黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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前回、双龍橋にマクバーンがいるという誤った展開になっていたことをお詫び申し上げます。マクバーンがいるのはオーロックス砦でした…。

というわけでオーロックス砦まで巻きでいきます。
なお、ノルドの第三機甲師団の戦力がリィンの大暴れのせいで温存されているので若干展開が早まっています。


その14:ケルディック逆撃戦

 

 

 

 

――――双龍橋、陥落。

 

 

 その一報は民間人を人質に取った作戦と、それを糾弾したアルフィン殿下。そして<紅き翼>の話も併せて貴族連合を大いに動揺させた。

 

 

 また、ほぼ同時にノルド方面の第三機甲師団<隻眼のゼクス>が動き。ログナー公爵家を中心とした貴族連合軍がそれを迎え撃ったところで、謎のメイドと<氷の乙女>率いる鉄道憲兵隊の精鋭によって電撃的にルーレ市のRF本社が解放される。

 更にそのログナー家の息女と公爵の一騎打ちにより、ログナー公爵家は中立を宣言。貴族連合は大きくその力を落とし、第三機甲師団はある程度の戦力を共和国への牽制に残しつつも、帝都方面への戦力の抽出に成功した――――。

 

 そして、それらの戦いはほぼ同時であったにも関わらず、そのどちらも<灰色の騎士人形>が現れたという噂がまことしやかに囁かれていた。

 

 

 そして、それから五日後――――。

 

 

 

 

「―――――ええい、一体どうなっているのだ!?」

 

 

 

 <鉄血>が銃弾に倒れ。帝都を電撃的に占領し、正規軍は散り散り。放蕩皇子率いる<紅き翼>という不確定要素こそあれど、機甲兵によって既存の機甲師団を撃破することが可能になった(そもそもの練度は正規軍が圧倒しているが)ことで、勝利は時間の問題であると思われていた。

 

 なんと言っても正規軍は分断され、補給も十分でない。

 補給できない軍隊など、如何に最新の装備であっても脆いものだ。むしろ最新装備である方が弾切れやメンテナンスの不足、故障などで問題が多発するはずだった。

 

 しかし、正規軍は二ヶ月もの間耐え忍んだ。

 その裏には貴族連合に反発する平民による協力や、<鉄血の子供達>の奮闘、正規軍の高い練度や優秀な指揮官などの要素。そして、貴族連合の纏まりのなさや練度の低さ、そして何よりも『貴族連合の総参謀が故意に調整している』ということもあったのだが―――。

 

 

 

 貴族連合の人間から、いや、四大名門の当主の一人であるヘルムート・アルバレアからすれば未だに決着がつかない理由などは理解ができないことだった。

 

 ハイアームズ公は西部で発生した難民の保護などをしているので相変わらず毒にも薬にもならない問題外として、ログナー公爵家は永遠にノルドの第三機甲師団と睨み合っているかと思えば裏切りにも等しい中立宣言。カイエン公は西部で激戦の真っ只中であり――――なんとしても東部を先に片付けて、自分が帝都に凱旋したいと考えていたのだ。

 

 

 

 しかしログナー家中立の影響で第三機甲師団の一部がフリーハンドを得、鉄道憲兵隊もノルドから黒竜関まで、ガレリア要塞跡地からケルディックまでの鉄道網を整備した。これによって、レグラムなどの中立地帯を除けば東部の勢力はアルバレア公爵家、クロイツェンを中心とした僅かな地域だけであり。

 

 むしろそのアルバレア公爵家の勢力範囲だったケルディックすら制圧されている状況は、アルバレア公爵にとっては帝都とバリアハートのどちらも狙える位置に正規軍が迫っていると思わされた。もちろん鉄道網を爆破するなりしてしまえば進軍は遅らせられるが、そんなことをすれば例え勝ってもカイエン公より下に見られるのは間違いない。

 

 多少の修理で使える破壊ならば正規軍は貴族連合などよりよほど高い技術を持っているために修理できる上に、徹底的に破壊してしまえば今度はむしろ貴族連合が、クロイツェン領邦軍が勝敗に関係なく干上がることになる。また、帝都方面からの増援を最後の希望として残しておくためにも、帝都方面の軍勢と双龍橋の第四機甲師団のにらみ合いを続けさせるためにも鉄道網を残しておく必要があった。

 

 

 

 

「ケルディックは何をしているのだ! 何故大人しく正規軍などに制圧されている!? 何故最後まで戦わぬのだ!」

 

 

 

 公爵が叫ぶが、周囲の参謀たちは何も言うことが出来ない。

 別にケルディックは積極的に正規軍を支援しているわけではないのだ。ただ物資を適正価格で販売し、適正に取引している程度。むしろ貴族連合軍の支配していたときを考えればかなり“反抗的”といえるかもしれない。貴族連合の制圧下で適正な販売などしようものなら“非協力的”と言われてもおかしくなかったのだから。

 

 無論、そのあたりは正規軍からの配慮もあり、あくまで適正価格、ないしはそれ以上の価格で買うように気を遣っている上に第四機甲師団はあまり機甲師団を刺激しないように軍の駐屯をせず、物資の補給も必要以上には行っていない。

 

 

 しかし、アルバレア公爵にはそれが理解できなかった。

 ケルディックの位置が帝都にもバリアハートにも通じる要所で、交易が盛んで物資も十分にあるというイメージもまた、干上がっていた正規軍が生き返る――――ただでさえ押し返されている戦況が加速度的に悪化すると思わせたのだろう。

 

 

 

「―――――…焼き討ちだ」

「……はっ? 公爵閣下、何を……?」

 

 

 

「―――――我らに逆らうケルディックを焼き払え! 見せしめにしろ! これ以上死にかけの第四機甲師団なぞを調子づかせるな!」

 

「で、ですが焼き討ちは――――ケルディックは彼らに協力しているわけでは」

 

 

 

 

「黙れ! 支配を許している時点で同罪だ! それとも貴様も私に逆らうとでもいうのか!? すぐにケルディックに機甲兵部隊を送り込め!」

 

「す、すぐに出撃させます!」

 

 

 

 狂ったように叫ぶアルバレア公爵に、慌てて従う参謀。

 貴族連合において、身分が下の指揮官が公爵という権力者に逆らうことなどできはしない。これで少しはマシになるだろう、と思った公爵だったが。

 

 

 

 

 

「………見るに堪えませんわね」

「ったく、風通しの悪い場所だな……屋根を吹き飛ばせば戦いやすくなるか」

 

 

「って、此処で戦うつもりですの……?」

 

 

 

 どこからともなく“転移”してきたのは、<神速>に<火焔魔人>。

 <結社>とかいう謎の組織の一員で、凄まじい強さという噂の――――そして、アルバレア公爵からすれば、以前オーロックス渓谷道を崩壊させた忌々しくも恐ろしい相手である。

 

 

 

「なっ――――…き、貴様ら何処で何をしていた! 貴様らが手を抜くから双龍橋は陥落し、我が領地であるケルディックまでも正規軍に制圧されているのだぞ!」

 

「………はぁ。何故わたくしがこのような場所で……いえ、マスターのためなら……」

「まあ、案外間違っちゃいないんだが――――俺らは好きにやらせてもらう。そういう話だっただろう? 今回も“見届け”に来ただけだしな」

 

 

 

 

 豪、と吹き上がるのは得体の知れない焔。

 アルバレア公爵が言うように、確かに<結社>は、というより<貴族連合>そのものが手を抜いている。そのせいで双龍橋は陥落し、ケルディックは制圧された。

 が、言っている本人がそれを信じていないのではマクバーンとしても失笑モノである。計画の推移を、追い詰められた公爵による焼き討ちと、それに対する陣営の対応を見届ける。その“焼き討ち”も再現の一環として“呪い”に強制されているかもしれないのだが、気づいていないのは、気づけないのは哀れなのか幸せなのか。

 

 いずれにせよそこまでで、帝都決戦を残しておよそ<獅子戦役>の再現は完了する。

 <煌魔城>が現れる条件は整い――――最後の決戦となる。

 

 

 

 

(――――だが、あんな得物じゃ興ざめもいいトコだしな)

 

 

 

 せっかく“全力”を出せそうな相手がいるのに、剣がなまくら―――とまではいかなくとも、耐えられないのでは意味がない。ケルンバイターでもあればいいのだが、そもそも刀ではない上に流石にレーヴェの阿呆の得物を拝借するのは気乗りしない。

 

 

 

「……ま、軽く打ちのめしてやればなんか用意すんだろ」

 

 

 

 かつて、ドライケルスは決戦の前に<灰色の騎士>を手に入れたという。

 なら、その歴史をなぞって何かしらの武器を手に入れてもおかしくはない。伝承の“善き魔女”になり得そうな<深淵の魔女>は“こちら側”なわけだし、どうにもならなければなんとかするだろ。と勝手に押し付けられることが決定したヴィータであり。

 

 バリアハート解放のために、<火焔魔人>との戦いが必要になった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

『―――――何故我々がこんなことを……』

『……別に建物を適当に壊せばいいだけだろう。平民どもには似合いの仕打ちだ』

 

 

 

 導力通信で指示を受け、バリアハート方面からケルディックへ向けて機甲兵部隊が動く。決して士気が高いとはいえないが、それでも焼き討ちだという割には反発は少ない。それは彼らが機甲兵に攻撃を受ける、巨大な人形の兵器に一方的に襲われる恐怖を知らないからというのもあっただろうが――――結局は、貴族と平民という身分を盾にしていたのだろう。

 

 

 

 遠く、ケルディックで住民が呆然としているのが、あるいは慌てて家に逃げ込むのが見える。

 

 

 その光景に、誰かが失笑した。

 

 

 

―――――――無駄なコトを、と。

 

 

 

 これから家を壊すのに、そこに逃げ込んでどうしようというのか。

 教会を壊さない程度の分別は貴族たちにもあるが、それだけだ。

 

 

 

『……大市が第一目標だ。無駄なことをしすぎて正規軍に囲まれれば面倒だぞ』

『ケルディックを盾に砲撃してやれば一方的に攻撃できるのでは?』

 

 

『包囲されて弾切れになれば一方的に叩かれることになるが』

『……チッ、さっさと片付けて適当に潰して帰るか』

 

 

 

 大市に向けて足底にあるローラーで進む機甲兵の前方に、逃げ遅れた子どもがいた。

 気づかずに轢き潰そうとする機体の前に、一人の老人が――――オットー元締めが飛び出し。

 

 

 

 

 

 

 

――――――ガキン、と音を立ててその動きが止まった。

 

 

 

 

 

『………ん、なんだ?』

 

 

 

 ようやく異常に気づいた操縦士が足元を映すカメラを覗き込むと、今にも子どもを放り投げようという体勢で、止まった機甲兵を呆然と見上げる老人と、障壁を張って機甲兵の前に立ちはだかる黒い傀儡。そして、刀を構えた赤いコートの青年が見えた。

 

 

 

 

「―――――…一応、聞かせてもらうぞ。ケルディックに何の用だ」

『チッ、妙なモノを――――まあいい、アルバレア公爵閣下のご命令により、貴族連合に逆らうケルディックを焼き討ちする! 逆らうのであれば、誰であろうと――――』

 

 

 

 

「そうか。もういい―――――来い、<灰の騎神>ヴァリマール!」

 

 

 

 

 シャキン、と澄んだ音と共に刀が鞘に収められる。

 いつの間にか抜き放たれていたその一撃こそは<八葉一刀流>の伍の型<残月>。

 

 機甲兵の足関節がゆっくりとズレたかと思えば完全に両断され、その巨体がゆっくりと傾ぐ。

 

 

 

 

「ぉおおおおオオオッ! ――――<残光破砕剣>!」

 

 

 

 一撃、二撃、三撃、四撃。

 目にも留まらぬ疾さで叩き込まれた斬撃が、まさしく残光だけを残して崩れ落ちる機甲兵を粉砕する。黒ゼムリアストーンの太刀、込められた闘気、そして的確に弱点を斬り裂く圧倒的な疾さの剣閃。

 

 それら全てを以って、無力なはずの生身の人間が機甲の巨人を切り崩し。建物を押しつぶさないようにカットされ、道に崩れ落ちた機甲兵だった残骸に機甲兵部隊の動きが止まる。

 

 

 そしてそれらを見届けて、リィンが未来から持ってきていたARCUSⅡを写真撮影モードで構えたアルティナがその隣に並び立った。

 

 

 

「録音および撮影完了――――流石ですね」

「……まあ、これくらいはトールズの教官たちなら軽くやるからな」

 

 

 

 一応、リィンも分校の教官だった経験があるので負けられないところである。

 機甲兵の足底を攻撃して動きを止め、念の為アルティナがクラウ=ソラスで障壁を展開。焼き討ち目的という言質を取ったところで反撃する。あまりにあっさりと行って拍子抜けではあったものの、悪いことではない。

 

 

 

 

『くっ、何者だ、貴様たちは―――!?』

『―――――貴方がたこそ何者であるか、答えて頂きます』

 

 

『なっ――――ま、まさか』

 

 

 

 

 ケルディックに響く、とある飛空艇のエンジン音。

 聞くものを従わせる生来の高貴さを発揮する、凛とした声。

 

 空を見上げた機甲兵が、ケルディックの住人たちが、その帝国を象徴する真紅の威容に目を奪われる。

 

 

 

 

『例え誰であろうとも、罪なきケルディックの民を焼き討ちしようなどという所業――――断じて許すわけには参りません!』

 

「そういうわけだ――――悪いが大人しくしてもらうぞ」

 

 

 

 

 同時にリィンの前に降り立つのは、<灰の騎神>。

 すぐさまリィンはそれに乗り込み―――――乗り込もうとして、腰のあたりにタックルしてきたアルティナに思わず振り返った。

 

 

 

「……いや、アルティナ?」

「すみません、少々気になることがあるので。……このままどうぞ」

 

 

「いや、俺が気になるんだが――――ああもう、気をつけてくれよ!」

 

 

 

 流石に押し問答をしているほどの余裕はない。

 アルティナごとヴァリマールに搭乗したリィンは、即座に機甲兵用ブレードを構えて機甲兵部隊に向き直る。

 

 

 

 まさにケルディックを焼き討ちしようとして出鼻をくじかれた彼らは、まさかの<紅き翼>と皇女殿下に現場を抑えられるという想定外の事態に混乱し――――しかしそれでも“何かに突き動かされるかのように”持っていた銃を民家に向けた。

 

 

 

『――――ええい、それでも命令に逆らうわけには――――!』

『くっ――――<無想覇斬>ッ!』

 

 

 

 

 やはり、帝国に巣食う“呪い”の影響なのだろうか。

 正常な判断のできていないように見える機甲兵を、すれ違いざまにヴァリマールが複数の斬撃を叩き込んで無力化する。

 

 が、ゼムリアストーンの太刀ならまだしも、機甲兵用のブレードでは今のリィンでもせいぜい一度に三機が限界である。

 残りの機甲兵が周囲を攻撃しようと各々の武器を構え――――。

 

 

 

 

「「「させるか!!!」」」

「そこまでです!」

「させませんわ!」

 

 

 

「奥義―――獅子洸翔斬!」

「シャドウ――――ブリゲイド!」

 

「ミラーデバイス展開――――カレイドフォース!」

「秘技――――死縛葬送」

 

 

 

 

 エマの転移魔術で現れたラウラにフィー、クレア大尉にシャロンがそれぞれ機甲兵に隙をつくり、戦術リンクを繋いだⅦ組メンバーたちがその武器や手、あるいは腕を攻撃して取り落とさせる。

 

 

 

 

『ふう、間に合ってくれたか―――――』

 

 

 

 間に合うだろうと思っていても流石にケルディックの住民が巻き込まれる危険を考えると緊張感があった。

 クレア大尉やシャロンの攻撃で動けない機甲兵は放っておき、武器を落としただけの機甲兵を優先してヴァリマールが叩く。

 

 

 

 

「………まさか、本当にケルディックを焼き討ちしようとするなんて」

 

 

 

 悲しげに機甲兵を見つめるクレア大尉が呟くと、報告のために近づいた鉄道憲兵隊と一言二言話し、リィンに聞こえるようにヴァリマールに向けて少し声を張り上げた。

 

 

 

 

「――――リィンさん、第四機甲師団から<紅き翼>に通信がありました。これより第四機甲師団はケルディックに進駐――――オーロックス砦について、相談したいことがあると」

 

 

 

 

 本当は巻き込みたくはないのだろう。複雑そうな顔のクレア大尉だが、鉄道憲兵隊としては、アルフィン殿下がいることでアルバレア公をも罪に問うことのでき、かつそこらの飛空艇を振り切って直接侵攻できる<紅き翼>は喉から手が出るほどの戦略的価値がある。

 

 

 

 

(―――――流石に、無傷とは行かなかったか)

 

 

 

 

 流れ弾で、屋根が崩れた民家を見つめてリィンは厳しい表情になる。

 獅子戦役の再現であろうこの焼き討ちを阻止することで、若干であれこの“流れ”を崩したかったのだが――――たかが屋根の一部だけとはいえ、焼き討ちは焼き討ち。意地でも何らかの被害を出させるあたりに”呪い”を感じさせる。

 

 しかし無駄ではないと思いたい。

 

 

 

(――――後は、オーロックス砦か……)

 

 

 

 火焔魔人が待っているのだろう、アルバレア公のいる砦。

 どの程度のやる気があるのかは行ってみなければ分からないが、“本気”で戦うのならⅦ組を巻き込める戦いではない。

 

 密かに決意を固めるリィンは、空から降りてくるカレイジャスを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「―――――馬鹿な、全滅したというのか!?」

「は、はい……なんでも<灰色の騎士人形>が現れたと……」

 

 

 

 

 ケルディックに差し向けた機甲兵が全滅した――――。

 その報告が届いたのは遅く、全滅を信じなかった司令部がわざわざ確認を取ってから報告したこともあり、翌日になっていた。

 

 

 が、しかし全滅は機甲兵の戦力を考えるとほとんど有り得ないことではあった。遮蔽物のない平地ならばともかく、町中であれば例え第四機甲師団が待ち伏せしていたとしても痛み分けになるくらいには機甲兵の戦闘力は機甲部隊に対して優越している。

 

 が、貴族連合に協力する<蒼の騎神>の活躍を考えると全くの嘘とも思えない。実際のところはクレア大尉や鉄道憲兵隊、RFのメイドもいたりしたのだが、やはりインパクトがあるのは<灰の騎神>であった。

 

 

 実際、起動者が<剣聖>クラスの騎神など悪夢である。

 一般の機甲兵では接近することすら難しく、遠距離武器は当たらない。

 

 嫌でも騎神に注意を払わざるを得ないのだが、そうすると巨大さ故に足元を掬われる。更に指揮官機を優先して潰されれば、最早本来の力を発揮することなどできはしない。

 

 

 そうして、虎の子の機甲兵部隊を一つ失った影響は大きかった。

 

 

 

「ほ、報告! 第四機甲師団がケルディックを出てバリアハートに向けて進軍中!」

「なんだと!? ――――くっ、すぐに迎撃を出せ! バリアハートに近づけさせるな!」

 

 

 

「て、鉄道憲兵隊が南クロイツェン街道より強襲! 迂回路線を使われた模様!」

「馬鹿な!? ええい、部隊の一部を回せ!」

 

 

 

 なんとか再配備の間に合った北部を嘲笑うかのように南部からの挟撃。

 これでバリアハートを落とされれば、留守の間に門から閉め出されるという悪夢が待っている。故に手薄だった南に北側の部隊の一部を割り振るしかなく、そうした穴を見逃す<赤毛のクレイグ>と第四機甲師団ではない。

 

 

 

「バリアハート北部より入電、『敵戦力は強大であり、増援を求む』とのこと!」

「バリアハート南部より、集結前の部隊を狙われたようです! 指揮系統が混乱しているとのこと!」

 

 

「ええい、砦の予備部隊を出せ! パンタグリュエルとの連絡はまだ付かんのか!?」

「駄目です、ルーファス様の専用艦とも通信が繋がりません!」

 

 

 

 

 ルーファスとしても予想をやや上回る速度での展開ではあったが、それでも予想通りの流れではあり。完全にアルバレア公を見捨てるつもり、というより用済みとしか見てないのだから援軍などあるはずもない。

 アルバレア公に残されたのはクロイツェン領邦軍の主力を除いた決して多くない戦力だけであった。

 

 

 

 

 

「フン、駄目だなこりゃあ。まあ最初から分かっちゃいたが」

「ま、当然ですわね」

 

 

 

「そう、そうだ! 貴様らも働かんか! 敵が来ているのだぞ! こんなところで何をやっておるか!」

 

 

 

 悲鳴のような報告が飛び交う司令部に、機甲兵の不足もあって遂に我慢ならなくなったのか、ソファで悠々と寛いでいたマクバーン達に声をかけるアルバレア公。

 マクバーンが何かやらかさないかと若干不安になったデュバリィだったが、マクバーンは至って冷静に――――というより、むしろ楽しげに言った。

 

 

 

 

「こんな所だ? ―――――ちょうど来てくれた(・・・・・・・・・)ところじゃねぇか」

 

「―――――は?」

 

 

 

 

「あ、<紅き翼>が急速接近!? 撃ち落とせだと、そんな馬鹿な―――」

 

 

 

 紅き翼が皇族専用艦なのは周知の事実である。

 それに攻撃を仕掛けるというのは帝国の民にしてみれば完全にタブーであるのだが、見逃すのもまた大問題である。まあ撃ち落とす方が明らかに問題だが、どうやら混乱しているらしく一部の機甲兵が撃ち落とそうとし――――。

 

 

 

 

『こちらは巡洋艦カレイジャス――――アルフィン・ライゼ・アルノール。ケルディックの破壊・放火未遂の疑いでアルバレア公の身柄を拘束いたします』

 

 

『――――遅い!』

 

 

 

 

 何の変哲もない、強いて言うのなら指揮官用でしかない機甲兵用ブレードが<灰の騎神>の手によって、カレイジャスを撃墜しようとした三機の機甲兵を冗談のように一瞬で切り捨てる。一応、アルティナもいつぞやのガレリア要塞跡地で鹵獲し、ノルドでも使ったドラッケンを用意していたりしたのだが全く必要ないくらいの瞬殺だった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「と、とんでもないわね……あんなふうに斬れる武器じゃないはずなのだけれど」

「……理解不能です」

 

 

 

 機甲兵ブレードを見せてもらっていたアリサも、“未来”のリィンには詳しいと自負しているアルティナでも思わず遠い目をしてしまう技量。流石のリィンでもヴァリマールではなくシュピーゲルとかに搭乗していれば無理だろうとは思うのだが、そう言い切れないあたりが恐ろしい。

 

 

 

 

「今なら警備は薄い、さっそく砦に突入するぞ!」

『了解だ!』

 

 

 

 そしてそんなリィンにも動じていない、あるいは父親の不祥事のせいでそれどころではないユーシスが檄を飛ばし、それにリィンが応えたその瞬間。

 

 

 

 

 

『フフ――――それは、まだ早いんじゃないかしら?』

「この声は――――」

 

 

 

 どこから聞こえてくるのは、いつか聞いた妖艶な声。

 帝国解放戦線の幹部<S>の声に、思わず周囲を探す面々だが――――その機体、ケストレルはこれまでの機甲兵の常識を覆す。

 

 その軽量さと機動性から、短時間ではあるものの“跳躍”することが可能なのだ。その三次元的な攻撃は、戦場においてほとんど悪夢であるといえる。

 

 

 

 バーニアを閃かせ、飛空艇の如き高速で砦から飛び出してきたケストレルが、立ち尽くすヴァリマールに向けて突進しつつ一閃する―――――誰もがそう思った。完全な奇襲であり、避けられるタイミングではないと。例外は、ヴァリマールが剣をゆったりと下げて“構えて”いることに気づいていたアルティナと、既にケストレルとの戦闘経験が十分にあるリィンだけだった。

 

 

 

 

 

 

『――――破甲拳!』

 

 

 

 

 

 ケストレルの持つ、節に分かれて伸縮する特殊な剣――――それを、左手に持った機甲兵ブレードの柄に絡めるようにして抑え、右手でカウンター気味に拳をコクピットに叩き込む。

 

 

 

 

『――――そ、そんな……っ!?』

 

 

 

 

 ―――――その圧倒的なスピードでオーバーヒートするまでもなく、一撃で崩れ落ちたケストレルに無言になる一同。

 

 

 

「……コクピット、強制解放します」

 

 

 

 サクサクとコクピットの緊急解放操作をしたアルティナがクラウ=ソラスで気絶した<S>を確認する。

 

 

 

「息はあります。気絶しているだけのようですね」

『――――よし、上手くいったな』

 

 

 

 何か来たと思ったらもう終わっていた。

 まあ内戦以前のリィンと戦ったことのあった<S>からすれば<C>ほどではないと油断するのは仕方のないことではあったのだが――――油断も原因の一つだっただろう。

 

 

 

『……ハハ――――やるようになったじゃねーか』

 

『あ、あれは……!!』

『<蒼の騎神>オルディーネ!』

 

 

 

 乾いた声で笑うのは、いつの間にやら来ていたらしいクロウ。

 当然ながら、カレイジャスからトワやジョルジュの驚いたような声がする。

 

 

『フッ、どうやらお仲間が心配で様子を見に来ていたみたいだね』

『……はは、まあな。しかし、あんな―――――容赦がないというか、なんというか。いやオレもマジでやらねーと危ないかもな………ま、一応礼は言っておくか』

 

 

 

 若干引いているクロウだが、一応ほぼ無傷で撃破し<S>を救ったことには変わりないと思ったのだろう。とはいえあんまりな一撃必殺に若干リィンの実力を測りかねていたのだが。

 

 

 

『その武器で勝てると思うな――――とか言おうと思ったんだが、大きなお世話だったかもな。まあ、お前らがその<紅き翼>でどこまでやれるか、楽しみにさせてもらうぜ』

『待ってて、そのうち絶対にクロウ君を取り戻してみせるから! ……心配かけた罰として、卒業までずっと掃除当番くらいは覚悟してもらうからね!』

 

 

 

 トワがカレイジャスから語りかけて飛び去っていくオルディーネを見送り、不意にリィンが言った。

 

 

 

 

『よし――――それじゃあ皆は“正面からアルバレア公を”頼む』

「……リィンさん?」

 

 

 

 なんとなく嫌な予感がしたアルティナがリィンの乗ったヴァリマールをジト目で睨んだのとほぼ同時に、ヴァリマールが飛び立ち。砦の上に乗ってそこから機甲兵ブレードを突き立てる。完全に砦の中をスルーして司令部に突撃する流れであった。

 

 

 

 

 

「ああもう――――仕方ないわね! Ⅶ組総員、私に続きなさい! 全速でリィンに追いつくわよ!」

「――――わたしはリィンさんに合流します」

 

 

 

 もちろん、今更置いていかれたくらいで諦めるアルティナでもない。

 クラウ=ソラスに乗って飛び立ち、見送るリスクとリィンを一人にするリスクを即座に判断したサラは、一人の方が無茶しそうなリィンのことを考えて決断する。

 

 

「っ、リィンを頼むわよ!」

「了解です」

 

 

「えー、アーちゃんだけズルい!」

「貴様はこっちだ!」

 

 

 

 ミリアムの首根っこを掴んでユーシスたちがオーロックス砦に突入し、リィンとアルティナがヴァリマールで最上階をぶち抜いて侵入する。

 オーロックス砦の戦いは始まった時点で佳境を迎えていた―――――。

 

 

 

 

 

 




分校長『壁を破った方が早いと思ったが、屋根とは。……やるな、シュバルツァー』
リィン「(なんてことを分校長なら言いそうだな……)上から行くぞ!」
ヴァリマール『応!!』


マクバーン「来たか」
デュバリィ「な ん で す の!? 上!?」
アルバレア公「………………」




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