黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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その9:いざレグラム

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な…っ!? 何だこれは、何が起こっているというのだ…!」

 

 

 

 燃えていた。地上に太陽が落ちたかのような閃光が瞬き、オーロックス峡谷道を黒い焔が駆け巡る。その一撃で山が燃え、二撃で山が砕け、三撃で山の残骸が溶け落ちる。

 巻き込まれた機甲兵の半身が一瞬で赤熱し、半ば溶け落ちたコクピットから悲鳴を上げて貴族連合の兵士が飛び降りる。

 

 

 

 

『―――――ク、ハハハハハッ! いいじゃねぇか灰の小僧…ッ!』

 

 

 

 その黒い太陽の中心。渦巻く焔の中心で嗤う魔人が手を振りかざすと焔の嵐が巻き起こる。世界の終わりを予感させるかのようなその嵐に、一人の青年が真っ向から立ち向かう。

 

 

 

『悪いが、これ以上アンタと遊んでいる暇はない―――速攻でカタを付けさせてもらう!』

『いいぜ、やってみろよ。――――テメェが燃え尽きる前にできたらなァ!』

 

 

 

 太刀を振るう。

 風が巻き起こり、青年の纏っていた蒼い焔が細波となって黒い太陽で塗りつぶされた峡谷に僅かに広がる。

 

 

 

 

『――――八葉が太刀は“無”にして“螺旋”――――オオオオォォ…ッ』

『オラ、オラオラオラオラ! さァて、こいつで仕上げだ!』

 

 

 

 闘気が渦巻き、蒼い球体へ。そのまま青年は加速しながら一直線に黒焔の奔流に向けて駆け出し。闘気を激しく渦巻かせながら、今にも黒い太陽を放とうとする焔の魔人に向けて飛び立つ。

 

 

 

 

『一の太刀――――鳳凰裂波ッ!

『ジリオン――――ハザード!』

 

 

 

 暗雲を吹き散らすが如く、黒い焔を吹き散らして蒼い焔の鳳凰が羽撃く。

 迎え撃つのは黒き太陽。膨大な熱量によって視界が歪み、焔に触れていない場所さえも圧倒的な熱量に晒されて灰になる。

 

 蒼い焔と黒い焔は拮抗し、それを見た魔人は嗤いながら次の太陽を生み出す。

 その程度が全力ではないと示すように、それで全力なのかと試すように。

 

 

 

 

 

『そらァ、もう一丁追加だ! ジリオン、ハザードォォッ!』

 

 

 

 

 鳳凰に食らいついた黒い太陽を更に飲み込むように、一回り大きな太陽が現れる。そのあまりの熱量と輝きに周囲の地面は溶岩となり、空の太陽すらも霞む。

 

 

 

 

 

―――――そして、蒼き鳳凰も太陽に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 半日ほど前――――朝、ユミル・シュバルツァー男爵邸。

 

 

 

 

 

「……あの、兄様?」

「…………どうした、エリゼ」

 

 

 

 食卓には重い、というか困惑したような空気が漂っていた。

 何かを諦めたような顔で食卓につくリィン―――そして、その膝の上でもぐもぐとパンを咥えるアルティナ。

 

 

 

「いえ、その……何かあったのですか…?」

「………いやその、正直俺にもよく分からないんだが」

 

 

 

 ちらり、とリィンが視線を向けるとほんのり微笑んだような気がするアルティナは、新しいパンを取ってリィンの口元に差し出す。いや、なんかもう既に感情が豊かになっている気がするんだがと内心で頭を抱えるリィンだが、せいぜい過去に戻った影響なのだろうということくらいしか分からない。

 

 

 

「リィンさん、どうぞ」

「……あ、ありがとう?」

 

 

 

 受け取らないわけにもいかず、素直に食べると何故だが部屋の温度が下がったような気がして。

 

 

 

「………………兄様、スープもいかがですか?」

「エリゼ…?」

 

 

 

 隣にいたエリゼが真顔でスープ皿を持って近寄ってきて、思わず両親に視線で助けを求めるリィンだが、シュバルツァー夫妻は二人で顔を見合わせると言った。

 

 

 

「うむ。やはり今日も飯が美味いな……」

「今日のお魚は新鮮ですから……」

 

 

「……どうぞ、リィンさん。ベーコンです」

「兄様、スクランブルエッグもどうぞ」

 

 

 

 まさか拗ねたのか、ぐいぐいベーコンを近づけてくるアルティナと有無を言わさぬ笑顔のエリゼに挟まれてリィンはわけも分からずに胸焼けを起こすまで食べ続けることになった。

 

 

 

 

 

 

…………

………

 

 

 

 

 

「と、いうわけで。皇女殿下がいらっしゃっていて、かつ貴族連合に場所がバレている以上はいつ攻め込んでくるか分からない。一応、防御策はクレア大尉にお願いしましたが」

 

 

 

 と、リィンが視線を向けるとユミル周辺の地図に色々と書き込んだものをテーブルに広げたクレア大尉が口を開く。

 

 

 

「はい。ミリアムちゃんやフィーさんにもご協力いただいて、ユミルの周囲に警戒線を張りました。また、鉄道憲兵隊からの派遣もありますので、飛空艇も含めて至近まで近づかれてから気づくことはないはずです」

 

「ん。潜入もしにくいはず」

「相手がレクターみたいなのじゃなきゃ平気だと思うよー」

 

 

 

 たしかにレクター少佐、もとい大尉相手ならどんな罠を張っても楽々と侵入されそうではある。とはいえ仮にも<鉄血の子供達>であるレクター大尉が現時点で真っ向から皇族を敵に回すとも思えない。

 と、そこでアルティナが言った。

 

 

 

「……貴族連合旗艦、パンタグリュエル号には<蒼の騎神>や<深淵の魔女>を含めた強力な単体戦力があります。また、結社の執行者が集まった場合にはリィンさんがいても防衛は困難かと」

 

「蒼の騎神――――クロウか!」

「リィンでも勝てないのね…」

 

 

 

 憂鬱そうなマキアスに、大分リィンの実力を実感させられたアリサ。

 リィンは冷静に、結社の執行者を思い出しつつ言った。

 

 

 

「一応、<結社>の執行者は単独相手なら負けるつもりはない。とはいえユミルにいるのがバレているのは好ましくはない。……クレア大尉、あの話は?」

「――――ええ。ちょうど先程、第四機甲師団が<紅き翼>と連絡を取れたそうです」

 

 

「紅き翼……カレイジャスとですか?」

「ええ。アルフィン殿下がご無事であることをオリヴァルト殿下に伝えていただこうと思いまして」

 

 

 

 僅かに明るい雰囲気になったアルフィン殿下に、安心させるようにリィンが言う。

 つまり、身も蓋もなく言えばユミルでの保護が限界なので、”前回”と同様にカレイジャスになんとかしてもらおうという作戦である。……それくらいしか安全を確保できないということでもあったが。

 

 

 

「紅き翼にはアルゼイド子爵もいらっしゃる――――並大抵の相手に遅れを取ることはないだろう」

 

 

 

 実際には<火焔魔人>、<鋼の聖女>、<黄金の羅刹>とかなり危険な相手はいるのだが、マクバーン以外は子爵閣下なら現段階はなんとかなりそうである。

 と、場の空気が和んだところで本題である。

 

 

 

「……と、いうわけで。俺はヴァリマールでラウラ、エマ、ユーシスと合流を図る」

 

「「「………」」」

 

 

 

 視線に物理的な力があったら突き刺さっているだろうというほどにリィンに視線が集中する。

 

 

 

「えー……それで、結社に詳しいアルティナも連れて行くことにした」

 

 

 

 

 

 

「まあ、リィンだしね」

「……まあ、そうよね」

「リィンだし、仕方ない」

 

 

 

 呆れというよりも、どこか苦笑するような空気にむしろリィンが驚き。

 

 

 

「え、いや……いいのか?」

 

「良いのか、じゃないわよ。リィンがそういう子を放っておけない性格だってことくらい私たちだって分かってるんだから」

「ん。リィンがいない間の守りは任せて」

「正直色々と言いたいことはあるが――――それはそれだ」

「でも、次こそは連れて行ってもらうからね」

 

 

 

 

 なんだかんだと不服そうにしつつも笑顔で見送ろうとしてくれる仲間たちに、リィンもまた笑顔を返した。

 

 

 

 

「―――ああ、次からは総力戦になるかもしれないからな。頼りにさせてもらう」

 

 

 

 

 作戦の決行が決まれば、後は早い。

 対策を取れる相手も少ないため、とにかくパンタグリュエルのような飛空艇での接近と郷への直接転移を警戒するしかないのだ。

 

 よって、リィンがするべきはなるべく早く仲間を見つけて帰ってくることであり。ヴァリマールが精霊の道を開き、今度はエマがいるということもあってセリーヌを含めた二人と一匹の短い旅路が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 1時間後。ローエングリン城・ホール

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――くっ、これは……」

「また新たな幻獣!?」

 

 

 

 

 ローエングリン城の決して小さくはないホールを埋め尽くさんばかりにその巨体を顕す幻獣、ゼルベノム。今幻獣を一体蹴散らしたばかりのラウラとエマには、少しばかり負担が大きい相手で―――――そして、来たばかりの青年には獲物に過ぎない。

 

 

 

 

 

「おおおオオオォッ! ――――奥義、鳳凰裂波!」

 

 

 

 

「……なにっ!?」

「ええっ!?」

 

 

 

 

 突如、どこかで聞いたような声と共に飛来する蒼いフェニックスっぽい何か。

 それは凄まじい速度で幻獣に“着弾”すると、その闘気を爆発させ。更にリィンがすれ違いざまに斬り裂くことで二度の大爆発を巻き起こる。

 

 

 

 呆然とするラウラとエマの前で幻獣は悲痛な叫びと共に一瞬で退場し。

 

 

 

『……うわぁ。もうアイツ人間辞めてるんじゃない?』

「………リィンさんですから」

 

「まあ、こんなところか」

 

 

 完全に諦めムードのセリーヌと、何故か得意げなアルティナ、そして感触を確かめるように剣を軽く振るって納刀するリィンに気づき、エマとラウラは言った。

 

 

 

「……セリーヌ!? って、リィンさん!? な、なんだったんですか、今のは!?」

「―――――素晴らしい剣技だな。よほどいい修練に恵まれたと見える」

 

 

「剣技なんですか、今の!?」

「む? 剣技以外にないであろう。私も獅子を出せるまでになったが……あれほど美しい鳥とは、是非とも手合わせ願いたいものだ」

 

 

 

「剣技って一体……」

「(こくこく)」

 

 

 

 頷いているアルティナと眼が合ったエマは、なんだかこの子とは仲良くなれそうな気がしたという。

 

 

 

 

 

 







ラウラ「あの技は………!? リベールの伝説の!?」
エマ 「え、えっと………知っているんですか、ラウラさん…?」


ラウラ「うむ、S級遊撃士<カシウス・ブライト>殿が扱う『親父フェニックス』に間違いない」
エマ 「…………お、おやじ…? リィンさんは親父ではないような」



アルティナ「では、リィンさんなら『不埒フェニックス』ですね」
リィン 「た、頼むから止めてくれ……そんなのが広まったらユン老師になんて言われるか」



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