黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
閃Ⅳのネタバレを含……まないようなそうでもないような。
内戦終了後。帝国の混乱は想像を絶するものに――――は、ならなかった。
<黒の騎神>が消えたことでオズボーンが消滅したものの、元々死んだことになっていたオズボーンである。生き返っていない以上、誰に知られることもなくひっそりとその生を終えた。
しかし、ルーファスにその後事を託していたらしく。
『獅子心皇帝に勝る改革をせよ』との言葉を胸に、<鉄血の子ども>としての身分を明かしたルーファスは新たな宰相としてその辣腕を振るう。
クロスベルは、共和国に侵攻されかけたところを<黄金の羅刹>とミント色の軍師の働きで帝国に併合される。それを以て、内戦に関しては不問にするというのが帝国政府の決定だった。
そしてそのクロスベル戦線に、<灰色の騎士>リィン・シュバルツァーの姿はあった。
『―――――――大丈夫か!』
「……怪我はないようです。ですが、明らかに軍の車両でない民間車両を襲うとは」
帝国の防衛ラインを突破した共和国軍の飛空艇――――被弾したのか混乱したそれに襲われた民間車両を救出に現れたのは、<灰の騎神>――――帝国に残った唯一の騎神であり、<鋼の至宝>。かつて<黒>の意思が<鋼>になろうとしたように、期せずして<鋼>となったヴァリマールの意思によって制御された至宝である。
そして、それに付き従うのは<黒の工房>が造り出した最後のホムンクルス。戦術殻と合体することで飛行能力すらも得た、アルティナ・オライオン。
アルティナは助け出した、どこかで見たことのあるピンク色の髪の少女と、幼い子ども二人を見て思わず呟いた。
「――――…って、ユウナさん」
「え? ――――ど、どうしてあたしの名前を―――――」
「……そ、それは」
『――――あ、あー。アルティナ、安全な場所まで護衛を頼む』
「リィンさん!? 待って下さい――――」
じゃあ俺はこれで。とばかりに飛び去るヴァリマール。ユウナから見て、『ついていきたい時にロイドさんに置いていかれたティオ先輩』の如く落ち込むアルティナに、思わず謝る。
「……えっと、ごめんね。あたしたちのせいで……」
「――――いえ。元はといえば帝国と共和国が原因のことですし。せめて安全圏まで護衛させて下さい。……リィンさんも、近くにいると思いますし」
「え。でも飛んで行っちゃったケド……」
「……クロスベルの方に、よく思われていないだろうと気に病んでいるだけです。近くに他の飛空艇がいないか確認しているのだと思います」
「そ、そうなんだ……」
どこか自慢げに、でも嬉しそうに自然な笑みを浮かべるアルティナを見て、ユウナはなんとなく、乙女の直感というべき何かでこの子とさっきの人の関係が気になった。
「――――…あの、私ユウナ・クロフォードって言います。助けてくれて、ありがとうございます!」
「……アルティナ・オライオンです。帝国軍情報局所属、クロスベル臨時武官付き補佐官として出向した身分になります」
要するに、リィン専属の
これが決まるまでに、新宰相であるルーファスとのやり取りがあったりした。
『――――悪いんだがリィン君。我々には<鋼の至宝>という戦力を遊ばせておくだけの余裕がない。よって君にはクロスベルでの被害を最小限にするために臨時武官として共和国への抑止力になってもらいたい。それに伴って、何か希望はあるかね』
『いえ。特には―――――…いや、一つだけ』
『ふむ、何かな』
『――――アルティナを下さい』
(部下として)。
もちろんルーファスには意味が分かっているが、ちょうどリィンの横にいたアルティナが驚いたような顔をしていたので、思わず悪乗りした。
『ああ、そういえば手続きはまだだったか―――――それといつまでも今のまま(身元不明)では不便だろうからね。氏名はアルティナ・シュバルツァー(男爵家の養子)でもいいのかな』
『そうですね……まあ、父さんも許してくれると思いますし(養子縁組を)』
(た、たしかにラヴはあるかもしれないような気がしてきていますし、リィンさんの傍にいられるのは嬉しいですし……ですが、やはり下さいというのは不埒なのでは)
などと思いながらも頬を赤くする珍しいアルティナに気づかないリィンにルーファスは愉悦の笑みを浮かべつつ。
『その………リィン、さん――――よ、よろしくお願いします……』
『ああ。これでアルティナも“義理の妹”になるわけだな。エリゼもそうだが、俺も大概恵まれているというか―――――』
『……………………なるほど。アッシュさんの言っていた通り、一番質の悪い天然タラシ野郎というわけですね』
『いや、アルティナ君? なんだか口調が乱れているというか――――』
拗ねるアルティナと、笑いを堪えるルーファス。
けれど、単純に“家族”として迎えようとしてくれるリィンが嬉しいと思うアルティナもいて。未だにラヴが何なのかよく分からなくて。
そんなことを思い出して難しい顔 (アルティナの主観では)をしていると、急に乙女の顔 (ユウナの主観では)になったアルティナに、ユウナの誤解が広がった。
「……ひょっとして、アルティナさんって、さっきの―――えっと、リィンさん? のこと……」
「アルティナ、で構いません。……12歳ということになっていますし。………リィンさんのことは、ずっと傍で支えていきたいと思っています」
未来から来ているし、せっかくなので書類を16歳くらいにしてもらおうとしたのだがあえなくリィンに却下された。曰く、『もっと色々なものを見てほしい』のだとか何とか。何にしても傍で支えていきたいのは本音で。
「ず、ずっと傍で……って、12歳!? あの、リィンさんって人は…?」
「? 18歳だったかと記憶していますが」
(う、うーん。凄く可愛い子だし、ひょっとしてリィンって人けっこう危ない人……?)
(あ、リィンさんを疑っている時のユウナさんの感じですね)
そういえば第Ⅱ分校でも最初はいつもリィンさんが疑われていましたね、とどこか懐かしい気分になったアルティナは、無意識のうちに優しげな笑みをユウナに向け。
「リィンさんはすごく不埒な人ですが、悪い人ではないですから。……ユウナさんもすぐに慣れると思いますし」
「いや、不埒な人ってかなり悪い人なんじゃ……って、え?」
そんなやり取りがあってからおよそ1年半。
内戦終了後の帝国各地の混乱を収めるべく、<灰色の騎士>は<黒兎>と帝国を巡って。二度目とは思えないくらい色々なことがあった。
例えば、オスギリアス盆地で時々現れる温泉に夜中こっそり入り――――。
『―――――これは、やっぱりエリンの里を思い出すな……。って、アルティナ?』
『どうも。………“義理の妹”ですし、背中を流しに来ました』
『……えっと、何か怒ってないか?』
『いえ、別に。リィンさんは女性の裸体は見慣れているのだろうなと思っただけです』
『別に裸体は見てない――――』
『内戦の温泉。アストラル体。そういえばカレイジャスⅡからよくヴァリマールで―――』
『すみませんでした………って、別に謝る必要はないよな……?』
『ありませんね』
『というかなんで把握されてるんだ……』
『ラヴはないと思っていましたが、パートナーでしたから。わたしなりにリィンさんを支えるためにも、リィンさんの好みは把握しておこうかと。あとヴァリマールに聞きました』
それってもうラヴに片足突っ込んでいるんじゃないだろうか、と思ったが藪蛇な気がしたので口を噤んだ。あとヴァリマールには口止めをちゃんとしようと心に誓った。
『――――というか、あの。アルティナ君? ちょっと近すぎるような……?』
『………実は、剣術で悟りを開いたせいでリィンさんは女体に興味がないのではという噂がありまして』
『何でだ!?』
『アリサさん、ラウラさん、エマさん、フィーさん、サラさん、トワ教官、分校長、ミュゼさん…………全員アタックが不発に終わったのは聞いています』
なんでさらっと分校長まで混じっているのか、というのはさておいて何やらとんでもない噂ができあがっている気がした。
『いや、それは―――――』
『あの面々で駄目ということは、リィンさんが非生産的な不埒の可能性が……ミリアムさんも特になしということはわたしも駄目そうですし』
『ないからな!?』
『では、証明して下さい』
『………いや、証明は無理じゃないか?』
『リィンさんの
『―――――駄目だ』
『っ、リィンさん――――』
『―――――アルティナ?』
『………ぅ』
主にエリゼ関係にだけ向けられる目が笑ってない笑みを向けられて落ち込んで。でも翌日にプレゼントを渡されてあっさり機嫌が直ってしまったり。
というわけで“非生産的な不埒”疑惑のリィン教官をなんとかするべく何故か苦笑いする周囲の協力も得て『リィンさん攻略作戦』がスタートした。
まず、クラスメイトのAさんのアイデアで一緒にヴァリマールに乗ってみたり。
リィンさんの膝の上に座るととても温かい気持ちになって、そのまま眠ってしまった。
Fさんのアイデアは一緒に料理を作ること。
リィンさんに「美味しい」と言っていただけたので、これからも料理をしていこうと思う。
Eさんのアイデアは、勉強を見てもらうこと。
……リィン教官と、新Ⅶ組の皆さんのことを思い出してすこし寂しい気持ちになった。
おねえちゃ……Mさんのアイデアはタックルの一つ上、顔面に飛びつくこと。
それは、少しどころではなく勇気が必要なのでは……? 意を決してやってみたが、躱されて地面に落下しそうになったところを、いつかのアルフィン殿下のように抱えられた。やっぱりミリアムさんのアイデアは私には不向きなようです。
Lさんのアイデアは、共に修練に励むこと。
リィンさんにお願いすると、八葉一刀流を教えてもらえることになった。……剣聖なので弟子も取れるらしい。ですが、トールズの授業よりずっと厳しいような……。リィン師匠と呼んでみたが、微妙な顔をされた。リィン様、と呼んだらちょっと恥ずかしそうだった。デュバリィさんを思い出して
山ごもり――――全身が痛い。クラウ=ソラスが禁止されているので、足が棒のように感じる。滝行の後に寒くて震えていると、リィンさんがコートを貸してくれた。こうしていると、リィンさんに抱きしめらているような……?
雪山修行――――ユミル近くのアイゼンガルド連邦で、サバイバル訓練。大分慣れてきたので、リィンさんと模擬戦をするようになった。……完全に動きが読まれている。
道場破り―――――帝国各地の道場を巡った。やはりヴァンダールとアルゼイドは練度が違うようですが、シュライデン流など他の武器などでも洗練された武術があった。……ですが、やはりリィン教官と比べれば楽でした。
同門巡り―――――各国の八葉一刀流の使い手たちに会いに行った。……当然ながら全員、わたしより強かった。けれど、リィンさんは誰にも負けなかったのがとてもうれしい。カシウスさんは刀を使ったらもっと強いはず、とリィンさんは言っていた。リィンさんが言うならそうなのだろう。もっと精進しなくては……。
リィンさんの師匠―――――ユン老師に会った。
わたしは最初から「剣と一体化しているようなもの」なので七と八の才能はあるらしい。後は「世界を知ることじゃ」ということを言われた。……要請の他に特務活動もしていますし、世間知らずではないと思うのですが。
剣の修行をしていると、リィンさんがずっと傍にいてくれて時間の流れが早く感じる。………わたしも、剣を極められたらリィンさんは喜んでくれるだろうか……?
…………
……
…
「では、特務科Ⅶ組―――――ユウナ・クロフォード、クルト・ヴァンダール、アルティナ・シュバルツァー。担当教官は、リィン・シュバルツァーとなる」
―――――はっ!?
いつの間にかわたしは、剣術に邁進していた。これがリィンさんが“非生産的な不埒”になった原因………恐ろしいですね。リィンさんの攻略は全く進んでいないものの、なんだかそれはそれでいいかな、という温かい気分である。
とりあえず、ユウナさんたちとは仲良くなりたいですね……。
そんなことを考えていると、何故かユウナさんたちに驚愕の目で見られていた(前回会ったのはまだ名字が変わる手続前だったので)。
「―――――しゅ、シュバルツァーって、アルティナは教官と、そういう関係に……?」
「……? (ああ、義理の兄妹のことですね)はい、そうなります」
黒髪に銀髪、どう見ても血縁に見えない二人が、同じ名字。しかも妙に親しげ。
なんだかんだと名字が同じになってから一緒にいられて嬉しいアルティナも笑顔で頷き、リィンはユウナとクルトからクズを見る目で見られた。
「え、えっと前が12歳だったから……」
「? 今は14歳ということになっていますね」
しっかり者のティータならともかく、浮世離れしてそうなアルティナだと犯罪臭がすごかった。あと、ティータはまだ結婚していない(アルティナもしてないのだが)。
(ううっ、なんで命の恩人が危ない趣味なんだろう……)
(灰色の騎士……噂も当てにならないな……)
(な、なんだか“前”よりも視線が厳しいような……?)
最早、帝国を縛る呪いはない―――――けれども、和やかなだけの学院生活になるはずもなく。なんとかリィンを正道( )に引き戻そうとするアルティナと、教官としてアルティナを導きたいリィンの戦いが再び始まる―――――。
つづく……?
ラスボス(リィンさん)が倒せなかったので延長線があるかもないかも。
リィンさんがアリアンロードに育てられて無双する<鋼の剣聖>とか(スーパー不埒朴念仁)、リィン×アリサの世界線のアルティナを過去の旧Ⅶ組に放り込んでみる<黒兎の軌跡>(同年代ならリィンさんを攻略できるのでは)とかアイデアは色々あるんですが、文章力と時間が足りないので……というかプロット立てないとコレの二の舞な気が。