黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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その19:『すき』ということ

 

 

 

「――――というわけで力を貸してくれ」

「いや、お主なあ……というかエマよ。ちとこの場所を明かすには早いと思わぬか?」

 

 

 

 イストミア大森林の奥、結界によって巧妙に隠されたその地こそはエリンの里。

 <魔女の眷属>の隠れ里であるそこを、黒髪の青年と若い魔女の二人が訪れていた。来訪者があるのは割と250年ぶりくらいの珍事であり、応対するのは長である金髪の幼い少女……少女?であった。

 

 

 

「い、いえ。私は何も……」

「む。ではこの小僧が自力で見つけたと? どう見ても魔女の適正は――――いや待て。貴様、なんてものを持っておる」

 

 

 

 訝しげに青年、リィンを見ていたロゼの顔が唐突に引き攣る。

 エマは何がなんだか分からずに小首を傾げているが、リィンはそれが分かっているのか不敵な態度を崩すこと無く言った。

 

 

 

「“もう一度”言わせてもらうが、皆の平和のためにお前の力を借りたい」

「ぐ…っ、ええい、ドライケルスの阿呆め……」

 

 

「? リィンさんにおばあちゃんも、一体何を――――」

 

 

 

 いつも飄々としていて、滅多なことではお願いしても聞いてくれない長が明らかに押されていた。そんな長は、エマの方をチラリと視線で窺うと椅子の上で四肢を放り出して天を仰いだ。

 

 

 

「あー、もう知らん! 協力すればいいんじゃろう、全く! こんな阿呆を放っておいたら何が起こるか怖くて敵わぬ!」

 

「ありがとうな、ロゼ」

 

 

 

「~~~っ、このっ! ええぃ、引っ叩きたくなる顔をしおって! しばらく一人にせい!」

「いや、悪いんだがクロスベルまで転移してくれないか?」

 

 

 

「……………お主、本当にヤツにそっくりじゃな」

「ははは……いや、そうか?」

 

 

 

 

 全く、杖も無いというのに! と不満たらたらながら言われるがままに転移のための準備を始めるロゼにエマが目を白黒させている間に、ロゼにセリーヌが呼ばれる。

 

 

 

「ええい、手伝えセリーヌ! とっとと終わらせるぞ!」

『はいはい。………というか、なんで手玉に取られてるのよ』

 

 

「全部ドライケルスの阿呆が悪い! それで、クロスベルの何処じゃ?」

「星見の塔」

 

 

 

「………は?」

「星見の塔」

 

 

 

「いや、ちょっと待て。お主、まさか“分かっていて”言っておるのか?」

「……どうだろうな?」

 

 

 

「むぐぐぐ、あーもう! そういえばドライケルスもこんなんじゃったなぁ!」

 

 

 

 ちょっぴり涙目のロゼと苦笑するだけのリィンに、さっぱり状況の分からないエマだったがおばあちゃんが楽しそうというか自分もリィンにこんな風に頼られて?みたいと若干的外れなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ士官学院の奪還を翌日に控え、カレイジャスはリィンの指示で各地の幻獣などを討伐しつつも各々はそれなりに自由に行動している。

 

 のだが、アルティナは一人自分に割り当てられた部屋……とみせかけて、リィンの部屋のベッドでぼんやりと過ごしていた。もちろん本人の許可は取ってあり、その理由は<黒の工房>の出方を窺っているためであり、攫われないようにリィン不在の間は違う部屋にいることにしているからなのだが。

 

 

 新しい服に身を包んで、リィンの枕を抱きかかえてぼんやりしているその姿にはイマイチ緊張感は無かった。

 

 

 

 

「――――――……はぁ」

 

 

 

 リィンさんにキスしてから丸一日以上が経過しているものの、リィンさんの態度も含めて特に何の変化もない。ただ、自分の思考がさっぱり纏まらなくなった以外は。そんな事実にも胸がもやもやする。

 

 特務服の露出が普通より多いらしいことは分かっていたので、リィンさんが買い物に連れて行ってくれたハーフパンツにインナー、黒い上着と新しい服に不満はない。よく分からないけれど、きっとこの感情が嬉しい……のだと思う。

 

 

 

 けれど、リィンさんの顔を見るだけで胸は苦しいし顔は熱いし、それなのにタックルしたくなるし、そんな不調の状態がどこか心地よく感じてしまう今の状態は明らかに異常だった。

 

 

 

「わたしは一体何を……」

 

 

 

 

 今だってこうして、リィンさんの匂いのする枕を抱きしめて、何かを思い出すように自分の唇に触れている。それだけで胸が高なって、あたたかくなる。

 

 なんというか、よく分からないけれどそれはとても不埒なことのような気がした。

 

 

 

 

「…………これが、不埒な気持ちなんでしょうか」

 

 

 

 

 タックルしたいと思うこと。触れていたいと、触れられたいと思うこと。

 さっぱり分からないと思っていた不埒な感情は、それらしきものが芽生えてもやっぱり理解できなかった。

 

 

 

 

「―――――リィンさんが不埒なせいで、わたしまで不埒に……?」

 

 

 

 リィンさんに会いたいけれど、顔を合わせると何だか自分がおかしくなってしまいそうで。それなのに会わないのも胸にぽっかりと穴があいているような気分になってしまう。

 

 

 

 

 

 

「………リィンさん」

 

 

 

 会いたい。

 今回は転移を使うからと、置いていかれたことにとてももやもやする。

 

 とはいえ、しっかりと理由を説明されたのに納得しないわけにもいかない。……そういえば、リィンさんは一体どこに何をしに行ったのだろう。協力者を集めると言っていたような。

 

 

 

 

「……――――また、女性ですか」

 

 

 

 それは、確信だった。

 そして言い逃れようのないほどに的中していた。

 

 何が問題かと言えば、知り合いの女性の多くがリィンさんと不埒な関係……とまではいかずとも、何かありそうな雰囲気なことである。

 つまり、リィンさんに好意を持っている―――。

 

 

 

「……………好意、ですか」

 

 

 

 そう、好意。好意?

 親しみや好ましく思う気持ち……それは、わたしにもあるのだろうか。

 

 今までは無いだろうと一蹴していたけれど、リィンさんが感情があると言っているのだから検討してみる。

 

 

 

 

「………リィンさんが、好ましい?」

 

 

 

 不埒で、意外と向こう見ずで、お節介で、人を子ども扱いしてきて、人助けばかりしていて、いつも辛いことを自分で背負おうとするあの人が?

 

 

 

『―――――君自身が選ぶんだ』

『生徒である以上、俺の“個人的な用事”に付き合わせるわけにはいかない』

『ハハ、生徒に心配かけるようじゃ教官失格かもしれないな』

 

 

 

 

 困っているのに助けてくれないですし、逆にリィンさんが困っていても助けさせてくれないですし、リィンさんが選んでくれれば文句がないのにわたしに選ばせようとしますし。パートナーを放っていきますし。自分の心配をしないですし。

 

 

 

 

「理解不能ですね」

 

 

 

 こうして並べてみると、さっぱり良い要素がない。

 ……いえ、一応良いところもあるのですが。

 

 

 

 

『―――――よく頑張ったな、アルティナ』

『そうだな、なら一緒に見学してみるか』

『俺は、君に感情が無いとは思わない』

『せっかくだから、格好良く描いてくれよ?』

『――――アルティナ!』

『君の成長を嬉しく思うよ』

『“相棒”として“教え子”として、これからもどうかよろしくな』

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 わたしがリィンさんと居るのは、任務だから……のはず、なのに。でももう、過去に来た以上は任務は無い。むしろ本当は貴族連合か情報局に帰るべきだ。

 

 でも、わたしはリィンさんの<剣>だから、パートナーだから。

 それがわたしの存在意義で――――…でも、今はまだパートナーじゃなくて。

 

 何かがおかしい。

 理論的には現時点でリィンさんのために動くのがおかしいと分かっているのに、そこに疑問を抱けない。任務を放り出して、リィンさんのために動いている。

 

 

 

 

 

「………わたしは、リィンさんが“すき”……なんでしょうか」

 

 

 

 

 口に出してみると、それはとても不埒な感じがした。

 けれど同時に、そういう感情がわたしにもあるのだとしたら――――それは、きっとリィンさんなのだろうと思うと、すんなりと胸におさまって。あたたかな気持ちになる。

 

 

 

 

 わからない。けれど、放っておくのは耐えられない。

 何も考えずにキスしてしまってから、ずっともやもやしてロクに眠れていない。

 

 

 

 

 ぐるぐる廻る思考の中で、リィンさんのものらしき足音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 ロゼの協力を得て、星見の塔で“とある人物”との戦いを終えて戻ると部屋にはアルティナがいた。……まあ、工房対策で部屋にいるように言ったのだが、それでも色々とあったせいで微妙にマズいことをしているような気分になる。

 

 

 

 

「――――――リィンさん」

 

 

 

 ベッドの縁に座っていたアルティナは、目の下にくっきりと隈が出来ているものの、目を合わせてくれなかったり逃げられたりはしなかったので少しだけ安心した。

 

 

 

「ただいま、アルティナ。大丈夫だったか?」

「……はい。特に異常はありませんでした」

 

 

 

「いや、なんだか眠そうなんだが……」

「………そうですね、3時間ほどしか眠れていませんので」

 

 

 

「いや、ちゃんと寝なさい」

「そう、ですね。では…――――――リィンさん、お願いがあるのですが」

 

 

 

 

 と、普段サポートしようとするばかりで特段要求してくることのないアルティナの発言に少しだけ嬉しくなる。まあそのあたりはお互い様なのだろうが、何にせよ普段からアルティナには助けられていることだし、できることなら叶えたいと思う。

 

 

 

 

「ああ、俺にできることなら遠慮なく任せてくれ」

 

「では―――――わたしと寝て下さい」

 

 

 

 

「ああ、わかっ―――――なんだって?」

「わたしと寝て下さい」

 

 

 

 

 寝て……寝て!?

 八葉一刀流を修め、半ば仙人のような<無>の奥義に開眼しているとはいえリィンも一応は年頃の男子である。水着のアリサの胸をガン見してしまったり、エマの胸が気になって勉強に集中できなくなるくらいには年頃である。

 

 が、あくまでも冷静なリィンの戦術眼はここでアルティナが眠そうであるという事実と、工房に狙われているということから新たな推論を導き出す。もし相手がアリサとかだったらともかく、アルティナ相手に即座にそういうことに直結させないくらいにはリィンも大人だった。

 

 

 

「ああ、そうだな。ちゃんと護衛しているから、一緒に寝なくても―――――」

「護衛はクラウ=ソラスがいます」

 

 

 

 

 と、アルティナどこか拗ねたような眼で言うと、ベッドに向かうかのようにリィンの裾を引いた。

 

 

 

 

「………それとも、わたしでは不足でしょうか。改善点を言って頂ければ、できる限りのことはします」

「―――――…ア、アルティナ!? いや、そういうのは好きな相手と――――」

 

 

 

 

 

 と、アルティナが空いている左手をゆっくりと持ち上げると、その指がリィンに向けて突きつけられる。

 

 言葉はなかった。

 ただ、僅かに紅く染まった頬と、どこか泣き出しそうな顔が、アルティナの成長を物語っていて。

 

 

 

 

 

「“すき”、なんだと思います。でも、わからないんです」

 

 

 

 

 もし、この手を振り払ったら。ここまで育ってきたこの子の感情が崩れてしまうような気がして。それでもリィンは、どうすることが正しいのか分からなかった。

 剣聖としての直感はこのまま進むべきだと言い、人としての理性はなんとか説得するべきだと言っていた。

 

 

 

 

「わたしは、“ヒト”では無いから――――わたしには、貴方が“すき”なのだと、証明する方法がこれしか思いつかなくて」

 

 

 

 

 

 強く、縋るように抱きついてきたアルティナの体温はいつも以上に高く、熱いくらいで。

 それでも寒さに堪えるかのように、微かに震えていた。

 

 

 

 

「リィンさんと寝て、嫌でなければ。わたしは貴方が“すき”なのだと、確信できると思います」

「嫌だったらどうするつもりなんだ…?」

 

 

 

「それは………考えていませんでした」

 

 

 

 それはもう好きなんじゃないだろうか、と混乱しすぎて逆に冷静になったリィンはどこか他人事のようにそう思った。

 ただ、きっとアルティナにとってはそんな事実は関係なかった。ただ、ヒトと同じように。自分も『好きになることができる』と証明したくて。自信を持ちたいのだろう。

 

 

 

 だから、だからリィンは此処で断らないといけない。

 この子が、いつか誰かを本当に好きになるかもしれないのだから――――。

 

 

 

 ただ、それは―――――ひどく、胸が軋む想像だった。

 

 

 

 

(………いや、エリゼの事もそうだが。俺も大概過保護というか)

 

 

 

 なんてことを考えている間に、アルティナが上着を脱ぎ捨ててノースリーブのインナー姿になっていた。

 

 もう後がない。

 これまでの人生を総動員して活路を探すリィンだが、アルティナの心を傷つけずに断る方法は―――――アルティナから退かせるしかない。どうやって?

 

 

 

 

「――――…リィンさん」

 

 

 

 

 純粋に、信じ切った眼をしているアルティナは、並大抵のことでは動揺すらしそうになかった。のだが、助け舟は唐突に現れた。

 

 

 

 

「……すみません、まだ眠くなかったでしょうか」

「え? ………あ、ああ」

 

 

「ではその、起きていても構いませんのでお願いします」

「………ん?」

 

 

 

 ころり、とリィンのベッドに横になったアルティナは、いそいそとスペースを開けると迎え入れるように毛布を広げた。

 

 

 

(……いや、もしかしなくてもこれは)

 

 

 

 

 流石にコートは脱いで、その空いたスペースに横になると。

 おずおずと伸ばされた手がリィンに回され、ぎゅっと抱きしめられる。

 

 必然的に、あるかないかの膨らみとか、温もりとか、全部を感じてしまう体勢なのだが。

 

 

 

「………その、リィンさん。不快ではないでしょうか」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

 

 

 

「……ユウナさんに過度な密着をされると微妙な気分になりましたが――――…悪くはないですね。ユウナさんの気持ちがわかりました」

「………(それだとユウナがアルティナを好きってことになるんじゃないだろうか)」

 

 

 

 

 

 つまり、ユウナに抱きしめられて寝るのはちょっと嫌だった。でもユウナは嫌いじゃない。むしろどちらかといえば間違いなく好き。つまりこれで嫌じゃなければ“好き”ってことであろう、ということのようだった。……証明式か何かだろうか。

 

 

 

 まあ何にせよ、誤解で良かったとしみじみ思った瞬間である。

 

 へらり、といつもよりも気の抜けた、安心しきったような笑顔のアルティナに苦笑したリィンは、そっとアルティナを抱きしめ返し――――。

 

 

 

 

「――――…リィンさんに抱かれると、気持ちがいいです」

「頼むからその言い方は止めてくれ……」

 

 

 

 

「……? よく分かりませんが、わかりました」

 

 

 

 

 ともあれこれで、一件落着――――。

 なお、その日の夜はリィンの方が若干寝付きが悪かったのは完全に余談である。

 

 

 

 

 

 

 




剣聖としての直感「この流れはただの添い寝だしそのままGO」

アルティナの個性である独特な言い回しを使おうとしたらこんなになりました。ふざけすぎて申し訳ないですが、次回はトールズ奪還作戦。たぶん。


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