黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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その後3:部活動~機甲兵教練

 

 

 

 

「――――というわけで、相談に乗って下さい」

 

 

 

 放課後の校舎屋上。学生手帳を渡しに来たリィンにアルティナがいつぞやと同じように部活動について相談を持ちかけた。

 

 

 

「いや、だから自分で選びなさい」

「……ですが、泳げるのに水泳部というのも如何なものかと。せっかくですので部活動を作成してみることを検討したのですが――――」

 

 

 

「へえ。それは良いことじゃないか。何か問題でもあったのか?」

「………勧誘というのは、未経験なのでリィン教官の協力が得られればと」

 

 

 

 つまり声かけのやり方が分からないので助けてほしいという相談だった。

 リィンもあまり誘う方ではないのだが、確かにアルティナには荷が重いだろうなと思われた。

 

 

 

「そういうことなら。……だが、どんな部活にするんだ? それによって誰を誘うか変わってくると思うが」

「そうですね。では―――――“リィンさんファンクラ部”でしょうか」

 

 

 

 

「………すまない、アルティナ。もう一度言ってくれ」

「“リィンさんファンクラ部”、ですね」

 

 

 

 

 そっと、リィンはアルティナの額に手を当てた。熱はない。

 別段、近くに妙な気配もなく、アルコールの匂いもしない。いつもの、ユウナ曰く『お手入れしてないのにずるい』というアルティナの素の匂いである。

 

 

 

「……? どうかしましたか、リィン教官」

「いや、こっちの台詞だからな!?」

 

 

 

「……もしや名称に不満が? 言っていただければ改善しますが」

「そこじゃない。不満は……いや、まあ多少はあるがまず理由を聞かせてくれ」

 

 

 

 ミュゼやクロウじゃないんだから、無意味にアルティナがリィンを煽ったりからかったりするはずもなかった。一旦冷静になったリィンが促すと、アルティナはまず前提を語りだした。

 

 

 

「まず、いつかの絵画の課題を思い出しまして。部活としてやりたいことを思い浮かべたのですが」

「……そうだな。やりたいことをやるのがいいな」

 

 

 

 泳ぎたかったら泳げばいいし、絵を描きたかったら描けばいい。

 釣りがしたいなら、なんならリィンが掛け合ってリィンとアルティナの二人で釣り部にしてもいい。

 

 

 

「そうすると―――――リィン教官の顔が思い浮かびまして」

「………それで?」

 

 

 

 なんとなく小っ恥ずかしいが、リィンとしてもアルティナに憎からず思われて気分が悪いはずもない。

 

 

 

「最初はリィン教官の活動を手伝う部活にしようと思ったのですが、分校長に『それは部活動が決められなかった生徒にやらせるのでつまらん。却下だ』と」

「いや、まぁ」

 

 

 

 仮に承認されたら、いつもの要請の延長線のようになってしまう。

 部活を作るのを止めなかったのはいい傾向だと思う。のだが、アルティナは何でも無いことのように言った。

 

 

 

「そこで、『ではリィン教官に女性に興味を持っていただきたいのですが、良いアイデアはありませんか』と聞いてみたところ」

「いや、ちょっと待とうか」

 

 

 

「はい」

「どうしてそうなったか簡潔に説明してくれ」

 

 

 

「今一番興味があることが、リィン教官の女性関係だったので」

「……いや、あのな。何を分校長に激白してるんだ……っ」

 

 

 

 というか何故に自分はアルティナに女性関係を心配されているのだろうか。とリィンは若干気が遠くなった。確かに以前も“非生産的な不埒”などという不本意過ぎる疑惑を持たれていたけれども。

 

 

 

「ですが、教官は不埒なのに特定の女性との関係がありませんし。それを分校長に伝えたところ、『成程、それは帝国の将来を揺るがす問題だな』と頷かれていましたが」

「伝えたのか…っ! 後が怖すぎる――――いや、むしろ今なのか」

 

 

 

「――――ですので、情報局のエージェントとしてのスキルを活かし、リィン教官の良さをアピールすることで、教官の出会いを応援する部活動――――“リィンさんファンクラ部”を設立することになりました。『面白そうなので兼部可』とのことです」

 

「……ちなみに聞いておくが、俺の意思は?」

 

 

 

「『教官ならば雛鳥を笑って見守ってやるがよかろう』とのことです。心に決めた方がいらっしゃるようであれば―――――」

「分かった、じゃあいるから」

 

 

 

「――――このミシュラム優待券と有給届を渡すので、『若い欲望を解き放ってくるように』とのことです。………不埒ですね」

「なんで理不尽に不埒扱いされているんだ……!?」

 

 

 

 いないといえば作れといい、いるといえば不埒だという。ジト目で見てくるアルティナに、一体どうすればいいんだと頭を抱えるリィンだったが、アルティナは優待券と有給届を丁寧に仕舞うと言った。

 

 

 

 

「ですが、わたしも“そういうこと”が『普通の人間』に必要なことだというのは、理解しています。……その、はずです」

「――――アルティナ」

 

 

 

「………すみません、失礼します」

 

 

 

 

 駆け出して屋上から出ていったアルティナの背中を見送りながら、リィンは頭を抱えた。どうやら、必要以上に心配されているようなのだが――――。

 

 

 

「どうしたものかな……。相談できる相手も―――エリゼとか、いや駄目だろう」

 

 

 

 一応アルティナのことなので女性に相談した方が良さそうな気がするのだが、流石のリィンもⅦ組の女性陣に話す気にはなれない。人生経験豊富そうな女性……サラ教官は論外として、クレア少佐――――なんとなく“直感”で微妙な感じがするのだが、思い浮かぶ限りでは一番マシかもしれない。

 

 

 

「今度会えたら相談するか………“特別演習”の時かな」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 自由行動日――――夕方。

 特別演習に関するブリーフィングを終えたリィンは、“前回”同様にミリアムにリーヴスの町を案内しており。ルセットでパンケーキを食べるアルティナのところに立ち寄ったのだった。

 

 

 

「久しぶりだね、アーちゃん!」

「……ミリアムさんですか。あとアーちゃんはやめてください」

 

 

 

 以前と違って嫌そうな顔はしないものの、嬉しそうな顔もしないアルティナはジト目でミリアムを見るが、当然のようにミリアムは動じない。どころか、嫌がられていないのを察しているのか嬉しそうですらあった。

 

 

 

「だってアルティナって長くて呼びにくいし。あ、ボクのこともミーちゃんって呼ぶ?」

「呼びません」

 

 

 

 と、不意にアルティナはナイフでパンケーキを切ると、それをフォークで突き刺してリィンの方に差し出した。

 

 

 

「――――リィン教官、日頃の感謝の気持ちです。どうぞ」

「いや、俺はミリアムじゃない――――」

 

「えー、リィンだけズルい! ボクにもボクにも!」

 

 

 

「……成程、わたしの感謝の気持ちは不要ということでしょうか」

「―――――いや、なんだかミュゼに影響を受けてないか……?」

 

 

 

 つーん、と言い放つアルティナ(ただしあまり怒った様子もない)に、仕方なくリィンが口を開けると甘いパンケーキが口の中に入ってくる。……なるほど、確かにアルティナが夢中になるだけあって美味しいとリィンは思った。

 

 

 

「アーちゃんってばー!」

「ミリアムさんがわたしの呼び名を改めるのなら一切れ差し上げますが」

 

 

「えー。だってアーちゃんはアーちゃんだし……」

「ではこれもわたしのものということで」

 

 

 

 たっぷりシロップのかかったパンケーキをもう一切れフォークで突き刺し、ミリアムを誘惑するように左右に振る。が、ふとアルティナは何か考え込むようにリィンとフォークを見比べ―――――。

 

 

 

 

「隙ありぃ――――!」

「――――…っ! はむっ」

 

 

 

 湖のヌシもかくやというスピードでパンケーキに食いつくミリアムだったが、八葉一刀流の修行の成果なのか、目にも留まらぬフォーク捌きを見せたアルティナがミリアムを躱してパンケーキを口に入れた。

 

 

 

「ぐぬぬぬぬぅ……やるね、アーちゃん」

「………………(もぐもぐ)」

 

 

 

「……アーちゃん?」

「(こくん)…………………別に食べても構いませんが、不衛生ですし別のフォークにして下さい」

 

 

 

「…………ありゃ? ま、いっか。いっただきま~す!」

「――――取りすぎです! そんなに食べるのなら自分で――――」

 

 

「ははは。まあ、もう一個買うから多めに見てやってくれ」

 

 

 

 リィンが財布を取り出しつつ注文すると、アルティナはリィンをジト目で見据えた。

 

 

 

「リィンさんはミリアムさんに甘すぎるかと」

「ありがと、リィン! あ、そうだ。せっかくだし皆で食べさせ合いっこしよう!」

 

 

「何故そんなことを……」

「まずボクとリィンね!」

「はいはい、わかったよ」

 

 

 

 

 まあミリアムの言うことであるし、とリィンもさして気にすることなくミリアムにパンケーキを差し出し、差し出されたパンケーキを食べる。

 不満げにミリアムに大分取られたパンケーキを頬張っていたアルティナに、ミリアムはそのまま次のパンケーキを突き刺して差し出した。

 

 

 

「はいっ、あ~ん!」

「…………い、いりません」

 

 

「え~。今リィンも食べてくれたのに? アーちゃんはいらないの?」

「で、ですから――――」

 

 

「ああ。フォークが気になるならこっちの――――」

「………ぁむっ」

 

 

 

 今しがた自分が使ったフォークでは嫌かもしれないと気を遣ったリィンだったが、途端に食いついたアルティナに逆に気を使わせたかもしれないと少し反省した。

 

 

 

 

「じゃあ、俺からも日頃の感謝の気持ちだ。ほら、アルティナ。あ~ん」

「…………ぁ、あーん」

 

 

 

 やはりミリアムの方に何かしら思うところがあるのか、素直に口を開けたアルティナにパンケーキをあげると、美味しいのか頬が緩んで、なんとなく小動物に餌やりをしたくなる人の気持ちが分かったような気がしたリィンだった。

 

 

 

 

「にしし。良いことすると気分がいいねー」

「………ミリアムさんはわたしのパンケーキを食べただけでは」

 

 

 

 そうこうしている間に、シュミット博士から小要塞に関して連絡があり――――未だリィンに合わせた難易度ができていないということで、延期されることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 機甲兵教練の日――――。

 おおよその操作は試してみたところで模擬戦という“前回”と同様の流れなのだが、導力車の運転に慣れているためにドラッケンを乗りこなしつつあったユウナの他に、八葉一刀流で繊細な力の扱いにも慣れたのかアルティナも想定以上の腕前を見せ。

 

 組み合わせに悩んだリィンは、とりあえずアルティナ・ユウナ・クルトの三人がかりで来るようにと指示を出すのだった。

 

 

 

 

『いや、大丈夫なのかシュバルツァー。まあ俺なんかよりよっぽど機甲兵の扱いに慣れてるんだろうが』

『ランドルフ教官……ええ、ご心配ありがとうございます。ですが俺も“剣聖”の端くれ――――“風の剣聖”と同じくらいはやれると思っていただければ』

 

 

『ハハッ、そりゃあ何というか……あの人もとんでもなかったからなぁ』

『ええ、俺も手合わせしていただきましたが噂に違わぬ御仁でした』

 

 

 

 

 そんな実力者二人の会話が行われる一方で、“三人がかり”を指示されたユウナたちの反応はそれぞれだった。

 

 

 

「~~~~っ。完っ、全に舐められてるじゃない!」

「まあ、“剣聖”相手なら妥当なのかもしれないが――――」

「……リィンさんを倒すのなら、最低でもこの三倍は欲しいですね」

 

 

 

 というか実際に内戦でシュピーゲルを使って機甲兵一個中隊くらいは軽く叩きのめしていたので、射撃装備のケストレルを12体くらい並べて逃げ撃ち(距離を取りながら延々と射撃すること)すればいつか勝てるかもしれないとアルティナは言う。

 

 

 

「え、えっと。強いのは知ってるケド……<灰の騎神>っていうのを使わなくてもそんなに?」

「機甲兵でも、なのか?」

 

 

 

 実際、機甲兵では多少の腕前よりも物量が勝敗を分ける。戦車の戦いで装甲の厚さと主砲の威力および射程が重要で、結局のところ強い戦車を沢山並べた方が強いように。機甲兵でも一人の腕前が戦局をひっくり返したりはしないはずなのだ。

 が、何事にも例外は存在する。

 

 

 

「正直、剣の間合いに入った瞬間に撃破されると思ったほうが良いかと。……もちろん、手加減はしてくださると思いますが」

 

 

「………まあ、僕の武器は双剣だし接近するしかないんだが」

「うーん、じゃああたしがクルト君をガンナーモードで支援するね」

「では、わたしは遊撃ということで」

 

 

 

 

 

 そんな感じで、己のヴァンダールとしての腕をみせようとするクルトと、なんとか一泡吹かせたいユウナと、最初から勝てないのは知ってるのでベストを尽くそうとするアルティナの戦いが始まった。

 

 

 

 

「はああっ――――、<レインスラッシュ>!」

「甘い――――!」

 

「――――させない!」

 

 

 先手必勝とばかりに斬りかかったクルトだったが、躱されて斬りつけられる。

 それを阻止しようとユウナが弾幕を張るのだが、リィンのドラッケンがクルトのドラッケンを引き倒すとユウナの弾幕を防ぐ盾とする。

 

 

 

「ぐあっ!?」

「ええっ!? ご、ごめんクルト君――――」

 

 

「踏み込みは良かったが、少し早すぎたな。もう少し連携を考えるといい――――アルティナはタイミングは良いが、踏み込みが浅い」

 

「――――くっ!?」

 

 

 

 リィンがクルトにトドメを刺そうと剣を振り上げた瞬間、逆側から斬りかかるアルティナ。しかし反撃を警戒しすぎて踏み込みが浅かったため、半歩引いただけで躱されて、そのままクルトのドラッケンが行動不能になった。

 

 

 

「こ、こんの――――!」

「誤射は良くないとはいえ、まだ連携を諦めるべきじゃないぞ」

 

 

 

 トンファーで接近したユウナが、軽く攻撃を受け流されて一太刀浴び、戦闘不能。最後に残ったアルティナに、リィンが剣を向けた。

 

 

 

「アルティナは連携が受け身すぎる。時には自分から主張することも必要になるぞ」

「まだ良くわかりませんが……とりあえず了解です」

 

 

 

 

 

 リィンの疾風の如き斬り込みをアルティナが辛うじて受け流し、カウンター気味に放った蹴りを上に受け流されてドラッケンが転倒。目を回したアルティナにリィンが剣を突きつけて終了となった。

 

 

 

 

 

――――――で。その後はやはりというか、ヘクトルを使ったアッシュと模擬戦をすることになったのだが。

 

 

 

 

 

 仕込みヘッドを飛ばしたところで、それをリィンが機甲兵用ブレードで弾き。あらぬ方向に飛んだヘッドは、深々と地面に突き刺さった。

 

 

 

「――――ンだと!?」

「仕込み武器は不意打ちに使えるが――――そのタイプだと自分の武器を手放すリスクも考慮しないとな」

 

 

 

 

「クソが――――!」

「攻撃のインパクトを外す技術は重要だ。ある程度基礎は掴んでいるようだが、それだと到底耐えられないぞ」

 

 

 

 武器を失ったヘクトルは、残った柄を振るって戦おうとするが、リィンはそれをあっさりと回避すると、コクピットに手加減した<破甲拳>を叩き込んで戦闘不能にし。

 

 その後、特別演習の演習地がサザーラント州であることが発表されるのであった。

 

 

 

 

 

 




リィンさんファンクラ部
【活動内容】
 校内新聞の作成、および情報局を利用した広報活動および諜報活動。これまでのリィンさんの活動へのお便りを集めて報告する。また、トリスタ放送を利用しての広報も行う。「今日のリィンさん」などのコーナー化を目指す。

【目的】
 校内および帝国国内でのリィン教官の知名度向上および、好感度の上昇を目指す。
 リィン教官を大いに盛り上げるための部活動。

【部員】
・アルティナ・シュバルツァー(部長)
・ミュゼ・イーグレット(茶道部)
・サンディ(調理部)
・ルイゼ(テニス部)
・オーレリア・ルグィン(特別顧問)


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