これは、後に幻想郷で物語を紡ぐことになる少女達の、歩んできた道標。

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嫉妬の生まれた場所

時は9世紀初め、幻想郷が外の世界と隔離されるより1000年ほど昔の話。

土蜘蛛である黒谷ヤマメが、地上で好きに行動できた頃の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえた。

確かあの方角には、5人ほどしかいない小さな集落があったはずだ。

妖怪の襲撃でもあったのだろうか。

馬鹿な妖怪がいたものだ。

あんな辺境の集落、壊滅してしまえば二度と人間が来ることはないだろうに。

...そういえば、ここからそう遠くないはずだ。

どれほど馬鹿な奴がいるのか、確かめてみるか。

悲鳴の聞こえた方へ足を進める。

その間、ある違和感を感じていた。

悲鳴が止まない。それどころか、怒号のようなものまで聞こえてきた。

まさか、人間相手にしてやられてるのか...?

そんな馬鹿な話があるか?

5人程度の人間に、妖怪が出し抜かれるなんて。

しかし集落に到着して目に入った光景は、想像していたものとは違うものだった。

食料にされるわけでもなく無残に転がっている3つの死体。

追い詰められる一人の人間の少女。

そして、追い詰めているのも人間の少女だった。

手にはどこから持ってきたのか、刀のようなものを持っている。

追い詰められている方は、諦めて目を閉じている。

追い詰めている方は...泣いていた。

刀を振り上げる。

「ごめんね」

ザシュッ

最期の言葉は、彼女の手を少し震わせたが、その程度だった。

全てが終わったのを見計らって、あたしは生き残った少女に近づいた。

「派手にやったねー。人を殺したのは初めて?」

「ひっ...あ、あなたは...?」

「通りすがりの妖怪だよ」

「妖怪?私を...殺すの...?」

「あぁ、殺すかもしれないし殺さないかもしれない。でも人を殺したのはあんたも同じじゃないかい?」

「...そうね。私も妖怪と大差なかったのかもしれない」

気持ちが落ち着いたのか、彼女の涙は止まっていた。

そして目を瞑り、自分の境遇について話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...私は、異民族だった。

里どころか、小さな村へ行っても煙たがられる存在だった。

故郷から逃げてきた身、帰る場所も無ければ安息の地も無くて、私は絶望しかけていた。

そんな時、この場所を訪れた。

ここは他の村とは違い、私を受け入れてくれた。

嬉しかった。

今まで優しくされたことなんてなかったから。

この10人程の小さな村で私は暮らし始めた。

新しく家を作れるわけもなく、私はある男性の家に住まわせてもらった。

それがあの人との出会いだった。

彼は特に私に優しくしてくれて、すぐに好きになった。

彼も私のことが好きだと言ってくれた。

幸せだけが満ちていた。

でも、村はそうは行かなかった。

元々強い村ではなかったから、別の村や里へ行く人が続出した。

村の人間は4人になった。

その内女は私一人。

不安はあった。

唯一見つけた私の居場所がなくなってしまうんじゃないか。

それでも、彼は私を守ると言ってくれた。

それだけで不安を忘れることができた。

ある時、村の人間が5人になった。

彼女も異民族で、ようやく見つけた居場所だった。

境遇が似ている私たちは、すぐに友達になった。

でも彼女は私とは違い、性格が良くて、頭も良くて、可愛かった。

嫉妬の気持ちはあった。

それでもまだ幸せの方が大きかった。

私には、彼がいたから。

それなのに、いつからか彼は私に冷たくなった。

思わず私は聞いてしまった。

すると彼はこう言ったの。

他に好きな人が出来た、と。

この村に女は私と彼女だけ。

私は納得した。

と同時に、深い絶望と嫉妬が膨れ上がった。

あいつさえ...

あいつさえ、いなければ...

私は...私たちは...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、今に至ると。なるほどねぇ。それで?スッキリした?」

「いいえ。最初から分かっていたの。こんなことしても何にもならないって。彼女は最期まで良い人だった...憎いくらいにね。結局悪いのは、最初から私だけだったのよ」

「ふーん...彼は悪くないのかい?あんたから彼女へと乗り換えた彼は」

「彼も妬ましいくらいに素直だったわ。私を好きって言ったのも、彼女を好きだって言ったのも本音なの」

「良く分からないね。それってただの馬鹿じゃないのかい?」

「...それでも馬鹿みたいに彼を愛し続けていれば、こんなことはしなかったかもしれない。でも私は彼と彼女を憎んだ。彼と彼女に嫉妬した...いえ、嫉妬しているの。きっと消えることはない...だから私は、この嫉妬を抱えてこの世界を去ろうと思うの。良かったわね、私はあなたの獲物よ」

「いらないよ、嫉妬に塗れた人間の肉なんて。不味そうったらありゃしない。それに...けじめくらい自分の手で付けな」

「...あなたも随分とお人好しなのね、妬ましい」

彼女はそう吐き捨ててこの場を去った。

きっとけじめをつけに行ったんだろう。

私も自分の住処へと足を進めた。

...彼女が自分で言っていた通り、あの嫉妬は消えることはないだろう。

ただ、それは彼女が命を捨てても同じことだ。

いや、彼女は命を捨てることすらできないだろう。

強大な嫉妬は彼女を喰らい、飲み込み...やがて妖怪になるだろう。

その後どうなってしまうのかはあたしには分からない。

ただ、彼女ならば...妖怪として良い人生を送れる気がする。

それが彼女にとって良いものなのかは分からないが。

...流れる川の音が、どこからか聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処かの川のほとり。

 

一人の少女が、その冷たい水に全身を浸していた。

 

目を閉じて微動だにせず、ただ水に浸かっている。

 

数日後、『人間』は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、水橋パルスィが地底で暮らすようになるのだが、それはまだ先の話。

 

 

 

 

 

 

 



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