黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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今更ではありますが、もう一度。
閃の軌跡が完結していないため、この小説では捏造技や捏造設定が多数出ます。あらすじの通りの地雷原です。ご了承の上でお読みくださるようお願い申し上げます。


その15:勝機

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石に、ヴァリマールで砦に押し入ってアルバレア公が潰れたりしてしまうのは避ける必要がある。よって、機甲兵ブレードで抉じ開けた穴から生身で砦の最奥に飛び込んだリィンを待っていたのは、既に黒い焔を噴き上がらせたマクバーンと、アルバレア公の首根っこを掴んで部屋の隅に退避させているデュバリィだった。

 

 

 

『よぅ、早かったじゃねぇか』

「<劫炎>のマクバーン……いや、正直そこまでやる気だとは思わなかったんだが」

 

 

 

 以前は近くに人里が無さそうだと言って本気を出していたはずなのだが、砦は例外なのだろうか。一応貴族連合にも必要以上の被害は出したくないリィンが移動を提案しようかと思ったその時、“裂け目”からマクバーンが剣を取り出す。

 

 

 

『ま、今回は“全力”ではやらねえさ。<魔剣アングバール>。俺との相性が良すぎるせいで“こう”なっちまうんだが―――灰の小僧、そんな武器じゃ俺の相手にならねぇってことを教えとこうかと思ってな』

 

 

 

 黒い焔に呼応するようにその姿を変える、<外の理>による剣。

 黒ゼムリアストーンの武器は決して悪いものではないのだが、本気のマクバーンとやり合うには不足しているのは前回戦った時の通り。修業を終えたエマがいれば黒い焔を抑え込んでもらうことでなんとかなるのだが、今はいない。

 

 

 

「いや、それは十分に分かってる―――――と言っても、退いてはくれないんだよな?」

『当たり前だろう? どうにかできるってんなら、見せてもらわねぇとなあ――――!』

 

 

 

 

 マクバーンがアングバールをリィンに向けると、その先端から雷光の如き速度で黒い焔が飛び出しリィンの胴を貫く。が、そのままその姿が幻のようにかき消える。

 

 

 

 

「「「――――八葉一刀流、七の太刀――――」」」

『チッ、レーヴェの阿呆みたいな真似を……』

 

 

 

 次の瞬間、マクバーンに襲いかかるのは三人に増えたリィン。

 が、マクバーンもタダで剣を受けるはずもない。剣先から焔を発したままのアングバールを引くと、手元で肥大化した焔を全方位に振り回す。

 

 

 

「「「――――<刻葉>―――!」」」」

(シャ)ァッ―――!』

 

 

 

 分身も、放たれる無数の斬撃も、それら全てを黒い焔が焼き尽くす。

 部屋の隅にいたデュバリィとアルバレア公をも巻き込みかけたその一撃はしかし、マクバーンと同じように“変わった”リィンによって真っ二つに切り裂かれた。

 

 

 

 

『――――神気、合一』

『クハハッ、防いで見せろよ灰の小僧ォ! そんな剣じゃあ絶対に俺は倒せねえ(・・・・・・・・・)……それを教えてやるよ!』

 

 

 

 

 黒い焔が一層膨れ上がり、広い部屋全体にその得体の知れない“力”が充満していくかのような感覚がある。そんな圧倒的な“死地”に、クラウ=ソラスに乗ったアルティナもリィンが空けた天井の穴から突入した。

 

 

 

 

「っ、これは……」

 

 

 

 アングバールによって、これまではただ吹き荒れるだけでも猛威を奮っていた黒い焔が指向性を持ち、より凶悪になってリィンに襲いかかる。対するリィンは<螺旋>によってそれを受け流し、二の型の疾さで撹乱して隙を窺う。そして避けられない攻撃は伍の型で断ち切り、それらを七の型の<無>で敵の攻撃の“理”を読むことで常に最適の動きで捌き続ける。まさしく東方剣術の集大成とも言われる八葉一刀流の真髄とも言える戦いだった。

 

 

 だが、それでも届かない。

 マクバーンに届きそうな斬撃は、その内部から溢れ出す焔によって届かず。特殊な精製法でなければ溶けることなどないはずの黒ゼムリアストーンの太刀が刻一刻と赤熱化していく。完全に“入った”ように見える一撃を受けても、マクバーンは吹き飛ばされる程度でダメージはロクに通らない。

 

 

 

 

『くっ―――――まさか、本当に“効かない”のか』

『ハッ、ゼムリアストーンは悪くはねえが――――所詮“外”には届かねえ』

 

 

 

 

「リィンさん―――――」

 

 

 

 アルゼイド子爵はマクバーンとの戦いで肺をやられた――――以前聞いた話が現実味を伴ってそこにあった。

 <光の剣匠>で勝てない相手に、果たして勝てるのか。その答えが分からずとも、放って置く気になどなれるはずもない。

 

 

 

 

「―――――待ちなさい、<黒兎(ブラックラビット)>。死ぬつもりというわけでもないのなら、割り込んで良い戦いではありませんわよ」

 

 

 

 しかしそれを止めたのは、部屋の隅で盾を構え、一応任務としてアルバレア公を守っていたデュバリィであった。

 

 

 

「……<神速>の、貴女がいましたか」

「まあ、こんなところで戦ったら巻き込まれるので戦ってまで止めるつもりはありませんが。あのレベルの戦いに割り込むのは返って邪魔になるのを知るべきですわね。……まあ“コレ”ほど邪魔にはならないとは思いますが」

 

 

 

 と、言いつつデュバリィが呆れた目を向けるのは気絶しているアルバレア公である。

 しかしあるいはその言葉は、<鋼の聖女>の本気の戦いには割り込めないというデュバリィ自身が気にしていることであったのかもしれない。そんな妙に実感の篭った言葉に、それでもアルティナは首を横に振った。

 

 

 

「いえ。忠告は有難く受け取りますが、そういうわけにもいきません」

「……一応、何故と聞いておきましょうか」

 

 

 

 

 何故、リィンを守りたいのか。

 『そうあるべき』だからではなく、『そうありたい』から。以前、夏至祭でアルティナはリィンにそう言った。

 

 けれど、そう思うのは「何故」なのか。その理由はまだ良くわかっていない。

 リィンをどうしても放っておけないのも、『死』という終わりを目の前にしても、結局のところ感じたのは一緒にいられないことへの悲しみだったことも。それが“普通”なのか、そうでないのか。それすらもよく分からない。けれど、それでも言えることはある。

 

 

 

 

「――――リィンさんは不埒な人です」

「……と、突然なんですの!? というか不埒って……こ、こんな子に一体何をしてるんですの!?」

 

 

 

『誤解だ―――――というかアルティナ、危ないから下がっていろ!』

『へえ、まだ余裕がありそうじゃねえか―――――』

 

 

 

 律儀に戦闘しながら叫んだリィンをジト目で一瞥すると、アルティナは重ねて言った。

 

 

 

「……あのように、感情の無いわたしでも不愉快になるくらいお節介で、女性の敵です」

「そ、それとは何か違うような気も……」

 

 

 

「人を子ども扱いしてパートナーとしての働きをさせてくれなかったり、いつもいつも危ないことは一人でなんとかしようとしたり、人のことばかり気にして、自分のことは後回しにしている仕方のない人です。割とミリアムさんよりどうしようもありません」

 

「………えーと」

 

 

 

 散々な言われように言葉を濁すデュバリィだが、わざわざ一人でマクバーンと戦っているのを見るとそうなのだろうなとなんとなく納得した。

 

 

 

 

「――――そんな仕方のない人ですので。パートナーとして、わたしはリィンさんを守ります。あの人が誰かのために戦う分、わたしがあの人を守ります」

 

 

 

 

 穏やかに言い切ったアルティナはクラウ=ソラスの腕に手を置くと、一転して真剣な眼差しで追い詰められつつあるリィンを見詰めた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――最初から理解できない人だ、と思っていた。

 

 

 パンタグリュエルに、客人として入ってきた人。

 クラウ=ソラスが迎撃しないので敵意がないのは分かったけれど、無防備な寝顔を見られたことには今思えば羞恥があったのかもしれない。

 

 

 クラウ=ソラスを扱う人造人間として、情報局員として、あるいは貴族連合に貸与された身分として任務をこなすことだけを考えていた。カイエン公はわたしを道具として扱った。ルーファス卿も手駒の一つとして扱った。

 

 そんな中で、リィンさんにエリゼさんと皇女殿下を攫ったことを咎められて、許されて。今思えばリィンさんの天然不埒ぶりに弄ばれていたような気がするけれど、そのあと脱出阻止に失敗したことも含めて、記憶に残る人だった。リィンさんはわたしを道具ではなく“ヒト”として扱っていたから。

 

 

 

 道具が何かしたからと言って責める人はない。褒めることも、まああまりないだろう。

 責められるのは悲しかったし、褒められるのは嬉しかった。きっと、そんな積み重ねが今の“わたし”になったのだと思う。

 

 

 

 支えられない悔しさに、認められたときの嬉しさ。

 置いていかれた悲しみに、無茶ばかり繰り返すことへの怒り。

 

 

 

 ミリアムさんとは違う、“わたしらしさ”――――それはきっと、仕方のないあの人(リィンさん)を、支えたいという願いだから。

 

 

 

 

 

「お願い―――応えて、クラウ=ソラス」

 

 

 

 

 使うのは、元々想定された技ではない。

 けれど、“一度出来たコト”よりも簡単なことができない理由はない。

 

 だから――――きっとユウナさんやクルトさんがそうしたように、今が“もう一步先”へ進むべき時だった。

 

 

 

 

 

「これがわたしの本来の役割――――いいえ。“これ”がわたしの掴んだものです…!」

 

 

 

 

 

 クラウ=ソラスが光に包まれて、発動するのは<アルカディス=ギア>―――アルティナがクラウ=ソラスと一体化し、しかしそれでは終わらない。

 

 

 

 

「戦術リンク、オーバーライズ…――――発動、<アロンダイト>…っ!」

 

 

 

 

 <アルカディス=ギア>に付けられた二つの翼のようなオプションパーツ。そのうちの一つが眩い輝きと共にそのカタチを変えていく。

 

 

 

 細く、長く、鋭く、弧を描く。

 “モノを斬る”ことに特化した一振りに姿を変える。

 

 

 

 

「ぁ、ぁぁぁああアアアッ―――――」

 

 

 

 

 バチバチと音を立てるそれを握りしめ、“何か”を吸い上げられるような苦しみに胸をかきむしる。

 

 

 

 斬り裂くために最適化されたそのカタチは、いつか手に入れ、そして“過去”に戻った時点で失われた―――――失われたと思ったもの。

 

 

 魂で錬成された剣。<根源たる虚無の剣>。

 それは、本来命を失うことでしか精製できない剣。

 

 ただ、“本来あるべきアルティナ”と、リィンが持ち込んだ“未来のアルティナ”の二人分の魂によって、ささやかな奇跡は顕現する。

 

 

 

 

 

 

 クラウ=ソラスの腕だったものが、完全に“刀”に変形し。

 それを握りしめたまま、床に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

『―――――アルティナ!』

 

 

 

 

 死闘の最中だというのに、放り出して駆け寄ってくるリィンさんに、自然と笑みが浮かんだ。

 

 手に握られたのは、しっかりと感触を持った、人間サイズの<根源たる虚無の剣>――――このサイズなら死ななくとも精製できるという感覚は正しかったようで、体力と気力を根こそぎもっていかれたような感覚こそあっても、それでもちゃんと生きていた。

 

 なんとなくの“感覚”で何かをするのも、レオノーラさんたちと第Ⅱ分校で知ったことだと思うと誇らしく思えた。

 

 

 

「…………リィン、さん」

 

 

 

 思っていたよりも、声は出なかった。

 掠れた声に、リィンさんの顔が歪む。だいたいいつも心配させられているのはこちらなので、きっと“前”に死んでしまったとき以来だろうか。

 

 

 

 

「――――…“わたし”が、貴方を守ります」

 

 

 

 刀を手渡す。

 漆黒に蒼いラインの走る刀はあつらえたようにリィンさんの手に馴染み、戦術リンクだけではない、もっとはっきりした“繋がり”を感じて。

 

 

 

 

 

「だから―――――無茶をしないで下さい。独りで戦わないで下さい。わたしにも、支えさせて下さい。わたしは――――わたしが、リィンさんのパートナーです」

 

 

 

 

 

 そのまま、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 リィンはアルティナから人間サイズの刀になった<虚無の剣>―――アロンダイトを受け取り、気絶したアルティナを壁にもたれ掛けさせて、待っていたマクバーンに向き直る。

 

 漆黒の刀は構えるとクラウ=ソラスと同じ蒼い輝きを放ち、戦術リンクを通して温かい何かが流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

『………待ってくれていたか』

『流石にそこまで野暮じゃねえ――――っつうのもあるが、随分なものを隠してたみてえだな』

 

 

 

 普段のアルティナがそうであるように静かな、どこか静謐さを感じさせる刀に闘気を纏わせる。

 

 

 

『いや俺も知らなかったし、知っていたらさせなかったさ―――――だがなんとしても、ここは勝たせてもらう――――ッ!』

 

『いいぜ、“アツく”なれそうじゃねえか――――!』

 

 

 

 挨拶代わりに飛ばされるのは、喰らえば余波だけでも消し炭になるだろう火球が二つ。

 

 

 

『奥義――――鳳凰烈破!』

 

 

 

 対して同じく挨拶代わりに放たれるのは不死鳥の如き闘気を纏っての突撃。

 真正面から火球を打ち破り、肉薄するリィンにマクバーンが心底楽しげな笑みを浮かべる。

 

 

 

『いいぜ、その調子だ―――――アングバール!』

 

 

 

 

 より一層の禍々しい焔を纏う魔剣に、ヴァリマールの装甲に似た灰色の闘気を纏った虚無の剣、アロンダイトが激突する。

 

 

 

 一撃、二撃。

 剣と刀が激突するたびに空間そのものが悲鳴を上げ、リィンのコートが引き裂かれ、その黒い焔を無視するかのようにマクバーンの頬に一筋の傷が走った。

 

 

 

『―――――なんだと』

 

 

 

 

 そして、その意表を突かれた隙を見逃すリィンではなかった。

 

 

 

『八葉一刀流―――――』

 

 

 

 

 

 八葉一刀流。

 八つの系統に別れた技のいずれかでも極めたものは<剣聖>と呼ばれる、東方剣術の集大成とさえ呼ばれる流派。

 

 では、それを興した<剣仙>ユン・カーファイの至っている境地とは如何なるものか。

 受け流す螺旋の動き、切り崩す疾風の足運び、居合いの速度を極めた残月、無心にて理を見抜く“無”。

 

 

 

 

 

 

『―――――八の型』

 

 

 

 

 “刀を必要としない”八の型。

 素手で装甲を抜く、あるいは得物を奪う。まさしく“刀を失った時に用いる”といえる型だが――――“真に刀が肉体の延長になる”ほど技を磨いたとき、それは刀を持った状態でも真価を発揮する。

 

 

 そして“生きた剣”を握り、その剣と戦術リンクでつながったリィンは擬似的であれどそれほどの境地に到達していた。

 

 

 

 

『―――――破甲剣』

 

 

 

 拳で衝撃を与えて、対象を破壊する技を“突き”で再現する。

 全ての力が集約された突きは焔の防御ごとマクバーンを打ち抜き。これまで防御を焔に任せるところの大きかったマクバーンはその一撃をモロに食らって大きく吹き飛び。想定外のダメージに片膝をついた。

 

 

 

 

『――――…くっ、コイツは』

 

『心剣一体、我が太刀は“無”にして“螺旋”―――――見えた!』

 

 

 

 

 

 八つの系統はそれぞれ目指すものが異なり、全てを極めるには幾星霜を経ても足りない。しかし、もしもその全てを極める者が現れたのならば――――究極の“一刀”にたどり着く。

 

 

 しかしこれは、八葉一刀流が至るべき一太刀にはまだ遠く及ばないだろう。

 カシウス・ブライトほど<螺旋>によって力をコントロールできていない。アリオス・マクレインほどの疾さがない。抜刀だけならばアラン・リシャールに届かない。

 

 しかし、“本質を掴む”七の型を受け継いだリィン・シュバルツァーは。

 己の学んだ八つの型から本能的に『あるべき一刀』を見出し、それを己の届く限りにおいて完全に再現してみせる。

 

 

 

 

 あらゆる力を受け流して自分の力に変え、最短距離を最速で、敵の“理”を見切って放つ、心剣一体の抜刀術。

 

 

 

 

 

 

『―――――零の太刀、<無銘一閃>』

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇を斬り裂く一筋の光のように疾く、真っ直ぐな一閃。

 

 

 

 

 アングバールが宙を舞い、次元の裂け目に吸い込まれるようにして消える。

 対して、リィンが持っていたアロンダイトも力尽きたように端から光の粒になってクラウ=ソラスの右腕に還っていく。

 

 

 

 

 

「………………ったく、俺もヤキが回ったか。レーヴェの阿呆のことを言えねえな」

 

 

 

 

 最後の一撃は峰打ち――――アロンダイトが消えたために決定打にはならなかったが、アングバールは弾き飛ばされた。

 このまま戦い続ければ、武器を失ったリィンに勝ち目はなくマクバーンが勝つだろう。が、峰打ちでなければそこそこのダメージを受けていただろうこともあってどうにもそういう気分にもならなかった。

 

 

 

 

 

「―――――次は勝たせてもらうぜ」

 

 

 

 

 マクバーンが背を向けて転移し、それを呆然と見送ったデュバリィも何事か呟いて後に続く。

 

 

 

 

 残されたのは、気を失ったままのアルティナとアルバレア公。

 リィンはマクバーンが去ったあたりを一瞥すると、アルティナの元に駆け寄るのだった。

 

 

 

 

 


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