追記
前回の後書きに対して反応してくれる方が多数いらっしゃって、作者としては嬉しいのですが、どうやら感想欄にその事を書くと「アンケートの結果を感想欄で集めている」ということになるらしいので、規約違反になる可能性があります。
アンケートみたいなややこしい書き方をした私の失態なのですが……とりあえず大変申し訳ないのですが、活動報告にこの小説についての事を出すので、要望とか9話の後書きに対する感想があればそちらにお願いします。
———調子はどう?
……えぇ、とても最悪ね。胡散臭い幻聴が聴こえてきたわ。
あら酷いのね、こうして心配してわざわざ来たというのに。
それならちゃんと玄関から入って来なさい、突然背後に現れたらビックリするじゃない?
そうね、次からは気をつけるわ……
…………長く見積もっても、後数日だと思う。
……それはいつもの勘かしら?
いえ、これは確信よ。自分の事は自分が一番よく解るもの。
そう…………ねぇ、やっぱり私の能力で。
———それはダメよ、前にも言ったけど私はこのまま最後まで人間のままでいたいの……あの子の母親のままでいたいの。
っ……! そう……よね。ごめんなさい、馬鹿なこと言ったわ。
別に良いわよ、気持ちだけ貰っとくわ。
……ありがとう。それじゃあ何かやりたい事とか、願い事とかないかしら? 特別に私が叶えてあげましょう。
うわ、胡散臭い。
……私ってそんなに胡散臭い? い、いえ、それより何かないの? 食べたいものとかやってみたいこととか?
……じゃあ一つだけ良いかしら?
えぇ、何でもどうぞよ!
ほら、前にあんたが話してた———
(あれ、なんかキツくなった……?)
寝間着を脱ぎ、いつもの普段着に着替えようとして、ふと気がついた。
上の下着が少し窮屈に感じた。
もしやと思いつつも、そのままシャツとブラウスを着る……するとこれまた窮屈に感じ、確認してみるとわずかに丈がズレていた。
……これはつまり。
確信を得るために、引き出しから編み物用の毛糸と定規を取り出す。
その二つを使って、身長と胸のサイズを測ってみる……
そして判明した、どちらとも大きくなってる。
(……まだ成長期なんだな私)
月にいた頃も何度かこういった急激な成長があったが、まだ成長するとは正直あまり思わなかった。
心なしか、目線もいつもより高く感じる……というか実際に高くなってるのか。
(もしかして姫様を越したのでは……? それなら、欲を言うと師匠くらいは欲しいなぁ)
自分の身長は姫様よりほんの少し小さかった。
しかし今のさらに成長した自分なら、姫様を優に越している可能性が充分にある。
この調子なら師匠を超えるのも夢ではないのかもしれない。
あまり高すぎるのもあれだが、身長は高い方が何かと便利だ。
胸は……まぁ今くらいあれば充分だろう。
むしろこれ以上成長されたら、師匠みたいに毎日肩凝りに困りそうだ。
丈合わせを後でしなくちゃなと、心の隅に留めてから部屋を出る。
さぁ、今日の朝ご飯は玉子焼きでも焼こうかな。
「あら? 鈴仙……背伸びた?」
食器の片付けをしていると、姫様がそう訊ねてきた。
流石姫様、観察力はズバ抜けている。
そして、とてて、と可愛らしい擬音が聞こえてきそうな歩き方で自分の眼前まで迫ってきた。
「……うそ、私抜かされた……?」
そのまま背比べをしてみると、やはり予想通りというべきか、姫様の身長を越していた。
「うぅ……胸の大きさどころか、身長ですら鈴仙に抜かされるなんて」
何故か大袈裟にリアクションをとる姫様。
……もしかして気にしてました?
「……本当ね、5センチほど伸びてるようだけど……」
そして興味深そうな声を上げる師匠。
「え、一晩寝たら5センチも成長するなんてことあるの? イナバなんて未だに子供サイズなのに?」
「子供サイズで悪かったね、成長期はとうの昔に終えたよ。それとあたしゃ人化してからずっとこの背丈だからね」
ふむ、つまりてゐは昔から幼女体型だったと……ということは他のイナバ達もずっと子供体型なのだろうか。
それはそれで嬉しいような……
「あらあら、月の兎さんは成長期なのかしら? 羨ましいわ、私ももう少し背があれば威厳が増すというのに……」
———突然背後から声がした。
先程までそこには何も居なかったというのに、突如その波長を能力が捉えた。
この声と波長は覚えがある。
そして振り向く前に、真っ白な腕が自分の首筋を通って胸の前で交差した。
同時に背中に感じる柔らかな感触……つまり、何者かに背後から抱きつかれたようだ。
「はぁい、お久しぶりね。元気にやれてるかしら?」
ぬっとした感じで、その何者かの顔が耳元に近づいてきて、囁くようにそういった。
この甘ったるく、どこか胡散臭さを感じる声と、独特な波長は間違いなく……
(紫さん、ちゃんと玄関から入ってくださいよ)
「……何となくだけど、あなたが全く見当違いな見解を述べている気がするわ」
何をおっしゃるか、ちゃんと玄関から入って客人として来てくれれば、此方も接客しやすいというもの。
それと最低限のマナーというものがあるのを、紫さんは知るべきだ。
特に、何のために玄関というものがあるのかを。
するとヒュッンと音がして、自分の右側の耳元を何かが掠めた。
それは乾いた音を立てて、背後の壁に突き刺さる。
当然言うまでもなく、師匠の放った矢だった。
そしてこれも言うまでもないが、狙ったのは自分ではなく……
「あら……随分と過激な挨拶が好きなようね」
いつの間にか自分の右の耳元から、左の方の耳元に移動したこの紫さんだ。
「そこから離れなさい、今すぐに」
そう言って再度弓を引き絞る師匠。
声色はいつも通り淡々とした冷静なものだが、目が笑ってないどころか自分みたいになってますよ師匠。
ステイです、落ち着いてください。
なんだってそんな喧嘩腰なんですか。
そして紫さんも優雅に扇子扇ぎながら師匠を煽らないでください。
「やだ永琳ったら、もしかして嫉妬? スキマ妖怪が鈴仙に抱きついたからって嫉妬でも……あ、ごめんなさい、なんでもないです」
「姫様、流石に空気読んだ方が良いとあたしゃ思うよ。これ、長生きの秘訣さね」
二人ともわけのわからないこと言ってないで、師匠を止めてほしい。
このままじゃ壁や天井が穴だらけになってしまう。
「もう、ほんの冗談も通じないなんて、ゆかりん悲しいわ」
と、ここで紫さんがようやく自分から離れた。
すると師匠も徐々に落ち着きを取り戻していく。
(それで、何かご用ですか? あ、でもその前にお茶淹れてきますね)
「いえいえ、お構いなくですわ」
「……ねぇイナバ、不思議と鈴仙が活き活きしてる気がするんだけど、私の気のせい?」
「さぁ……ただ前に、『いつか妹紅さん以外の、お客さんをお持て成ししてみたい』とか言って人里で買った高い茶葉を大事そうに保管してたのなら見たよ」
「……そうね、滅多に客なんて来ないものね、
「それで、一体何の用かしら」
「もう、そんな睨まないでくれないかしら。折角のお茶と茶菓子の味がわからなくなってしまうわ」
その通りですよ師匠、いくら怪しさ満載、胡散臭さ満点の紫さんとはいえ、そう邪険にしなくても良いと思いますよ。
ほら、その物騒な獲物は仕舞って。
じゃないと、今日のおやつにするつもりだった手製の羊羹、師匠の分姫様にあげちゃいますよ。
「くっ……命拾いしたわね、八雲紫」
そこまで言うと、ようやく師匠を嗜める事が出来た。
これでようやく落ち着いて話ができるというもの。
(さぁ紫さん、一体今日はどの様なご用件で?)
そう訊ねると、紫さんは両手で持っていた湯呑みをそっと置くと、サラリと答えた。
「実はね、ちょっと伝えたい事があって来たの」
伝えたい事……ですか?
「えぇ……今夜貴女を『攫っていく』から、兎さん」
はぁそうですか……今夜自分を攫いに……
(……はい?)
「だから、攫うの。連れ去るとかそういう意味のね」
いや、意味はわかります。
わからないのは、その理由ですって。
「本性現したようね、生きて帰れると思わないことよ」
「
「あー、流れ的にはあたしも何か言うべきなんだろうけど……荒事は勘弁ウサよ?」
と、かつてないほどの怒りの波長がひしひしと三人から……正確には主に二人の主人からだが、伝わってくるのがわかった。
やだ、凄い殺気。
みんなこんな自分なんかの為に怒ってくれるのは非常に嬉しいのだが、取り敢えず落ち着いて欲しい。
「どきなさいウドンゲ! そいつ殺せない!」
どうどうです師匠、後姫様も。
冷静になってよく考えてください、この紫さんのことだから、わざとふざけて変な言い回しをしているだけかもしれませんよ?
それに仮にもこの妖怪は、自分達を引き合わせてくれた張本人でもあるわけですし、恩を仇で返すわけにもいかないですよ。
「そ、それは……そうだけど」
でしょう?
ほら紫さん、師匠達が大人しくしている内に真相を話してください。
いっときますけど、次は止めませんからね。
「……そうね、少し悪戯が過ぎた様ね。ゆかりん反省!」
テヘッとわざとらしく舌を出してお茶目さを出す自称ゆかりん。
あざとい。
なぜ彼女はこうも他者を焚きつけたがるのだろうか。
普通に才能があるのでやめて欲しいものだ。
「では言い方を変えましょう……今夜、貴女を連れて行きたい場所があるのよ」
(連れて行きたい……ですか)
ちなみになんでわざわざ、誤解を招く様な言い回しをしたのか聞いても?
「え? だって『連れて行く』って言うより、『攫う』って言った方が格好良いじゃない? ほら、妖怪らしくて」
と、まぁなんとも紫さんらしいというか、妖怪らしい答えだった。
しかし時と場合によっては冗談が通じない時がある。
紫さんはそれを学んだ方が良いかもしれない。
(まぁ一先ずそれは置いといて……何処に私を連れて行きたいんですか?)
多分幻想郷の何処かではあると思うが……こうして事前に伝えに来るということは、何か大事なことなのだろうか。
「んふふ、それはねぇ……秘密よ」
しかし明確な回答は返ってこず。
一度くらい紫さんに罰を与えてもバチはないのではないかと思う思考をなんとか引っ込める。
「話にならないわね、さっさと帰りなさい。ウドンゲも一々そんなやつ相手にしなくても良いのよ?」
(はぁ……まぁそうなんですが……)
断るのは簡単だろう。
しかしあの紫さんが連れて行きたいと言う場所も気になるといえば気になるし……うーむ。
(……お夕飯が終わってからなら……まぁ)
「あら本当? じゃあタイミングを見計らってまた来ますわ」
少し悩んだ末、了承をした。
「ちょっと、何で断らないの? この妖怪のことだから、きっと良からぬこと考えてるに決まってるわよ」
「まぁまぁ別に良いんじゃない永琳? ちゃんと鈴仙を帰してくれれば何の問題もないんじゃない?」
「えぇその通りです、目的を果たした後はしっかりとお帰しいたしますわ」
「そんな言葉が信用できるとでも?」
と、自分とてゐを除く口論が勃発。
というかいつの間にやらてゐは居なくなっている。
おそらく、これ以上ここにいたら面倒ごとに巻き込まれると判断したのだろう。
まったくもって自由な兎だ。
しかしそうなると、止める者は自分しかいないのだが……先程から能力を使って師匠達を落ち着かせようとしているが、それを跳ね除けてしまうほど波長が乱れているせいで、ほとんど意味がない。
どうしたものかと考えていると、紫さんがある一言を言った。
「もう、そもそもどうして月の賢者様はそんなに反対するのかしら? そんなにこの兎さんが好きなの?」
その言葉に師匠の動きが止まる。
「は、え、あいや……それはそのっ!」
茹でたての蛸なのかというほど、真っ赤な顔をして狼狽え出す師匠。
「す、すすす好きって……! そ、そんなわけ! あ、でもその……嫌いってわけでもなくて! ただわたしはっ」
落ち着いてください師匠、語学力すら崩壊しかけてますよ。
あとあまり興奮するとまた前みたいに……
「きゅう……」
そして立位姿勢からそのまま後ろへ倒れ込む師匠。
畳に後頭部をぶつける前になんとか両手を頭と畳の隙間に滑り込ますことができたが……
「大変、永琳が恥ずかしさのあまりまた気絶したわ!」
この人でなし!
案の定、師匠は気を失っていた。
あー……これは目を覚ました後が大変かもしれない。
(もう紫さん、師匠は極度の恥ずかしがり屋なので、あまりからかってはダメですよ)
「うふふ、ごめんなさいね。でもよっぽど愛されてるのね、兎さんは」
と、よくわからないことを言う紫さん。
(はい? 何を言ってるんですか? 私は自分勝手な理由で師匠達の所に押し掛けた居候ですよ、そんな私が師匠から愛されるわけないですよ)
この前師匠には、感謝している……とは言われたが、それはきっと自分の自己満足による恩返しに対してだ。
ただの居候の自分に対して特別な感情を師匠が抱く可能性も、理由も無いはずだ。
(あ、あの……どうして二人してそんな目で私を見つめるので?)
すると何故か紫さんと姫様から、『それ本気で言ってんの?』みたいな目で見られる。
「これは……前途多難なようね」
「あー、そっかぁ。永琳も大概だけど、鈴仙もなかなか面倒くさいようね……でも時間はまだまだあるしなんとか……」
頭に疑問しか浮かばないが、取り敢えず師匠の対応をしなくてはならない。
というわけなので、一度お引き取りを紫さん。
一応忠告しますけど、師匠が目を覚ます前に帰った方が良いですよ。
「えぇ、ではまた後ほど……」
私には夢がある。
誰も考えつくことがなく、実現すらも怪しいそんな夢……言ってしまえば夢物語だ。
私は夢物語を思い描き、それを追い続ける愚かな作家なのかもしれない。
実際、他者にこの夢物語のことを話したら、大体が笑って馬鹿にする。
しかし私は諦めたくはなかった。
たとえ夢物語だとしても、たとえ笑われ続けようとも私は自身の決めた道を突き進むと決めたのだ。
とはいえ、この前向きな決意も本当は『遥か昔の友人』の受け売り……借り物ではあるが、それでもこの決意は嘘ではないのは確かだ。
人と
それが私の夢だ。
「紫様、先刻結界に揺らぎが……」
「ねぇ藍、私の夢はちゃんと実現に向かっていると思う?」
スッと現れた自らの式にそう訊ねる。
すると何かを言い掛けた口を一度閉じ、すぐさま開いた。
「はい、容れ物は既に出来上がっているので、後は……」
「中身よね、そう……中身が問題」
人と妖怪の楽園。
途方もなく苦労はしたが、
後は
人と妖怪は相容れない者同士だ。
妖怪が人を襲うから人は妖怪を狩る。
人が妖怪を狩るから妖怪は人を襲う。
この法則を覆すのは不可能に近いだろう。
だから私はあるルールを考えた。
しかしそれらを幻想郷に広め、それを受け止める者が多く必要となる。
目処は立っているが、実行は今のところ難しいのだ。
「……今できないことを考えても仕方ないか。それで、結界のことだったわよね?」
「はい、先程わずかですが結界にズレが生じた模様です」
「そのようね、私もそれは感知したわ……けど」
「えぇ、結界自体に支障は全くありません。直接揺らぎがあった場所に確認しに行きましたが、特に異常はありませんでした」
異常がないということも感知した。
だからこうして私は『どうせ私がやらなくとも、藍が確認をやってくれる』と思ったので、隠れ家でのんびりと考え事をしていたのだが……
「そう、『結界』に異常はなかったのね?」
「その通りでございます」
結界に異常はなかった、だから問題はないと結論付けるのは愚かだ。
ここで問題視すべきは、何故結界が揺らいだのかという点だ。
仮にも幻想郷を覆うほどの大結界、それが何の理由もなしに揺らぐほど脆くはない。
つまり何らかの外的要因があるということだ。
「それで、目星は?」
「ついております、揺らぎのあった周辺を調べたところ、怪しい輩を発見しました。間違いなく幻想郷の者ではないです」
流石だ、こちらがあれこれ言う前にやるべき事を把握し実行。
自慢の式を持つと色々と楽で助かる。
「怪しい輩ね……どんな輩かしら?」
おそらくその怪しい輩が結界を通り抜けた故の揺らぎだったのだろう。
「そうですね、一言で言いますと兎です」
「兎?」
普通の小動物の兎ではないのは確かだろう。
となると外の世界で妖怪化でもしてここに流れ着いたのだろうか?
……いやまて、兎というと。
「兎……まさか『月』の兎だったりする?」
嫌な予感が少しした。
何故かふと疑問に思った事を口に出した。
できれば間違いであって欲しいと願わんばかりに。
「流石我が主人、僅かな情報、そして憶測から真実に近づけるとは」
褒められてもあまり嬉しくないのは何故だろう。
「身にまとっている格好からして間違いなく月の兎……確か玉兎と呼ばれる妖怪モドキでした」
ヤバい、なんか胃が痛くなってきた気がしてくる。
「……ま、まさか『あの時』の報復のための先兵とかじゃないわよね?」
「いえ、そこまでは今の情報量では判断しかねます。今のところ玉兎は一匹だけのようですが」
実は昔に、妖怪を集めて月に戦争をしに行ったことがあるのだ。
理由は破壊衝動などの本能を上手く制御出来ずに、暴走寸前の妖怪達の欲求不満を解消するため……要はストレス発散をさせるためだった。
当時の幻想郷は人の数が今よりも少なく、破壊衝動を抑えきれない妖怪達をそのままにしたら生態系のバランスが崩れる恐れがあった。
かといって表の世界に放り投げることもできない。
そして私は月に目を向けた。
月には遥か古代の人々がいるということを私は知っていた。
そして途轍もない力を持っていることも。
だからダメ元で、話の判りそうな月のお偉いさんに接触をはかった。
そしてまさかの、交渉に成功したのだ。
あちらの言い分としては、軍の訓練になる……そんな理由だった。
とはいえ、理由がどうであろうとこちらは大いに助かった。
どうしようもなかった
しかし八百長試合のような戦争とはいえ、多少は本気でやらねばならない。
でないとストレス発散にはならないだろうから。
なので流れとしては、最初からお互い全力でぶつかり合って、多少の被害が互いに出始めたら撤退する手筈だった。
そう、だったのだ……
———結果は妖怪側も月側も被害は多少ではなく、甚大になった。
それもこれもあの
「大丈夫ですか紫様、顔色がよろしくないようですが……」
「私はあなたの神経の図太さに驚きだわ……」
仮にあの時の事件の報復に月の連中が幻想郷に乗り込んだとしよう。
うん、私の楽園が一夜にして灰になりそうね!
「……何はともあれ、行動しなくちゃ始まらないか」
このまま放っていくわけにもいかない。
藍に場所を聞いて、自らの能力で空間にスキマを開ける。
そしてスキマの中へと入り、内部から新たなスキマを開ける……そこには既に別の景色が映っていた。
————そしてその景色に映り込む
何かをしているというわけではなく、ただそこで突っ立って空を見上げていた。
長い薄紫色の髪を風になびかせ、只々空を……欠けていない月、満月を見続けている。
何をしているのかは気にならなかった。
ただ知りたいのはこの兎の目的だ。
だから手っ取り早く、能力の応用でこの兎の頭の中でも覗けば良いだけの話だ。
スキマの中から手だけを外に出す。
そしてその手を無防備な兎の背後にかざす……後は『境界』を直接繋いで仕舞えば————
「づっ……!?」
————瞬間、電流が走ったかのような痛みが生じた。
まるで何かに阻害、弾かれたかのような感覚だ。
「紫様!?」
「……ん、大丈夫よ。ちょっと驚いただけ」
本当に驚いた。
本来の妖怪程の力もない妖怪モドキが、私の能力を弾くだけの力があるだなんて。
精神作用に関与する力に対抗できる能力でも持っているのだろうか?
しかし答えを得ようにも、能力で真実を知る事は出来ない。
「……藍はそのままここで待機してなさい。私が直接接触するわ」
「分かりました、どうかお気をつけて」
それならば直接接触して情報を引き出すしかない。
スキマから身を全て出し、大地に脚をつかせる。
どこか変な所がないかチェックして、軽く身なりを整える。
威厳があるように見せるため、顔を整える。
「こんばんわ兎さん、綺麗な夜空ですわね」
そして優雅に背後から声を掛けた。
すると特に驚きもせずに、兎はゆっくりと振り向いた。
「……素敵な眼を持っているのね」
ついそんな感想を口に出した。
兎のその眼は、大きく開かれているにも関わらず、その赤い瞳は輝く事はなく、そこに映る景色だけを反射させていた。
見る者はその瞳を不気味だと思うだろう、逆に私みたいにそれが美しいと思える者もいるだろう。
そんな気にさせる不思議な眼だった。
『こんばんわ、初めまして』
私の言葉に反応を返すように、兎は胸元から取り出した小さな紙束の一枚にそう書いて見せてきた。
喋る事は出来ないのだろうか。
「えぇ初めまして……貴女は月の兎さんで合ってるかしら?」
その問いに兎は首を縦に振った。
隠す気はないのか、それとも他に理由があるのかはわからないが、話は通じそうだ。
『手、大丈夫でしたか? すみません、まだ自制が上手く出来ないので』
と、唐突にそう聞かれた。
……なんだ、既にバレていたのか。
「うふふ、ご心配しなくとも大丈夫ですわ。此方こそ変な真似をしようとしてごめんなさいね」
ならば此方も隠す必要はない。
このまま対話で情報を引き抜くのが最善の手だ。
「私は八雲紫、ここ幻想郷の管理者です……聞いた事はおありで?」
『八雲紫……さんですか? いえ、申し訳ないですけど聞いた事はないですね』
と、ちょっと予想外な返答が返ってきた。
私の事を知らない……?
この兎があの事件には関わっていなかったのか、まだ生まれてなかったのかは知らないが……
「そ、そうですか……えっと、では貴女は……?」
何をしにきた、とは付け加えなかった。
『申し遅れました、名はレイセン、此度は諸事情で月から家出してきた玉兎です。どうかこの地に身を置くのを許してもらえませんか?』
しかし私の言葉の裏を汲み取ったのか、自分から目的を白状した兎……もといレイセン。
「身を置くって……幻想郷に住みたいってことかしら?」
そうだと言わんばかりに首を縦に振るレイセン。
『可能ならどこか腰を落ち着ける場所を教えて頂けると嬉しいです。なにせ話に聞いていたくらいなので、幻想郷のことは地理も含めて何も知らないんです』
「んー……そうねぇ」
いきなりそう言われても少し困る。
人里や妖怪の山は論外だし、かといって適当な場所に住めと言うわけにもいかない……となると魔法の森辺りだろうか。
もしくは神社に一先ず置いてもらうという手も……
————ちょっと待て。
何か強烈な違和感を感じた。
先程のレイセンとのやり取りの中で、私は有り得ない事をした気がする。
とても大きな違和感、しかしそれが何なのか上手く言葉に出来ない。
しかし頭の中で記憶を何度も何度も再生する事によって、ようやく違和感に気が付いた。
どうして私は、出会ったばかりのレイセンを既に『信頼』しているのか?
出会ってまだ数分、言葉も数える程しか交わしていない。
レイセンが言ったことは真実とは限らない。
私を騙そうとしているのかもしれない。
それだというのに何故……まるで『気が合った』友人のような感覚がするのだろうか。
背中に得体の知れない感触が這い上がってくるのを感じた。
『八雲さん?』
「…………いえ、何でもありませんわ。それより、先に貴女のこともっとよく教えてくれないかしら?」
しかし不思議と、その感触は悪いものとは感じなかった。
だから私は確かめる事にした。
レイセンは私の質問に正直……かどうかは分からないが、とにかく答えた。
そして違和感の原因だと思われる事柄が一つ明らかになった。
『波長を操る程度の能力』
幻想郷に合わせた呼び方で彼女の持つ能力を表すとしたら、これが一番当てはまるだろう。
そして、『波長が合う』という言葉がこの世にはある。
おそらくだが、彼女は『他者の波長』に合わせて『自身の波長』を変える事が出来るのだろう。
この者はこういう性格、気質を持っているから、それに合った波長にして接すれば良い。
ただそれだけで、僅かな時間で彼女は他者と『気の合う者同士』になれるのだ。
もっと簡単に言うと、誰とでも仲良くなれる……と言ったところだろう。
————危険な能力ではある。
しかしそれと同じくらい、とても魅力的な能力でもある。
何故ならその力は、今の幻想郷にとても必要な力なのだから。
「ふふふ、良いわ。貴女を受け入れてくれそうな場所を紹介してあげる」
元よりここは幻想郷、彼女がどんな輩であろうと、幻想郷に居たいと願ったのなら受け入れなくてはならない。
だって、幻想郷は人も妖怪も、神ですら受け入れる楽園なのだから。
たとえそれが、とてもとても残酷な話であっても……
「藍? ちょっとお願いできるかしら?」
「はっ、何でございましょうか」
方針が決まったのなら即行動すべきだ。
私は少し実験をする事にした。
「紹介状書いて来るから、この兎さんのお話相手になってて」
「えっ、あのそれは一体……ゆ、紫様?」
困惑する式を背中に、スキマへと入り込む。
さて、墨と筆は何処に置いていたか。
紹介状を書き終え、レイセンと藍がいる場所へと戻ってみると、期待していた通りの光景が広がっていた。
「それでだな、まだまだ未熟とはいえ橙も成長している。そしてこれは持論だが、目上の者は目下の者に労いの褒美をやるのが良い主従関係を築けるものだと思うのだ。だから言葉だけでなく、贈り物も何かするべきか迷っていてな……ん? 『迷う必要はないですよ、贈り物を渡されて喜ばない者は居ない』だって? うむ、その通りだな……」
あの藍が。
「しかし何を贈れば……え、『藍さんの好きなものを送ってみては?』だって? ……そ、そうだよな。それならきっと橙も満足するだろうな。何たって主人の好きなものだからな。よし、そうと決まれば沢山用意してやらんとだな、油揚げ」
あの藍が、堅物の藍が楽しそうにお喋りをしていた。
レイセンと楽しそうに……その光景はまさに心を通わせた友人同士のような会話だった。
どうやら私の推測は当たっていたようだ。
彼女には他者と心を通わせる力がある。
それは妖怪に限らず、きっと人とも通わせられるのだろう。
ならばきっと彼女は、人と妖怪を繋ぐ架け橋になってくれる筈だ。
「嗚呼……良い、とても良いわ。私の楽園が完成するかもしれない」
レイセンは私の期待通りの働きを僅か数年でしてくれた。
人里の人間、半人半獣、鳥妖怪、蛍妖怪、不老不死、兎妖怪、月人……彼女は人だろうと人外だろうと御構い無しに絆を築き上げていく。
素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい。
なんと素晴らしい事だろうか。
「幻想郷は変わる、人や人外なんて関係なくいられる時代に移り変わる……嗚呼、なんて素敵な楽園なのでしょう」
次の話で一旦落ち着きます。
ようやく物語も次のステージに……