黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
<灰の起動者>、情報局所属の人造人間(捕虜)、皇女殿下とその親友、そして凄腕アーツ使いの遊撃士。なかなかに異質なメンバーすぎることもあって。とりあえずケルディック近くの民家では遊撃士としてトヴァルさんだけで情報収集に向かった。
外で待機しているメンバーはいつかの新Ⅶ組よりも騒がしいかもしれない。
「ふふ、なんだかスパイみたいでワクワクしますね!」
「姫様……お願いですから目立つ真似だけはなさらないでくださいね」
「……リィンさん、流石にこれでケルディックに入るのは目立ちすぎるのでは?」
特に何を言うでもなく、静かに考え込んでいる――――付いてきたがった皇女殿下とエリゼ嬢の扱いに苦慮しているのかもしれませんが――――リィンさんは、わたしを見ると溜息と共に言いました。
「………まあ、二人くらいの少数で潜入するべきだろうな。とりあえず監視も兼ねてお前は俺と来てもらうが」
「了解です」
……まさか、逆にリィンさんに監視されることになるとは思いませんでしたが。
というかこのままではクラウ=ソラスを返してもらえても、任務失敗どころか裏切り扱いで居場所がないような………。いえ、この前の話からするとひょっとしてシュバルツァー家で引き取られてしまうのでしょうか。
………あれ、それは前回と比べても悪くないのでは?
(――――リィンさんに見捨てられなければ……ですが)
こうして連れてきてもらっているということは、何かしらの役割を見込まれているはず。クラウ=ソラスがいなくとも何かきっとリィンさんのためにできることがある。そんなふうに意気込んでいると、リィンさんの小さな呟きが聞こえてきた。
「――――まあ、正面からでも簡単に突破できるが維持はできないからな。最悪、双龍橋にヴァリマールで殴り込んで、第四機甲師団に来てもらってもいいんだが」
「その……それではあまりにリィンさんが危険では?」
つい口を出すと、何故か胡乱な目で見られてしまう。
けれど双龍橋にはかなりの数の貴族連合軍が、それこそあの第四機甲師団と<赤毛のクレイグ>が抑え込まれるくらいの戦力があったはずである。
「俺を心配する必要があるのか? まあ、俺が死んだら戦術殻を埋めた場所も分からないが」
「――――…え。埋めっ!?」
埋められたのですか、クラウ=ソラス…。
土を被せられている姿を想像して思わず肩を落とすと、リィンさんはいつかのような冷たい笑みを浮かべて言った。
「――――まあ、期待しておくんだな。片っ端から切り捨てればお前が俺に負けたことなんて誰も問題にしなくなるさ」
「………え」
…………なんだか、気を遣われている?
この不埒な感じはやっぱりいつものリィンさんでは……と、思わずまじまじとリィンさんの顔を覗き込もうとすると、嫌そうな顔をされて背中を向けられてしまう。
(………これは、とても悲しいような)
なんだかんだと、色々と嫌がらずにわたしに付き合ってくれていたリィンさんの優しさが今更になって胸に沁みる。仕方がないので木の根本に座り込んで休んでいると、トヴァルさんが戻ってきた。
「どうやら町の中にも領邦軍がいて学生を探してるらしいが、どうする?」
「そうですね……トヴァルさんは殿下とエリゼを連れて町を反対側まで迂回して下さい。俺とアルティナで情報を集めるので、ケルディックの東側で合流しましょう」
「ええっ、そんな……」
「姫様は目立ちすぎますから、仕方ないでしょう」
と、リィンさん以外の3人の視線がわたしに集中する。
「……? これでも情報局の所属です、リィンさんの邪魔にはなりませんが」
「いや、情報局だから不安なんだが……」
「なんだかアルティナさんにだけリィンさんが野獣のようですし」
「ひ、姫様! 妙な例えを使わないで下さい!」
「ははは……まぁ、大人しくしてくれている分には俺も何もしませんよ」
「そうですね、同意します」
確かになんだかんだとこのリィンさんもやっぱりリィンさんのようなので問題ないだろう、と頷くと。どういうわけかリィンさんも含めた4人から呆れたような視線を向けられた。
「……捕虜だって自覚は無いのか?」
「? あるので大人しく従っているのですが」
むしろリィンさんこそ捕虜に対して優しいような気がします。なんだかんだと逃げようと思えばいつでも逃げられそうですし。
と、何故か遠慮がちにトヴァルさんが手をあげます。
「それにしたって素直すぎやしないか…?」
「まあ、こういう性分なのかもしれません」
主にリィンさんが原因ですが。
と、トヴァルさんと皇女殿下、エリゼさんが何やらひそひそ話を始め。
「………なにか怪しくないか?」
「ま、まさか既にリィンさんに手篭めに……?」
「そ、そんな……で、でも兄様ならできてしまいそうな……」
「はぁ……人をなんだと思ってるんだ。行くぞ、アルティナ」
「はい、了解です」
――――――――――――――――――――――――――
と、いうわけで交易の町ケルディックに到着。
どうやって突破するのかと思えば、リィンさんはおもむろに“気”を集め――――そのまま気配を限りなく薄くした。あまりにも冗談のような技に目を見開くと、リィンさんは呆れたように言った。
「……東方では割と一般的な技術だぞ。(まぁ、凶手の間ではだが)」
「東方……いえ、どちらかと言えばリィンさんの<無>の型の方も関係しているのでは?」
「へぇ、よく気づいたな。相手の意識の死角に潜り込むことで、薄くなった気配を感じ取れなくする――――こんな感じにな」
「……え」
いつの間にかリィンさんが消え、背後に回り込まれていた。
呆然としている間に手を取られ、そのままケルディックの中に向けて歩きだす。
「ぼさっとするな。気配を薄くするくらいはできるだろう」
「は、はい」
見よう見まねで気配を薄くしようとしてみると、リィンさんには微妙な顔こそ向けられたものの難なく町の中に潜り込む。
聞いていた通りに町の中には領邦軍の兵士がいたものの、リィンさんは気にすること無く足を進め。なんとか置いていかれないようについていく。
「――――この程度の相手になら気づかれるつもりはない。とはいえ」
「……あれは、酔っぱらいでしょうか」
大市の店の前で、酔っぱらいがシスターに絡んでいるようだった。
リィンさんのことだから放っておくことはないのでしょうけれど――――どうするのだろう、と様子を窺うと、そのまま“殺気”を放った。
向けられたわけでもないわたしの全身が震えるくらいの濃密な殺気―――それに指向性を持たせるという絶技。それで“狙撃”された酔っぱらいはふらふらと地面に倒れ込み。完全に酒が回ったと思われたのだろう、横にいた相方に担がれて去っていく。
……そして、こちらを振り返るシスター。
(……まさか、今の殺気に気づいた……?)
「リィンさん、あの方は……」
「……士官学院の生徒だ。今は気にする必要はない」
言われ、リーヴスにいたシスターのロジーヌさん――――七曜教会の騎士<匣使い>の従騎士だということを思い出す。
困惑しているシスターにリィンさんは軽く手を挙げる挨拶だけして、大市の商品を物色し始める。
「そうだな、防御力が心もとない。このストールと……魔導杖でも持っていろ」
「はい。……恐らく使えるかと」
石化を防ぐ効果のあるストールと、なんてことはない普通の魔導杖。
なんとなくリィンさんからのプレゼントというのは懐かしい気がして、思わず大切に抱え込む。
(――――そういえば、シャチのフロートと絵本は……)
どうなったんだろう、と思うけれど。
死んでしまった後は誰かが部屋のものは片付けただろう。ふと、視線を感じて顔を上げると、いつかのように心配そうな顔をしたリィンさんがいて――――。
「………はあ。何か腹ごしらえくらいはしておくか。好きなものでも買ってこい」
と言って、後ろで待っているロジーヌさんに視線を向ける。どうやら話があるようで。わたしはそこそこの額のミラ――――5000ミラを渡され、頷いてその場を離れる。
「…………リィンさん、何が好きだったでしょうか」
というか一人だと気配とか消せないような。
………急いで買いましょう。
とりあえず色々売ってる商品に目移りしつつも、ポテトコロッケを2つとシュプリームラテを2つ買って休憩所へ。
領邦軍に見つからないように端っこで小さくなってコロッケを頬張っていると、リィンさんが戻ってきた。
「―――――リィンさん、どうぞ」
「ああ。……別に俺の分まで買う必要はないだろうに」
「別にわたしの好きなものを買わせる必要も無いと思いますが」
「………」
二人でコロッケを食べながら睨み合う。
……そうしながら、リィンさんに一体何があったんだろうと考える。
わたしが想像もつかないような激しい闘いを潜り抜けたかのような強さに、わたしも含む敵への厳しさ。けれど、やっぱり根本のところはリィンさんで…。
(―――――でも、この時のリィンさんが“リィン教官”より強いなんて。そんなことあるのでしょうか……?)
ふと抱いた疑問。これまではそんな余裕も無かったけれど、よく考えれば明らかにおかしな異常。それが何かカタチになりそうなところで―――不意に声をかけられた。帽子を被った、小さな子どもだ。小遣い稼ぎなのか、新聞の束を持っている。
「そこのお二人さん! 帝国時報の最新号はいかが!?」
「……じゃあ、もらおうか。――――“お使い”ご苦労様」
「い゛っ!?」
慌てて立ち去る子どもに不審な目を向けると、リィンさんは新聞に挟まっていた何やらマス目のようなものが描かれた地図を取り出していた。
「……? リィンさん、それは?」
「どうやら俺の<仲間>からみたいだ。――――食べ終わったら出発するぞ。東ケルディック街道の風車小屋だ」
どうやら、謎解きは終わってしまったらしい。
わたしの探るような目を知ってか知らずか、リィンさんは素知らぬ顔でラテを飲んだ。