月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第17話

 

 

 

 

 

「おう、生きとるか鬼神」

 

「…………」

 

「お、遂に死んだか?」

 

「……残念ながらぁ、生きてます」

 

 閉じていた瞼を開け、生存報告をした親友。

 

「それは本当に残念だったな、それにしても……随分派手にやられたようじゃな。肩を貸そうか?」

 

「はい、お願いします天魔ちゃん」

 

 腹にどデカイ風穴が空いているというのに、随分と元気そうな声だった。

 

「よっこいせ……なぁ鬼神よ、怪我の治癒すら出来ないほど力を使ったのか? ……いや、それはないな。それならば今頃この地は荒野と化してるだろうし」

 

「はぁい、その気になればこんな怪我直ぐに治りますよ? けど……」

 

「けど?」

 

「この痛み、せっかく長耳ちゃんが刻んでくれたので、しばらく味わっていたいなーって」

 

「やっぱり自分で歩けこの戯けが」

 

「あんっ……嗚呼、傷口が広がってとても痛いです」

 

 担いでいた手を緩めると、わざとらしく地面に落ちる鬼神。

 正直苛ついた。

 

「本音は?」

 

「はい、痛くてとっても気持ち良いです!」

 

 儂、知ってる。

 こいつみたいな奴を人間の間では『ドエムのヘンタイ』って言うことを。

 

「それと射命丸、写真を撮るのは構わんが、それを記事にするでないぞ」

 

「えっ、何でですか!?」

 

 こやつからしたら、この惨状は特大のネタになるのだろう。

 分かりやすいくらい、大袈裟に反応をした。

 

「まだ此処で暴れたのは鬼神の奴だと、八雲の奴にはバレてないみたいだしな、ならば最後まで隠し通す。なに、何か問い詰められても知らん顔しとけば良いだけの話だしな」

 

 今更こんな住みやすい場所から追い出されるのは御免だし、何より長耳の奴がいるとなったら尚更だ。

 

「ほれ、さっさとあの白髪の人間の所まで戻るぞ。長耳の奴も住処に戻ってるかもしれんしな。それと鬼神よ、ちゃんと長耳の奴に次あったら謝っておけよ。いくら久し振りの再会だからって、流石にいきなり襲い掛かったらいくらあいつでも怒るじゃろ」

 

「わかってますよー、でもついつい興奮が抑えきれなくて……」

 

「あと儂にも謝れ、せっかく長耳の奴の事教えに行って誘ってやったというのに、お前という奴は儂を出し抜いてからに」

 

「御免なさい、許して天魔ちゃん」

 

「うむ、許す」

 

「仲良いですねお二方……それにしても、『鬼の頭領ついに敗北!』、なんて見出しまで考えたというのに記事にできないとは……しかし、まさかあの鈴仙さんが本当に……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら服がボロボロになって、迷いの竹林にいた。

 何を言っているのか分からないと思うが、自分でも本当によく分からない。

 

(なんでこんなズタボロに……しかもこれ、血かな? うわぁ、もうこの服は捨てなきゃだな)

 

 おまけに謎の血が大量に付着している。

 流石にこれを修繕する事は不可能だろう。

 というか、服としての機能をもう果たしてないし、下着までボロボロになっているせいか、もう上も下も色々と丸見えだ。

 下手したら痴女扱いだこれ。

 

(確か魔法の森に薬の材料を取りに行って……それからどうしたんだっけ?)

 

 魔法の森へと向かった事はハッキリと覚えている。

 しかしそこからの記憶が全く無い。

 

(派手に転んだか、野良妖怪にでも襲われたのかなぁ。それで打ち所が悪くて記憶が飛んだとか……でもこの血、私のじゃないっぽいしなぁ)

 

 服はボロボロ、血はべっとりと付着しているが、自分の身体には傷一つ付いていないようだ。

 うーん、本当に何があったのだろうか。

 

 まぁともかく一度永遠亭に戻るべきだろう。

 こんな格好で外を出歩く趣味はないし。

 

 道中何かあるかもしれないと、警戒をしながら道を進む。

 

(うわ、こんな所にも血が……洗って落ちるのかなこれ)

 

 そんな心配をしながら進んでいると、何事もなく永遠亭にたどり着いた。

 結局何があったのかカケラも思い出せないまま帰宅してしまったわけだが……この状況を師匠にどう報告すれば良いのやら。

 外へとお使いに出したら、手ぶらなうえ見た目ボロボロの状態で弟子が帰ってきたら、流石の師匠も言葉を失うのではないだろうか。

 

(……よし、派手にすっ転んだという事にしておこう)

 

 押しに弱い師匠なら割と押し通せるのではないか、そう思ったので賭けてみる事にしよう。

 何、嘘も時には真実になる。

 何より、変な心配を掛けさせたくはないし。

 

(ただいまーっと……)

 

 出来る限り静かに玄関を開ける。

 なんか悪い事をして、家に帰り辛くなった子供の気分だ。

 

(……誰もいないかな)

 

 いつもなら高確率で師匠が玄関近くにいるのだが、今回はいないようだ。

 それはそれで好都合、このまま能力で存在を薄くしつつ、気付かれないように衣服の処分と血を洗い流してしまえば余計な心配を掛けさせる事は無くなるだろう。

 

(……ん、あれ? 能力が使えない……?)

 

 しかし何故か能力が上手く使えない。

 まるで何かの『反動』で、動かない感覚がした。

 おまけにさっきから何か違和感があると思ったら、無意識で発動させてるレーダーすらも今は停止中のようだ。

 

(ぐっ……何か意識しだしたら変な脱力感も……)

 

 途端に、疲れのような疲労感が襲ってきた。

 立っていられない、瞼が閉じそうだ、意識が消えそうだ……

 

「あれ、鈴仙帰ってきたの?」

 

 薄れていく意識の中、姫様の声が聞こえた。

 

「……え、ちょっと! どうしたのよその怪我! 鈴仙!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただの疲労ね」

 

「……疲労?」

 

 少し鼻声で、目元が少し腫れている永琳が鈴仙の部屋から出てきた。

 突然倒れた鈴仙を永琳と共に運び出し、血塗れでボロボロの衣服を剥ぎ取り、すぐに永琳による診察が行われた。

 ……しかしあそこまで取り乱した永琳は初めてみたが、流石にそれをからかうネタにする程腐ってはいない。

 

 そして待つ事数十分、どうやら結果は疲労らしい。

 

「え、いやいや……あんな血塗れでただの疲労って事はないでしょ。もしかしてボケた永琳?」

 

「殴るわよ……正確には疲労に似た状態ね。過度な力が身体や精神に負荷を掛けたみたい。実際ウドンゲの体には傷口どころか擦り傷一つすらなかったし、『倒れた原因』はそれしかないのよ」

 

 ふむ、倒れた原因は……ね。

 

「じゃあ、どうして倒れるほど疲労が溜まったのか……それが問題ってわけね?」

 

「えぇ、しかも気になる点がいくつかあったわ……まず衣服の損傷、明らかに外側から内側に向かって破けてた、つまり何らかの力が外から働いて、衣服を裂いた」

 

「つまり『何者かに攻撃』されたってこと?」

 

 永琳は頷く。

 

「それと付着していた血……返り血のような跡もいくつかあったけど、一部……特に腹部の辺りは明らかに『体から出血して付着』したような跡があったわ」

 

 それは要するに、鈴仙も出血をしたという事だ。

 しかし鈴仙の体には傷が無かった……

 

「……じゃあ鈴仙は怪我を負ったけど、すぐに治癒したのね」

 

「そうね、けど大怪我だったのは間違いないわ。きっと怪我の治癒に力を使った……そしてそれが相当な負荷になったようね」

 

 整理するとこうだ。

 鈴仙は何者かに攻撃、怪我を負った。

 返り血があったという事は、必死の抵抗をしたのだろう。

 そしてその場は凌いで、何とか帰宅を果たしたが、蓄積された疲労で倒れた……というところだろう。

 

「しかもこれ、スペルカード戦をしたってわけじゃなさそうね」

 

 かつては妹紅と殺し合いをし、今ではよくスペルカード戦をする仲だ。

 どのくらいの力で、どれ程の怪我を負うのかはすぐにわかる。

 そして明らかに、鈴仙の場合はスペルカード戦の域を超えている。

 

「つまりウドンゲは殺意による攻撃を受けた……でも誰が?」

 

 自慢をするわけではないが、我が家の鈴仙は誰かに怨みを持たれるような行動はしない。

 そこら辺の弱小の野良妖怪にすら善意を振りまくような性格だし、善意を悪意でしか返せない輩でなければ怨まれたりするはずがない。

 

 可能性としては、単に見境がない輩に襲われたか、それとも……

 

「……永琳、まさかとは思うけど」

 

「そんなわけない! 地上への通路は完全に閉ざしたはずよ!」

 

 私が言おうとしてた事を察し、声を張り上げる永琳。

 

「けど永琳が言ってたじゃない、『普通の手段では通る事は出来ない』って……つまり普通の手段じゃなければあいつらはここに来られるってことなんでしょ?」

 

「……えぇそうよ。表の通路を使わないで、月から地上に行く方法は今のところ二つあるわ」

 

 苦虫を噛み潰したような険しい表情で永琳は語り始めた。

 

「一つは『月の羽衣』を使っての移動、二つ目は特殊な能力を使うことね」

 

 月の羽衣は私も聞いたことがある。

 行き来するのに時間がかかる原始的なものではあるが、れっきとした一種の乗り物……月の光を編み込んでできた羽衣だ。

 

「月の羽衣は二つあるわ、一つはここ永遠亭に、もう一つは月にあるでしょうけど……あの羽衣はもう作る事はできないわ。だから最後の一つは貴重な物として厳重に保管されてるはずだから、そう容易に使えるわけがない。おまけに定員は一人分だし、羽衣を使う確率はゼロに等しい」

 

 二つだけ……まさかそんな貴重な物が永遠亭にあるとは驚きだ。

 もしかして永琳が月から逃げ出す際持ち出したのだろうか。

 

「いえ、ここにあるのはウドンゲが地上に降りる時に使ってたものよ」

 

 え、そうだったのか……確かに鈴仙がどうやって地上に来たのか気にはなっていたのだが、まさか超レアアイテムを使っていたとは。

 

「じゃあもう一つの方法は?」

 

「……私の教え子の一人に、月と地上を行き来するのに応用できる能力を開花させた子がいたわ。その子の能力なら表の通路を使う事なく地上に来れる」

 

 表の通路を使わない……つまり独自の通路を自分で開く事ができる系統のものだろう。

 その点なら、あの八雲紫と少し似通っているかもしれない。

 

「けれど満月に近い日でないと使えないという制約もあるはずよ、そして今日は新月……」

 

 成る程、満月と正反対の新月には通路を開く事はできないということか。

 

「んー……もしかして前に異変を起こしたあの日、既に通路を開いて今の今まで潜伏してた……とかかしら」

 

「……あり得なくはないけど、する必要性が考え付かないわね。あっちが私達の考えを読んでたとは思えない」

 

 考えれば考えるほど疑問が出てくる。

 これではキリがない。

 

「……やっぱり鈴仙が起きるまで待って、本人に聞くしかなさそうね」

 

「そうね、それまで屋敷の結界を強化しておいて……」

 

 瞬間、玄関の戸が叩かれた。

 

「……輝夜、貴女は奥に」

 

「いやよ、鈴仙の事が好きなのは永琳だけじゃないのよ?」

 

「わ、私は好きというか……!」

 

 なんてやり取りもしつつ、警戒を続ける。

 

『おーい、輝夜ー、薬師ー、いないのかー?』

 

 ……なんだか気が抜けてしまった。

 

「なんだ、もこたんか……忘れ物でもしたのかしら」

 

「待ちなさい輝夜、油断はしちゃダメ」

 

 そんな永琳の声を背に、玄関へ向かう。

 なに、私や永琳は不死だ。

 仮にいきなり頭を吹き飛ばされようが何も問題はない。

 

「どうしたのもこたん、まだ遊び足らなかったかしら」

 

「もこたん言うな……客を連れて来てやったんだよ」

 

「客?」

 

 玄関を開けると、そこには妹紅と見覚えのある鴉天狗……それと初見の妖怪が二人いた。

 そして片方は何故か血みどろの着物を着ている。

 一体何の集まりだこれは。

 

「あ、あなた達は……!」

 

 後ろから見ていた永琳が、その面子を見て驚愕の声をあげた。

 

「んー? ……あぁ! お前はコムスメ! コムスメじゃないか!」

 

「……本当ですねぇ、コムスメちゃんじゃないですかぁ。お久しぶりです」

 

 それに合わせたかのように、初見の妖怪達が永琳を見るなりそう言った。

 ……というか、小娘?

 

「その呼び方はやめなさい! くっ、そうよ……そこの笑顔がうざったい鴉天狗と、小っちゃい鬼を宴会で見た時気付くべきだったわ。こいつらの眷族だってことに……」

 

「あやや、今さり気無く私貶されました? ディスられました?」

 

 どうやら永琳はこの妖怪達と顔見知りなようだが……

 

「やっぱりお主が長耳の奴を連れ去って行ったんじゃな! 狡いぞ独り占めするなんて!」

 

「そうですそうです! 長耳ちゃんは皆んなのモノです、仲良く分かち合わなきゃいけないんですよ!」

 

「ち、違うわよ! 連れ去ってなんか……! というか、さてはあなた達ね! うちのウドンゲをあんなにしたのは!」

 

 なんとも珍しい。

 あの永琳が感情のままに怒鳴り散らしてる。

 

「うどんげってなんじゃ!? 新しいうどんか!? うむ、何か儂食べたくなってきたぞ!」

 

「知らないわよ! あと思った事すぐに口に出す癖をやめろって昔言ったでしょ!」

 

「あ、あぁ……天魔ちゃんとコムスメちゃんの声が傷口に響いて痛いです! き、きもちぃ……!」

 

 ヒドイ状況だ。

 永琳と天魔ちゃんと呼ばれる妖怪が特に意味のない口論をし、その横で血塗れの妖怪が笑顔で悶絶している。

 

「ねぇ妹紅、あなた一体何を連れて来たのよ」

 

「知らん、私は道案内をしてやっただけだ」

 

 なんと無責任な奴だ。

 きたない、流石もこたんきたない。

 

「……とりあえず中に入らないかしら、外は寒いし」

 

 この状況で私に出来ることは、そんな提案を出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、応急処置はしたから後は自分で治しなさい」

 

「別にこの程度の怪我ならこんな治療(包帯)なんてしなくても私、全然平気ですよぉ?」

 

「そんな血みどろの格好で屋敷の中歩き回って欲しくないのよ、不衛生だし。大体そう思うなら自然治癒に力をまわしなさい、あなたならすぐに完治できるでしょうに」

 

「だが断ります! 久しぶりの怪我なのでじっくり味わっておきたいです! ……あ、今日という素晴らしい日の記念に、折れた方の角は治さないでおこうかなぁえへへ」

 

「勝手にしなさい」

 

 この妖怪は昔と本当に変わってない、そう思った。

 

「おうコムスメ、それで鬼神と儂に話とはなんじゃ? 儂、別室で待たせてる射命丸の奴に色々と話さねばならんことがあるんじゃが。あと長耳の奴はどこじゃ?」

 

 そしてもう片方の妖怪もまた変わっていなかった。

 ……いや、変わってないのは私もか。

 

「まず聞きたいことがあるの、『翼付き』、それに『角付き』」

 

「お、懐かしい呼び方じゃな。けど、今では人間どもが付けた天魔の方を名乗ってるからな、そっちで呼んでくれ」

 

「私の事も、気軽に鬼神って呼んでくださいね」

 

「じゃあ私のことも永琳って呼びなさい、良いわね」

 

 流石にこの歳で小娘呼ばわりされるのは、遠回しに嫌味に聞こえる。

 

「まず一つ、あなた達は彼女と会ったの?」

 

「儂はまだ直接ではないがの、射命丸の新聞の写真に写っておったから会いに行ったんじゃ」

 

 成る程、あの時の写真か。

 やはり写真なんぞ撮らせなければと後悔するが、もう遅い。

 

「私はそれはもう強烈で、鮮明な思い出をつい先程貰いました」

 

 ……どうやら間違い無いようだ。

 

「良いあなた達、あの写真に写っていたのは彼女じゃないわ」

 

「……どういう事じゃ?」

 

 私の言葉に困惑を隠せない様子だ。

 

「彼女は……死んだのよ。あなた達が写真で見たのと、鬼神が襲ったあの子は彼女によく似た別者なのよ」

 

 少し声が震えてしまった。

 

「……死んだ? あやつが?」

 

「長耳ちゃんが死んだ……?」

 

 俯きながら繰り返し、死んだと確かめるように言う天魔と鬼神。

 それもそうだろう、彼女達にとっても、あの妖怪の存在というのは大きかったはずで……

 

「ハッハッハッハッ! し、死んだ! 聞いたか鬼神よ、長耳の奴が死んだそうだ!」

 

「くすっ、もぉ天魔ちゃん。余計に笑わせないでくださいよ」

 

 次の瞬間、何故か片方は大袈裟に笑い、もう片方は静かに笑いを堪えていた。

 

「おうおうコムスメ……じゃなかったな、永琳よ。流石にその冗談は笑えたぞ!」

 

「私、嘘は嫌いですけど、笑いを狙った冗談なら許容範囲内ですよぉ」

 

 状況の変化についていけず、呆けているとそんな事を言ってきた。

 まさか、信じてない?

 

「わ、笑い事じゃないのよ!? 本当に彼女は……!」

 

 私が言い終わる前に、天魔が言葉で遮った。

 

「うむ、死んだと言うのだろう? けどな永琳よ、ぶっちゃけあの長耳の奴が死ぬとは到底思えないのだ」

 

「は?」

 

 思わずそんな声が出た。

 

「だってあやつ、とんでもない化け物じゃないか」

 

「えぇ、化け物って長耳ちゃんの為にある言葉ですね」

 

 二人の意見は至ってシンプル、そして私もそう思えた。

 そう、彼女は化け物だった。

 

「真正面からぶつかっても、赤子の手を捻るように軽くあしらわれる。奇襲をかけても簡単に避ける、捨て身の覚悟でいっても、『もっと命を大事にしろよ』って私達の身の安全を案じながらも余裕な態度を決して崩さない」

 

「あと、寝込みを襲ったり、一度お前(永琳)さんを人質にしてあやつに勝とうとした事もあったな。まぁ、普通にバレてこっ酷く怒られたがな」

 

「ちょっと、何しようとしてたのよ!?」

 

 私にその記憶がないということは、私の知らないところでそのやり取りが行われていたのだろう。

 

「まぁともかくだ、色んな手を尽くしたが、結局儂や鬼神が長耳の奴に勝てた事は一度もなかった。そんな長耳の奴より弱い儂らがこうして生きてるというのに、あやつが儂らより先に死ぬのはあり得んじゃろ」

 

 それもそうだ、そう納得してしまった自分がいた。

 しかし違うのだ、彼女が居なくなったのは……

 

「ち、違う……! 彼女は……私のせいで」

 

「……ふむ、何かワケがあるのか? なら聞かせろ永琳、あの日、お前さんに逢いに行くと言ったきり居なくなった長耳の奴の事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はあの日の事、よく夢に見る記憶を話した。

 それとウドンゲの事も。

 

「……成る程な」

 

「すごい爆発があったなーとは思ってましたが、まさかそんな事があったんですねぇ。私、びっくりです」

 

 彼女は私を助けに来た。

 しかしそのせいで、暴走した地脈による大爆発に巻き込まれてしまった。

 途轍もない範囲だった故、いくら彼女でも脱出は無理だった筈だ。

 

「これでわかったでしょう……彼女は、私が殺したようなものなのよ。そして鬼神が襲ったあの子は、玉兎なの……彼女じゃないわ」

 

 それは私にとって一生消えぬ罪だ。

 私はそれを抱えたまま、永遠に生きていく。

 これ程の罰があるのだろうか。

 

「いや、本当にそうか?」

 

「……え?」

 

 天魔は私の言葉なぞ気にもせず言った。

 

「確かにあの爆発は凄まじかった、儂も長耳の奴に避難しろと言われなかったら、今この場には居なかっただろうと思うほどにな。しかし、本当にそれで長耳の奴は『死んだのか』?」

 

「な……にを?」

 

 何を言っているのだ。

 

「直接あやつが木っ端微塵に吹き飛ぶのをお前さんは見たのか?」

 

 見てない。

 それが答えだった。

 

「あやつは普通の妖怪……いや、もはや生物ですらない気もする。だから儂は、あやつがあの程度で死ぬとは思えない……確証もない単なる勘のようなものじゃがな」

 

「私も天魔ちゃんと同じですねぇ、長耳ちゃんが死ぬ事なんて想像も出来ないです」

 

 あり得ない、全く根拠もない馬鹿げた話だ。

 そう……馬鹿げた話なはずだ。

 

「なのに、なんで……」

 

 その話を『信じたがってる』私がいる。

 すがろうとしている私がいる。

 

「……なんじゃ、お前さんもやっぱり納得しきれてないじゃないか。長耳の奴が死んだってことに」

 

「永琳ちゃん、自分に嘘をついてはダメですよ?」

 

 ……嗚呼、そうだったのか。

 

「ほんと、馬鹿みたい……」

 

 ようやく気付いた。

 こうして輝夜と共に地上へ来たのは、決して自分の為でも、輝夜の為だけのものではなかった。

 

 もしかしたら、『生きてた彼女にまた逢える』……それが一番の理由だったんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おぉ! 長耳、長耳じゃないか! いやぁ久し振りじゃの!」

 

「静かにしなさい、意識がない相手に言っても意味ないでしょう」

 

「あらー、お昼寝ですか長耳ちゃん」

 

 一通りの話が終わったので、輝夜達が待つ部屋へ向かおうとしたら、天魔が『先に長耳の奴に会いたい、ここにいるんじゃろ』と駄々をこねたので、仕方なくウドンゲを寝かせてる部屋へ連れてった。

 というか、彼女とウドンゲは別の存在だと言ったはずだというのに、まだ納得していないのだろうか。

 

「いやいや、実は記憶喪失のフリをして儂らを脅かそうとしている長耳……って可能性もあるじゃろ? 他者を揶揄うのが好きな長耳の奴のことだ、普通にそれくらいの事はして来そうじゃし」

 

 そんな事あるわけ……ないはずだ。

 

「大体玉兎ってあれじゃろ? あの弱っちい妖怪モドキ」

 

「あぁ、あの数だけは立派なアリンコさんですねー」

 

 酷い言われようだ。

 いや、まぁ事実なのだが……

 

「仮にお前さんの言う通り、これが長耳ではなく、その玉兎だとしたら、鬼神の奴に襲われた時点で肉片になると思うんじゃが。それに、鬼神の奴にここまで怪我を負わせることができるのは、儂と長耳の奴しかいないじゃろ!」

 

「いやん、傷口弄らないでくださいよ天魔ちゃん」

 

 傷口をバシバシと叩く天魔、そして気持ち良さそうな表情をする鬼神。

 間違いなく変態だ。

 

「……ちょっと待って、何であなた達玉兎の事を知ってるの?」

 

 玉兎という存在は先程教えたが、強さまでは教えてないはずだ。

 だというのに、それを知っているのはおかしい。

 

「ん? あぁ、千年ほど前だったか、儂ら月に乗り込んだ事があるんじゃ。その時見かけたからな」

 

「えぇ、八雲さんが月に妖怪達を連れて乗り込むっていうので、私たち隠れてついていったんですよ。酷いと思いません? そんな楽しそうな行事に私達を誘わないだなんて」

 

 八雲紫が月に乗り込んだという話は私も知っている。

 しかし、それについていったと……

 多分だが八雲紫は、こいつらを連れて行くのは危険だと判断したのではないだろうか。

 実際この妖怪達に、敵と味方の判断をしながら戦うなんてことはできないだろうし。

 

「……しかし何で寝とるんじゃ長耳よ、せっかく旧友が逢いに来たというのに……」

 

「きっと天魔ちゃんの事は忘れちゃったんですよ」

 

「え、それマジか? 儂悲しい」

 

 どうやらこいつら、意地でもウドンゲの事を彼女という事にするようだ。

 ……まぁこの際何でも良いか。

 ただ、今回のような事が再び起こらないように注意はしておかねばならない。

 

「ん、なんじゃ永琳よ……え、百歩譲って会いに来たりするのはいいけど、長耳の奴にちょっかいを出すのはやめろ? な、なんでじゃ!? 儂だって久し振りに熱く滾る闘争をしたいというのに!」

 

「ふふふ、長耳ちゃんを独占して良いのは私だけという事なんですね……え、違う? 私ももう手を出すな……!? 何故ですか!?」

 

 そんな顔をされてもダメなものはダメだ。

 

「はぁ……あなた達が何度も暴れたら、幻想郷がいつ崩壊してもおかしくないのよ。それにここ幻想郷には、最近できた決闘ルールがあるでしょう? そっちで今後は遊びなさい、それなら私も文句は無いわ」

 

「決闘ルール……確かスペルカードとかなんとかだったけか? 儂、あれあまり好きじゃないんだが」

 

「むぅ、確かにあの遊びも楽しいですけど、なんか物足りないんですよねぇ」

 

 各々に不満を口にする。

 

「そう、納得しないのね。私は別に良いけど、郷に入っては郷に従え……ルールの一つや二つ守れない輩に、果たしてウドンゲ(彼女)はどう思うでしょうかね?」

 

「儂、スペルカード大好き」

 

「私も今好きになりました!」

 

 調子の良い奴らだ、だがこれも昔から変わってない。

 彼女達もまた、私と同じような感情を彼女に対して抱いているのだから。

 

 

 

 




中々話が進まない……

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