黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
「フハハ、耐えてみせよ―――――王技・剣乱舞踏!」
「――――ええい、何故<黄金の羅刹>がいるのだ!?」
「ユーシス、危ない!」
「くっ、奥義・獅子洸翔斬!」
オーロックス峡谷道に、オーレリア将軍の剣技が炸裂する。
元々はリィンさんが訓練していたⅦ組メンバー達だったが、戦術リンクを繋いだ状態での訓練に興味を持った将軍が乱入してきてこの有様である。
どんな技が放たれるのか、どういう意図で攻撃するのか、どんな戦術で戦っているのか。本来味方にだけ伝えられるそれが分かっているという究極の手取り足取りで、しかも三人がかりで辛うじて防ぎきれる斬撃の嵐。
相手の剣技を取り入れて急速に成長する生徒という珍しい状況に、この将軍が本気にならない筈もなく。リィンさんより遥かにスパルタな教官を得て、Ⅶ組は本来よりも高みに昇らされようとしていた―――。
そんな戦場さながらの訓練を後にして人気のない場所へ。
「とはいえ、やはり今後の戦いには“根源たる虚無の剣”は必要ですね」
実力だけではどうすることもできない、女神の聖獣や至宝の呪い。
この間の話からすると未来から来たヴァリマールはその剣を持っていたらしいので、リィンさんもそれがある前提で考えていたはず。
それが必要ということはつまり、自分が死ぬということなのだけれど。
(………考えてみると、特に思い残すこともないものですね)
一度死んでしまったことで、もう自分を知っている新Ⅶ組の仲間たちはいない。学校生活はなんとなく最後まで完遂してみたかったような気もするけれど、中断されることも覚悟の上ではあった。
元々の用途が“虚無の剣”になることだったのだ。
流石にセドリック皇太子に殺されるのは考えるが(任務なら仕方がないのだが、カイエン公と同じで進んでやる気にはならない)、リィンさんなら。別に殺されたいとは思わないが、リィンさんは危なっかしくて放っておけないので、パートナーとして守ることに迷いはない。
十分な剣さえあれば、リィンさんなら帝国の良くない状況もきっと打破できるはず。
呪いとやらが無くなればユウナさんやクルトさん、ミュゼさん、アッシュさんもなんとかなるだろうと思う。ミリアムさんも仕事が楽になりそうである。
リィンさんも―――――“その後”は、きっと。
リィンさんのことだから、困っている女性を助けてちやほやされるのは間違いない。何事もなく教官として……は無理にしても、きっと何か問題があっても誰かしらがリィンさんを助けるはず。不埒ですし。今度はきっと前よりも色々なものを救えるはず。
でもなんとなく、見知らぬ女性とパートナーになっているリィンさんを想像すると胸がもやもやした。
「……やはりリィンさんは不埒ですね」
「いや、人気が無いからって不穏なことを呟かないでくれ」
「リィンさん。……いつからそこに?」
普通に背後から声をかけてきた(完全に気配が察知できなかった)リィンさんに若干驚きつつジト目で言うと、リィンさんは微妙に複雑そうな顔で言った。
「ちょうど通りがかったんだが、流石に聞き流せないだろう…。で、俺が何かしたのか?」
「いえ、結局のところ帝国の問題を解決した後のリィンさんは何をしていたのか考えていただけですが」
まあ恐らく不埒だったのでしょうと思いまして。と呟くと、リィンさんは曖昧な笑顔を浮かべて言った。
「いや、まあ。普通に結社と戦ったり教会の本拠地に行ったり………そんな感じだ」
「………リィンさん?」
何か、あからさまに怪しかった。
というかこれまでの経験から言って、全く不埒でないリィンさんは想像できない。抱きつかれたりハプニングを起こしたり、どこまで不埒なのか想像できないくらいには多分不埒なんだろうという謎の信頼がある。
「では、不埒な行為はしていないと?」
「……………あー」
「リィン教官…?」
「なんで呼び方が戻ったんだ!? い、いや。ユウナもミュゼも俺からは何も……というか、その時はもう教官として働いて無かったしな」
「……………別に誰とは指定していないのですが」
まあ教官として生徒に不埒な行為はしないだろうと思ってはいましたが。どうやらそういうわけでもなかったようで。
絶対零度の視線を浴びせると、不埒な元教官は若干顔色を悪くしつつ言った。
「……落ち込んでいた時に抱きしめられたりとか、だな」
「……………それだけですか?」
なんで落ち込んでいたのか、というのも気にはなりますが。
なんとなく、“わたしが死んだから”と言われても言われなくても微妙な気分になりそうだったので何も言わずにリィンさんに冷たい視線を向けた。
「………………後はその、キスとか」
「……………………………本当に不埒ですね」
自分でも思っていた以上に冷たい声が出たが、リィンさんが項垂れるのを見て少しだけすっきりする。
「とはいえ、キスですか」
口と口を合わせる行為の意義はさっぱり分からないのだが、親愛を示す行為であることくらいは知っている。
何が良いのかさっぱりわからないが、“前”に勧められて読んだ本では男の子が女の子にキスされて喜んでいた。ので、リィンさんでもユウナさんやミュゼさんにされたら喜んだのではないかと思われた。
………なんとなく、自分だけ置いてけぼりにされたような気がした。
ユウナさんもミュゼさんもしたと聞くと、興味くらいはある。ミリアムさんのタックルも、勇気が必要とはいえ悪くない感触だったわけで。パートナーとしてそれくらいは別にいいのではないではないでしょうか。
それにどうせ剣になるのなら、今くらいしか機会がないと思いやっておくことした。
「―――――クラウ=ソラス」
「ア、アルティナ?」
「というわけで目を瞑って下さい」
「いや、流石にそれは――――」
クラウ=ソラスで攻撃するとでも思ったのか、身構えるリィンさんにクラウ=ソラスに乗って思い切り近づいた。
あまり見たことのない、素で驚いたようなリィンさんの表情に若干胸がすっきりするような気分を覚えつつ唇が触れて――――。
――――――――――――――――――
――――――――――唇に柔らかい感触が触れた。
何時だったか、ユウナがミリアムに『アルと同じで反則的に柔らかいしサラサラしてる』なんて言って落ち込んでいたように思うが、リィンはようやくその意味を知った。
本質的に有り得ざる存在である
生まれたてのようでありながら完成された
(いや、現実逃避をしている場合じゃない。どうするべきなんだこれは)
元々、リィンは粗方の問題が片付いたらなんとか頼んでシュバルツァー家に引き取ってもらうか、アルティナが望むなら寿命の限りは遊撃士として大陸を巡ってみようなどと考えていた。パートナーとして。
言うなれば、エリゼと同じように“妹”のような存在……まあそれよりは対等に近かったとはいえ、守るべき存在だと思っていた。
エリゼが昔からアルティナと同じようにリィンがモテると拗ねていたのも原因の一つで、妹はそういうものだと思っていたりするのだが――――いわば、完全な不意打ち。
ある意味エリゼに唐突にキスされたくらいの衝撃を受けたリィンは咄嗟に臨戦体勢にまで体内の闘気を練り上げることで思考を加速し、対策を考えようとするのだが。
流石というかなんというか、意図せず加速した思考でじっくり唇の感触を味わったり、ふわりとパンケーキのような甘い香りを感じてみたりしてしまった。
ゆっくりと唇を離し、アルティナがどこか戸惑うように自分の唇に触れる。
「………これは、タックルより、もっと………胸が苦しくて、でも、あたたかくて」
「アルティナ……」
声を掛けると、アルティナの肩が大袈裟なほどに大きく震える。
もしかして怒っているようにでも聞こえてしまったのだろうか。若干の不安に伸ばしかけた手を止めると、その間にアルティナはクラウ=ソラスの手に乗っていたこともあり、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「…………まずい。嫌われたかな」
あの一瞬でも、自分ならきっと避けられた。
なんとなく昔から“鬼の力”に悩んでいたせいで距離を取られると嫌われているのではと思ってしまうリィンはそんな的外れなことを呟き。
通りがかったセリーヌはそれに呆れたように呟いた。
『………朴念仁というか、変なところで自信がないわね』
…………
………
……
その後。
なんだかんだとゼムリアストーン製の太刀を造ってもらうためにシュミット博士に協力してもらったり、ゼムリアストーンを集めるために精霊窟を巡ったり、そのついでに同じく各地を巡る“吼天獅子”に協力を要請したりする間にアルティナと会話を試みたのだが――――。
「……っ」
「アルティナ!?」
カレイジャスの廊下で出会っただけで逃げられた。
本気で嫌われたのかと思い、なんとか謝ろうとするのだが。
「アルティナ!」
「――――…!」
ルーレでの自由時間に外出しようと誘おうとしたらステルスモードで逃げられ。
なら精霊窟でなら、と思い攻略メンバーに指定したのだが。
「アルティナ、リンクを――――」
「――――ミリアムさん、お願いします」
「うん、いいよー。……って、ありゃ」
拒否されて項垂れると、ミリアムが何か不思議なものでも見るような目でアルティナとこちらを見比べ、何か納得したのかニッコリ笑った。
そして、すぐに近づいてくると耳打ちしてくる。
『―――――うん、ボクに任せておいて!』
『本当か!? ……って、いや。アルティナが嫌そうなら無理しなくていいんだが』
『嫌がる……? へーきへーき! リィンは――――』
「……ミリアムさん?」
いつもよりどこか戸惑うような、あるいは咎めるような声でアルティナが“リィンの”服の袖を引いた。それはリィンをミリアムから離そうとするかのようで。それでも絶対にリィンと目を合わせようとしないアルティナに、ミリアムが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「…………その、探索を始めるべきでは?」
「あ、うん。ちょっと待っててね。……よいしょっと」
と、そのまま何でもないかのようにミリアムはリィンの身体をよじ登ると、肩車のような姿勢になった。
「み、ミリアム!?」
「ミリアムさん、何を――――」
「えっへへー。これで楽チンだね! リィン、れっつごー!」
アルティナが何か言おうとしたのか口を開きかけ、何も言わずに自分が掴んでいたリィンの服の裾を見つめること数秒。ミリアムとリィン、二人の間を見るようにしてポツリと呟いた。
「……その、それでは戦闘に支障が」
「へーきへーき、だってほら」
ミリアムが指差す方向を見ると、そこには今回攻略メンバーに選ばれた最後の一人。
トワ先輩が仲直りに支障がないようにと、選んでくれた戦闘力でも人格面でも問題のないと思われた人が――――。
「―――――ふむ、では雑兵は私に任せるが良い」
分校長が大剣を振るうと冗談のように敵が溶けていく。
まあリィンとアルティナが戦力にならなくても全く問題がないし、リィンの取り合いにもならないだろうという人選なのだろうが、事態をさらにかき回しそうな人の登場に、リィンは若干頭が痛くなった。
「それで、シュバルツァーは結局のところどちらを選ぶのだ? 決まらぬのなら私も立候補するが」
「えー。ボクだよね、リィン?」
完全に二人とも笑顔だった。
微妙に分校長が本気のような気がしないでもなく、それがアルティナにも伝わったのかどこか戸惑うように言った。
「………ミリアムさんはわたしとでは?」
「んー、じゃあショーグンがリィンと組むってことなんだ?」
「………」
どうしてかそれに頷く気分にはなれなかったアルティナが黙り込んでしまったその時、リィンは咄嗟にアルティナの手を掴んでいた。
「悪い、二人とも。アルティナと話したいことがあるから組ませてもらっていいか?」
「うん、わかったー」
「では往くか、オライオン」
「ミリアムでいいよー」
「ではこちらもオーレリアで構わぬぞ」
「じゃあ、ごゆっくりー」
「うむ、ゆるりと来るがいい」
あっさりと、しかも仲よさげに立ち去る二人を呆然と見送り。
ひとまず握った手を離そうとするリィンだが、やんわりと手のひらを握ってくる弱い力で繋ぎ止められる。
しばらく、言葉はなかった。
ただ、どちらからともなく歩き始める。
互いに自分の感情に戸惑っていたけれど、それでも相棒として積み重ねた年月のお陰か、手を繋いで歩いているだけでも通じるものはあった。
結局、精霊窟の攻略が終わるまでロクな会話も出来なかったのだが。
―――――その後しばらく、リィンの傍を離れたがらないアルティナがカレイジャス内でよく見かけられるようになった。
しかし精霊窟探索でゼムリアストーンの太刀が完成し、各地を解放したリィン達は遂にトールズ士官学院を解放するための戦いを目前に控え――――そして最後の伝手を頼って、リィンはある二つの場所を訪ねようとしていた。