黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
―――――予想よりも大人しい。
アルティナからクラウ=ソラスを没収し、隠した翌日の朝。リィンが思ったのはそれだった。まだ任務を実行することくらいしか知らないアルティナなら、自分より上位の人間から命じられれば守るだろうという打算はあった。それで慣れない脅しなどしてみたのだが。
しかしもう少し警戒するとか、落ち込むとか、クラウ=ソラスを見つけようとするかと思いきや自然体で。最初はこんなレベルで無防備だったのかと呆れるほどだった。
部屋もないことと監視のためにリィンの部屋のベッドで寝せて、リィンが布団を敷いて同じ部屋で寝るというのも特に気にした様子もなく唯々諾々と従った。むしろ他の女性陣から白い目で見られたくらいで。
(………そういえば、寝付きはいいんだったか)
いつかのパンタグリュエルで思ったことを思い出す。
無防備に、幸せそうに眠っているのを見ると警戒しているのがバカバカしくなる。そうして眠りについた。
ケルディックへの移動は、“精霊の道”もあって実に簡単に済んだ。
エリゼと皇女殿下が付いてきたのは予想外だったものの、不在の間にユミルが襲撃を受けたりクロチルダさん……ヴィータに攫われるリスクを考えれば悪くはない。
かつて一時期<猟兵王>と共闘した時に教わった気配を薄くする方法―――それを<無>の型と組み合わせたのが<無影功>とも呼ぶべき技だ。もちろん正式な技ではないのでそこまでの練度の相手には通用しないのだが、戦闘で使えば気配を消すことで先読みさせなかったり、実力を誤魔化したりとそれなりに有利になり、一般人レベルの相手しかいないケルディックに潜入するくらいは容易だ。
アルティナは目立つので、正直連れてこないほうが良いのだが――――。
………まあ、少しくらいは外の世界に楽しさを感じてほしいというのもあった。リーヴスのような穏やかな場所が理想的だが、今のケルディックも決して悪くない。
大市では内戦前ほどではないにせよ様々な商品が並んでいる。
そういえばロジーヌが領邦軍の兵士に絡まれていてトヴァルさんが仲介したのはすっかり忘れていたものの、殺気を飛ばせばただの酔っぱらいを気絶させることは難しくない。殺気に気づかれたかはともかく、流石に従騎士であるロジーヌには存在を気づかれてしまったが。
とりあえず護身用として、アルティナにも装備を買っておく。
「そうだな、防御力が心もとない。このストールと……魔導杖でも持っていろ」
「はい。……恐らく使えるかと」
なんてことはない市販の品。
それを受け取ったアルティナが、どうしてかそれを大切そうに抱え。薄く微笑んだような気がして――――。
(……気のせいだ。俺も未練がましくなったというか――――いや、クロウに言わせれば相変わらずか)
幾つかの戦いを共に乗り越え――――そして、最後には“帰って”いったクロウ。
またすぐに再会することになるとはいえ、敵になるか味方になるかは<結社>の出方次第になるだろう。
とはいえ、とりあえずはすぐ後ろにまできたロジーヌの相手をしないといけないのだが。
「………はあ。何か腹ごしらえくらいはしておくか。好きなものでも買ってこい」
言って、アルティナにミラを――――どうやら未来から持ってこれてしまったらしいミラまみれの財布から5000ミラを渡して送り出す。あまり大っぴらに歩けない立場だったので銀行に預けていなかったのが幸いしてしまったらしい。
「……久しぶりだな、ロジーヌ」
「はい、リィンさんもお元気そうで何よりです。ですが、いつこちらに…?」
「今日来たばかりだ。Ⅶ組の仲間を探しているんだが……見ていないか?」
「すみません、私は何も……」
ロジーヌに悪気はなくとも、“あの”トマス教官の従騎士だ。
色々あって一度死闘を繰り広げた身としては余計な危険を招きたくはない。適度に情報を交換し、怪しまれずに切り抜けたところでアルティナと合流し――――。
隅っこで小さくなりながら、コロッケを頬張るアルティナを見つけた。
(……小動物みたいというか、なんというか)
割と周囲の視線を集めているのだが、気づいていないのかこちらを見るとパタパタと小さく手を振った。………この頃からこんな事をするとは全く思わなかったが。
「―――――リィンさん、どうぞ」
言われ、差し出されたのはコロッケとラテ。
「腹ごしらえをしておく」と言ったのでわざわざ二人分用意したのだろうか。仮にも脅した相手と脅された相手には見えないくらいの緩さに、思わず呆れた目を向ける。
「ああ。……別に俺の分まで買う必要はないだろうに」
「別にわたしの好きなものを買わせる必要も無いと思いますが」
捕虜ですし、とでも言いたげなアルティナと胡乱な目を向け合う。
……まあ、アルティナの世間知らずぶりを考えれば俺が甘くしすぎたのが原因なような気がしないでもない。嫌われないのならそれはそれでいいのだが――――。
(……しかし、それも“向こう”が痺れを切らすまでだ)
長くとも、“聖獣”と戦うまで。
短ければすぐにでも。新しい<戦術殻>でも用意されれば、アルティナがこちらにいる理由もない。そもそもアルティナの“主人”は向こうで、命令権も向こうにある。
少なくとも<剣>を完成させないためには、どこかに閉じ込めることも検討しておかなければならないだろう。後手に回ってからでは遅いのだ。
(むしろ、“後”のことを考えれば嫌われるくらいの方がちょうどいいのかもな)
誰か、信頼できる相手にアルティナを預ける――――若干不安ながらも、一人というか一箇所だけそれができそうな場所に心当たりもある。……そうは言いながらも、無邪気についてこられると振り払えないのもまた事実で。
救えなかった、守ってやれなかったアルティナとは別のアルティナだと分かっていても、出来る限り優しくしてやりたいと思う。
その後、いつか見たマキアスからの謎解き……というには簡単な地図を解読して風車小屋へ。
あると知っていた依頼は既に薬草の素材は用意してあり。軽く手配魔獣を処理し、合流のためにエリオットとフィーからの定時連絡を待って双龍橋方面のポイントDへ。
多少の魔獣くらいは威圧で逃げ出すが、皇女殿下とエリゼもいることもあって慎重に道を進んでいくと、街道の外れの拓けた場所に出た。
「ポイントD……この辺りだ」
「なるほど、ここなら貴族連合の巡回ルートからも外れていそうだな」
「ふふっ、こっそりと密会するには絶好の場所ですわね♪」
「姫様……はぁ」
「エリオットたちは――――」
以前よりも格段に賑やかなメンバーに苦笑しつつも、気配のある方へ向かう。すると、いつかよりも幾分幼い印象のエリオットがこちらに向けて駆け寄ってきた。
「リィン――――リィンだよね! ほんとのほんとに、間違いないんだよね!」
その言葉に、わずかに胸が痛む。
俺は、皆が知っているリィンとは違う――――“俺”の仲間たちは置き去りにしてきたようなものだった。ただ、それでも。誰を裏切ってでもあの結末を変えてみせると決めた。そのことを胸に、いつかのように微笑んだ。
「ああ――――間違いないさ。エリオット、無事でよかった」
「あははっ、ほんとにリィンだ……よかった。また会えて」
「そういえば、フィーは――――」
「さっき何かに気づいたみたいで。すぐ戻ると思うんだけど」
と、ここでふと思い出すことがあった。
「おまたせ。よっ、と」
声がしたかと思うと、崖の上から飛び降りてくるフィー。
周囲にはエリゼに皇女殿下にアルティナまでいるが、これを避けるわけにもいかない。過去の自分が不甲斐なかった分のツケの精算を求められているのだろうか。
(くっ、八葉の太刀は“無”にして“螺旋”――――)
飛びかかってくるフィーの勢い、角度、重心を見極め、それを以ってこの一撃を完全に受け流す――――!
結果、前回のように押し倒されることこそなかったものの―――――。
「に、兄様!?」
「……まあ!」
「――――不埒ですね」
勢いこそ殺せど、抱きつかれては意味がない。
完全にフィーの胸に顔を埋める、というか覆われるカタチになってしまい――――若干顔を赤くしたフィーがすぐに飛び降りる。
「………投げ飛ばされるかと思った」
「いや、投げ飛ばさないからな……」
あまりに上手く勢いを殺したのが裏目に出たらしい。
流石に機嫌を損ねてしまったらしく、フィーは不満げな顔で言った。
「………せっかく会えたのに、あんまりな対応」
「わ、分かった。悪かったから勘弁してくれ」
仕方がないのでハグをして頭を撫でると、フィーの機嫌は治ったものの周囲の女性陣の視線の温度が更に急降下する。
「……兄様、学院で何を学ばれていたのですか」
「これは、わたくし達もトールズに編入を検討する必要がありますわね」
「―――――やはり学院の中での方が不埒だった可能性があります」
非難轟々というか、士官学院の風紀すら疑われる有様だった。
なんとか“これからⅦ組がどうするべきか”という話題である程度は軌道修正できたものの、エリゼと殿下、そして相変わらず不埒には敏感なアルティナから白い目で見られることになった。
……俺への非難でアルティナとエリゼと殿下がそれなりに意気投合しているのは、若干微妙な気分になったが。
「やはり、リィンさんは以前から不埒だったのでしょうか」
「……ええ、まあ。とはいえユミルは狭かったので被害者は少なかったのですが」
「主にエリゼですものね♪」
とはいえ、後はトマス教官の案内で線路に降りればガレリア演習場までの障害は<西風の旅団>の連隊長であるゼノとレオニダスくらいのものだ。<地霊窟>は以前攻略したこともあり、特に寄る必要性も感じない。……ゼムリアストーンなら今使っているゼムリアストーンの亜種の太刀で十分だし、ヴァリマール用の刀を作るのはシュミット博士の助けが必要になる。
そういうわけで、あっさりと演習場にたどり着いたのだが――――。
(………どの程度の力で戦うべきか)
掛け値なしの本気なら二人ともここで――――というのも可能だと思うが、そんなことをしたらフィーが悲しむし、猟兵王の反応も未知数だ。つまり適当なところで引いてもらうのが理想なのだが……。
<Ⅶ組>の仲間と戦術リンクを結ぶと、下手をすれば明らかに強くなりすぎていることに気づかれる懸念があった。アルティナならその問題は無いが……それはそれで、不審に思われる可能性がある。よって<無影功>に必要とでも適当に理由をつけてリンクは結ばないとして。
(戦術リンク無し、ヴァリマールなし、<鬼の力>を出さずに二人を撃退する……か)
難しいが、不可能ではない。
仕掛けられた導力地雷は、半端ながらも“理”に至ってから鋭敏な感覚で察知し。それによって隠れていた二人が下に降りてくる。
『―――――ヴァリマール。悪いが近くまで来ておいてくれ』
『うむ、了解した』
余裕をもって、雲の上をゆっくりと飛行すれば地上から気づかれる可能性も低い。
あらかじめ念話でヴァリマールに呼びかけつつも、フィーと二人の会話が終わったところで全員に呼びかける。
「――――悪いが、ここで足止めされるわけにはいかない。<Ⅶ組>総員、戦闘準備! 俺が切り抜ける、援護は頼んだ! トヴァルさんは二人を頼みます!」
「
「くっ、やるしかないのか…!」
「わかったよ…!」
「了解です。……あ」
―――――ふと、なにかに違和感を覚えた。
おかしくはないが、“今”ここではおかしいという何か。
気にはなったものの、戦う上で雑念は命取りになる。―――特に、一切の雑念を捨てることであらゆる状況に対応する<無>の太刀では。
(まあいい。……――――<無影功>)
余計な力を込めぬ自然体。それでいて完全に制御された力は相手に気づかせず、影すら踏ませず、<二の型>の高速移動すらも可能にする。
その異様な、一切強さを感じさせないにも関わらず異質な空気を纏う姿に<猟兵王>と同じものを感じ取ったのだろう。二人は距離をとりつつも先程までどこかにあった緩みが消し飛ぶ。
「―――っ!? おいおいおい、嘘やろ!?」
「………この気配、まさか」
「……? ゼノ、レオ…?」
案の定、フィーたちにはまだ気づかれないか――――いずれにしても、距離を取ったところでこの状態のこちらを止めるには回避不能な物量攻撃しかない。
「――――行くぞ」
「ちっ――――大人しく食らうと思わんといてや!」
ゼノが、槍のようなものをばら撒く。
それが時限式の爆発物だと知っている以上、斬撃を飛ばして阻止しようとするが、ふいに背後の気配を感じてそのまま構わず突っ込む。
「――――<ソウルブラー>!」
「チィ―――!」
中央の槍がアーツによって起爆し、その隙間を一切の遅滞なく潜り抜ける。
それを見てこちらを罠だけで阻止するのは困難だと悟ったのだろう。罠で阻止してからのレオニダスの剛撃というパターンではなく、即座に足止めとして切り札を切ろうとする気配を感じ取った。
(やはり強いだけではなく“巧い”――――流石はあの猟兵王の部下か)
出し惜しみするようであれば、爆発物も力を溜めた一撃も使えない乱戦で叩きのめせたのだが。向こうが全力で来るのなら、下手な小細工は逆効果だろう。それならばこちらはそれを真正面から上回る―――。
「ARCUS、駆動――――」
「八葉一刀流、七の型―――――」
「させん…! ディザスター――――」
「――――<無想、覇斬>ッ!」
「――――アームッ!」
マシンガントレットに組み込まれた、パイルバンカー。
そこから放たれる一撃は、レオニダス本人の剛力とそれを扱う技量によって昇華され、まさに壮絶と言っていい威力を誇る。
しかし、それがどれほど強い“力”であろうとも。
“力”である限りは制御できないものはない。それこそが<無>の真髄。あらゆるものを受け流す<螺旋>と、如何に膨大な“力”であっても御する<無>によって生み出されるその一刀は、あらゆる障害を切り払う――――。
莫大な力と力の衝突は、キィン、というその激突の規模からすればあまりにも小さく気の抜けた、あるいは澄んだ音を響かせるに終わる。極限まで研ぎ澄まし、刀に込めた“力”がマシンガントレットに込められたそれを受け流し、切り払ったのだ。
「――――リィン!?」
「――――……むぅ」
そうしてマシンガントレットを切断し――――やや遅れて、フィーの声が耳に届く。心配させてしまったらしいことに苦笑しそうになるも、既にゼノが次の一撃を用意している。
「ほな、行くで――――!」
流石に予想外というか呆れるくらいの大量の爆発槍が降り注ぎ、七の太刀の”落葉”か<螺旋>の奥義で吹き飛ばすしかないかと検討したところで、アルティナが用意していたらしいアーツが起動する。
「――――これならどや! ジェノサイドレイン!」
「<アマダスシールド>…っ!」
いつも通りの冴え渡る、というか巧なサポートに感謝しつつ――――“いつも通り”―――――? 僅かに疑念が頭を過るが、それはそれとして斬撃を飛ばすと、爆発に向かって全力で跳躍する。
「甘い――――<裏疾風・飛燕>!」
「なんやと―――!?」
斬撃で風の道を作り、一気に突破する対空近接技。
爆風は防げないものの、物理防御アーツがあればその心配もいらない。飛ぶ斬撃で一撃、切り抜けて二撃目、追撃の振り下ろしで三撃目、トドメの回転なぎ払いで四撃目。
「――――はぁああああッ!」
「うおっと!?」
並大抵の相手だったら確実に致命傷になっただろう連撃を、寸でのところとはいえ防いで決定打にはさせない巧さはこちらより上かもしれない。内心で脱帽しつつ納刀するも、それを隙と見るあたり<八葉一刀流>の相手と渡り合った経験は然程でもないらしい。
「……ぉおおおおオオオッ!」
―――――残月。飛び込んできたレオニダスの一撃は紙一重で躱し、通常の斬撃よりも素早い居合い斬りは回避を許さない。それでも全く堪えないタフさと、致命傷を避ける警戒心はまさに一流だったが。
「……ぐっ、これほどとは…!」
「な、なんだかリィン凄くない…?」
「………正直、こっちもビックリかも」
―――――やり過ぎたか?
若干、仲間にまで驚かれているが、正直この頃の自分の実力を再現なんてしたら何もできず、できて台本通りに踊ることくらいまでだろう。
(――――ヴァリマールと契約したら強くなったことにでもしておこう)
意外と、ちょっとしたことで“壁”を破ることはある。
“本当の事”を言うわけにもいかない以上、そのあたりが妥当に思えた。
とはいえ今は目の前に集中する必要があるわけで、そろそろ一流の傭兵ならば様子見を終えて撤退してくれるのではと思っていたのだが。二人の親馬鹿は、完全にヒートアップしていた。
「――――ええぃ、やるでレオ! フィーの前でこれいいエエ格好させへん!」
「……いいだろう」
(いや、あんまり本気を出されても困るというか、そこは退いてくれ……)
二人の闘気が爆発的に上昇し、いつだかの“猟兵は戦場の死神”という評価を思い出す。なるほど一般の猟兵ならともかく、この二人以上のレベルを相手にするのは一般人には荷が重すぎるだろう。
「「オオォォォォォォ――――ッ!」」
「……
どこか、心配そうなアルティナの声が聞こえる。
一瞬、そんな心配なんて不要だと、強くなったのだと言いたくはなるが、こちらに向かう感じ慣れた機甲兵の気配を感じて刀を収める。
「……いや、どうやらここまでみたいだな」
「――――なんやと!? フィーの前で勝ち逃げなんぞ許さへんで――――」
と、怒り心頭に見えたゼノだったが、急激に声が小さくなる。
間違いなく同じことに気づいたのだろう。一層の警戒を向けられるが、何食わぬ顔で受け流してやってきたソレに目を向けた。
『――――貴様ら、何をしておるか!』
隊長機であるシュピーゲルが一体に、ドラッケンが三体。
………ヴァリマールはすぐ近くの上空で待機しており、全く何の問題もない。とはいえ仲間からすれば機甲兵は、そして機甲兵からすればここに民間人がいるのは予想外だったようで。
「き、機甲兵!?」
「トリスタを襲った機体――――なぜ間道方面から!?」
「そっか。横断鉄道方面は陽動……最初から側面からの奇襲が目的だったみたい」
『なぜ民間人が!?』
『それに傭兵まで』
『……部隊にも加わらず何処にいるのかと思えば! 作戦の邪魔だ、猟兵どもは下がっているがいい!』
「ぐぬぬ。こっから良いところを見せるつもりやったのに…!」
「……仕方あるまい。まあ、次の機会に取っておけ」
流石に、あの二人のオマケに機甲兵を片付けるのは少々骨だったので、敵が機甲兵を過信していて、かつ記憶の通りにあの二人が退いてくれて助かった。
「どうする? ゼノたちは離脱したけど、ちょっとマズいね」
「……あ、あの時は、なんとか一体倒せたけど」
「この人数であの数は……」
心配する仲間たちに声をかけようとしたところで、不意にアルティナがこちらを向いて言った。澄んだ瞳――――無条件の信頼を向けられているような気がして、そんなはずはないのに心が軋んだ音を立てたような気がした。
「リィンさん、お願いします」
「……。ああ――――行くぞ、ヴァリマール!」
どこか釈然としないような気はするものの、この程度ならば何の問題もない。ついでにセリーヌまで乗ってきたが、まあ邪魔にはならないだろう。
『ええい、武器の木偶など一斉攻撃で仕留めてしまえ――――!』
『ちょっ、何ぼさっと突っ立ってるのよ!?』
気圧されたのか、自分では近づこうとしないシュピーゲルの指示で、2体のドラッケンが鈍い動きでこちらに近づいてくる――――どうやらかなり練度は低いらしい、と考えているとセリーヌが悲鳴を上げるが、この程度ならば大袈裟に避ける必要もない。
「―――――甘い」
残月。
2つの剣の隙間を縫うように躱し、拳をドラッケンの腹部に叩き込み。さらに体勢を崩したところにもう一撃。
「ォオオオオッ!――――破甲拳ッ!」
コクピットを揺さぶって気絶させ、更に弾き飛ばした剣を受け止めて背後に近づくもう一体のドラッケンを斬り払う。
「――――螺旋撃!」
焔を纏った螺旋の太刀がドラッケンを吹き飛ばし。残りの一体、銃を持ったドラッケンの攻撃をも衝撃波で吹き飛ばす。
後はそのドラッケンを軽く峰打ちにし、隊長機さえ片付ければ終わりだ。
とはいえアブソーバーを持っているシュピーゲルは手加減して倒すのは少々骨なので、<無想覇斬>の峰打ちでコクピットに衝撃を与えて機能停止に追い込んで。
さあこれでようやく第四機甲師団と合流できる、というところで。
どういうわけか残り一体のドラッケンが立ち上がろうとしている事に気づいた。先程のパイロットがもう目覚めたのかと、咄嗟に剣を向けるが――――どういうわけか、そこからアルティナの気配を感じた。案の定、通信を繋げばモニターに映ったのは心なしかショックを受けているようなアルティナの顔で。
「―――――…で、どういうつもりだ。アルティナ」
『………いえ、支援に使えないかと思ったのですが――――』
クラウ=ソラスを没収したのがそれほど堪えたのか、と思わないでもないが今はタイミングが悪い。すぐに第四機甲師団が此処に来るのを知っている以上、とにかくアルティナを降ろさせなければと思い―――。
「そんなものはいい、すぐに降りろ―――――!」
と、その瞬間に聞こえてきたのは沢山の戦車の移動音。
そして野太い男性の叫び声だった。
「―――――エェエリオットォオオオオオッ!」
赤毛のクレイグ――――エリオットの父であり、優秀な軍人でもある男が来てしまったことに、思わず天を仰いだ。
少なくとも、ヴァリマールに剣を突きつけられて無力化されているお陰でアルティナが砲撃されなかったことだけは喜ぶべきかもしれなかったが。
(………本当に、勘弁してくれ)
クラウ=ソラスを返すわけにもいかないが、このままだと相当に危なっかしい。
何か手を打つべきなのかもしれない。
アルティナ(リィンさんをサポートするのは私の”やりたいこと”です)
リィン (なんだか脅したのに妙に懐かれてるような…?)
2作同時はきっつい……次から多分ユミルですが多忙のため遅れるかもしれません。
アルティナ「そういえば、リィンさんが温泉をおすすめしていましたね」
リィン 「……はぁ、色々と疲れたし温泉に浸かろう」