黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
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―――――あの日。全ての終わりが始まるとされた日。
私はリィン教官を、ユウナさん、クルトさん、ミュゼさん、アッシュさんを、ミリアムさんも含めた皆さんを守るために命を落とした。
身体の中身が抉り取られて、クラウ=ソラスもバラバラになって、宙に投げ出され。ヴァリマールの手に包まれて意識を失った。間違いなく致命傷だった。
(―――――リィンさんは、“私”が……必ず)
守る。命に、魂に代えても。
それが、役目だから―――――リィンさんだから。
『――――――アルティナぁぁァァアアッ!』
『そんな――――アーちゃん!』
身体が冷たい。心も冷たい。
……これが、寂しいという気持ち? それとも、怖い?
でも、後悔はない。なのに、どうして―――。
「リィン……さん………わ、たし…………いっしょに」
また、任務にいきたいと思った。
演習でも、政府からの要請でも。リィンさんと一緒に旅をするのは、戦うのは、街を巡るのは、とても楽しかったから。嬉しかったから。好き、だったのだと思うから。
―――――もう、行けないんだ。
眼から、雫がこぼれ落ちる。
そうして、初めて気づいた。これが――――悲しいってことなんだ。
もう、支えることができない。笑い合うことも、怒ったり怒られたりすることも、泣くこともこれでおしまい。
「……あり、がとう」
貴方に会えてよかった、とか。ごめんなさい、とか。
言いたいことは沢山あるのに、声がもう出なかった。
これでおしまい。
決められた流れの通りに、わたしは私が生まれた虚無に帰る。
でも、どんなに暗い闇でも。どんなに冷たい悲しみの底でも。
それでもきっと、貴方の温かさを忘れない――――。
―――――――――――――――――――――――――――
ふと気づくと、わたしはクロイツェン州にある、内戦でルーファス・アルバレア総督が極秘の行動のために使用していた隠れ家に立っていた。
(………? これは、一般的に走馬灯と言われるものでしょうか)
いつか見た光景のように地図が置かれ、ルーファス総督……この時はまだ総督ではなかったか。彼はいつかした説明をした。
「さて。<魔女>殿によるとそろそろ<灰の起動者>がユミルに戻るそうだ。それに合わせて我が父アルバレア公爵は皇女殿下がユミルに滞在してるという情報を得る。が、正規軍が健在な今、動かす余裕のある部隊は少なく、また皇女殿下に拒まれる可能性を考えてユミルには猟兵を――――<北の猟兵>を差し向けるだろう」
実際には内戦後のことも考え、こういった汚れ仕事に北の猟兵が関与するように仕向けていたのでしょうね、と考えながらも聞いているとついに話は佳境になった。
「そこで、君には灰の起動者であるリィン・シュバルツァー君が彼らと戦っている隙に皇女殿下と――――彼の妹であるエリゼ・シュバルツァー嬢を“保護”してもらいたい」
「質問があるのですが」
「? ふむ、何かな」
どうせ走馬灯なのだしいいだろう、とせっかくなので聞いてしまうことにする。
「――――猟兵が任務の障害になりそうな場合には、排除しても構わないでしょうか」
「そうだね。まあ“襲撃した”という事実さえあれば後はどうなっても構わない。一応、それなりのところで<魔女>殿が回収する手はずにはなっているが」
「なるほど。ではもう一点だけ。――――エリゼ・シュバルツァー嬢を“保護”する理由がよく分からないのですが」
「それは――――そうだな、“計画”のために必要だとだけ言っておこうか」
その“計画”に必要なのか――――つまり、リィン教官……リィンさんのお人好しぶりなら皇女殿下が攫われたというだけで内戦に関与することになりそうだという意味だったのですが。正直、わたしがリィンさんに嫌われる理由くらいにしかならないような。
けど、ここで妙な真似をしなければ―――――もう一度リィンさんに会えるはず。そうして内戦が終われば、もう一度任務で各地を巡って、もう一度Ⅶ組になれるかもしれない。それはとても魅力的な考えで、走馬灯が終わらないでほしいと願うには十分で。
「……了解しました。任務を開始します」
「ああ、飛空艇で途中まで送る手はずになっているから空港の例の窓口に向かってくれたまえ」
「わかりました」
いつかのように頷き、いつかのように部屋を出る。
そしてそのまま、クラウ=ソラスのステルスモードを用いて空港まで飛んだ。
………………
………
…
さて、ユミルである。
このあたりまで計算済みなのか、ちょうど猟兵団が到着する直前に到着した私は“前回”よりも近く、クラウ=ソラスのステルスモードでシュバルツァー男爵家の屋根の上で待機する。
すると北の猟兵がユミルに乗り込んだかと思うと威嚇のために発砲。
魔煌兵の接近に伴って男爵邸に住民が避難していたこともあり、男爵邸以外は郷が無人だったのだ。対応のためにシュバルツァー男爵が屋敷を出て、皇女殿下を出すように要求される。
しかしそこはあのリィンさんの育ての親。もちろん素直に応じるはずもなく隙のない構えで相手を牽制し――――耐えきれずに皇女殿下が出てきたところで状況が動いた。
相手が普通の貴族連合の兵士なら、これで終わっただろう。
最悪でも皇女殿下が自分が行くので手を出すなと言えば、それ以上は何もできなかったはずだ。
しかし相手は猟兵。なんとか皇女殿下を止めようとしたシュバルツァー夫人が気絶させられ、それに気を取られたシュバルツァー男爵が銃撃される――――――ところで、わたしはクラウ=ソラスをステルスモードにしたままその射線に割り込んだ。……正直、またリィンさんに責められるのは気が重かったので、これくらいはしておいてもいいと思ったのだ。
「―――――何っ!?」
見えない何かに銃弾が弾かれたことで、どちらの動きも停止する。
後は適当に距離を取って、リィンさんと<深淵の魔女>が話しているあたりで皇女殿下を回収させてもらおうと考え―――――。
「秘技―――――裏疾風」
(―――っ!?)
悪寒を感じ、ステルスモードが解除されることにも構わずクラウ=ソラスから身を投げ出す。――――見えたのは空に浮かぶ<灰の騎神>。そして――――そこから着地し、今にも斬りかかろうとするリィンさんの姿。
そして何より―――――“眼が合った”。
ステルスモードが何故見破られたのか――――リィン教官でも気配くらいしか分からなかったはず――――はともかく、銃撃に割って入ったのは迂闊だったらしい。
かなり<疾風>を見慣れているはずのわたしでも、かつ雪上という悪い足場にも関わらず目にも捉えきれない速さで傭兵団が切り捨てられていく。
(――――戦ったのはパンタグリュエルの一度だけでしたが、この時点でも“鬼の力”は警戒をもう一段引き上げるべきですね)
そんなことを考えつつも雪上を転がって<裏疾風>の有効射程から離脱し。
顔を上げると見えたのは予想以上の威力のせいでガードさせたにも関わらず錐揉みしながら吹き飛ぶクラウ=ソラスと、既に全員倒された傭兵団。そして―――――驚くほど冷たい眼でこちらを見ているリィンさんの姿で。
(――――…っ!)
ひどく、心が痛んだ。
想定を遥かに上回る強さだったことなんて関係なく、純粋にショックを受けた。
(―――――リィン、さん)
―――――これで、『リィンさんの味方になりたい』と言えればどれだけいいだろう。
しかしそんなことをすれば、唯一の後ろ盾である貴族連合、ひいては帝国政府とオズボーン宰相を敵に回すことになるだろう。それはあの幸せな日々がやってくることが無くなるという意味で。
「――――っ! お願い、クラウ=ソラス!」
迷いを振り切るように叫び、吹き飛ばされていたクラウ=ソラスが体勢を立て直してリィンさんと私の間に立ちふさがる。
さあ、後は“鬼の力”の制限時間だけ耐えればいい。あるいは大技を<ノワールクレスト>で防いでしまえば――――と、考えたまさにその瞬間。リィンさんの<気>が大きく膨れ上がるのを感じた。
<蒼炎の太刀>か、最悪何かの間違いで<終の太刀・暁>を、そして<七の太刀・落葉>を放たれたとしても問題なく防ぎきれる。これで勝てる。後は皇女殿下に、ひいてはリィンさんに嫌われすぎないように気をつけなければ――――。
「バリア、展開します……<ノワールクレスト>!」
わたしは勝利を確信し。
そして、視界からリィンさんの姿が消えた。
「―――――なっ!?」
「―――――――無念無想、我が一刀は<無>」
いや、確かにリィンさんはそこにいた。
暗雲と雪原が広がる大地に佇むような、限りない自然体。極限まで気配を溶かし、刀だけが眩い気を束ねて煌々と燃えていた。
知らない技。知らない奥義。
愕然とするものの、既にバリアは展開している。リィンさんが結局使わなくなった技くらいならばなんの問題もないはず、と考え――――。
一閃。
閃いた切っ先が暗雲を払い、星空が輝くように。
一閃。
雪が溶け、大地に命が芽吹くように。
一閃。
地平を切り裂き、新たな陽が昇るように。
一閃。一閃。一閃。一閃。次々と閃の軌跡が宙に輝く。
そして私は、それらの一閃が全てバリアを『何も無かったかのように』切り裂いていることに気づいて。「守る」なんていう消極的な策をとったことを後悔するけれどもう遅い。
暗闇を切り裂くように、星を、夜を、大地を、斬れないものを斬り裂く太刀。
「――――七葉の太刀<暁>」
前にいたはずのリィンさんが私の後ろで刀を鞘に戻し。
瞬間、全てが夜明けに変わる。星が、空が、大地が、暁を告げる太陽が輝く。
かつての不完全な奥義ではなく、何もかもを斬り裂くと思わせる刃。しかしそれはただの一面でしかなく。
「――――――え?」
気づく。身体が動かない。
それどころか操っていた糸を切られた人形のように、わたしの身体が無様に雪に埋まる。冗談ではなく指の一本たりとも動かせない。
そして、クラウ=ソラスも地面に崩れ落ち――――。
「……クラウ=ソラスっ!?」
ない。ない。ない。無くなった。
一度も無くなったことのないはずのクラウ=ソラスとのリンクが消え、わたしと同じように物言わぬ人形となって地面に転がる。
そんなクラウ=ソラスに必死に手を伸ばそうとするのに、首から下がぴくりとも動いてくれなくて。そのまま、刀が首筋に突きつけられた。
「―――――終わりだ」
「………ぁ」
撤退――――そんな言葉が今更になって脳裏を過るも、もう指一本も、クラウ=ソラスさえも動かせない。終わり? じゃあ、これからどうなるのだろうと呆然と考える。
任務は失敗。
何もできずに内戦が終わってしまったら、あっけなくリィンさんに負けてしまったら。<灰色の騎士>の監視役になんてなれるはずもない。
歯を食いしばって身体を動かそうとするのに、わたしはついさっき死んでしまった時と同じくらいあっさりと負けていた。
「…………ぅ、く」
どうにもならない。リィンさんに他愛もない敵だと思われたまま見下されておしまい。
あんなふうにリィンさんに良く思われようなんて余計なことをしなければ、もっと警戒していれば、と後悔してももう遅い。
(………走馬灯ではなく、悪夢でしたか)
死んでしまった後に、また楽しい夢が見られるはずもなかった。
諦めて雪に顔を埋め。情けなさに少しだけ涙が出た。……死んでしまった時に泣いて、癖になってしまったのでしょうか。
と、不意に皇女殿下の声が響く。
「あ、あの――――リィンさん、その方は!」
「………いえ、すみません殿下。ミリアムと同じ<戦術殻>――――ほぼ間違いなく情報部の人間でしょう。しかもこのタイミング、貴族連合の中で猟兵での襲撃に反対する人間の指示で動いているはずです。しかし目的は同じく殿下の“保護”かと」
雪に埋もれていなければ、動揺が顔に出ていたかもしれない。
(――――本当にリィンさんですか…?)
まるですべて知っているかのような―――――と、そこで“理”に至った剣聖は全てを知っているかのように感じるという情報を思い出す。
しかしそれと同時に、有り得ないはずの想像も頭を過るのだ。
(………リィン、教官?)
ほんの僅かな希望。
それに縋ろうとした私はしかし、腕を、足を縛られて雪の上を仰向けに転がされた時点で捨てさせられた。
「―――――さて。悪いが知っている情報は吐いてもらうぞ」
まるでどこかの“誰か”のように、冷酷に見下ろす。
そして私は目隠しをされ、おまけに猿ぐつわまで噛まされ。そのままどこかへと運ばれる。
(…………だ、誰ですか……っ!?)
もうわたしの知っているリィンさんはどこにもいないらしくて。
もしかして此処が地獄というものなのでしょうか。
捏造奥義『七葉の太刀・暁』全体攻撃 威力5S 絶対防御・物理反射貫通
<無>の境地。すなわち完全に太刀と一体化し、夢想にて斬れざるものをも両断する無双の太刀。敵にリンク切断状態を付与3ターン。自身にステルス状態1ターン。なおこのステルス状態中にSクラフトを受けると<夢想覇斬>で割り込み反撃する隠し効果つき。ひどい。
ぼくのかんがえたさいきょうのわざ。