

 輝夜が私達と同じく窓の景色を見ていたウドンゲに話しかけた。

 当然返事は返って来ないが、それにしても様子が変なのは明らかだった。

 いつもなら直ぐに筆談で応えるというのに、まるで輝夜の言葉が聞こえてない様子で、ただじっと窓の外を、月をその伽藍とした眼球に焼き付けている。

 

『……師匠、姫様』

 

 そして数十秒後、ようやくウドンゲに動きがあった。

 ゆっくりとこちらに振り返りながら、いつもの達筆な字を見せてきた。

 

『ちょっと私も『月』に行ってきますね、数日で戻ります』

 

「「……へ?」」

 

 思わず輝夜とシンクロした。

 その言葉の意味が上手く飲み込めなくて、ようやく飲み込めたと思ったら次にきたのは混乱だった。

 

「え、あいや、なんで?」

 

 混乱しすぎて、上手く喋れない。

 何故、何故急に月に行くなどと言いだした?

 もしかして私と居るのが嫌になった?

 それなら何で今更?

 もう頭の中が真っ白だった。

 

『師匠、落ち着いてください』

 

「…………あ」

 

 突然、頭の回転を止められたような気分になった。

 歪みかけていた視界がクリアになっていき、目の前にはウドンゲの顔があった。

 

『大丈夫です、私はちゃんとここに戻ってきます。ただ少し、旅行に行くだけです』

 

「旅行……」

 

 何故だろう、さっきまであれ程動揺していたのに、今は落ち着いている。

 というより、『落ち着かされている』感覚だった。

 

『以前月で私の捜索命令が出された事覚えますか? 私どうしてもその理由が気になるんです。だからそれを確かめに行くだけです……そうですね、それと久しぶりに親友に会いたくなっちゃったんです』

 

「そう……なの」

 

 不思議だ、意識はハッキリしているのに、幻覚の中にいるような感じだ。

 ウドンゲの言葉が、ズッシリと頭の中に次々と入っていく。

 

『じゃあ行ってきますね』

 

 そう言ってウドンゲはその長い髪を揺らしながら、部屋の襖を開け廊下へ出た。

 

「……あ、ちょっと待って!」

 

 そしてハッとした。

 慌ててその背中を追おうと、廊下へ飛び出した。

 

「……ウドンゲ?」

 

「うー、なんか頭がホワホワするぅ……あれ、鈴仙はどこに行ったの?」

 

 永遠亭の長いその廊下には、私と輝夜以外誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧雨魔理沙は少なくとも動揺した。

 紅魔館の連中が月に行くと言い、霊夢もロケットの燃料だか何だかの為に同乗するのなら、私もと暇潰しを兼ねてついて来た。

 そしてうんざりする程の長い時間を狭いロケット中で過ごし、ようやく月に着いたと思ったらいきなり大きな水溜りに落とされた。

 

 不運はそれだけではなく、今度は刀を持った女が現れて襲いかかって来たのだ。

 別に襲われたのに文句はない、今回は私たちの方が侵略者(悪人)という立場なのだから。

 そして驚くべきことに、そいつは霊夢と同じように神様の力を使うことができる奴だった。

 その強さは圧倒的で、何とか幻想郷の決闘ルールで勝負をする事に持ち込めたのだが、見事に咲夜に続いて私やレミリアもその力の前に敗れ去った。

 

 そして今は、最後に残った霊夢が相手をしているのだが……

 

「……霊夢が手も足も出せないのならお手上げだなこりゃ」

 

 霊夢も霊夢で、やる気が出ないのかまだ全力を出していないが、状況が悪い。

 本来霊夢の仕事は幻想郷の調停だが、今此処は幻想郷ではなく月だ。

 加えて霊夢自身、あの刀の女と戦う理由が無いわけで、やる気が出せないのも当然だろう。

 しかし、いくらやる気がないといっても、あそこまで霊夢を圧倒できる存在がいるという事に私は動揺しているのだろう。

 

「……どうしたのです、あなたが切り札ではないのですか? これならさっき戦った妖怪の方がまだやり甲斐がありましたよ」

 

「あのね、私は別に戦いに来たわけじゃないのよ。大体こうも勝手が違うんじゃ出せるもんも出せないわよ」

 

 そして少し意識を逸らしているうちに決着がついたようだ。

 霊夢の首元には、刀が突き付けられていた。

 

「そうですか、些か拍子抜けですが……勝負はつきましたね、では暫く大人しくしてて貰いますよ」

 

「へいへい、言われなくてもしてやるぜ」

 

 あー何だかスッキリしない。

 こんな事なら主人が留守中の屋敷に忍び込んで、本でも漁っていた方がマシだったかもしれない。

 

「あなた達、もう終わりましたから出てきても構いませんよ。というか、いつになったらあなた達はちゃんと仕事をしてくれるのですか? せめて怖気付いて逃げるのはもう無しにして貰いたいものです」

 

「で、でも……怖いものは怖いんですよ依姫様」

 

 刀の女が茂みに向けて声を掛けると、ワラワラと兎たちが出てきた。

 

「なぁ霊夢、あれが月の兎ってやつだよな?」

 

「そうなんじゃない? どうでもいいけど」

 

 兎たちは一応武装はしているみたいだが、何だか強そうには見えない。

 てっきり鈴仙みたいな奴がゴロゴロいるのかと思っていたのだが、どうやら思い過ごしだったようだ。

 

「大丈夫か、そんなへっぴり腰で」

 

「ひゃ!」

 

 何だかナヨナヨしていて、つい弄りたくなるような感覚が私を襲った。

 私に背中を向け、油断していた一匹の兎の腰を軽く叩くと、それはもう面白いくらいのリアクションをしてくれた。

 

「な、ななな何をー! や、やるのかー!?」

 

「おいおい、そんな物騒なもんこっちに向けないでくれよ。大人しく敗者は敗者らしくしてるから、せめて話し相手くらいにはなってくれよ。土産話の一つも無いんじゃ来た意味がないしな」

 

 懸命に威勢を張ろうとしているその姿が、余計におかしく見える。

 

「……うちの兎たちをあまり弄らないでくれますか? 色んな意味であまり強くはないので」

 

「なら何でこんなに引き連れてるんだ? もしかして単なるペットなのか?」

 

「えぇ、ペットです」

 

「……ペットなのか」

 

 冗談のつもりが本当のことだった。

 

「あれか、番犬にするつもりで飼っているのに、気が付けば愛玩用になったみたいなそんな感じか?」

 

「そうですね、この際なので全員檻にでも入れて眺めるのも良いのではないかと考えてます」

 

 えぇ!?

 と兎たちの声が大きく重なる。

 

「……なんだか拍子抜けだな、てっきり月の兎はつかめない奴ばかりだと思ってたんだが」

 

 あまりにも自分が抱いていたイメージと違うので、つい口にしてしまった。

 正直鈴仙のように、表情が死んでて喋らないような兎があちこちに蔓延ってるのを期待していた。

 

「ほう、何故そう思っていたので?」

 

「いやなに、知り合いに居るんだよ。月の兎が」

 

「……なんですって? それは本当ですか?」

 

 私がそう言うと、今まで涼しげな表情をしていた刀の女がようやくその顔を崩した。

 それは驚愕といえる表情だった。

 

「あぁ、『鈴仙』って言う奴なんだが……」

 

 鈴仙、その単語を口にした途端空気が変わった。

 刀の女だけでなく、さっきまでビクビクしていた兎たちも目を見開いて、その耳を尖らせた。

 そしてそれらの視線は、一気に私に注がれた。

 

「お、おぉ……なんだ、もしかしてお前達もあいつと知り合いか?」

 

 その力強い視線に、思わず後ずさる。

 ここでチラリと助けを求めるように霊夢を見るが、残念ながら興味なさそうに目を閉ざしていた。

 まるで『あんたが言ったんだから、自分で何とかしろ』と言ってるようだ。

 

「……今『レイセン』と言いましたね、その兎はどんな姿をしているか答えられますか?」

 

「え、あ、あぁ……薄紫色の長髪に、赤い瞳……いつも無表情で全く喋らない奴なんだが……」

 

 刀の女からは殺気じみたものが滲み出ていた。

 嘘をついたら、一瞬で首を刎ねられそうな気がしたので、正直に答えた。

 

「…………あぁ、間違いありません。それは紛れもなくレイセンですね」

 

 スッと刀の女から出ていたものが消え去った。

 その表情はどこか寂しげで、嬉しそうなものだった。

 

「てっきり『表の地上』に居るのかと思いましたが……そうですか、そっちの方に居たのですね。彼女は元気でやってますか?」

 

「おう、いっつも他人にお節介かくほど元気だぜ」

 

「でしたら、相変わらずなようで何よりです」

 

 その反応からするに、鈴仙のお節介癖は月に居た頃から続いているらしい。

 

「ねぇ、あんたレイセンの知り合いなの?」

 

「なら今度会った時に、私達は元気だよって伝えといてー」

 

「そうそう、最近二号ができたってことも伝えといて」

 

「えと、なっちゃん……じゃなくてレイセンは本当に元気にやってる? そろそろ普通に笑えるようになった?」

 

 そしてワラワラと寄ってきて言葉の弾を撃ちまくる兎たち。

 あぁ成る程、既にコイツらも鈴仙に『夢中』らしい。

 

 永遠亭の面々は勿論、以前妖怪の山で出逢った『天魔』と『鬼神』というやけに強い妖怪たちも鈴仙に夢中な様子だった。

 種族性別問わずに、他者を惹きつける鈴仙の存在はもはや凶悪ともいえるのではないだろうか。

 まぁ当の本人が善行を良しとする奴なので、それを利用するとかそういう事はしなさそうではあるが。

 

「あら、いつの間に侵入者と仲良くなったのかしら?」

 

「おや、お姉様。お帰りなさい」

 

 するとまた別の女が現れた。

 傍には、耳の垂れた兎を一匹引き連れている。

 

「どうやら上手くいったようですね」

 

「えぇ、堂々と乗り込んだ侵入者も、コソコソと忍び込もうとした黒幕も無力化した……これが完全無血の勝利という奴ね。因みに黒幕は拘束したまま放置してきたわ」

 

 会話の内容は分からないが、どうやら私達が月に来る事は既にお見通しだったようだ。

 

「それで、何を楽しそうにお喋りしてたのかしら。あなたの事だから侵入者の首を刈り取って物理的に騙されてるのかと思ったのだけれども」

 

「そんなに私は野蛮に見えるのですか……? 単にこの侵入者が、レイセンの事を知っていたというので、話を聞いて……あぁ、このレイセンの事ではなく前のレイセンの方です」

 

「え……前のレイセンの事を……? じゃあレイセンは、今のレイセンが以前逃げ込んだ方の地上にいるという事ですか? そしてこの侵入者はレイセンの事を知っていて」

 

 どうやら、この垂れ耳兎の名前もレイセンというらしい。

 

「あら、あんたよく見たらこの前の羽衣兎じゃない」

 

「え、あ……! 羊羹くれた人!」

 

「なんだ霊夢、この兎……今のレイセンの事知ってるのか?」

 

「……そこの巫女は、今のレイセンと前のレイセンも知っている?」

 

「……ちょっと待ってくださいお姉様、『レイセン』って何なのかわからなくなってきました」

 

「あれ……私は今のレイセンだっけ、前のレイセンだっけ……?」

 

「やめなさいレイセン! 今レイセンという単語を出すと余計に分からなくなります! 因みにあなたは今のレイセンですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇちょっと、これまさか本当に放置された感じ?」

 

「そのようですね……凄いですねこの縄、妖力は勿論、他の能力まで封じられてます。(式神)すら呼べません」

 

「……じゃあ私達ずっとこのまま?」

 

「可能性としては、誰かが通り過ぎてこの縄を解いてくれる……ですかね」

 

「ここ迷いの竹林よ? こんな所通り掛かる連中なんてロクでもない奴らばっかじゃない! いやよ、恥を晒すだけじゃない!」

 

 ……という見知った声と波長を感じてきて見れば、予想通りの二人が両手を拘束された状態でそこに居た。

 

『ふむ、では私もそのロクでもない連中という事らしいので、助けるのはやめときますね。紫さん』

 

「え!? あ、ちょっと、ちょっと待って! あなたは例外よ、お願いだからこれ解いて!」

 

「すまない、最悪私だけでも助けてくれないか? 橙が待ってるんだ」

 

「え、まさか主人を見捨てる気なの藍!?」

 

 しかし、コントをするだけの余裕があるようだ。

 とはいえこのまま放置するのも気が引けるため、二人を拘束している縄をそのまま『力任せに引き千切る』。

 

「うぅ、大丈夫? 跡になってない?」

 

「大丈夫です紫様、今更跡の一つや二つ増えたところでお変わりはありません」

 

 そしてちぎった縄の残骸を掌に乗せ、観察する。

 ……この縄、普通の縄ではない。

 正しくは組紐、月で罪人に使われている代物だ。

 という事は、やはり紫さんが……

 

『……もしかして豊姫様に会いました?』

 

 月と地上を一瞬で行き来できるのは彼女だけだ。

 

「えぇ、後なんか貴女と同じ名前の兎を引き連れてたわよ。全く、酷い目にあったわ」

 

『自業自得な気がしますが……まぁいいです、紫さんが何を企んでようと私には関係ありませんから』

 

 というか、自分と同じ名前の兎?

 もしかして、自分が月を出た後に月の使者に加わった新人だろうか?

 

 まぁそれも含めて自分には関係のない事だ。

 今はやるべき事をするまでだ。

 思考の切り替えと同時に、師匠から貰った煙管を取り出して火を付ける。

 煙が辺りを満たし、すぐに空と溶け合って消える。

 それが何故だか、見ていて面白い。

 

「……なんか今日の貴女、雰囲気? 兎に角、何時もと違くないかしら? ……もしかして怒ってる? その、『この前』の事も含めて」

 

『いえ、怒ってませんよ……それに私は私です。例えどんな姿形、性格をしてようが、それは『私』です』

 

 けれど、それは他者から見たら『別人』と感じるのかもしれない。

 全く酷い話だ。

 

『けどそうですね……紫さんが言う『何時もの私』と『今の私』……』

 

 煙管に口を付け、息を吸い込んでから口を離す。

 そして吸い込んだ息を吐き出せば、また煙が辺りを包む。

 

「どっちが本当()だと思う?」

 

「……え?」

 

 

 

 

 八雲紫は答えられなかった。

 気が付けば、たった一瞬瞬きをしただけで、彼女の姿はもう何処にも無かったのだから。

 

 

 

 

 




レイセンのゲシュタルト崩壊

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