月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第2話

 

 

 

 

 私こと鈴仙・優曇華院・イナバの、永遠亭での立ち位置は居候に近いと思う。

 主人は師匠と姫様の二人で、てゐとイナバ達は外部から永遠亭を守る為の協力者といったところだろうか。

 そして自分は訳あって月から脱走した逃亡者……別に逃亡したつもりはないのだが、多分月では自分のことは脱走兵として扱われているだろう。

 まぁそれはともかく、そんな自分を月の者達から匿ってくれたのが師匠達だった。

 さらに驚くべきことに、なんと師匠と姫様もかつては月の民だったのだが、色々あったらしく自分と同じように月の者達に見つからないようにここ幻想郷で隠れて住んでいたらしい。

 

 そんな利害の一致というやつから、自分も永遠亭に住まわせてもらっているのが今の自分に置かれている状況だ。

 月から飛び出して間もない頃に、突如現れ師匠達と引き合わせてくれたあの胡散臭いスキマ妖怪には感謝してもしきれないだろう。

 

 話を戻すが、そんな居候の自分は恩返しも兼ねて、永遠亭の家事全般を日頃行なっている。

 ……自分以外にろくに家事をこなせる人が居ないという理由もあるが。

 

(今日はお洗濯日和ー、ふんふーん)

 

 けれど辛く感じたことはない。

 むしろ、家事というのは性に合っているのか、餅つきとかの仕事より遥かに楽しく感じられる。

 誰かの役に立てるというか、お世話をするのがこんなにも気持ちが良いものとは思わなかった。

 前世でそれに気がつけていれば、介護の仕事とか目指していたかもしれない。

 

 リズムよく鼻歌を心で歌いながら、洗濯板で一生懸命に洗った洗濯物達を干していく。

 え、なんで洗濯板なんて古臭いの使っているかだって?

 ここ幻想郷は、月の都どころか『外の世界』とも比べても技術の発展がだいぶ遅れているため、洗濯機とかいう便利な文明の利器はないからだ。

 けど案外慣れてしまえばこれはこれで使いやすいものだ。

 

(さて、次は掃除をして……あ、そういえば今日は人里に行く日だった)

 

 洗濯物を干し終え、この後の予定を確認していく。

 そして思い出した、今日は人里に用があったことを。

 今はお昼過ぎ、できるなら夕方までには済ませておきたいので、急いで掃除を終わらせて準備しなくては。

 ちなみに例え急ぐ時でも掃除の手は抜かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これが今回の分よ。割れ物もあるから気をつけて運んで」

 

 師匠に大きな箱を渡され、それを背中に背負った背負い籠に丁重に入れる。

 箱の中身は大量の薬だ。

 風邪薬とか、傷薬とか、師匠のお手製薬が色々入っている。

 

(じゃあ師匠、行ってきます)

 

 師匠をじっと見つめながら、心で行ってきますを言う。

 それを察したであろう師匠は、少し照れ臭そうにしながら応えてくれた。

 

「……行ってらっしゃい」

 

 毎度のことなのに、未だに恥ずかしがる師匠は可愛い。

 まったく、素直じゃないんですから。

 

 師匠に見送られながら永遠亭から人里へと向けて足を動かす。

 そしてあたりの景色は竹林一色に変わっていく。

 言い忘れていたが、ここは『迷いの竹林』と呼ばれており、永遠亭は迷いの竹林の奥の方に建てられている。

 今向かっている人里は、その迷いの竹林を抜けた先の意外と近くにある。

 ちなみになんで迷いの竹林と呼ばれているかというと、名前の通りとっても道に迷いやすいからだ。

 一度入ってしまえば、何処まで歩いても同じような景色、濃い霧に包まれていたりで、方向感覚を失いやすいのだこの竹林。

 なので隠れ場所としては最適だからという理由で、永遠亭はこの竹林に建てたそうだ。

 

 お陰でここは幻想郷の中ではちょっとした危険地帯扱いされていて、わざわざ迷いの竹林にやってくるのは、竹林の地形を完全に把握している、姫様の知り合いの『藤原妹紅』という人しかいない。

 ……そういえば最近見かけてないが、元気にしているだろうか。

 彼女も師匠や姫様と同じ蓬莱人なので死んでたりはしないだろうが、ちょっと心配なので今度またご飯でもお裾分けしに行こうかな。

 

 そんなこんなで、妹紅さんにお裾分けするメニューをどうするか考えていると、竹林の出口が見えてきた。

 ここに住んでからだいぶ時が経っているので、自分も今更迷ったりはしない。

 仮に迷ったとしても、いざとなったら能力で竹林の波長を読めばいいだけだし。

 

 やがて人里に入るための入り口が見えてきた。

 入り口には木製の頑丈そうな扉と、門番らしき人が二人立っている。

 早速人里へと入るため、能力を使って自分のある波長を弄る。

 それは自身の『妖怪らしさ』という波長だ。

 

 人里と言われるだけあって、里には大勢の人間が住んでいる。

 一部例外を挙げるとすれば、人里の守護者と呼ばれている半人半獣の『上白沢慧音』という人がいるが……

 ともかく人里には基本的に妖怪は入れないのだ。

 妖怪は人を襲い、時には人も妖怪を退治する……それが人と妖怪の関係だ。

 それ故に、玉兎である自分も妖怪というカテゴリに入ってしまうため、そのまま人里に入ろうとすれば良くて門前払い、悪くて退治してこようとするだろう。

 こちらとしては人を襲う気は全くないのだが……まぁ人間からしたら妖怪のいう事なんて信用できないだろう。

 そういうわけで、人里に入る時は能力を使って『妖怪らしさ』という波長を長くして、妖怪らしさを出来るだけ抑えるのだ。

 そうすると、よほど勘の良い者でなければ気づかないほど妖力を抑えられ、妖怪の証ともいえる大きなウサ耳と尻尾は見えなくなる。

 そして人里に居ても違和感のないような服装をすれば、自分が妖怪だと気づかれることはまずない……まぁ人里に初めて来た時に、人里の守護者である慧音さんにはすぐにバレてしまったが、何とか害がない妖怪という信用を得たので事は済んでいる。

 とどのつまり、自分の正体を人里の中で知っているのは今のところ慧音さんだけだ。

 ではなぜ自分がそこまでして人里に入ろうとするのか……それには理由が二つほどある。

 まず一つ目は、食料や物品を人里で手に入れるため。

 一応永遠亭の裏庭で家庭菜園をしたり、タケノコを掘ったり、竹林の中にある川で魚を釣ったりと、ある程度自給自足はできるのだが、それだけでは流石に心許ないし、米とか人里で買わないと入手できないものもある。

 とはいえ、ぶっちゃけ永遠亭には不死と妖怪しかいないので、食事の必要性は低かったりするのだが、かといって食事を全くしないというのはどうかと思うので、みんなの食事は自分が用意している。

 ……というか用意してあげないと、師匠達とかは平気な顔で絶食生活をするのだ。

 理由を聞けば、『食べなくても死にはしない』と答える……流石にあれはちょっとどうかと思った。

 本当に永遠亭に来たばかりの頃は大変だった。

 いくら不死とはいえ、かつては人間だったのだから人間らしい生活を送らなくてはいずれ心がおかしくなってしまうと思う。

 だから自分の永遠亭での初めての仕事は、師匠達への説教だった。

 

 とまぁ、それが一つ目の理由だ。

 そして二つ目は、生活費を稼ぐためである。

 人里で何かを買おうにも、お金が無くては何も始まらない。

 そしてそこで考えついた方法が、師匠の作った薬を売ってお金を稼ぐという方法だ。

 医療の技術が乏しい幻想郷では、師匠の効果絶大の薬は絶対に役に立つし、師匠も薬作りにやり甲斐をもてる。

 そのうえ売れれば売れた分だけお金が手に入る。

 誰も損することのない、何とも画期的な商売方法だ。

 

 こういった理由から人里には、薬売りだけで無く買い出しも含めて月三、四回は訪れている。

 

「む、そこの者止まれ。ここは……ってなんだ、薬屋さんでしたか」

 

 気がつけば門の近くまで来ていたようで、門番の一人に呼び止められる。

 そしてこちらが何者かを気づくなり、門番としての厳しい態度がどこかへ消え失せた。

 

「いやー先日は助かりました、薬屋さんのくれた薬のおかげで息子も寝込んでたのが嘘だったかのように元気になりましたよ」

 

 あーそういえばこの前来た時に、何日も寝込んでいる子供がいると聞いて検診に行ったのだが、手持ちの売り物の薬だけではどうしようもなかったので一回永遠亭に戻って師匠に処方薬を作ってもらったことがあった。

 そして急いで人里に戻って処方薬をその子の家まで渡しに行ったんだった。

 そうか、この門番の人の子供だったのか。

 流石師匠の薬、効果は絶大だ。

 

「おい、あんまり引き留めちゃ悪いだろ」

 

 治ってからは毎日のように外で遊んでいるという話をし始める門番。

 すると一人でマシンガントークをしていた門番をたしなめるように、もう一人の門番がそう言ってきた。

 

「おっとそうだった……とにかく感謝してます薬屋さん。それじゃあどうぞお通りください」

 

 ようやく通行許可をもらったので、門番達に会釈をしてから人里の入り口をくぐる。

 どうやら今日も人里は平和なようだ。

 いつも通り活気に溢れている。

 既に自分の事は里中の人々が知っているので、道を歩けば挨拶をされるので会釈で返す。

 こういう時言葉で挨拶を返せないのが本当に残念だ……

 途中、「薬屋さんだ、遊んでー」とせがむ子供達を心を痛めながら、仕事中だからと言って……筆談だが、断りながらもようやく最初の目的地にたどり着いた。

 

 そこは里に置かれた掲示板。

 里の連絡事項などがたくさん張り出されている。

 そして自分の目的は、その掲示板の端に張り出されている紙の内容だ。

 その紙には、自分が売っている薬を欲しがっている人の名前やどんな薬を欲しがっているのかが書かれている。

 最初は置き薬という方式で薬を売っていたのだが、人里の一軒一軒を周って薬を売るのはなかなか時間がかかって大変なのだ。

 そんな困っていた自分に、人里の皆さんは親切なことに、掲示板を使って今現在薬を欲しがっている人がわかるようにしてくれたのだ。

 おかげで仕事もだいぶ楽になった。

 

(えっと……田中さんの家が頭痛薬。団子屋の店主が風邪薬と消毒薬……それから大工さん達が傷薬と二日酔いに効く薬)

 

 ざっと見ただけでも十件以上ある。

 今日はなかなか大忙しかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬を売り終え、買い出しも済ませると既に日没近くになっていた。

 急いで帰って夕飯の支度をしなくては。

 本当は時間があれば子供達と遊びたかったんだけどなぁ……

 しかし無い物ねだりしても意味がないので、小走りで里の出口へと向かう。

 すると向こう側から見知った人影が迫ってきていた。

 

「……あぁ、薬屋か。もしかして今帰りか? なら急ぐと良い、いくら妖怪のお前でも夜道の一人歩きは危険だろう」

 

 その人影の正体は、人里の守護者にして寺子屋の教師もやっているワーハクタク、上白沢慧音だった。

 妖怪の自分を心配してくれるなんて、聖人すぎて眩しく感じる。

 そこが彼女の魅力でもあるのだが。

 

 深い会釈をしてから、再びを歩を進める。

 そして何故か背中に視線を感じたが、気にせず夕食のメニューを考えながら里を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな背負い籠を背負い、菅笠で目元まで覆っている薬屋と呼ばれる妖怪の去っていく背中を見ながら上白沢慧音はふと思い出した。

 あの妖怪との出会いを……

 

 ある日慧音の元に、門番から通達があった。

 怪しい行商人らしきものが、里に入りたがっていると。

 慧音はワーハクタクと呼ばれる半人半獣で、この人里が出来た頃からこの里を守ってきていた。

 それ故に、里のみんなからは人里の守護者という扱いを受けている。

 なのでこの里の頭というわけでもないのに、厄介事をよく任されていた。

 まぁ任されたというか、私も進んで引き受けているというのが正解かもしれない。

 なにせこの里は私にとっての宝物のようなもの……それを奪ったり壊そうとする奴には容赦はするつもりはない。

 そんな心構えをしつつ、門番のいう怪しい行商人というのを確認するため里の入り口に出向いた。

 

 その怪しい行商人は、確かに怪しいという表し方が一番だとその時思った。

 服装は特に違和感はないが、何が入っているかわからない大きな背負い籠、そしてこれまた大きな菅笠……頭から目元まで深く菅笠をかぶっているため、唯一見えるのは口元だけだった。

 しかもその肝心の口元も、口角が下に釣り下がり喋る気は無いと思うくらいに固く閉ざされている。

 これでは怪しんでくださいと言っているようなものだ……

 

「…………」

 

 こちらが観察しているにも関わらず、それは身動き一つもせずただ黙ってその場に立っていた。

 

「上白沢さん……どうやらこいつ喋れないみたいです」

 

「喋れない……?」

 

 門番が小声でそう言ってきた。

 なるほど、どうりでさっきから黙ったままだったのか。

 

「それでそいつがこれを見せてきまして……」

 

 門番が手に持っていたものを見せてきた。

 それは一枚の紙きれ、それには『里に入りたいので、許可をもらいたい』とだけ書かれていた。

 筆談か……となると言葉自体は理解できているようだ。

 

「……どうします、追い返しますか?」

 

「……いや、一先ず私が話してみよう。それからどうするか決めようと思う」

 

 この行商人らしきやつの正体は全くわからないし、確かに怪しさ満点ではあるが、話くらいは聞いてやるべきだ。

 それにさっきから気になる違和感をこいつから感じる……その違和感を確かめることも含め、その行商人を私の家に招いた。

 

 一応家へと連れていくときも警戒は続けていたが、そいつは特に妙な動きは一切しなかった。

 そして客間に通した頃には、多少ではあるが慧音からこの行商人に対しての印象は変わっていた。

 玄関を通る時には深くお辞儀をし、きっちり靴を揃える。

 客間に通すときも軽いお辞儀をし、慧音が座って良いというまで立っていて、今も見惚れるほど綺麗な正座で座っている。

 どうやら礼儀正しさは持ち合わせているらしい……というか里の者たちにも見習って欲しいレベルだ。

 強いてダメなところをあげるとすれば、室内なのに菅笠をかぶっているところだろうか。

 

「粗茶ですが」

 

 一先ずお茶くらいは出してやることにした。

 てっきりあっちもこちらを警戒して飲みはしないだろうと思ったが、驚くべき事にそいつは何の躊躇もなくこちらが出したお茶を飲み始めたのだ。

 そして突然懐から紙きれと棒状の物体を取り出すと、棒状のものを使って紙に何かを書き出した。

 そして書き終えた紙を差し出してきたので、それを受け取り紙を見つめた。

 『大変美味です、よければどんな茶葉を使っているのか教えてくれませんか?』と書かれていた。

 というか、えらく綺麗な字だな。

 

「え、あぁ……確か三丁目の茶屋で買ったやつだったかな……」

 

 あまりにも突拍子のない質問だったので、つい真面目に答えてしまった……

 それを聞いた目の前の者は、新しい紙きれに何かをメモしてそれを大事そうに懐にしまった。

 一体何なんだ……

 

「ん、んん! それじゃあ私からも質問していいかな?」

 

 いかんいかん、このままでは相手のペースだ。

 仕切り直しも含めて私は最初の質問をする事にした……

 私の言葉に首を縦に振って答えるのを確認した後、私はちょくちょく感じていた『違和感』の答えを得るため質問した。

 

「それで、『妖怪』が一体この里に何の用だ?』

 

 私がそう言った途端、初めて目の前の者の身に纏っている空気のようなものが変わった気がした。

 とは言ってもそれはすぐに元に戻ったが……しかし私の言葉に反応はした、そうなるとやはりこいつは……

 

 すると突然部屋に入っても取らなかった菅笠を外した。

 

「なっ……」

 

 正直言って驚いた。

 なにせ菅笠を、外した事で露わになったそれは、思ってもいなかった姿をしていたからだ。

 まず目に入ったのが、その顔立ち……明らかにそれは少女だった。

 確かに背は低いなとは思ったが、まさか女だったとは正直思いもしなかった。

 そして次に注目したのが、まるで血を吸ったかのような『赤い瞳』だった。

 瞳の色自体は大して気にはしなかったが、問題はその瞳がまるで虚空を見ているかのような……なんだか不思議な感じがした。

 そしてそれが彼女の無表情をより際立たせているように見え、ちょっとだけ気味が悪かった。

 他に目に入ったのは薄紫色の長髪だろうか、菅笠の中にしまっていたようで、今は重力に従って下に落ちていた。

 ……というかなんでさっきから表情一つ変えないのだろうか……喋れないのと何か関係があったりするのかもしれないが、今はそんなことを聞く前に他に聞くべきことがあるので一先ず置いといた。

 

 するとまた彼女は紙きれに文字を書いて渡してきた。

 それには『仰る通り私は妖怪です、人間に化けて正体を隠していた私を信用できないかもしれませんが、どうか話を聞いてくれないでしょうか?』……と。

 

 私が感じていた違和感はこれで解消された。

 どうやら本当に妖怪だったらしい……正直言って半信半疑だったため、カマかけも含めての質問をしたのは正解だったようだ。

 彼女からはほんの少しだが、まるで雨粒の一粒のような妖力を最初見た時から感じていた。

 しかし、もしかしたら勘違いかもしれないとも考えるほど曖昧で微弱な妖力……

 長い事妖怪という種族を身近に感じていた私でさえ、本人の口から出るまでわからなかったのだ。

 よほど勘の良いか、相当な感知能力を有していないと気づく者はいないだろう。

 

「あ……す、すまないぼーっとしてしまって」

 

 ふとこちらを静かに見つめる彼女の視線で思考の渦から引き戻された。

 その時一瞬彼女の赤い瞳が輝いた様に見えたが……まぁ気のせいだろう。

 

「もちろん話は聞こう、お前が無闇に人を襲うような妖怪ではないのはなんとなくわかるからな」

 

 無表情で喋らない正体不明の女妖怪……これだけでも充分怪しいが、彼女と実際に時間を過ごしてみると不思議と嫌な感じはしてこない。

 気が付けば彼女に対しての警戒心はかなり薄れていた。

 

 改めて彼女の話を聞くと、どうやら人里で薬売りをしたいとのことだった。

 それと人里で買い物をしたいと……

 何故かと理由をたずねると、生活費を稼ぎたいからと彼女は答えた。

 ……まさか妖怪が生活費が欲しいから人里で商売をさせてくれなんて言いに来る日が来るとは夢にも思わなかった。

 

 しまいには綺麗な土下座までする彼女に根負けして、私の監視付きという条件で許可を出した。

 もちろん薬に関しては実際に私が試してみて毒とかが入っていないことを確認した。

 

 まずはお試しということで、最初は人里の一軒一軒を二人で周りながら試供品を置いていった。

 最初は怪しい輩が置いていった怪しげな薬ということで、手をつける者は居なかったが……

 ある日ある夫婦の子供が高熱を出してしまい、いくら看病してもなかなか治らなかったそうだ。

 このままでは子供が死んでしまうのではないか、そう考えた夫婦はこの前怪しい行商人が置いていった薬のことを思い出した。

 最初はこの怪しい薬を使っていいのだろうか悩んだそうだが、あの人里の守護者である慧音のお墨付きということもあり、最後の手段にすがる気分で薬を子供に飲ませた。

 するとどうだろうか、子供は翌日にはすっかり熱が下がり、その翌々日には外を駆け回るほど元気になった。

 そしてあっという間に薬屋の薬はよく効くという評判が里中に知れ渡り、しまいにはその例の薬屋がよく子供たちと遊んでくれるという親たちの評判も重なり、気が付けば私の監視なんて要らないほどの信頼を薬屋はわずか二ヶ月ほどで築いたのだ。

 

「……そういえばここは幻想郷だったな」

 

 幻想郷の管理者である妖怪の口癖をなんとなく思い出した。

 

『幻想郷は全てを受け入れる』

 

 ……なるほど、全てを受け入れるのならあんな妖怪が居てもおかしくはないな。

 

 そういえば、薬屋は何の妖怪なのだろうか。

 見た感じ普通の人間と変わらないが……今度それとなく聞いてみるとしよう。

 

「おーい! 先生、大変だ!」

 

 すると突然背後から大声で呼ばれた。

 

「なんだ、何かあったのか?」

 

 私を呼んだのはこの里の大手道具屋の主人だった。

 

「じ、実は———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しまった……自分としたことがこんな些細なミスに気が付かないなんて。

 

(財布が……ない!)

 

 永遠亭に戻り、着替えをし終えた頃それに気が付いた。

 人里に行く時に着ていた服を洗濯籠に入れようとして、その服のいつも財布を入れているポケットから財布を出そうとしたのだが、なんとポケットに穴が開いていたのだ。

 そして当然のごとく、財布はポケットから落ちたのか入っていなかった。

 くっ、なんてことだ……服のほころびに気付かないなんて!

 

 嘆いていても仕方ない、財布を見つけなくては。

 幸い自分の能力は探し物をする時にも使える。

 財布の波長を探せばいいだけの話だ。

 人や物の波長を一度でも見て、その波長さえ自分が覚えているなら能力で目的の波長がどこら辺にあるのか探知できるのだ。

 

 もちろん愛用の財布なので、波長パターンはバッチリ覚えている。

 早速能力を使って探知を始める……まずは竹林全体を調べる。

 もし竹林に反応が無いなら、人里で落としたのかもしれない……そう思ったのだが、財布の波長は竹林から感じられた。

 良かった、思ったよりも近くにあるようだ。

 

 急いで永遠亭を飛び出し、反応の元へと急ぐ。

 走り続けて数分ほど、あっけなく財布は無事に見つけられた。

 

(さて、帰ったらポケット縫い直さないと……)

 

 その前に夕食も作らなくてはならないため、急いで帰らなくては……そしてまた走り出そうとした時に、それに気が付いた。

 

(……子供の泣き声?)

 

 近くから子供の泣き声らしきものが聴こえてくるのだ。

 もしかして人里の子供が迷いの竹林に入って迷い込んだのだろうか……しかし人里の子供ならここには危険だから近づくなと教育を受けているはずなのだが。

 

 かといってこのまま放って置くわけにもいかないし、とりあえず声のする方へと向かう。

 

「うっ、ぐすっ……ここどこ? お父さん、こーりん……ひっく」

 

 そしたら案の定子供が泣きじゃくりながら竹やぶの隙間に座り込んでいた。

 そしてこの金髪の子供だが、見覚えがあった。

 確か人里の道具屋さんの娘さんだ。

 よく薬を売りに行く時に、父親の背中に隠れて様子を伺っている人見知りの子だった気がする。

 

 どうしてこんな所に一人で居るのかは疑問だか、辺りは既に真っ暗で、妖怪が活動を始める時間だ。

 このままでは野良妖怪の餌になってしまうのが目に見えている。

 仕方がないので自分が人里まで送ることにしよう、そう思い子供に近づく。

 

 そしてこちらに気づいた子供が、こちらを見るなり驚いた表情で固まる。

 

(あ、しまった……耳と尻尾隠してない)

 

 つい癖で人間に変装しているつもりのノリで近づいてしまったが、今の自分は完全に妖怪兎の姿だ。

 まずいな、これじゃあ怖がらせるだけ……

 

「……ウサギさん?」

 

 しかし予想に反して聴こえてきたのは悲鳴ではなくそんなキョトンとした疑問の声だった。

 ……よかった、まだ純粋な子供で。

 

(そうだよ、ウサギさんだよー)

 

 そのまま子供の側まで近寄り、しゃがみこむ。

 そしてそのままうさぎ跳びを披露する。

 子供はそれが気に入ったようで、泣くのをやめてキャキャと笑い始める。

 どうやらあやすのは成功したようだ。

 

 そして落ち着いた子供に事情をたずねると、どうやら最近疲れ気味の父親に元気になって欲しくて、父親の好物のタケノコを手に入れようと竹林に入ったらしい。

 なんとも親想いの良い子なのだろうか……

 

 しかし今頃その父親は心配しているころだろう。

 はやく人里へ連れていかなければ。

 

「あ、あれ? 私のリボンがない!」

 

 子供に里まで案内してあげると伝え、はぐれないように手を繋ごうとした瞬間、子供が何かに気づいたようで叫び出した。

 どうやら髪飾りのリボンを気付かずうちに無くしてしまったようだ。

 

「どうしよう……お気に入りのなのに」

 

 そしてまた泣きそうになる子供。

 うーん、そのお気に入りのリボンの波長さえわかれば探せなくはないのだけど……そうだ。

 

 スカートのポケットから白い髪留めを取り出す。

 いつも調理する時に髪をまとめる時に使っているものだ。

 そして子供の髪の一部をおさげに編んで、髪留めを巻きつけリボン状にしてあげる。

 すると大変気に入ったのか、泣きそうな顔は引っ込み子供特有の可愛らしい笑顔を浮かべた。

 やっぱり子供はいいなぁ……こう見てるだけで癒される。

 

 時折肩車をしてあげたり、一緒にスキップして進んだりと、子供が不安にならないように注意しながら人里の方へと向かう。

 やがて竹林を抜け、人里が見えてきたあたりで聞き覚えのある声がしてきた。

 

「あ、けーね先生の声だ!」

 

 どうやらこの子供の名前を呼びながら里の周辺をうろついているので、彼女も子供を探しにきたのだろう。

 途中掘ってあげた新鮮なタケノコを子供に持たせて、慧音さんの元へ行くように促すと、子供は一気に駆け出した。

 そして子供に気づいた慧音さんが子供を抱き上げるのを見届けてからその場を去る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けーね先生!」

 

「っ……! 魔理沙! あぁ無事だったんだな……良かった、心配したんだぞ? どこか怪我とかしてないか?」

 

「うん! あのね先生、こんな大っきなたけのこ見つけたんだよ」

 

 最初この子の父親が『娘が俺のためにタケノコを探しに里の外へ出てしまった』と聞かされた時は肝が冷えた。

 どうやら父親の好物のタケノコを手に入れるため、父親が目を離した隙に里の塀を乗り越えて迷いの竹林に向かったらしい。

 迷いの竹林は下手したら二度と帰ってこれない危険地帯、そこに子供が一人だけで向かったとなれば心配の一つや二つする。

 

 しかし既に夜なので、里の周辺には野良妖怪がうろつき始める。

 なので妖怪相手に自衛ができる慧音だけが迷いの竹林に行く事にした。

 そして竹林の近くに到着し、ここで一回魔理沙が近くにいないか確認するために名前を呼んだ。

 するとどうだろうか、竹林から大きなタケノコを持った魔理沙がこちらに走ってきているではないか。

 

「全く心配させて……竹林には入ったら危ないっていつも言ってるだろ?」

 

「うん、私迷子になっちゃったの……けどね、ウサギのお姉ちゃんが出口まで連れてってくれたの!」

 

「ウサギ……?」

 

 魔理沙が竹林の方角を指差しながらそう言う。

 その方角を見てみると、竹林の竹やぶに紛れて人影らしきものがいた……そしてその正体を知る前に、気が付いたら人影は跡形もなく消えていた。

 

 

 

 

 




最後の方がちょっとやっつけっぽくなってしまったかな……

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