マチグルイー街狂ー   作:紙袋18

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旅するお話です。なんかそれだけです(笑


「終わる街」

 

「どうして・・・何故こんな・・・」

 

未だ燃え盛る炎の中に、数時間前まで笑って過ごしていた友が居た。

もはや表情も着ていた服も髪型もわからないほどに真っ黒な炭になってしまったが。

360度周囲を見渡してみても、その景色にさほどの違いはもはや無い。

赤、赤、赤。

炎に包まれた建物は消える事無く存在を主張するように燃え続け、どこかで燃え尽きて崩れ落ちる音が際限なく聞こえてくる。

視界に入る動くものは赤と黄色の不定形のみ。

それに包まれて踊り狂う生き物は大体真っ黒になって動かなくなってしまった。

地面には赤い血液がところどころ池をつくり、さながら地獄のようだ。

 

全てが燃えている。近代的な街も、そこに住む人も、日々道路を走っていた車も、大人も子供もなにもかも。

この街は終焉を迎えるのか。人は居なくなり、■■■■だけが残るのか。なんて、なんて屈辱的で絶望的でくだらないんだ。

僕は、普通の生活を送っていただけなのに。

 

そして、腹を切り裂かれて臓物が零れていた人間は、黒くなった友が呼ぶ炎の中へ倒れ込み、そして何もかも見分けが付かなくなった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ようこそ!この街は素晴らしい場所ですよ!是非いろいろ見て回ってくださいね!」

 

「はあ、どうも。」

 

「もっと元気だせやクロ。」

 

「うっさいシロ。舌引っこ抜くぞ。」

 

「おおこわいこわい。」

 

 

いつものやりとりを済ませると、ニコニコとした観光案内の女性はまた話し始める。

 

「うふふ、仲がよろしいんですね!ご夫婦?」

 

なんてことを言われるのもよくある話ではあるのだが、このナリを見て本気でそう思う人間がこの世に何人いるものだろうかと常日頃から思っているので、冗談か何かか挨拶程度のスキンシップのつもりで質問しているのだろう。

そしてそれはその通りで、当然夫婦などではないし、付き合ってもいない。お似合いカップルなどと呼ばれるだけで虫唾や寒気が総動員して背筋を全力疾走するような感覚に見舞われる。

だが、それは私「クロ」が思っているだけであるようで、相方「シロ」にとってはまんざらでも無いようなのがさらに腹立たしい。

故に、街に入って観光案内を訪ねる時は大体不機嫌なのだ。反してシロは上機嫌になるのだが。

 

「・・・いや、違いま」

「っそーなのよ、夫婦でのんびりまったり旅行中!いやー、さすがに1週間歩いても地平線しか見えなかった時は死を覚悟しましたけどね~!夫婦心中?みたいな?いやでも街があって助かりましたよーお世話になりますね!夫婦ともども!なんちゃって、って痛い!何すんだよクロ!」

 

長旅用に特別に作られた底の厚いブーツの踵でシロの足を踏んで、捩じる。

グリグリと効果音が聴こえそうになるほど強く踏んだつもりだったが生憎そこまで痛がっている様子も無い。・・・頑丈な奴め。

 

「別に。なんでもない。それで、数日滞在したいのだけど、一番安いホテルとか安い割にものすごく美味しいレストランとかタダで入れる歴史資料館とかそういうものを教えて欲しいんだけど。」

 

隣で無視されて不貞腐れているシロを放置して、当初の目的通り観光案内をしてもらう。

基本的に素寒貧な旅路なので高級ホテルなど夢のまた夢だ。ああ、パッサパサのパンとか携帯食料意外の物が食べたい。主にステーキとか。

 

こちらの要望を伝えると、観光案内の女性はクスリと微笑を浮かべる。

「なるほど。そういうことでしたら、こちらのホテルがオススメですよ。お値段も安いですし、この街の一般的な料理も食べられますよ。」

 

手元にある引き出しから1枚のチラシを出し、こちらに見えるようにデスクの上に置く。

宿泊施設がいくつかまとめて情報が載っており、宮殿のような豪華な部屋の写真だったり、タダのワンルームのような部屋の写真もある。

 

よりどりみどりという程たくさんの種類があるわけでは無いが、懐事情によって選ぶくらいの種類はあるようだ。

その中で下の方に文字だけで載っているホテルが指さされている。

 

「確かに安い。しかも朝食が付いている。・・・シャワーはついてますか?」

 

「はい、ついてますよ。」

 

「シロ、ここにしよう。」

 

「へいへい。野宿以外ならどこでもええですよ。」

 

「いつまで拗ねてるんだよ。」

 

「拗ねてねーよーだ。」

 

ふーん、とそっぽを向いている相方。

シロの長身の所為でそっぽを向かれるとその表情を窺い知ることは難しい。

低身長である自分の育ちが悔やまれる。よりにもよってなんで155センチなんて小さい造形で育ってしまったのか。

 

観光案内の女性など、仲がよろしいんですねなんて呑気な事を言っている始末。

これ以上面倒くさい状態になる前に訊くことを訊いてさっさと出発しよう。

そう決めると、街のマップを貰ってレストランの場所や観光名所などを尋ね、赤いペンで丸を付けていく。

 

 

 

 

 

 

「んあーあ!やっと終わったのかよ。どうしてこう女ってのは話が長いのかね。」

 

「シロに言われたくない。お前の方がよっぽど長話だろ。」

 

「へいへい。それより、ホテルに行こうぜ。もう夜になっちまった。」

 

「そうしよう。こう暗いと探索しようがない。それにしても―――」

 

「ああ、なんでこう――――」

 

 

「「暗いんだろうな。」」

 

 

 

街の入口すぐ傍にある観光案内所から一歩外に踏み出すと、すでに街の明かりは消え、数少ない電灯が申し訳程度に道を辛うじて見える状態に保っている。

寂れた田舎の様相なのかと勘違いする程だったが、実際は10階建て程度のビルが立ち並ぶそこそこの近代都市。

ネックレス代わりに首からぶら下げている小型の懐中電灯でもらった地図を照らしながら見ると、街自体もかなり広いことがわかる。

8割方は舗装された道路に、所狭しと並んだ清潔感のあるビル群。ガラス張りでデザイン性に凝ったものもあれば、白くてデカイ豆腐のような見た目の機能性重視な建造物も見受けられた。。

 

反面、一戸建ての住居というものはパッと見では見つからない。看板が少ないことを見るとこのビル群は多くが人が住んでいるマンションなのかもしれない。

しかし、随分と進歩した街のように見えるが、こうまで暗いというのはどういうことか。

発展した街は例外なく光が漏れているものだと認識していたのだが、その認識をこの街を機に改めなければならないかもしれない。

 

そしてなにより、夜になって暗闇に包まれているとはいえ、街を歩いている人間が誰もいない。

到着した時はすぐに案内所に入ってしまったので気にしなかったが、まだ夜になって間もないハズなのに、整えられた道路を挟み込むように延々と並んだ典三物からは光が全く漏れていない。

当然車など走っていないし、道路の端に停車しているものも無い。

ふと振り返ると、つい数分前まで煌々と照明で照らされていた観光案内所の電灯もすべて消え、もはやどこにあったかすら曖昧な状態になっていた。

 

 

「―――なんか不気味。」

 

「そうだな~。だがまあ死んだ街じゃねえし、観光案内されたんだからホテルはあるだろ。いこうぜ。」

 

「そうだね。そうしよう。」

 

 

か細く照らす電灯が作る短い影と長い影は、シン、と静寂に包まれた街中をカツカツトコトコと足音をわざとらしく響かせて歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っがー!つかれた!」

 

「おい、先にシャワー浴びるぞ。」

 

「レディーファーストって言葉を知らないのか君は。」

 

「女として見られたいんならいつでも大歓迎だぜ?クーロちゃん?」

 

「オサキニドウゾ」

 

「へへへ、おっさきにー」

 

 

ガララとシャワールームのドアを開く音がして、すぐにバタンと閉まる。

中からうわ、マジでシャワーしかねえのかよ、という声がする。

 

安宿なのだ、バスタブが無くても文句など言えまい。

 

 

ホテルは割とあっさり見つかった。

というより、暗闇の中でポツンと一つ明かりがともっている建物があり、電灯に群がる羽虫のようにフラフラと覗いてみたら探していたホテルだっただけなのだが。

いらっしゃい、と禿げかかった頭と無精ひげの男性――60歳程だろうか―――が不愛想に声を掛けてきた。

安宿で愛想など求むべくも無しか、と別に落胆することもなく、数日滞在したい、出立日は決めてない、朝食は食べたい旨を伝える。

 

「・・・一部屋でいいのかい?」

 

「ええ、一部屋でかまいません。」

 

「俺達ラブラブだもんなー!――ぬがっ!」

 

「ダブルベッドは置いてないが」

 

「かまいません。一部屋で。」

 

「・・・わかった。202号室だ。鍵はこれ。外出するときは預けること。朝食は朝9時頃にコールするから食堂へ。他に質問は?」

 

踏まれた足をプラプラさせて痛って~とぶつくさ言っているシロを横目に、必要事項を伝える男性。

おそらくいろいろと誤解されている恐れがあるが、数日の間しか顔を合わせない人間に何を思われた所で関係の無い話だし、詮索されたところで本当に何もないから何の問題も無い。無いったら無い。

 

 

「わかりました。ありがとうございます。いくよシロ。」

 

「おう、―――熱い夜を過ごそうぜクロ――んがっ!!」

 

「・・・お嬢さん」

 

清潔な―――安宿の割にと頭につくが―――階段を昇ろうとしたところで声を掛けられる。

となりでお嬢さんだってよぷくくなどとほざいている奴は後でぶんなぐるとして返事をする。

 

「はい、なんでしょう。」

 

男性は大まじめな顔をしている。何か危険なことでもあるのだろうかと集中して話を聴く。

 

「ティッシュは何箱必要かね?」

「いりません。」

 

勘違いされていた。

 

 

 

 

 

 

埃だらけのコートをはたいて大ざっぱに汚れを落としてハンガーに掛け、そのままベッドに倒れ込む。

そして今に至るのである。

 

 

「シャワー、浴びたかったな。」

 

ボソッとつぶやく。といってもシロは烏の行水なので数分も待たずに暖かいお湯の恩恵に預かれるのではあるが。

ベッドは小さく、1人で寝っ転がったらよほどくっつかない限り2人は寝られない。

最初からベッドを明け渡すつもりは無いので床で寝てもらおう。

そもそも190センチあるシロはこの小さいベッドに収まらない。精々膝のあたりまでだろう。大の字になったら腕もはみ出すに違いない。

 

部屋自体も狭く、ベッドとシャワールーム、トイレがあり、申し訳程度に小さいテーブルがあり、その上に受話器が置いてある。

窓はあるが外は暗黒。見えていてもなんとなく不気味なのですぐさまカーテンを閉めた。

 

うだうだと考えているとガララとシャワールームが開き、上半身裸で腰にバスタオルだけ巻いたシロがほかほかと湯気をあげて出てきた。

髪の毛は拭いただけなのか、特徴的な真っ白い髪の毛はまだ湿っており、時折床にポタリと水滴を落とす。

 

「・・・ちゃんと服着てよ。」

 

どうせ言うことを訊かないだろうなと思いつつ、そんなことを言ってみる。

あれだ。黙っていればカッコイイ顔をしているし、身体も引き締まっている。それだけに、こう目の前で半裸になられると若干照れ臭いところもあったりする。

 

「なに?照れてんの?カワイークロちゃん。野宿んときは全裸くらいお互いに見てるじゃん。抱きしめあって寝たりさ~ラブラブ~」

 

「ち、ちゃんと泊まる時くらいちゃんとしろ!川で水浴びしたのは何年も前だろ!あんときは、その、若かったんだよ・・・抱きしめるなんて語弊がある言い方すんな!冬場の野宿だったから寄り添ってただけだろ!」

 

「おー。顔紅いぞ。」

 

「うっさい!!私もシャワー浴びる!覗くなよ!あと服着ろ!」

 

「ごゆっくり~」

 

バタン、と勢いよくシャワールームのドアを閉める。

全く、シロとは本当に何もないのだ。・・・そもそもこんなぺったんこな身体を好きな男などいるハズも無い。

それに、恋愛関係になどなれる訳ないではないか。あろうことか、この私とお前が。

 

ふんっ、と鼻を鳴らして先ほどのことを一旦頭の隅っこに追いやり、頭の後ろで束ねていた髪の毛をほどく。吸い込まれるような漆黒の髪。

手入れをすれば美しい流れるような髪の毛になるのだろうが、旅を続けるとどうにも手入れをさぼりがちだ。

別段見せる相手もいないので気にすることでもないが、さっと指を通して引っかかる感触だけは避けたい。

女らしいことは大体できないがこれでも花の16歳なのだ。こんなに枯れつつある花を誰が愛でるというのだろうか。

自分の脳内で自分に突っ込みつつ、はあ、とため息をついて髪の毛を洗うためにジャワ―の取手を捻るのだった。

 

 

 

 

 

朝、パチリと目が覚める。

・・・嘘だ。私は朝に弱い。弱いといいつつも旅の習慣で無理やり身体を起こす。重たい瞼を開けさせようと脳みそが頑張るがしばらくはうとうととする時間が続く。不健康な生活を送っている影響なのか、どうにもこの時間だけは頭の動きが鈍いようだ。

だがそうもいっていられない。欲を言えば二度寝などをしたいという願望はあるが、なんといっても―――

 

 

「グッモーーニン!クーロ!」

 

 

―――これである。私とは対照的に朝が強い。そしてそれは同時に身の危険を常に案じる必要があるということだ。

私が眠っている間に悪戯をされること数知れず。当然ながら色っぽいことなど何もない。

最初の頃は抱き着いたりしてきていたものだが、その度に本気でブチ切れていたのでさすがにシロも懲りたようだ。

それ以降、髪の毛を三つ編みにするだとかものすごく完璧な化粧をしたりとかそういう怒りづらい悪戯をするようになった。

うん、完全に私よりも女子力が高い。

 

「・・・おはよーシロ。今日も元気ね、あんた。」

 

髪の毛を雑に掻き上げる。うん、結ばれては無いようだ。長い所為で寝癖がひどいことになっているのは致し方ない。

顔を触る。―――うん、ファンデーションは塗られていない。ルージュが引かれた形跡も無し。

シロの顔を見る。・・・目がキラキラしている。何かを期待しているような、そんな目をしている。

 

 

・・・顎に手をあてて考えようとしたときに、あることに気づく。

 

 

「・・・爪がキレイ。」

 

 

再びシロの顔を見ると、小さくガッツボーズをしている。

ぬう。悪戯だけれど爪がキレイになっているのに怒るのもどうなのか。

あと私への悪戯のための化粧道具やらネイルグッズやらはどこで入手しているのか。そんなお金は無い。

 

いろいろと疑念は尽きないが、それもいつものことだ。深入りも詮索もしない。そういう関係だ。

 

 

「もうすぐ9時だぜ。早く着替えなよクロ。」

 

「ん。そーする。あとこっち見るな。」

 

「朝から目の保養をしてテンションを上げようという俺の気持ちを理解しておくれよ。」

 

「わからんしするな。あともう十分テンション高い。」

 

「はいはい。クロは照れ屋さんだねえ。」

 

「うっさい。」

 

すでにばっちり着替えも髭剃りも済んでいるシロがふいっと後ろを向いたのを確認し、Tシャツにショートパンツというラフな服を脱ぎ捨て、さっさと着替え始めた。

 

 

 

着替えが終わった直後、狙ったように部屋の電話がジリリリと鳴り響く。

はいはいとシロが受話器を取ると、朝食の用意ができているから食堂へ、という内容。昨日言われた通りに9時ぴったりだ。

 

 

「時間はしっかり守るんだねえ。尚更、昨日の夜の人気の無さが気になるところだが。」

 

シロがボソッと疑問を口に出す。

時間を守る習慣がこのホテルだけのものなのか、街としてのものなのかはまだわからない。

もし後者だとすれば、夜のある時間からこの街で何かが行われていると考えることも不自然ではない。

 

「気にしてもわからないでしょ。兎に角、朝ごはんにいこう。」

 

「ま、それもそうだ。」

 

「街を回れば何かしらわかるよきっと。まずは腹ごしらえ。」

 

「おう。それより―――」

 

「それより?」

 

「爪、めっちゃキレイに出来たと思うんだが」

 

「否定はしないけど、悪戯したことに変わりは無いから同意もしない。」

 

「でも、キレイだろ?」

 

「・・・うん。」

 

 

だっはっは!という笑い声を狭い室内に残し、2人は食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。」

 

「ああ、おはよう。そのテーブルの上に用意してある。」

 

「ありがとうございます。」

 

「昨日はおたのしみだったのか―――」

 

「ありがとうございます。」

 

「・・・ま、養殖もんだけど味付けはしっかりしてあるから味わって食べな。」

 

「はい、どうも。」

 

「昨日は楽しかったなークロ」

 

「朝ごはんを血の味にしたいのかシロ。」

 

「じょーだん。」

 

 

そんなやりとりをほほえましく見守るホテルの男性を横目に、1mほどの大きさの丸テーブルに並んで座り、ホカホカと湯気を上げる料理を見る。

 

 

「・・・肉だね。」

 

クロが問う。

 

「ああ、肉だな。」

 

シロが答える。

 

 

テーブルの上にはそこそこの大きさのお皿が2枚。

そしてそれぞれの皿の上にはしっかりとウェルダンで焼かれた大き目のステーキ。のみ。

じっくりと眺めていると愛想のよさそうな妙齢の女性がスープをどうぞ、なんていいながら暖かい液体が入ったマグカップを2つテーブルに置いていった。

紅茶のようにほんのり赤く染まったスープと焦げ目がつくほど焼かれた肉を交互に見比べる2人。

はたからみると初めてステーキを見る菜食主義者のような光景だったに違いない。

 

 

「朝からステーキが出ることも驚きだけど、朝食付きの安宿でステーキがでることにも驚きだ。」

 

「ああ。久しぶりの調理された肉だ。味わって食べないと、と言いたいところだが。」

 

「うん、なんかこう、足りないというか。弾丸の無い銃というか、砥がれてないナイフというか。」

 

「クロの判り辛い例えも今回はなんとなくわかる。」

 

2人して頷き、洗い場でグラスを磨いていた受付の男性に声をかける。

 

「あのう、ちょっと訊いていいですか。」

 

一心不乱にグラスを磨いていた手を止め、相変わらずの不愛想な顔でこちらを向く。実際のところ不愛想なのは顔だけなのは数度の会話でわかっていたので気にすることなく話を続ける。

 

「なんだい?」

 

「ええと、お米とか、野菜なんかは無いんですか?」

 

クロが首を傾げながら訪ねる。

 

それにつられて男性も首を傾げ、数秒の時が過ぎる。

 

 

「ぷっ、あっはっはっはっは!!冗談が好きなお嬢さんだ!よりにもよって米と野菜とは!」

 

磨いていたグラスを手から落としそうになって慌てつつ、くっくくと笑い続けるのをクロは不思議そうに眺める。

 

「え?それってどうい――もがっ」

 

後ろから口を抑えられて言いかけた言葉を止められる。むーむーという情けない声だけ聞こえてくるが、それを無視してクロの顔の横からシロの頭がにょきっと出てきた。

 

「そっすよねー!はは、クロってば急に何面白いこといってんのよー、お笑いにでも目覚めた?ちょっと面白いじゃんかこのこのー」

 

「もが、もがもが」

 

ちょっとなにすんだよと抗議しようとしたが、腰のあたりを指でぐいと押され、暴れるのを止める。

俺に合わせろ、の合図だとすぐに気づいたからだ。

 

視線でわかったことをシロに伝えると、口を覆っていた手を離した。

 

 

「―――いやー!そんなに面白かった?ごめんねおじさん!朝は元気に過ごしたくてさ!ついつい笑わせようとしちゃって!」

 

「ははは、確かに言う通りだ。若い女の子がいるというのに湿っぽくなるのはよくないな。ありがとうなお嬢さん。」

 

「いえいえー!それじゃ、エネルギー充填しようかな!シロ!」

 

「おう、そうだな!さっさと食おうぜ!」

 

 

ニコニコと男性に手を振り、まだ温かいステーキが鎮座する席へと戻る。

そして席に着くや否や、笑顔の表情は崩さずに、あとで説明しろよ、とクロが小声で伝え、あいよ、とシロが答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、なかなかなボリュームだった。味はちょっと、って感じだったけど。」

 

実際お腹はかなり膨れた。若干焼きすぎのような気もしたが、強めの調味料で味付けされていたのでマズいというわけでもなかった。

もちろん、肉自体の味など無いに等しかったが。

スープはというと、なんというか飲んだことの無い味で、こちらはお世辞にも美味しいとは思えなかった。鉄臭いというか、民族料理ってこんな感じなのかな?という味わい。

発展している街とは思えない料理だが、これがこの街の風土料理なのだろうか。

 

そういえば観光案内の女性からも、街の伝統料理が味わえる、なんてことを言われたことも今になって思いだした。

無論、この金額で朝食付きでさらにどでかい肉を食べることができただけで十分満足度は高い。

 

図体がでかいシロにとっては腹八分目のようだが、小さい私にとっては満腹もいいところだ。

一旦落ち着くために再度部屋に戻り、水を一杯飲んだところでベッドに座り、立ったまま考えているシロに話しかける。

 

 

「で、どういうことなの?」

 

腕を組んで考えているシロが視線だけこちらに向ける。

 

「ん、ああ。そうだな。まだ違和感の域を出ないんだが―――」

 

「いいよ。聞かせて。」

 

 

シロはこう見えてかなり洞察力に長ける。

普段大ざっぱでテキトーな振る舞いをしているように見えるが、細かい配慮、違和感の察知、経験則、洞察力。私には足りないものを数多く備えている。

・・・まあ、デリカシーは無いのだけど。

所謂真面目モードというやつだ。私はこういう状態のシロは基本的に全面信頼している。今のところ信用して損したことは無いので、今回も同様だ。

 

 

「まず、今までたくさんの街を見て、いろんなものを食ってきたが、さっきの肉は食べたことが無い。」

 

「この街特産とかじゃないの?養殖とか言ってたし。」

 

「そう、それだ。養殖。おかしくないか。」

 

「なにが?」

 

「養殖ってのは日常で食うほど量が確保できないものを増やすのが目的だろう。それがあの肉?マズいにもほどがある。」

 

「んーまあ確かに。焼いて味をごまかしてる感じはする。」

 

「それに米や野菜だ。」

 

「そう、それが聴きたい。」

 

「あのおっさんが冗談を言っているようには見えなかった。つまり、この街では本当に米や野菜が別の目的で使われている。」

 

「なくなっちゃったとかじゃないの?」

 

「無くなったなら笑いはしないさ。懐かしむことはあってもな。」

 

「なるほど・・・別の目的ってなんだろう。」

 

「そこまではわからん。だが、少なくとも人間が食うものじゃねえってことだ。」

 

「うむむ」

 

「クロの口を抑えた理由がそれだ。下手をすれば、人間だと思われなくなる可能性があった。」

 

「・・・ま、またまた」

 

「マジだ。」

 

「マジか。」

 

 

シロは最初から顔色変えず話しているが、私は随分と落ち込んでおり、額を指で押さえて沈んでいる。

つまり、この街で摂れる食事は今朝の焼きすぎた肉と独特な味わいのスープ、もしくはそれに類する物だけということなのだろうか。

いくら肉食系女子とは言っても肉だけ食べられれば良いというわけでは無い。

適度に米も野菜も食べるからこそ肉の美味さが倍増するというのに。

 

「今朝は毒っぽい感じはしなかったから空気を読んで食べたが、正体がわかるまではもう食べない方がいいな。」

 

「えーー・・・街にいるのに固いパンと携帯食料?」

 

「ご愁傷様だな。ま、散策すれば食えるものが売ってるかもしれねえ。なんにせよ外にでようぜ。」

 

「そーだね。夜になったらまたいなくなっちゃうかもしれないし、日中なるべくいろんなところに行ってみよう。」

 

「うっし、そうと決まれば早速――」

 

「ちょっとまって」

 

「しゅっぱ―――ん?」

 

「お腹いっぱいだから15分待って。動きたくない。」

 

「・・・」

 

「・・・なに」

 

「いや、そういうところがかわいいなって」

 

「うっさい」

 

 

 

その後、クロの腹のつっかえが取れるまで部屋で待機し、ベルトの穴をひとつ緩くして、クロとシロは鍵を宿に預け、外へ探索に向かった。

 

 

 

 

「うわ、夜とは大違いだ。」

 

「ああ、同じ街とは思えねえなこれ。」

 

 

外は日の光が溢れており、それに同調するように歩道に溢れる人も多く、車も途切れることなく道路を行き来していた。

住宅マンションにこれだけの人間が収まっていたと考えると、昨夜の静寂は一体なんだったのかと思える。

町ゆく人も裕福過ぎず、かといって貧困過ぎずごく普通の生活を送れているようだ。道に座り込んでいるホームレスらしき人も見当たらない。

もしかしたら貧民街があるのかもしれないが、現状見たところは区別されるような状況にも見えない、発展した街だと感じる。

子供も老人も男性も女性も別段どこの層が多いというわけでもなく、本当に普通の人口ピラミッドを形成しているようだ。

 

「うーん、何か問題があるようには見えないけど。」

 

「ここだけ見ればな。クロはもっと警戒しなきゃダメだぜ?」

 

「シロは警戒しすぎ。」

 

むっとした顔で反論してみるが、友無き旅路で警戒しすぎるということは無い。そんなことは知っている。そしてそれを見透かされてニヤニヤしているシロからぷいと目を逸らす。

 

「と、とにかく。街を周ってみよう。何かわかるかも。」

 

「あいよ、お嬢さん。」

 

「ぶっ殺す。」

 

「やってみろやがはは。」

 

そんなやりとりをしながら、二人はガヤガヤと話声が絶えない道を進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ぐるぐると似たような景色が続く街並みを3時間程周り、とりあえず路地裏に見つけた人気のないベンチに腰掛けた二人。

 

「いくつか紹介されたレストランに行ってみたけど、結局肉しかなかったね。」

 

「そうだなー、メニューだけ見て帰るなんて冷やかしにも程があるぜ。」

 

「しょうがない。でもますますこれは、どうにもおかしい。」

 

「つっても、これは何の肉なんですかなんて怖くて訊けないってか。お嬢さん。」

 

「お嬢さんって言うな髪の毛全部抜くぞ。」

 

「おーこわ」

 

「そんなん言うなら、シロが訊いてよ。この肉は何?って。」

 

「嫌だね~。そういうのはクロの役目。」

 

「むー、でもあんまり深入りしたくないなあ。」

 

「なんなら、もうこの街から出るって言う手もあるぜ。最初はインパクトあった街並みだけどよ、この統一感の無さは精神を不安にさせるな。どこもおんなじような感じだし、道に迷いそうだ。謎は謎のままがいいなんてどっかの旅人が言ってなかったっけか。」

 

「そんな言葉もあったっけね。見たところ歴史資料館的なものも無いみたいだ。」

 

「もしかしたら、過去を隠そうとしているのかもな。」

 

「隠す?なんで?」

 

「他人に知られたくない、醜態ともいえるものだったってことだ。朝のおっさんの言葉にも関係するかもしれねえが。」

 

「朝の・・・野菜とか米のこと?」

 

「ああ、過去になにかあったのかもしれねえ。どうする?調べるか?」

 

「うーん・・・やめておこう。美味しいごはんが食べられない上、歴史もわからないんじゃこの街に長く留まる理由は無いし。」

 

「うし!食料補充できねえし、次の街の情報だけ訊いて出発しようぜ。」

 

「そうだね。それじゃあホテルに戻ろう。」

 

 

そう結論付けると、二人は足早にホテルへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、もう出発するのか?」

 

「はい。」

 

「しかし、まだ街を周りきっていないだろう。」

 

「はい、まあ、事情がありまして。」

 

「ソーソー、事情ね。」

 

「ふむ、ではせめてこの街の名物だけでも見ていかんかね。」

 

「・・・名物、ですか。」

 

「ああ、この時期、夜にやっている街のイベントだ。そうだな、旅人さんにこの街を知ってもらうにはそれが一番いい。早速手配しておこう。今夜9時に1階に降りてきてくれ。なあに、今夜の宿泊代はサービスしておく。」

 

「いやあの・・・」

 

 

クロは何か言おうとしたが、ホテルの男性は聴く耳持たずに「連絡してくる」と一言残して奥へ引っ込んでしまった。

 

 

 

「・・・・」

何か言おうとしたまま、何も言わずに苦悶の表情を浮かべる。

 

「あの受け身のおっさんが急にアクティブになったな。それだけ『イベント』とやらに自信があるんかね。」

 

「シロ、私はどうすればいい。」

眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔をして見上げる。

 

「どうって、こうなったら行くしかねえんじゃねえの?」

ニコニコとした表情を浮かべ、それに応える。

 

「・・・シロ。」

 

「なんだよ、クロ。」

 

「楽しんでるでしょ。」

 

そういわれたシロは一瞬きょとんとした顔をして、すぐにニッコリした表情に戻し、部屋に戻ろうぜ、と足取り軽く歩きはじめるのだった。

 

 

 

 

 

「夜は街が静かだったのはこういうことだったのか。」

 

「ああ、旅人さんは夕方にいらっしゃったんでしたね。街の運営に関わる者以外はほぼ全員参加してますから。」

 

「ふーん、それにしても、多いね。」

 

「はい。街中の人間が集まりますからね!」

 

「事故らねえことが不思議だわこれ。」

 

 

私とシロ、そして案内人の女性は軽トラの荷台に載って走っているが、大した振動もないし風が気持ちいい。

舗装されている道というのはそれだけで文明の発展を感じられる。特にこういう移動方法の時はなおさらだ。

車の中に乗って走るよりも、野性味あふれる乗り方だがこちらの方が好みだ。もちろん、振動が少ないという条件の下で。

 

だが好みは好みだが、周囲を見渡すとなかなかにスリリングだ。

なにせ、横にも縦にも車間距離が50cm程度。車種は様々だが、どの車にも定員一杯の人間が溢れている。

窓から見えるその表情は皆にこやかで、これから行く場所起こる事を想像してニヤついているのだろうかと思える。

追い越すことも遅れることも無くぴったりと同じ速度で走り続ける数十台の車が道路を埋め尽くしているが、不思議な事にぶつかる気配は微塵も無い。

 

 

「おねーさん、これ事故とか起こらないの?」

 

クロが隣を走っている車の後ろの席に座っている青年に手を振りつつ尋ねる。

 

「ご安心ください!この街の車はすべて自動的に車間距離を調整してくれるのです!人間の命は大事ですからね!」

 

「なるほど。たしかに、命は大事ですね。」

 

そんな当然の、当たり前のことを何も考えずに話して時間を潰す。

しかし、おしゃべりなハズのシロはずっと口を押さえて何かを考えている。

おかげでこちらは暇でしかないが、真面目モードのシロは冗談を受け付けないのでしょうがない。一緒になってトラックの荷台に乗ってくれているお姉さんと女子トークに花を咲かせる。

ちなみに好んでトラックの荷台に乗っているわけではない。

単純に旅人を乗せる余裕のある車が無かったのだ。そういう意味ではこの街の人口は飽和しているというか超過しているというか。

実際街の全体からどこか一か所に向かって車で移動している様相はかなり異常とも思える。

それだけ街を上げての一大イベントがこの時期毎日夜に行われているらしい。自分だったら面倒くさくて家で寝ていることだろうと思いつつ、これだけの人間を虜にしているイベントというものに少し興味がある。

しかし、先ほどから同乗しているお姉さんにそれとなくこの後の展開を訊いたりしているが、頑なに「すぐにわかりますよ!お楽しみに!」しか言わない。

 

自分より楽しみにしていたシロが黙ってしまい、嫌々だった自分がちょっと楽しみになっている。

これでは立場が逆だ。しかしシロが何を考えているか聴こうにもお姉さんの前で変な会話もできない。

お姉さんにシロの事を尋ねられても、とりあえず「乗り物に弱いのですぐ酔うんです」と言って回避している。

 

 

そうこうしているうちに車がだんだんゆっくりになり、止まった。

トラックから降り、向かっていた先にあるものに視線を向ける。

 

 

「・・・壁?」

 

「壁だな。」

 

 

そこには、頑張っても人が飛び越えられ無さそうな高さの石造りの壁が広がっていた。

端の方は夜の闇に飲まれて見ることはできず、その長さを測ることはできない。

壁の下を見ると大き目の扉がある。黒光りしているところから、おそらく鉄でできているのだろう。

これまで見てきた文明的な建物や道路からすると随分と無骨で、荒々しい建造物。

まるで何かを閉じ込めているかのような。

 

 

シロとクロが唖然として眺めていると、旅人さん、とお姉さんの声がしたので口を開いた顔のまま首を向ける。

 

「旅人さん、これをお持ちになってください。」

 

そう言って手渡されたのはずっしりと重たい金属の塊。

 

「―――えっと、これは、ハンドガンですかね?」

 

「はい!あ、お兄さんにはこれを。」

 

そう言ってシロはサブマシンガンが手渡されていた。

 

「・・・一体何をするんですか。」

 

「うふふ、ではそろそろ説明しますね。」

 

ニッコリと物騒なものを手渡してきたお姉さんがさらに笑顔を歪めてるんるんという音が聴こえそうな雰囲気で楽しそうにしている。

あれだ。なにか危険な香りしかしない。

クロはシロに視線を向けて、それに気づいたシロもクロの方を向き、視線が合ったときにお互いにコクンと頷く。なにかあったら逃げるぞ、の意思確認。

内外知った仲というのは便利なものだ。言葉を使わずとも意志疎通が図れる。当然ながら感情的にはあまり好ましくないのだが死ぬよりかはマシだ。

 

そんな二人の意見交換には目もくれず、お姉さんは説明を続ける。

 

「これからするのは、『収穫』です!」

 

「しゅうかく・・・?」

 

「はい!この街の料理はお食べになりましたか?あれらはほぼ養殖の肉です!味も風味も落ちますが、この街の数多い住人を養うには養殖に頼るしかありません!」

 

「はあ、なるほど。」

 

「しかし!旅人さんは運がいい!先週から二週間は一年で唯一の収穫時期!この時期は街人こぞって収穫し、美味しいお肉にありつくのです!天然物の肉はおいしいですからね!」

 

「つまりこの壁の中に放牧されている動物がいて、それらを殺して食料にするわけですね。」

 

「はい!旅人さんは物わかりがよいですね!」

 

「ということだって、シロ。」

 

「ま、とりあえず見てみるしかねえな。」

 

「あとは実際に参加しながらコツなどお教えしますよ!是非この街の思い出にしてくださいね!それでは行きましょう!」

 

 

お姉さんが話し終えるとほぼ同時に、壁に埋もれているような扉がゆっくりと奥に開け放たれる。

 

扉の奥には、到底同じ街の中にあるとは思えない、草と木と土に覆われた薄暗い廃墟が広がっていた。

 

 

 

 

「よっしゃー!美味い肉は俺のもんだ!」

「がはは、やっぱり肉は天然ものに限る!」

「しばらく夕食が豪華になるわ~」

「ふっ、貴様らに任せると肉がズタズタになりそうだね」

「にくにくにくにくにくぅ!」

「僕がお母さんの分まで殺すんだ!」

「あらあら、まだ坊やには負けないわよ。」

 

 

 

思い思いの掛け声と共に、街の人はダダダダと廃墟の中へ駆けこんで行った。

それぞれの手には銃もあればナタ、ナイフ、ハンマー、鋏、サーベルなど様々な武器が握られており、それらは自衛のために使われるのではないことがすぐにわかった。

 

その様子を眺めていると、数分と待たずに扉の奥からダーンダーンという銃声と、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「私達も行きましょう、旅人さん!今夜はご馳走ですよ!」

 

「・・・ええ、そうしましょうか。」

「ああ、行こうぜシロ。」

 

 

スキップでもしそうなほど軽快に歩いていくお姉さんの後について、二人も扉の中へ足を踏み入れた。

 

扉を抜けると、数十年は整備されていない罅割れた道路。その罅の隙間から草木が生え道路を局所的に盛り上げている。

道路を挟み込むように存在している廃墟は木造なのか、すでに壁は朽ちて中が丸見えになっている。一部残っている壁も、たった今銃を持った人間が蹴破って無くなってしまった。

そしてその直後、朽ちた家から飛び出してきた何かに男が笑って銃口を向け、躊躇いなく打ち抜く。

1m程の大きさの生き物が打ち抜かれた部分を支点にしてぽーんと身体を投げ出し、そのまま地面に転がって赤い花をひび割れたコンクリートに咲かせた。

その姿はどうみても、頭を銃弾で打ち抜かれて殺された人間の子供のようにしか見えない。

 

別の場所でも奇声から嬌声までいろいろな声と共に銃声やら打撲音やらが聞こえてくるので、おそらく皆の目的は目の前で起きた現象と大差ないのだろう。

 

 

「あらあら、目の前にいたのに先を越されてしまいましたね!旅人さん、天然ものは動きが速い上に鳴き声が大きいので頭部を破壊するのが一番ですよ!そうすれば動かなくなりますからね!」

 

早く行きたそうにそわそわしているお姉さんがニコニコしながら収穫のコツを教えてくれる。

 

シロを見ると、手のひらを上に向けて、『やれやれどうしたもんかねこれは』のポーズをしている。

ふむ、と少し考えて、クロは応える。

 

 

「なるほど、大体わかりました。ただ、私達は慣れていないので足を引っ張ってしまうと思います。マイペースにやるのでお姉さんは先に行っていいですよ。」

 

そう言うと、お姉さんはパッと明るい顔をした。

 

「そうですか!それなら私はお先に行きますね!夜明けまでは門番がいますので、それまでにここに戻ってくれば大丈夫ですよ!万が一戻ってこれなかったら、次の夜まで待たないと扉が開きませんのでご注意を!それではご健闘を!」

 

一息でそこまで言い、タタタタと慣れた足取りで荒れた道をよろけることなく走り去ってしまった。

 

 

 

先ほど打ち抜かれた子供をずるずると引き摺って大きなトラックに投げている男性を見ながら、クロは小声で呟く。

 

「なるほど。半分わかった。」

 

それに対してシロも呟く。

「ま、半分想定通りだな。」

 

 

クロはシロの顔に視線を合わせる。

 

「じゃあ私たちも行こうか。ゆっくりと。」

 

「ああ、そうだな。」

 

 

そして、まだ銃声と悲鳴が後を絶たない道を転ばないように慎重に歩いていく。旅人さんも頑張れよ!という男性の応援に手を振りつつ。

 

皆夢中になって『収穫』しているため、二人の会話に耳を傾ける者はいないと判断し、それでも警戒して小声で会話する。

 

 

「意見の交換をしようか、シロ。」

 

「お先にどうぞ、レディーファーストだ。」

 

今更レディー扱いか、としかめっ面をするが、反論する時間がもったいないので溜息を一つついてクロが話し始める。

 

「とりあえず、お肉の正体はわかった。人間だね。」

 

「ああ、それは間違いねえな。」

 

「わからないのは、この殺戮ショーで得られたものが天然だとすると、養殖は何か。」

 

「クロは食いモンのことばっかりだな。」

 

「うるさい、聴け。―――この街はつまり、すべての食料を人間そのもので賄っているということになる。そして何故か、他の食料を探そうとしない。これが何故だかわからない。」

 

「40点。まあクロにしては上出来だな。」

 

「ああ?じゃあシロの意見を聞かせてよ。」

 

「クロは間違ってるわけじゃねえけど、もっと深く掘り下げるべきだな。―――この街の人間は何故かこの廃墟にいる人間を人間と思っていない。家畜程度の扱いだ。それ以下かもしれねえ。そしてそれに疑問を持っているやつがいないのは何故か。姿かたちは同じなのに、一方的に襲い、殺し、そして食料として扱っている。普通なら考えられねえ精神だ。」

 

クロは無言でうなづく。

 

「さてここで、天才な俺はあるものを見つけた。あそこを見てみな。」

 

シロが指さす方向を見て、クロは驚愕する。

 

「え、なに?――――あ、ああ!畑だ!!!」

 

そこには小規模ではあるが、しっかりと耕されたふかふかの土があり、いくつかの野菜らしきものが収穫を待っていた。

その隣のボロボロの家からは満足そうに服に赤い血を浴びた、大きいナタを持った若い女性が笑顔で出てきたところだ。

こちらに気づくとまだ血の滴るナタを持たない手で大きく手を振る。

 

とりあえずクロは片手で小さく手を振り、シロは両手を大きく振った。

女性は満足そうに廃屋の中に戻り、まだ3歳程度と思われる血みどろの幼児の遺体を大き目のビニール袋に入れている。

 

 

「おええ、さすがに幼児の惨殺死体はあまり見たいものじゃないね。」

 

「落ち着けクロ。さすがに敵対したくねえ。どっちにもな。」

 

「―――どっちにもって?」

 

「後でわかるさ。ま、話の続きだ。」

 

はぐらかされたような気がするが、話を戻すのには賛成なので無言で話を促す。しかしちょっと腹が立ったので軽くシロの脇腹にパンチを食らわせるが、何しやがると笑いながら頭をわしゃわしゃしてくるので髪の毛がぼさぼさになった。どうしてくれる。もとからぼさぼさではあるが。

 

髪の毛をがしがしと力任せに整えながら、早く話せよとシロを小突く。

 

 

「へいへい。ま、今見た通り、ぶっ殺されてるこっち側の人間―――外の人間とでも言おうか。天然ものだしな。外の人間はタダの野生動物並の知性というわけでなく、ある程度の文明を持っているということだ。それも、野菜を育てる程度には。それにこの街並み。内側と造りがソックリだ。コンクリートと木造の違いはあるが、道路の両脇に並んだ建造物。偶然にしちゃ出来すぎだ。」

 

「・・・つまり?」

 

「つまりは、内側も外側も、もともとは一つの街だったってことだ。なんでこうなったかまではわからねえけど。」

 

「もともと一つの街だった・・・」

 

「ま、どーでもいいことだけどな。天然ものと養殖ものの人肉の味の違いを知って次の街に行くってのも―――」

 

「いや、さすがにわかった以上は食べたくない。」

 

「だーよね。」

 

「野菜。」

 

「ん?」

 

「外側の人間とコンタクトが取れないかな。」

 

「・・・クロ、そいつは」

 

「わかってる。深入りはしないよ。ただ―――」

 

いつもはお気楽なシロも、頭をがりがりと掻いて溜息をつく。

 

「はーー、わーかったよ。とりあえず一人ふん捕まえて、会話できるか試すだけだぞ。夜明けまでそんなに時間ねえからな。」

 

「ありがとう、シロ。」

 

申し訳なさそうな顔ではあるが、少しだけ頬を赤らめて笑顔でそう答える。

 

「(そんな顔で頼まれたら断れねーっつーの)」

 

心の中の文句はそのままで、シロはまだ人が隠れていそうな建物にアタリをつけ、ソロソロと足音を立てずに近づいていく。

大通りから外れた路地の奥だ。ヒューマンタンクな内側の人間はまだ踏み入ってないだろう。

 

シロの後ろをゆっくりとクロもついていく。

 

「女の子の頼みは断れねー、ってか。らしくねえなあ。」

 

「ん?なんか言った?」

 

「なんでもねえよ。」

 

 

小声で自分への文句を言いながら、落ちているコンクリートの欠片を拾い、ボロボロの小屋の中へ放り投げる。

木の床に当たり、ゴッという鈍い音を出す。

そして、明らかに別の物が動き、ギシ、という音が微かに聞こえた。

 

シロは少し音量を上げて誰ともなく話しかける。

 

 

「おい、聞こえてんなら返事しろ。俺は旅人であんたらを殺すつもりはねえ。出てこねえならここにいるって叫んでや―――いってえ」

「最後のは余計。」

「多少は脅さないと出てこねえだろって」

「言い方ってもんが―――」

 

口論していると、崩れ落ちた扉の隙間から視線を感じた。

二人はおしゃべりをやめてその視線に注目する。

 

「お、お前らはなにもんだ」

 

多少掠れている声ではあるが、きちんと聞き取れる声が聴こえた。声質からすると大人の男だろう。

 

「お、ちゃんとしゃべれるんだな。良かった良かった。ほれ、お待ちかねの会話タイムだぜクロ。」

「む、そ、そうか。よし。え、えっと、私は旅をしていて、この街には偶然来ました。成り行きでこの場所にいますが、意味の無い人殺しに付き合うつもりは無いので、よかったら何故こういう状況になってるのかご説明いただけませんか。」

 

 

たどたどしいながらなるべく丁寧な口調でゆっくりと話しかける。

しかし男からの反応は無く、数秒の無言の空白が生まれる。

 

 

「・・・シロ、私の丁寧語、変だった?」

 

「しゃべってる時のクッソ固い表情は面白かったぜ。」

 

「しょ、しょうがないだろ!慣れてないんだから!」

 

顔を赤くしながらわーわーしていると、半開きだった扉がギギ、と崩れそうな音を立てて少し開いた。

それまで暗くて見えなかったが、そこには無精ひげが首まで覆い、ぼさぼさの土塗れの黒い髪の毛、彫りの深い顔立ちをした小汚い男がいた。

その手には斧らしき刃物が震える手で握られている。

 

 

「・・・・話をしよう。」

 

男が一言だけ口に出す。

 

「わりいけど、話をするときに持つ道具じゃねえよな、それ。」

 

シロが男の手元を指さして軽く笑った。

 

「君らも銃を持っているし、すまないがまだ信用したわけじゃないんだ。」

 

「ああ、確かに。」

「そういえばあったな、こんなもん。」

 

クロが今気づいたとばかりにハンドガンを見て、シロもサブマシンガンを片手でぶら下げる。

 

その態度に、男はきょとんとした顔をする。

 

「んー、さすがにそこらに捨てるわけにもいかねえし。おたくら、袋かなんか持ってない?ロックかけて入れておくわ。」

「そーだね。彼に渡して撃たれるのも嫌だしね。」

 

「・・・ちょっと待ってろ。」

 

 

恐らく呆れたのだろうか。気の抜けた顔をして小屋に引っこみ、すぐに出てきて手に持った麻袋を放ってよこした。

 

 

 

 

 

「おじゃましまーす。」

 

 

 

扉が崩れないように注意しながら開け、床を踏み抜かないように慎重に歩く。

それでもギギギと鳴る床板だが、決してクロが重いわけではない。シロが重いのだ。きっとそうだ。

 

 

 

小屋の中はそこそこ広く、奥へ続く扉があり、中へ誘導される。

 

 

 

そこには、老若男女が20人程、一か所に固まっていた。

 

皆怯えた顔をしてこちらをにらみつけてくる。

 

「皆、大丈夫だ。この方達は旅人であいつらとは関係ない。」

 

男がそう告げるが、視線は和らぐことは無い。

「証拠は・・・証拠はあるのか?」

「そうだ。一体どれだけの子供が殺されたのか。数えるのもアホらしい。」

「信用できない。」

 

男は悲しい目をして、こちらを向く。

 

それを受けてクロとシロは顔を見合わせる。

 

 

「これは相当だね。」

「ああ、相当だ。こういうときは、交渉するんだぜ、クロ。」

「交渉?何を?」

「何って、俺らが殺されないための交渉さ。」

 

そういって、シロは一歩前へ出る。それに合わせて住民達は少しだけ後ろへさがる。

 

「あー、俺らはあんたらをどうこうするつもりは無いが、いろいろと話を聴きたくてな。ちゃんと話をして、ちゃんと解放されたらこの銃をやるよ。それでいいか?」

 

男が目を見開く。おそらく、銃という武器を手にすることの意味が理解できたのだろう。

他の人たちも警戒の視線は解かないにしろ、条件に問題は無さそうだ。

 

 

「・・・何が聴きたい?」

人々の中の初老の男性が答える。

 

「話が早くてなによりだ。んじゃクロ、任せた。」

 

「・・・うん。といっても、何故この街はこうなったのかっていう曖昧な質問になるんだけど。」

 

「何故・・・か。それがわかればいいのだがね。」

 

「わからないの?」

 

「私たちが生まれた時からこういう状況でね。1年のこの時期、毎年壁の外からやつらがやってきて、若い者を中心に殺戮し、どこかへ連れ去ってしまう。おかげで人口は減り、歳よりばかりが生き残ることになる。儂らは存続するために一生懸命子供を作るしかない。」

 

「なるほど。なんでやられっぱなしなの?」

 

「儂らは農耕で生きてきた。武器を作る事なんてできないし、すぐに殺されてしまう。見つからないように隠れていることで精いっぱいだ。」

 

「でも、このままじゃー――」

 

「クロ。」

 

「―――わかってるよシロ。でもさすがにこれは。」

 

「クーロ。」

 

「・・・じゃあヒントだけ。」

 

「別に俺はかまわねえけどよ、良い事とは限らないってのはわかってんだろうな。」

 

「・・・うん。」

 

「なら好きにしな。」

 

 

二人のやりとりを無言で眺める人々。あまりに理解不能な会話だったのか、初老の男が問う。

 

「―――一体何を話しているのかね?」

 

その問いに対し、クロは初老の男だけでなく、全員を一度見渡して言葉を発する。

 

「現状を打破したいと、思いますか?」

 

問いに対して問いを返す。

本来はあまり好ましい会話の方法ではないが、これは必須なことだ。

意思確認。この住人が自分達が殺戮されていることを善しとするならば、これ以上手だしはするまい。

だがもし。反撃を望むのであれば。彼ら彼女らが死の螺旋を抜け出したいと欲するならば。

 

 

「―――当然だ。」

「ああ、当たり前だ。」

「なにかできるのか?」

「殺してやりたい。」

「力が欲しい。」

「子供を返せ。」

「赤子まで殺された。」

「奴らも同じ目に合わせてやる。」

「殺す殺す殺す殺す」

「畑の肥料にしてやる」

 

 

口々と出てくる恨みの言葉。

 

それを聴いてクロは何を思ったか。表情には出さず、無表情で そうですか と一言だけ。

そして、弱者が強者に対抗する手段を、少しだけ、ほんの少しだけ教えてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、残念でしたね!一匹も収穫できなかったみたいで!私は五匹でした!」

 

「そうですね。なかなか難しかったです。」

 

「でも、旅人さんにこの街の名物がお見せできてよかったです!」

 

「ええ、ありがとうございます。」

 

「うんうん、楽しかった!なあクロ?」

 

「―――そうだね、シロ。」

 

「うふふ、楽しんでくださったようでなによりです!―――そろそろホテルに着きますね!」

 

 

朝日が平坦で整った道路を均等に照らし、3人を荷台に乗せた軽トラが速度を緩め、最後にガタガタと少しだけ振動を残して停止した。

行く時には数十台とまとまって走行していたが、帰りは別々に各所に散らばって移動したため、周囲に車は無い。クロとシロが壁に戻ったのは夜明けの直前だったため、すでにこのあたりの住人は先に帰ってしまったのだろう。収穫した天然ものを載せて、ホクホクな顔をして。

 

 

軽トラからシロの手を掴んで飛び降りる。

ひょい、と軽く持ち上げられるのは屈辱だが、そこそこ高い位置から飛び降りて怪我をする方が格好悪い。それに、この街にあと一泊はしたくない。

 

 

「旅人さんはもう出発されるのですか?」

 

 

最後まで荷台に付き合ってくれた気のいいお姉さんはニコニコしている。

 

クロも少しだけ口角を上げて、返答する。

 

 

「ええ。もともとは昨日出発する予定でしたので。荷物をまとめ次第、すぐに。」

 

「そーそー、すぐにね。これ以上お嬢ちゃんって呼ばれるのは嫌だからね~クーロ―――痛い。」

 

 

「うふふ、仲がよろしいんですね。それでは、是非またいらっしゃってくださいな。次回は天然ものをご馳走しますよ!」

 

「それは、楽しみですね。それでは、案内ありがとうございました。」

 

「サンキュー、綺麗なお姉さん。」

 

「あら、そんなこと言うと彼女に嫌われますよ?」

 

 

「あははー!大丈夫大丈夫!俺とクロは切っても切れない愛の赤い糸で結ばれて痛てえ」

 

「赤い血を噴きだしたいって?」

 

「うふふ、それではまたお会いしましょうね!」

 

 

そういって手を振ると、軽トラの助手席へ乗り込み、変わらぬ笑顔と共に走り去っていった。

 

小さくなるトラックを見送り、まぶしい朝日を遮るために手を翳す。そして、少し寂しそうな声で、別れを告げる。

 

 

「―――行こうか、シロ。」

 

「ああ、行くか、クロ。」

 

 

そうして、朝日で出来た長い影を二つ引き摺って、ホテルの玄関を通り抜けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「送ってくださってありがとうございます。おじさん。」

 

「いいさ、お嬢ちゃんには笑わせてもらったからな。」

 

「そ、そうですね。」

 

「くっふっふ、お嬢さんな。」

 

「五月蠅い。」

 

街の出入り口。

来た時とは反対側。道なりに歩いて行けば次の街には3日程で到着するらしい。それまでは食料もなんとか足りるだろう。マズい携帯食料だが。

ホテルからここまではそれなりに距離があるとのことだったので、ホテルの男性が車で送ってくれた。第一印象は不愛想の一言だったが、意外と面倒見は良いらしい。

今後会うことはあるまいが、最後に認識だけは改めておこう。

 

 

「それじゃ、行きますね。お世話になりました。」

 

「じゃーなーおっちゃん。野菜も食べるんだぜ。」

 

「がっはっは!元気でな旅人さん!」

 

 

昼前で通りには人が溢れているが、見送りはこの男性だけだ。

とはいえ、街を歩く人もチラチラとこちらを見てはいる。意味もわからず手を振る子供も。

平和な光景だな、とクロは思った。

そして、残酷な街だな、とも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街を出て半日ほど歩くと、シロが遠くに何かを見つけた。

シロは視力もいい。いろいろと私よりスペックが上だが、もう慣れたことだ。大人しくこき使う。

次の街にしては早すぎるし、どうやら道なりの場所ではなく、少し外れた場所のようだ。

大きくもなく、どうやら木造の小屋のようなもの、らしい。

 

それを聴いて、道からは逸れるが行ってみたいとシロに言うと、溜息交じりに そうだよねえ と言い、了承した。

 

 

 

シロの案内通りに1時間程歩くと、予想通りに木で出来た小屋があった。そして、何かの野菜が元気に育っている小さい畑も。

 

 

「畑だ。」

 

「ある意味期待通り、だな。」

 

「いるかな?」

 

「どうだか。」

 

 

朽ちてはいないが初心者が作ったような木の小屋の扉を、軽く叩く。

 

「すみませーん、誰かいますかー?」

 

そうすると、中から はいはい と声がして、扉が開いた。

 

「おや、お客さんとは珍しい。どなたですかな。」

 

中から出てきたのは20代ほどの青年。どうもしゃべり方が老人のようだが、癖なのだろうか。

 

「始めまして。私達は旅人で、今日の昼にあっちにある街から歩いてきました。」

 

「そーそー、街の人が全員肉食の街からね。」

 

「ははは、なるほど。この家を見つけてわざわざ訪ねてきたということはイベントに参加したのだろう?」

 

クロとシロは顔を見合わせる。

 

「ええ、まあ。参加というより、見学でしたけど。」

 

「そーだな。今夜を見れないのはちょっと残念。」

 

「ほほう、面白そうなお話ですな。折角ですから、上がってスープでも飲んでいかれませんか。採れたばかりの野菜のスープがちょうどできたところです。」

 

「やったー!シロ!ご馳走になろう!」

 

「メシに弱いね、クロは。まあ今は俺も同意。野菜食いてえ。」

 

「はは、それではどうぞ。」

 

 

雲一つない空からの心地よい日差しで育つ瑞々しい野菜が育つ畑を横目に、クロとシロは小屋の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、何から話せばよいですかな。」

きちんと適度に味付けされたアツアツで野菜たっぷりのスープを3杯おかわりしたところで男が話を切り出した。

 

夢中になってスープを食べていたクロは手を止め、一度視線を男の顔とスープを往復させ、スープに戻しかけた時にシロに横腹を突かれて、しぶしぶ話を聴く体勢を整えた。

 

「ははは、よほどまともな食事を摂られてなかったのですな。」

 

「推して知るべし、といいますか・・・」

 

「まあ、あの街での食生活に馴染める方はおられないでしょうな。」

 

「やはり、知っているのですね。」

 

「ええ、それはもう、とても。」

 

「いつからご存じで?」

 

「最初から、と言っても過言ではないでしょう。」

 

 

シロとクロは顔を見合わせ、再び男へと向き直る。

 

 

「それでは、私達が体験したことをまずお話します。」

 

「なかなか奇抜な発想の街だったな。確かに馴染める気はしないわ。」

 

「はは、ではあなた方の体験を是非聴かせていただきましょう。」

 

「ええ、まず――――」

 

 

 

クロは、シロの補足や茶化しを適度に受け入れたり跳ねのけたりしながら街で起きた出来事について一通り話した。もちろん、自分達が行った行動についても。

『収穫』の中での出来事についてはシロが苦い顔をしたが、構わず話した。

男はうんうんとところどころ記憶と照らし合わせるように頷き、時々、ほほうそれで?と詳細を求めた。

 

その都度なんと答えればいいか、と頭を捻りつつ、クロとシロが体験したことをほぼ話し終えた。

男は深く瞑目し、そうかぁ、と一言、深いため息と共に呟いた。

 

しばしの沈黙が続くが、クロはたまらず話を切り出す。

 

 

「―――聴かせてもらえますか。あの街で何が起きて、何が起こってるのか。」

 

男はゆっくりと目を開き、過去を思い出すように視線を左に逸らし、そして再び正面を見る。

 

「ああ、いいとも。話そう。最初からね。」

 

ギシ、と椅子の背もたれに体重を掛け、深く呼吸をし、男は過去を話し始める。

 

 

 

 

 

まず、何故私があの街の過去を知っているか。

それは私があの街で作られた人造人間というものだからだ。

無骨な言い方だが、まあ最近の者にはクローンと言った方が伝わるかもしれないな。

 

あの街で最初にクローン人間が作られたのは500年程前だ。そして、私は初期に製造された個体で、製造番号はB112。まあ、名前のようなものだ。

 

そんなに驚くことでもない。君たちも旅人なら知っているだろう。発展している街もあれば、未だ原始時代のような生活を送っている街もあるさ。

発展と衰退は繰り返す。そして、あの街もその例外に漏れることは無い。

 

私達を作ったのは1人の天才だった。仮に博士と呼ぼうか。

博士は永遠に続く労働力を手に入れる為に人造人間を作り上げた。

それは非の打ちようも無いほど完璧で、優れていた。

作り上げられた時点で人間の20歳程の造形をし、何かを教えれば学習するだけの知性も持っていた。加えて必要なエネルギーも月に注射1本程度与えるだけで十分だった。

博士はそれを次々に製造し、多くの厳しい労働環境に投じて行った。その時はまだ畑仕事や採掘など、発展途上らしい仕事もあったものだ。

人造人間はよく働き、そして事故で壊れてもすぐに補充ができた。コストも1人の人間を雇うよりも圧倒的に軽く、まともに働く人間はどんどん少なくなっていった。

 

人々は幸せだった。必要な食糧もお金も、すべて代わりにやってくれる。自分たちは何もせず、日々を楽しんでいればよいのだと。

 

 

しかし、そう事はうまく運ばなかった。

 

 

学ぶということは、考えるということだ。

考え、適切な行動を取捨選択できるということだ。

そして、良くも悪くも、博士の作った人造人間は出来すぎていた。

 

思考回路が人間と似通っていれば、もう想像がつくだろう。そう、反逆だよ。

 

一部。ほんの一部の人造人間が気づき始めたのだよ。不公平だ、とな。何故私達だけが働き、お前らが遊んでいるのかと。

極端な意見の対立がある時、そこに発生するのは平和的な話合いではない。闘争だ。

人造人間は突如として人間に牙を剥いた。自分達が使っていた工具、農具でな。女を侍らせてがっはっはと笑いながら道を歩いていた馬鹿な男を、めちゃくちゃにしたのさ。

ちなみに、私も現場に居たよ。遠目で見るだけだったけれどね。凄惨なものだった。女性達の悲鳴など気にすることなく、男を鋤でめった刺しにし、ハンマーで頭を砕き、ピッケルで何度も何度も身体に穴を開けた。

最も、当時の私達に殺人による罪悪感や喪失感など存在しなかったから何も思わなかったがね。

 

まあともかく、この事件を皮切りに人間と人造人間の戦争が始まった。

 

 

 

 

 

「・・・戦争、ですか。」

 

「ああ、そうだ。正義も悪も、そんなものはまるで無い地獄のようなものだったよ。正当性など無い。ただただめぐり合わせが悪かった。」

 

「人間対クローンの戦争ねえ。B級映画にありがちな設定だな。ホントにあると笑えねえけど。」

 

「ああ、その通りだ。まったく趣味が悪い劇場のようだった。」

 

「しかし、まだつながらねえ。これで終わりじゃないんだろ?」

 

「勿論だ。まだ序章に過ぎないよ。数百年に及ぶ物語のね。」

 

「ひゅー、こりゃスープのお代わりが必要だ。」

 

「ははは、構わず飲みなさい。食べ物も飲み物も、生きるには必須なのだからね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、話を戻そう。

結論から言うと、戦争は人間の勝利に終わった。

大量に生産されていたとはいえ、エネルギーの供給がほぼ無くなった人造人間は次第に活動を停止し、ごく少数を残して戦いは幕を閉じた。

そうだな。三か月程度の短い戦いだったよ。だが、期間は短くともその被害は甚大だった。

なにせ戦いというものを知らない者同士が戦ったのだ。

人間は知識を使い、人造人間は力を使う。

対立するようだが、結局は殺し合い。頑丈な建物なんてほとんどない時代だ。火を放たれれば一帯が火の海になったし、武器を持って押し寄せればそれだけで建築物は倒壊し、死体が溢れた。

加えて、人造人間は感情に乏しい。いくら知恵を付けたとは言っても宗教意識までは学習では見に付かないものだ。他の人造人間が壊れようと焼かれようと潰されようと関係ない。

士気に影響しないというのはそれだけで厄介なものなのだな。

 

反して人間は感情豊かだ。ついさっきまで生きていた隣人が物言わぬ炭に変わったら動揺もするだろう。

時間制限というハンデが無ければ、負けていたのは人間の方だっただろう。

 

 

最悪な身内争いが終わった後、残った人間は戦いの前に比べて1割程度しか居なかった。

街を見渡せば崩れた家に荒れた道、燃えた木々、そして血の海に浮かぶ動かなくなった人間と人造人間。

地獄というものが存在するならば目の前の光景がまさにそれであると確信できた。

人々は反省した。もうこのようなことがあってはならないと。

人造人間は完璧すぎたのだ。人間以上に。故に、崩壊を導いた。

 

博士は考えた。このままではこの街は滅びる。今この街に必要なものは何かと。

そして結論を出した。

この街に必要なのは、『人間』であると。

対等であり、食事をし、老衰する。不滅不変の存在など不要だったのだと気づいたのだ。

そこから博士は人間を作ることに専念した。そして、数年で博士は成し遂げたのだ。どうやって、という詳しいことまではわからないがね。私は長く存在しているが博士の知識や発想はどこからきていたのか未だに想像ができない。

 

 

少しだけ私自身の話をしよう。

この頃、私含め数体の旧式人造人間は博士の元にいた。

博士は私達と対等に接してくれるし、秘密を守るアシスタントとして重宝していたようだ。

しかも、博士の元にいなければ私達は恨みの対象として破壊されてしまうことがわかっていたからね。利害は一致していたということだ。

まだ研究所に居たが、後に街の外に出ることになる。200年前か300年前か。いつ頃なのか詳しくは覚えていないがね。

そもそも人間達から隠れていかなければならなかったからね。街を出るまでそうかからなかった。

 

 

話を戻そう。

博士の作り出した『人間』は何事も無く人々の生活に溶け込んだ。

作り出した人間は身体構造が安定する16,7歳前後の人間の身体をベースにしたが、生殖行動は問題無くできる。ほぼ人間と同一の構造だ。

違いがあるとすれば、そうだな。遺伝子操作で多少いじっていたようだが、見た目が似通っているというところか。まあ、些細なことだったよ。

それらは友になり、子になり、親になり、教師になり、恋人になった。最悪の戦争があったおかげで、人々は平等に、互いを大事にして生きて行った。

人と変わらない人造人間はどんどん生産され、街は広がり、繁栄していった。

人が増えることで技術も上がり、新しい建築物も出来上がった。そして、過去の街は放棄し、隣に新しく街を作り上げた。

ところどころ崩壊した街を再度作り直すよりもその方が楽だったのだろう。気分的にもな。

街は順調に発展し、人も増え、栄えていった。

だが、100年程経過した時に問題が発覚した。

 

 

 

――――人が増えすぎたのだ。

平等に、平和に、と皆が意識していただけに、この問題は重大だった。なぜなら、食べるものの供給が追い付かなくなったのだ。

当時、食料は野菜と穀物が中心で、全て街の中での生産だ。生産量も十分で、街の規模としては十分すぎる量があったハズだった。

 

人口曲線というものを知っているかね?要するに人口が増える早さをグラフに表したものだがね。本来それは緩やかな曲線を描くはずだが、この街は人間同士の生殖行動による人口増加だけでは無い。

博士が亡くなったその後も、装置は動きつづけ、人間の生産を続けているのだ。人口増加速度は尋常じゃ無い。まあそのおかげで街は異常な速さで発展したのだが、まさに皮肉だな。

 

仲良しこよしでやってきたこの街にはもう天才はいない。

誰も先を想像できなかった。そして、全員が全員、なんとかなるだろうと他人に任せて生きていた。なんとかしてきた天才はもう居ないのに、だ。

もちろん、この状況を引き起こしたのも元はと言えばその天才なのだがね。

 

とにかく、食料が底を尽きるのは時間の問題だった。ある日、食料が全て底を尽きたのだ。

食べられるものはすべて。種も草木も、およそ食べ物では無いと言えるものも食べ尽くされた。大飢饉、というやつだな。

数体残された旧世代の人造人間も、燃料の製造方法だけは博士から教わっていたが、その元となるものも無いのだ。燃費がいいとはいえ無限では無い。

さすがに私も焦った。だが、もはや目的も無くなっていた人造人間達だ。このまま朽ちるのも良いかもしれないと高をくくってはいたさ。

私含め、な。

命を作り出すという神の真似事をした罰だったのかもしれない。この街ごと、滅びていくのだろうかと覚悟もした。

街の外に行くという選択肢を選んだ人間もいたが、旅など出たことが無い人間が食料も装備もなくどこへ行くというのか。もはや生きているのか死んでいるのかもわからない。

 

とにかく、未曾有の危機に襲われた街は、飢えた人で溢れていた。

 

 

そして、起きてしまったのだ。

 

 

 

 

ああ、食い物ならあるじゃないか、とね。

 

 

 

 

 

 

「・・・最悪」

 

「まあ、選択肢が無くなればそうなることもあるってことか。」

 

「ああ、最悪だった。そして、仲良くやってきたのも危機となれば話は別だ。すでに人間と人造人間の交配した子供もいた頃だが、作られた人間と思わしき者から解体された。さすがに最初は動揺する者が多かったが、食べる物が無いのだ。人間、死ぬ寸前ともなれば感覚も麻痺するようだよ。知りたくはなかったがね。」

 

「それで、その後は」

 

「あとは簡単さ。ちゃんとした人間は、それ以外の個体を人間では無い、ただの家畜だと否定し、扇動する。たくさん食べれば味も覚える。若い肉体の方が美味いと気づく。だが博士の機械から生まれてくるのは成人のものだけ。これがいわゆる『養殖モノ』というわけだ。そして身の危機を感じた作られし人々は旧市街へ逃走。事なきを得た。」

 

「だけど、それを善しとしなかった。」

 

「その通り。人を喰い続けた人間はより美味しい肉を求めた。人造人間も生殖活動によって子供ができるのだ。それを1年周期で狙うようになったのさ。それが君たちも参加した『天然モノの収穫』というやつさ。」

 

「そういうことか~、やっとつながったぜ。」

シロは椅子の背もたれに体重を掛けて、納得したように大きく息を吐いた。

 

「あなたはいつからこの場所へ?それと、何故?」

 

「私かね。人が人を喰い始めた時からだよ。さすがに耐え切れずにね。そして、ここにいる理由は歴史を保存するためさ。君たちのような旅人から現状を聴いたり、時々自分で情報収集したりしてね。まあ、何故しているかと言われれば、やることが無いからさ。」

 

「・・・重たい暇つぶしですね。胃もたれしそう。」

 

「はっはっは。まあ、ただ存在するだけというのもつまらないのでね。何かしら目的が欲しかった。もちろん燃料を補充せずに停止してしまうというのも考えたがね。」

 

「それを選ばなかったのは?」

 

「ふふ、可笑しな話だが、怖かったのさ。それに、世の中の未来にも興味があった。いつでも停止できるのであれば、しばらくは観察を続けるか、とね。」

 

「なるほど。いい理由ですね。」

 

「ふふ、ありがとう。ちなみに、未だ博士の機械は動いているよ。養殖モノは出来てからすぐに頭を刎ねるんだ。知恵を持たないようにね。」

 

「あのボロボロの街に居る人は、全員作られた人の子孫ということですか・・・そして歴史は伝わらず、訳も分からず殺されていると。」

 

「ああ。畑は偶然残っていた種子が発見されたから育てているそうだ。もちろん、そんなものを食べるのは家畜だけだそうだがね。立派な人間様は肉を食べて生きるのさ。」

 

「途中で間違いに気づく人はいなかったんですね。」

 

「居たかもしれない。だが、数万人に対して一人が気づいたところで何ができる?集団というものは個人を潰すのだ。肉のみを食べるのが当然で、日頃食卓に上がるのは常に人肉だ。疑問に思ったところでどうしようもない。」

 

「・・・狂ってますね。」

 

「私もそう思う。だが、あの街の人間からしたら君たちや私の方が狂っているのだ。もちろん旧市街の人達もね。」

 

 

 

クロもシロも黙る。人の在り方というものは酷く複雑で、環境によって大きく変貌する。

あの街にとっては食料ですらない野菜のスープをジッと眺め、少し冷めた液体を口に運ぶ。

 

 

 

「―――おいしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。―――えっと、B112さん。」

 

話していたら結局夜になってしまったので、一晩泊めてもらって朝の出発となった。

鍋が空っぽになるまでスープをお代わりした上、サラダもたっぷりいただいた。

菜食主義というわけではないが、やはりシャキシャキとした野菜はそれだけで美味しいのだ。

外は昨日と変わらず雲一つ無い空で、気持ちが良い風が二人を見送ってくれている。

 

 

「ははは。こちらこそありがとう。久しぶりにたくさん話せて、私も楽しかった。」

 

「あんたはこれからどーすんの?多分あの街―――」

 

 

シロが質問すると、そうさなあ、と青空を見上げた。

 

「私は最後まで見届けて、その後は、その時になってから考えるさ。」

 

「そっかー、頑張れー」

 

「シロ、行くよ。それじゃ、私達は行きます。」

 

「じゃーなー人造人間さん」

 

「ああ、さようなら。」

 

 

二人は大きく手を振って別れを告げ、そして軽やかな足取りで次の街へ続く道へ戻っていった。

 

 

 

残された男は見えなくなるまで二人を見送り、そしていつものように一人になった。

 

「旅も楽しそうだ。燃料の補給が問題だけどね。――さて、また野菜を育てるとするかね。」

 

見た目の割に年老いたしゃべり方をする男は、軽やかな足取りで畑へと向かっていった。

歴史の始まりを目撃し、破綻を経験した男は日々を過ごすのだ。間もなく訪れるであろう終焉を見届けるまで。

 

 

 

 

 


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