黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
「――――全く、リィンの様子がおかしいから放って置くことになってたけど……ヒヤヒヤしたわ。アルティナちゃん……だったわよね。大丈夫だった?」
「……いえ。リィンさんですし」
そんなこんなで昼食になったのだが。鳳翼館の食堂ではリィンが男子に、アルティナが女子に囲まれていた。なんだかんだとずっとヤキモキしていたアリサ(アルティナの心配もしていたが一番の理由はお察しである)は、アルティナの返答を聞くとどこか安心したように苦笑した。
「そうよね。リィンだものね」
「ん。よかったね、アリサ。……全然信じてなかったし」
割と落ち着いていたのはフィーである。
曰く「団長も割とそういうところがあった」とかなんとか。
「し、信じてたわよ!」
「そういえば、アルティナちゃんに自己紹介してませんね」
顔を赤くして叫ぶアリサだが、周囲はリィンを心配しまくっていたのを知っているので華麗にスルーし。空気を変えようとエマがアルティナに声を掛けた。
「いえ、未来の皆さんにお世話になっていたので自己紹介は不要です」
「それじゃ、未来のリィンに興味があるかな」
と、フィーの一言に空気が変わる。
アリサ、ラウラ、エマ(と、一応セリーヌ)、エリゼが固唾をのんで、ミリアムがワクワクしながらアルティナを見守り。アルティナは微妙な顔でリィンを見てから言った。
「そうですね。リィンさんは新たに設立されたトールズ第Ⅱ分校の教官になったのですが、ミュゼさん……生徒の一人に迫られていましたね。ユウナさんの命の恩人でもあったみたいですし――――あと、夏至祭ではエリゼさんとアルフィン殿下の二人と踊っていました。………ですが、特定の女性との噂は無かったようです。ファンは多かったですが」
「―――――相変わらずというか、なんとかいうか」
「ひ、姫様ったら……」
一斉に女性陣(ミリアム除く)にジト目を向けられるリィンだが、素知らぬふりでエリオットと話していた。
「まあ、わたしは夏至祭の後に死亡していますので。それ以降のことはリィンさんに聞いてみて下さい」
「「「「…………」」」」
何気ないことのように語られた、とんでもなく重い話にどこか生暖かった空気が凍りついた。
「? どうかされましたか?」
「い、いや。その、大丈夫なのか?」
どこか気遣わしげなラウラだが、アルティナからすると<光の剣匠>も死んでいるのでむしろそっちに気を遣うべきではというところである。………そういえば、こういうことは言ってしまって構わないのだろうか。
アルティナがリィンに目線を向けると、ちょうどそのリィンが立ち上がったところだった。
「この内戦中でもこの後ケルディックが貴族連合に焼き討ちされたり、最後の戦いでクロウが死んだり――――まあクロウは生き返るんだが――――色々あるんだ。とりあえずなんとかできることはなんとかしたいと思ってる」
「「「焼き討ち!?」」」
「ケルディックが!?」
「それはいつだ!?」
「双龍橋制圧後、しばらくしてからだったと記憶しています。12月24日前後でしょうか」
「そうか……それならばまだ猶予はあるか」
あっさり正確?な日付を出すアルティナに、割合落ち着いた雰囲気が漂う。が、それでは済まない事情もその前にはあったわけで。
「……“前回”の双龍橋制圧は、エリオットのお姉さんが人質にされたのを救助したんだ。今回は俺とアルティナで潜入して、もしまた人質作戦があるようなら即座にフィオナさんの安全を確保。介入を最小にしつつ脱出するから、そのバックアップをしてもらいたいんだが―――――」
双龍橋の人質事件はそろそろである。一応、建前として正規軍と連携しないのは変えないが放って置くわけにはいかない。残っているもののなかで一番仲間の身内が危険に晒されているので、なんとかしておきたいリィンなのだが、エリオットとしても他人事ではない。
「姉さんが!? な、なら僕も一緒に――――」
「………エリオットも気配が消せればいいんだが」
「正直、成功確率を下げるだけですね。リィンさんならば確実に救助できると思いますのでカレイジャスと急行した方が良いかと」
流石にそう簡単に気づかれるつもりはないのだが、気づかれた時の危険を考えるとエリオットまで連れて行くほど余裕はない。
本当ならば人質にされる前になんとかするべきなのだが……内戦後のことを考えると色々と厳しいものがある。
「って、カレイジャス?」
「もしかして――――」
と、あっさり流されていた重要なワードを拾ったのはマキアスである。
久方ぶりに顔を綻ばせたアルフィン殿下に、リィンも笑みを浮かべる。
「――――ええ、先程第四機甲師団と連絡がついたそうです。明日にでもオリヴァルト殿下がユミルに来て下さると」
―――――――――――――――――――――
そうして休息日は過ぎていく。
アルティナはリィンとユミルの郷を巡り、日も落ちた頃。
「わたしも“任務”や“演習”でそれなりに多くの場所へ行きましたが――――ここは良い場所ですね」
山の中だけあってはっきりと見える星々を見ながら、足湯を体験しているアルティナは一日を振り返っていた。決して住んでいる人は多くないが、温かく、リィンの仲間ということで“身内”として迎え入れるユミルの人々は、“家族”のいないアルティナには不思議で、けれど心地よく思えた。
「ああ、そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」
「……ですが、リィンさんが不埒になった原因は分からずじまいでした」
てっきりどこかに不埒な人でもいるのかと思ったものの、普通に優しげな人達ばかりであった。
「って、何を調べてるんだ何を」
「拠点での調査は基本です」
本当は、知りたいことは他にあった。けれど、それはリィンに聞くことでしか知ることのできないもので。
自分が死んだ後、何があったのか―――――何故、過去に戻ってきたのか。何故戻ろうと思ったのか。それはパートナーとして協力するためにも聞いておくべきなのだろう。
結局のところ、まだ聞いていないのは居心地が良かったからだ。
一度は打ち切られてしまった、“この場所”に―――――リィンさんの隣にいられることが。パートナーとして、生徒として、あるいは協力者としてでも。
『いつかは終わる』、そんな当たり前のこと。
突然それに気付かされてしまった<黒の聖獣>との戦いでは、遠のく意識の中で『もう少しだけでもと続けば』と願った。あれが“悲しい”という気持ちならば――――貴方の隣に居たいと思う気持ちは何なのだろうか。
悲しみではない、けれど胸を引き裂かれるような痛みは。
もう一度、遠からず訪れるだろう終わりを“悲しい”と思えるのは、何故だろうか。
――――――だって、“聖獣”を斃す“剣”は決まっているから。
(わたしが、リィンさんの剣です。必ず守ってみせます。それが、きっとわたしの“役割”で――――やるべきことなのだと思います)
預言が覆らないのなら、その役目が果たせるのは二人しかいない。
“鉄血の子ども”であるミリアムさんと、そのためにリィンさんのパートナーになったわたしなら、どちらが“剣”になるかは明白だ。言ってしまえば、それだけのこと。
『………リィンさんは、何故過去に?』
聞いてしまえばいい。簡単なことで、それが合理的だ。
それが『誰か』を助けるためなら、きっとをわたしは“剣”になれる。
(でも、それなのに―――――)
それが『必要』なのだと言って欲しい――――その“役目”が不要でないと言って欲しい。自分でも役に立てるのだと、そう信じていたい。
それなのに、ここを離れたくないと思ってしまう。
「――――アルティナ、どうしたんだ?」
ぼんやりと見つめてきたアルティナに流石に不審に思ったのか、リィンが声をかける。
「……その、今後のプランについて考えていました。当面は“前回”をなぞるのでしょうか」
「ああ。マクバーンの問題はあるが――――…一対一ならなんとかなる。問題はリアンヌさんや他の執行者が来ないかだな」
「…………(じとー)」
「アルティナ?」
「いえ、“リアンヌさん”ですか。……またも不埒な気配がしますね」
「え゛。いや、その。<黒の工房>に捕まった時に助けてもらったというか……」
獅子心皇帝にどこか似ているリィンにけっこう好意的な<鋼の聖女>がいたりしたが、完全に余談である。累計三回ほど部下にならないか誘われた。
てっきり不機嫌になるかと思われたアルティナだったが、それを聞くとむしろ肩を落とした。
「…………………そう、ですか」
自分の知らない間に助けられていた――――自分は何もできなかった。
死んでしまっているのだから当たり前なのだが、生きていればという想いは絶対に叶えられないと“分かっている”からこそ歯痒く思えた。
“悲しい”――――知らなかったはずの感情が、こんなにも簡単に湧き上がってくる。
こんなことならば、知らないままで――――そんなことを考えた時、温かい手がそっと頭に触れた。
「――――――俺が“此処”まで来れたのは、アルティナのお陰だ」
<八葉>の業なのだろうか。
こうして時折異様なほどの鋭さを見せる、“本質”を見抜く力――――それこそが、“不埒さ”の原因の一つなのではないだろうか、などとアルティナが考えた時。
「―――――だから、“今度”は俺が守るよ」
「…………リィンさんを守るのは、わたしの役目なのですが」
思い切り不満げなアルティナに苦笑するリィンだが、動じることなくアルティナの頭を撫でて言った。
「俺は役目じゃないが、アルティナは大切な“相棒”だからな。そのための“力”もある――――全て上手く行けば、この内戦で“呪い”を断ち切ることもできるかもしれない」
「…………呪い、ですか」
「だけど、全て終わったら。またユウナやクルト、アッシュやミュゼに会いに行こう。“前”と同じにはならないかもしれないが、それでも――――きっと、また仲良くなれるさ」
「――――はい」
<黒の聖獣>と戦った時まで、あとおよそ二年。
行き着く先が見えていても、それが逃れられない死だとしても。
せめて、その時が来るまでは―――その時が来たとしても、この人の隣にいたいと思った。
4月2日22:20修正:双龍橋について、若干言い回しを変えました。
4日8:10修正 :双龍橋にマクバーンはいませんでした。