月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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今回は以前よりも場面が物凄い勢いで変わっていくので、ご注意を。


第18話

 

 

 

 

 

「さて、待たせたな射命丸。儂は長耳の奴に再び逢えた……寝てたが……まぁそれは良い、約束通り、お前の望みを叶えてやろうではないか」

 

 あれ、そんな約束だったけ?

 普通に天魔様と鈴仙さんの馴れ初めについて教えてもらえればそれで満足なのだが。

 というか鈴仙さん寝てるのか……本人を交えて話を聞いた方が分かりやすいということで、ここまで苦難の道のりを超えてきたというのに……

 

「ほれ何でも言って良いぞ、儂にとって長耳の奴の情報はとても素晴らしいものだ。それを儂に知らせてくれたお前さんの働きは見事なものだぞ?」

 

「なん……でも!?」

 

 それを聞いて自身の心が揺れ動いた。

 昇進? 給料アップ? それとも長期休暇? もしくは……

 

 今、射命丸文の心の中はそんな欲望が渦巻いていた。

 思わず正直にその欲望を口に出そうとしたが、ぐっと堪えた。

 

 欲を求めるのは悪い事ではないが、それを得るために楽をしてはいけない。

 持論ではあるが、私はこれを信じている。

 何故なら、楽をしようとして失敗したモノ達を幾度となく見た事が射命丸文にはあったからだ。

 故にここは……

 

「お言葉ですが天魔様、私は記者として知りたいことを知ることができればそれで充分なのです。なので、私から望みを言う事はございません」

 

「ふむ? そ、そういうものなのか……? しかしそれでは儂の気が収まらんしな…………よし、ならば儂が勝手に決めるか」

 

 計画通り、天魔様の性格からしてその言葉が出るのは予想通りだ。

 

 自分から他者に求める欲望は破滅の可能性がある……が、他者が自身に与える『報酬』というものは、自分から求めるよりも遥かに安全なものだ。

 

 上司に要求するのではなく、上司が与える報酬を素直に受け取る。

 これが一番賢いと思われる欲の満たし方だ。

 

「そうじゃな……では射命丸よ、お前をこの場で昇進させよう。今日からお前は上級天狗の地位につけ。それに伴い一軒家と部下を数名与えよう、人選は自分で選んでも良いぞ」

 

「おぉ、天魔様がお決めになられたのなら断る訳にもいきませんな。喜んで御受け取りいたします」

 

 だめだ、まだ笑うな。

 嬉しさのあまり表に出そうな感情を何とか押し留めながら、感謝の言葉だけを表に出す。

 

 くくく、私は今日から上級天狗……これで今まで以上に自由に行動できるようになった。

 下級天狗同士での狭苦しい共同寮生活も今日でおさらば、明日から夢の一軒家……一人暮らしができる。

 素晴らしいことこの上ない。

 

「あなた、いい性格してるわね」

 

「褒め言葉として受け取っておきますね八意さん」

 

 さて、と誰かが言った。

 

「あいにくと長耳の奴がおらぬが、仕方がない。射命丸との取り決めにより少し昔話をするとしようか」

 

「いや、ここでやらないでよ。とっとと帰って別の場所でやりなさい」

 

「別に良いではないか永琳よ、これ以上射命丸の奴を焦らすのも忍びないし、せっかく語るのであれば大勢に聞かせた方が気持ちが良いだろうに」

 

 そう、今この場には天魔様を含め六名がいる。

 天魔様、鬼神様、八意さん、輝夜さん、藤原さん、そして私こと射命丸。

 うん、普通の人間が見事に一人もいない。

 

「というか何でもこたんまでいるの?」

 

「いや、単に暇だったし」

 

 成る程、普通の暇人ならいたようだ。

 

「うむ、では何処から話そうか……そうだな、儂と鬼神の関係から話そうか」

 

「昔話ですかぁ、それなら私が話したいです。私と天魔ちゃんはですねー、最初はビュンビュンしてポコポコしてたんですよー」

 

 鬼神様以外の全員の頭に疑問符が浮かび上がる。

 

「あー鬼神よ、儂が話すから黙っとれ」

 

「えぇ!? そんな酷いことを言わないでくださいよ天魔ちゃん……」

 

 そして天魔様は静かに、大きく語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーコロセ、コロセ、コロセ、コロセ。

 本当にそれだけだった。

 それだけが唯一持ち得た思考、感情だった。

 

 自身以外の全てを薙ぎ倒し、喰らえ、喰らい尽くせ。

 邪魔をするモノ、邪魔をしないモノ、関係なく動かなくなるまで壊せ。

 

「ーーーーーーーー!」

 

 今でいうと獣の遠吠え、声にすらならない叫びを叫び続けながら獲物を探す。

 

 獲物を見つけたらそれをコロして喰らい、身体が疲れたらその場で伏せるなりなんなりをして休息を取る。

 今に思えば、ただの獣と何ら変わりのない生活だった。

 

 この世に生を受けてから、既に数え切れない程の生命を奪い食らった。

 どうやら自分は『強者』だったらしい。

 

 自慢の翼で空を飛び、手脚にあるその爪、口にある牙を使って獲物を襲う。

 今まで負けた事をなかった。

 自分の前を遮るモノ全てを喰らった。

 

 しかしある時ソイツと出逢った。

 

「ーーーーーーーー!」

 

「ーーーーーーーーーー!!」

 

 お互いに雄叫びを上げる。

 その瞬間少なからず察する事ができた。

 コイツは今までの奴とは違うと。

 

「ーーーー!?」

 

 そしてその時、初めて自身の身体からイタミを感じた。

 ソイツの頭部の突起物が自身の胸に突き刺さったのだ。

 

「ーーーーーー!!」

 

 初めての体験に驚きながらも、負けずと自身も持てる力をソイツに向かってふるった。

 コロセ、コロセ、喰らえ、喰らえ。

 初めて自分以外の『強者』に出逢っても、ヤル事はいつもと変わらなかった。

 

 しかし決着はつかず、その時はお互い痛み分けでその場を引いた。

 少し離れた所で傷を癒し、数日後にソイツを探した。

 

 考えていた事はお互い同じだったようで、最初に闘った場所で再びソイツと出逢えた。

 ーーそしてまた互いに傷の付け合いを始めた。

 

 闘い、傷を癒し、闘い、傷を癒す。

 そんな同じ事を何度も何度も繰り返した。

 それでもソイツとは中々決着が着かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、天魔様」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「えっと……もしかしてなんですけど、さっきから天魔様のお話に出てくる『ソイツ』とはもしかして……?」

 

 別に聞かなくても良い気もしたが、好奇心とやらには勝てなかった。

 

「私の事ですよー、射命丸さん」

 

「あ、あははーやっぱりそうでしたかー……はは」

 

 天魔様が答えるより早く、鬼神様がいつものニコニコした可愛らしい笑顔でそう答えた。

 

 天魔様は話し上手な方だった。

 だから、その時その時の心情があたかも自分の事のように感じられた。

 故に鬼神様の笑顔が、今までより一番不気味に感じてしまった。

 というか天魔様もちょっと怖く感じる。

 

 こんな事なら、鬼神様の語彙力が皆無のお話を聞いてた方が幸せだったのかもしれない。

 

「なんだ射命丸よ、もしかして話を聞いていて儂や鬼神の本来の姿が気になったか? 良いぞ、特別に見せてやらんでも……」

 

「私も恥ずかしいですが、射命丸さんがどうしてもというのなら……」

 

「い、いえ結構です! どうぞお話の続きを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう何度目かは分からない、というか最初から数えてなどいなかったが。

 ソイツと闘うのが当たり前の日常になってきた頃、ある日大きな変化が起きた。

 

「毎日毎日、飽きもせずよく同じ事を繰り返せるもんだな。退屈じゃないのかい?」

 

 『ソレ』はいつのまにかそこにいた。

 自身とソイツを上から見下すように、ほんの少し盛り上がった岩肌にソレは腰をかけてそんな事を言ってきた。

 

「ーーーーーー!?」

 

「ーーーー!!」

 

 とはいえ、今でこそソレがあの時言っていた事を理解できるが、当時は知性が無かった為、単なる雑音にしか聞こえなかった。

 故に自身とソイツ……遠い未来において『天魔』と『鬼神』と呼ばれるようになる者達は、ソレを警戒した。

 いや、警戒というより排除しようとしただろう。

 何せソレは天魔と鬼神の闘いの邪魔をしたのだから。

 

「別に関わるつもりはなかったんだけどね……流石に毎日のようにこの辺で暴れられると部下達が怯えちまってね……申し訳ないが、他所でやってもらえないか?」

 

 ソレは自分達に言葉は伝わらないと分かっていたはずだ。

 そして自分達もそれは雑音にしか聞こえないはずだった。

 しかし何故か意図は伝わってきた。

 

『邪魔だからこの場から去れ』

 

 曖昧に、それでいてハッキリと理解した。

 

 故に『激怒』したのだろう。

 強者である自分達が、他者の命に従う道理はないと。

 知恵を持たぬというのに、そういう感性は持ち合わせていたのは妙な話だ。

 

「……やめる気は無い、というか矛先がこっちに向いただけか。うーん、どうするべきか」

 

 ソレの真紅の瞳が天魔と鬼神を深く捉える。

 

「ーーーーーーーー!!」

 

 何であろうと関係ない、邪魔をするなら排除するまでのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……驚いた、根性があるんだなお前達。普通の奴等(妖怪)だったらちょっと圧を掛けてやるだけで逃げて行くのに、まさか普通に立ち向かってくるとは」

 

 わからないわからないわからない。

 何をされたか全くわからない。

 わかっているのは、初めて『敗北』したということと、『コロされる恐怖』を味わった事だけだった。

 

「まぁこれに懲りたらもうこの辺で暴れないでくれよ? そうしたら私としても文句は無いし……まだまだ元気そうだな、一応そこそこの致命傷な筈なんだけど」

 

 だからどうした、敗北に浸っている場合ではない。

 目の前の獲物(強者)をコロして喰らえ。

 そうすれば自分はまた一歩強者になれる。

 

「うーん、かといってトドメを刺すのもな……とりあえず折角の命だ、投げ捨てる必要はないぞ? ほら、今はそこで二匹仲良く眠りな」

 

 ソレがそう言うと、さっきまで感じていた激痛が消え失せ、心地の良い眠気が襲ってきた。

 それは天魔だけでなく鬼神も同じようで、鬼神に至っては既に自身の胴体を敷物代わりとして使っていた。

 そして抵抗する間も無く意識が暗くなり、やがて完全になくなった。

 

 

 

 次に目が覚めたのは、光を放つ物体が空の真上まできたくらいだった。

 どのくらい寝てたのかはわからない、しかし傷が殆ど癒えているということは、それなりの時間が過ぎたのだろう。

 

「ーーーー」

 

 鬼神は先に目を覚ましたのか、既にその場にいなかった。

 無防備な天魔に何もしなかったという事は、既に鬼神の目的は自身ではなく、ソレに向いたということだろう。

 

「ーーーーーー!」

 

 それは自分とて同じ、だから鬼神の考えがわかったのだろう。

 敗北には勝利をもって拭う。

 必ず復讐を遂げてみせよう。

 この世は常に強者でなければ生きられないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この前の二匹じゃないか、もしかしてあれからずっと私を探してたのか?」

 

 再会はわりとあっさりできた。

 ついでに鬼神ともその場でバッタリ再会。

 

「ーーーーーーーー!!」

 

「ーーーー!」

 

 数日前までは毎日のように争っていたというのに、天魔と鬼神は既にお互い眼中になかった。

 只々、どちらが先にこの『絶対強者』を狩り、どちらが優れた強者であるかを競う事しか頭になかった。

 

「お、共闘するのかい? 少し前までお互い殺しあってたというのに、もしかしてこの数日で仲良くなったのかい?」

 

 こちらが殺意をぶつけているというのに、ソレは全く動じないどころか、逆にこちらを見つめるその二つの瞳がより鋭くなった。

 

「良いなお前達は……なんだ、こんな世の中にも少しは骨がありそうな奴がいるじゃないか……全く」

 

 

 

 

 その日は前みたいにボロボロにやられてしまった。

 だから、傷を癒してまたソレに再戦を挑みに行った。

 それこそ、鬼神と闘っていた時の回数を優に超えるくらいに。

 

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も……

 ……けれども、不思議と楽しい日々のように感じた。

 何よりも、新鮮だった。

 いつもいつも獲物を狩っては食らう……変わり映えのない日々が退屈だったと無意識に感じていたのかもしれない。

 

「本当に諦めが悪いんだな、お前達は。いや、別に貶したわけじゃないぞ? むしろ『人間』でもない、知性も感情も乏しい筈のお前達がそこまで何かに執着するのはとても素晴らしいことだと思うぞ、うん」

 

 ある日、いつものようにズタボロの状態でその場に倒れ伏していると、ソレが天魔と鬼神にそう語りかけてきた。

 意味は当然理解できなかったが、何となく悪い気はしなかった。

 

『……ねぇ、『知恵』を教えてあげようか?』

 

 ソレは突然そう言った。

 雰囲気というものがガラッと変わり、さっきまで散々自分達をギラギラとした雰囲気で接していたソレの面影はもうなく、全くの別物に感じた。

 

『あなた達はとっても異質な存在(生命)、きっと『人間』のように知恵を持っても大丈夫、ハッキリとした自我の確立ができると思う』

 

 ソレは優しく語りかける。

 

『知恵を得れば『感情』も得られる、今よりもハッキリとした自分というものが見えてくるようになる……けどそれは喜びや幸せといった感情だけでなく、憎悪、嫉妬のような悪感情もより強く感じるようになる……もしかしたら今より辛い現実に感じるかもしれない。もし、それでも構わないというのなら私は知恵をあなた達に与えたい』

 

 知性なきモノ(妖怪)でも、人間のように感情を知り、分かち合えるようになる……あなた達はその証明と架け橋になるかもしれない。

 

 ソレは最後にそう付け足し、こちらの返答を待ち始めた。

 

 言っていることを全て理解したわけではない。

 しかし、ソレの要求に応じれば、自分が『変われる』という事は理解できた。

 ただ他者を害するだけの獣ではない自分に。

 暗い道をただ進むのではなく、ソレと同じような眩しい生き方ができるかもしれない。

 

 嗚呼……それはきっと、とても『楽しい』のだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだながみみよ! このくらいはなせるようになったぞ!」

 

「なったぞー!」

 

「あーはいはい、上出来上出来。というかなんだ『ながみみ』って、もしかしなくても私のことか?」

 

 まず最初に言葉を教わった。

 

「だっておまえの、あたまのそれはみみなんだろ? ながいみみだから、ながみみ!」

 

「ながみみー!」

 

「……まぁ良いか、じゃあ私もお前らにピッタリの呼び名を付けてやろう。そうだな……『翼付き』に『角付き』だな、わかりやすくて良いだろ?」

 

「つばさー!」

 

「つのー!」

 

「……人間の赤子の世話ってこんな感じなのかもしれないなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、歩き難い……! なんで人間とやらは脚が二本しかないんだ!」

 

「あぅ、転んじゃう……あれ、でもなんか気持ち良いかもこれ」

 

「ほらほら、自分から私のような姿になってみたいって言い出したんだ。これくらいで音をあげるなよ?」

 

 次に人の姿になる方法を教えてもらった。

 

 

 

 

 

 

「ふははははは! 勝負だ長耳ぃ、今日こそはお前に勝つ!」

 

「……折角知恵を得たというのに、やる事が前とあまり変わらないじゃないかお前達。それで良いのか?」

 

「はい! むしろ今の方が昔より楽しく感じます!」

 

「…………こいつらに知恵をやったの失敗だったかな」

 

 他にも色々な事を教えてもらった。

 変わり映えのない自分の世界が劇的なまでに変わった。

 おかげで毎日が楽しく感じる。

 

 昔は口に出すのが恥ずかしく感じたが、今ならハッキリと言える。

 長耳(ソレ)と出逢えて良かったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁこんな感じじゃな、儂らと長耳の関係は」

 

「懐かしいですねーほんと」

 

 長くもあり、短くも感じられた天魔様のお話が一先ず終わった。

 そして真っ先に言いたい事が一つ、話を聞いていて頭に浮かんできた。

 

「……あの、一体全体何者なんですか鈴仙さんは?」

 

 話を聞くだけでもわかる、明らかに話に出てきた鈴仙さん(長耳)は異色がすぎる。

 知恵なき妖怪に知恵を与える……まるで『神』のような存在ではないか。

 私の知る鈴仙さん像からは、にわかに信じ難い……が、天魔様が嘘をつくとは思えない……いや、古い記憶によくある美化現象によるものというのなら納得もできるかもしれないが。

 

「なんだなんだ、鈴仙ちゃんって神様だったのか?」

 

「というかキャラ違いすぎない? うちの鈴仙はもっと純粋無垢よ」

 

 見事に私以外も混乱している。

 

「ふむ、長耳が何者か……こうして考えてみると、ますます不可解な奴じゃの! 鬼神はどう思う?」

 

「? 長耳ちゃんは長耳ちゃんですよ?」

 

「うむ、お前に聞いた儂がバカだったわ!」

 

 当の本人達も混乱していては、もうどうしようもないではないか。

 

「……えっと、話によると八意さんは当時の天魔様や鬼神様と面識があるとの事ですが、それは本当です?」

 

 唯一混乱してなさそうな八意永琳にそう聞いてみた。

 

「……嘘ではないわね、それと彼女……こいつらの呼び名で言う長耳ともね。というか、彼女と一緒にいた事があったからこいつらとも面識があるのよ」

 

 ふむ……つまり八意永琳、天魔様と鬼神様は鈴仙さんを通じて知り合ったと。

 

「では八意さんは鈴仙さんについてお詳しいので?」

 

「……いえ、私もそれなりに彼女とは時を過ごしたけど、全て理解したわけじゃない。他者に語れる事は少ないわよ……それと言っておくけど、話に出てきたウドンゲと、今この幻想郷にいるウドンゲは別物だから」

 

「……はい?」

 

 まさかのここに来て新たな情報が。

 んー、となると鈴仙さんの正体は実は神とかかもしれなくて、昔にいた鈴仙さんと今いる鈴仙さんは別の存在でつまりどういうことかというと……!

 

 ダメだ、射命丸文の思考能力は既にキャパオーバー、一度休憩を挟まなければ知恵熱でも出てしまいそうだ。

 

『お茶と団子、持ってきましたよ』

 

「おや、これはこれはありがとうございます『鈴仙さん』」

 

 丁度良いタイミングだ、やはり疲れた時には甘いものに限る。

 いやはや、流石は鈴仙さん。

 とても気の利くお方だ。

 

 さて、やはり次は鈴仙さん本人に話を聞くのが良いだろう。

 しかし鈴仙さんは今お休みになられているようだし、もうじき日も沈み始める。

 ここは一度出直して、日を改めてから話を聞きに行くのもありかも……

 

「……ん、あれ? れ、鈴仙さん! いつのまに!?」

 

 そしてようやく気付いた。

 今寝ている筈の鈴仙さんが、いつのまにか人数分の茶と茶請けを用意してこの場にいる事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼寝でもしていたのだろうか、目が覚めたら自室だった。

 

(……はて、時間的にとっくにお昼は過ぎてるというのに、朝からの記憶がないのはどうしてだろう。まさか今までずっと寝てた……?)

 

 だとしたら寝坊どころの話ではない。

 急いで家事をしなくては明日に響いてしまうではないか。

 

(……おや、何だか波長を沢山感じる)

 

 ふと客室にいくつもの波長を感じた。

 これらの波長は……師匠と姫様、妹紅さんそれと射命丸さん……あと『見知らぬ波長』が二つ。

 

(うーん? お客さん……だよね?)

 

 師匠と姫様は勿論のこと、長い付き合いの妹紅さんは既に家族のようなものだが、射命丸さんと謎の波長組は明らかにお客さんの類だろう。

 

 よろしい、ならばお茶の用意だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、あれ? れ、鈴仙さん! いつのまに!?」

 

 おや、どうやら驚かせてしまったようだ。

 何やら皆んな話に夢中になっていたようだったので、邪魔をしないように気配を消して入ったのだが、余計なお世話だったのかもしれない。

 

「おぉ! 長耳よ! ようやく起きたか! さぁ、まずは久方ぶりの再会を祝してハグでもしようではないか!」

 

「私もハグしたいです!」

 

 すると見覚えの無い妖怪が二名、そう話しかけてきた。

 はて……

 

『すいません、何処かでお会いしましたか?』

 

「「え」」

 

 これでも記憶力には並み以上の自信はある、なのでこの妖怪達に見覚えがあるのなら、こんな特徴が分かりやすい妖怪達を忘れるはずがない。

 故に、この妖怪達に関する記憶がないという事は、会ったことがないということだ。

 

「は、ははは、冗談が相変わらず好きなようじゃなお前さんは。ほれ、儂じゃよ儂」

 

「う、嘘は好きじゃないですよ?」

 

 しかしどうしたことだろう、向こうは明らかにこちらの事を知っているような素振りで話しかけてくる。

 うーん、もしかして本当に何処かで……?

 

「ま、まさか本当に忘れたとかないよな? 昔はあれだけお互い絡み合った仲じゃないか」

 

「そうですそうです、つい数時間前にも私と体のぶつけ合いをしたじゃありませんか! それを忘れるなんて酷すぎますよ!」

 

 絡み合った……? 体のぶつけ合い……?

 それはつまり……いや違うか、流石にそんな破廉恥極まりない事をするわけない。

 

「大体なんじゃさっきから文字で話しおって、昔みたいに皮肉を交えながら他者を見下すような表情で喋らんか!」

 

 何だそれは、そんな人……もしくは妖怪が本当にいるとしたら相当性格がひん曲がっているのではないか?

 というか明らかに人違いか妖怪違いだ。

 

「ほら長耳ちゃん、先程の続きで私の体をもっと傷だらけにしても良いんですよ! むしろもっと痛いのください!」

 

 うわ、変態だ。

 生憎とそんな趣味は持ち合わせていないので丁重にお断りさせてもらおう。

 

「ほ、本当に忘れたのか……? しまいには儂泣くぞ、すぐ泣くぞ絶対泣くぞほら泣くぞぉ!」

 

「もっと、もっと痛みを!」

 

 うわぁ……なんか変な妖怪達に絡まれてしまった。

 というか物理的に自分の腰をホールドしないで欲しい。

 地味に痛いし、師匠の目つきが針よりも鋭くなっている。

 

「ウドンゲ、そいつら無視して良いから」

 

『そ、そうですか?』

 

 しかしガチ泣きしてる妖怪と、顔を赤らめながら痛みを要求してくる妖怪を無視するのは逆に難易度が高いのでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ……執務なんぞ無ければこのまま長耳の奴と一夜過ごせたというのに」

 

「私も、今夜は我が子達との宴会を約束してました……あ、長耳ちゃんがこっちに来てくれれば良いんじゃないですか!」

 

「おぉ、名案だな鬼神よ!」

 

『いえ、申し訳ないですけどそれは無理です』

 

 そう断ると、あからさまにガッカリする天魔さんと鬼神さん。

 そんな捨てられた子犬みたいな雰囲気を出されると、少し罪悪感がするが、無理なものは無理だ。

 

 あの後は何とかこの妖怪達を落ち着かせ、自己紹介をしてもらった。

 どうやらこの妖怪達、天狗と鬼という妖怪のトップらしい。

 そんな凄い妖怪達と知り合いだなんて、師匠は凄いなぁ。

 なんか自分の事を誰かと勘違いしているみたいだが、話してみると割と面白い妖怪達だった。

 

 そして日が沈み、夜に移り変わった頃、一先ず今日の集まりはお開きの時間となった。

 

「……まぁ良い、幻想郷(ここ)に長耳がいるのならいつでも会いに行けるしな!」

 

「ふふ、そうですねー。昔みたいにいつでもヤり合えますね……ふふふ」

 

 おや、なんだか寒気が。

 

「おっと、そういえば忘れるところじゃった。ほれ、預かり物返すぞ長耳」

 

 そう言って懐から取り出した小さな木箱をポンと自分に放り投げた。

 

『あの、これは?』

 

「おいおい、自分から儂に預けたんじゃないか。ほれ、そこの永琳が月に行ったあの日、『見送りに行ってくるから、次にまた会うときまで預かってろ』って。……本当に全部忘れたのかお前さん?」

 

 いや、忘れたも何も、それ自分ではないと思うのだが。

 

「さて、帰るか射命丸。ではな長耳よ、次に会う時はちゃんと儂らのこと思い出しておけよ?」

 

「バイバイです、長耳ちゃん。また近いうちに会いに来ますね」

 

 そうして彼女らはあっという間に、嵐のように去っていった。

 

 

 

 

 

(これは……煙管?)

 

 何だかとても疲れたような感じがする一日の夜、お風呂上がりに庭が見える縁側で夜風に当たりながら、天魔さんから渡された木箱を開けてみた。

 するとそこには、変わったデザインの煙管のようなものが入っていた。

 

「それ……私が遠い昔にある妖怪にプレゼントしたものなの」

 

 そして背後から師匠の声がした。

 

『プレゼント……もしかしなくても、天魔さん達の話に出てきた私のそっくりさんにですか?』

 

「……えぇ、性格以外は本当にそっくりなのよ、貴女と彼女は」

 

 ふむ、だとしたらこの煙管はどうすれば良いのだろうか。

 とりあえず師匠が持っときますか?

 

「いえ、貴女が持ってて良いわよ。私はもう彼女のモノを『持ってるから』」

 

 師匠はいつも首に下げている御守りをぎゅっと握りしめながら言った。

 

「そうね、折角なら使ってみたらどう?」

 

 と、そんな事を言い出す師匠。

 うーん、他者のものを勝手に使うのは抵抗があるが、あげた張本人の師匠がいうのなら問題はないのだろう。

 

 意外と煙管というものを使うには、準備が面倒くさいものだとすぐに気付いた。

 というか、材料が普通に永遠亭に揃っていた事の方が少し驚いたが。

 とにかく、試行錯誤しながら数分ほど、ようやく吸い口を咥えられた。

 

 そしてそのままゆっくりと吸い込み、静かに溜まった煙を口から吹き出した。

 

「けほっ……どう? 初めての体験のご感想は」

 

『そうですね……何か楽しいです』

 

「……そう、それは良かっ……けほっけほっ!」

 

 師匠がむせた。

 どうやら師匠は煙は苦手なようだ。

 

『あぁすいません師匠、もうやらないので……』

 

「いえ、気にしないで……というか、貴女のことだから『煙草は体に悪いからやりません』とか言うかと思ったのに、意外ね」

 

 ……まぁ確かに何時もの自分だったらそんな事を言ったのかもしれない。

 けれど……

 

『何となく、師匠が煙管を片手に持つ私を見てみたいんだなって……そう思ったのでご希望に応えようかと』

 

 そう答えると師匠は目を見開いて驚きの表情を見せた。

 

「……ふふ、何よそれ。私の心でも読めるようになったのかしら? ……でもそうね、ありがとうとは言っておくわ」

 

『どういたしまして』

 

 ……しかしこれ、本当に何故かは知らないけど楽しい気がする。

 しかし吸い過ぎは良くないよな……うん。

 

 冷たい夜風が煙を次々と何処かへ運んでいく。

 自分と師匠は、只々その様子を暫く見続けた。

 

 

 

 


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