ワンパンマン ~不思議な隣人~   作:Enoch365

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第一撃 引っ越してきたお隣さん

とあるマンションの一室。

 

 

少女らしい、もとい女性らしい家具やカーテンの置かれた部屋。そんな部屋に目覚まし時計の耳障りなアラーム音が鳴り響く。モゾモゾとベッドの毛布の隙間から腕が伸び、時計を指さす。

 

 

「…うるさい」

 

 

すると触れてもいないのにピタリと突然アラーム音が鳴りやみ、ムクリとベッドから起き上がった体はとても小さい。ピンクを基調とした水玉のパジャマ、鮮やかな緑のパーマがウサギの顔をデフォルメしたスリッパをつっかけて少女は寝室を出た。

 

 

パパッと手早く歯を磨くとテレビの前のソファーに腰かける。

 

 

「災害チャンネルは…」

 

 

少女が大型のテレビに指を向けると、ひとりでに画面が点灯した。

 

 

『本日、大きな事件の発生や怪人の出現などの報告はなく――』

 

 

「…何よ」

 

 

少女は携帯を取り出し一つの番号にコールする。数回のコール音の後、穏やかな声が耳に入った。

 

 

『おはようございます。タツマキさん』

 

 

「おはよう、怪人は?」

 

 

『今のところ報告はありません。至って平和です』

 

 

「…そう」

 

 

『連日怪人のお相手を依頼していましたし本日はゆっくりしてください』

 

 

「――わかったわ、それじゃぁ」

 

 

プツリ、と通話を切ったタツマキはテレビの前のソファーに腰かけた。

 

 

「これはまた……アレね――暇ね」

 

 

少女が手をかざし、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。

 

「何しよう」

 

 

タツマキの仕事はヒーロー。怪人を倒し、災害を防ぐ。

 

 

趣味らしい趣味もなく、過去の出来事から他人を信用しないタツマキは友人といえる人間もいない。つまり彼女には暇な時間を潰す手段と言うものが存在しない。

 

 

「…パトロールでも行こうかしら」

 

 

そう思いクローゼットの中から彼女のシンボルでもある真っ黒なドレスを取り出し着込んでいく。

 

 

太腿まで大きく露出するドレスなのだが、彼女が年齢の割にあまりにも幼い体型なので彼女を見慣れているS級ヒーローの中では童帝という少年しか顔を赤らめる事は無い。

 

 

その時、チャイムの音が部屋に鳴り響く。

 

 

「…」

 

 

あまりヒーロー関係以外の人間とは好き好んで喋ろうとしない彼女は出ようかどうか暫し考え込んだ後、玄関へと向かった。

 

 

「…何」

 

 

ガチャリとドアを開け、U字ロックがかかっているため少ししか開かない隙間から外をうかがうと

 

 

「おはようございます。昨日の夜遅くに隣に越してきた者なんですけど…お母さん居るかな?」

 

 

手に食器用洗剤のギフトを持った青年が立っている。背は平均程度だが髪が銀色のストレートであり、中性的な顔立ちをしている。

 

 

「…」

 

 

タツマキは何も言わずに一旦玄関のドアを閉め、U字ロックを外すと一気にドアを開け放った。

 

 

「失礼ね!私はもう成人してるわよ!アンタ私が誰かわかってるんでしょうね!?ブッ飛ばされたいのアンタ!?」

 

 

「へ?」

 

 

猫が威嚇するように睨み付けてくるタツマキを見て青年が驚いた顔をする。

 

 

「成人って…」

 

 

「28よ!」

 

 

「マジか…」

 

 

タツマキの頭から目線を下へと滑らせていき首を傾げる青年。

 

 

「いや、失礼しました。自分は隣に引っ越してきた『XI(サイ)』という者です。本当にすいません、これどうぞ」

 

 

しかし一度姿勢を正した後、礼儀正しく一礼をして手に持ったギフトを差し出す青年。

 

 

タツマキは目の前に差し出された食器用洗剤のギフトを見ると

 

 

「いらないわ、私自炊しないし。それにこの家にも寝るとき以外いないから」

 

 

そのままドアを閉めてしまった。

 

 

「全く…女性になんて事言うのかしら。しかもS級ヒーローの私を知らないってどういう了見よ」

 

 

相手が同業のヒーローなら説教をするところだったが自分を知らない当たり田舎からでも越してきた一般人だろうと当たりを付け、イライラをどうにか飲み込んだタツマキ。

 

 

「はぁ、本当に何しようかしら」

 

 

そう思い部屋に戻ると

 

 

『速報です、ただいま対怪人兵器開発研究所から対怪人兵器が街で暴走をしていると通報が入りました。既にJ市の住民はシェルターへの避難を完了させており――』

 

 

丁度災害チャンネルから速報が流れているところだった。

 

 

「ご飯は一仕事終えてから食べようかしらね」

 

 

これはいい暇つぶしが出来ると思ったタツマキは玄関に置かれた黒いハイヒール履いた後にベランダへと出ると、手すりの上に立つ。

 

 

「J市だったわね」

 

 

トン――と手すりから飛び重力に任せて落下していく小さな身体が少しずつ速度を緩め停止した後、今度はとてつもない速度で正面へと飛んで行った。

 

 

風に揺られたカーテンがはためく傍でベランダの仕切りの向こうから

 

 

「おお、速いな…テレビで見るよりずっと小さくてビックリしたけどやっぱり『戦慄のタツマキ』なんだよな…。俺じゃぁ()()ことは出来てもあんな風に()()ことは出来ないし…流石だ」

 

 

小さな拍手と感嘆の言葉が発せられた。しかし次の瞬間

 

 

「まぁ……俺も行くか」

 

 

という言葉と共に隣のベランダからも影が一つ、地面へと向かって落下していった。

 

 

*

 

 

「想像以上にひどい状況ね」

 

 

タツマキが上空から眺めているのは暴走した兵器が通過していった住宅街。家屋としての機能が残っている家の方が圧倒的に少ないと思われるほど破壊されている。

 

 

「避難が終わってる事は幸いだったわ、深海族の事で避難訓練を行ってたからかしらね。この破壊の規模じゃぁ死人が出てもおかしくないし」

 

 

そうして飛ぶ速度を上げていくと建物が爆発し、崩れていくのが見えてくる。

 

 

「いた…と言うか多いわね」

 

 

タツマキの目の前にいるのは10体の人型ロボット。暴走していると言う通りに背中にあるメカメカしいバックパックから小さなミサイルの様な物を飛ばし続けている。

 

 

「まぁ付近に人いなさそうだし、辺り一面ごと平らにしようかしらね。逆にそっちの方が後処理楽でしょ」

 

 

タツマキはロボット達がいる周囲へと手をかざし力を込めようとした瞬間――どこからともなく子供の泣き声が聞こえた。

 

 

「ッ?…逃げ遅れたのがいるの?」

 

 

ロボットも子供の泣き声に気づいたようで、周囲を見回した後、何かを見つけたように一点の方向へと走り始める。タツマキがロボット達の向かった方向へ目を向けると少年が家の瓦礫に足を挟まれ動けないようだった。

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 

タツマキは瓦礫の山を飛び越えて行くロボット達の頭上を追い越して一足先に少年の元へとたどり着くと、即座に瓦礫を退けて少年の体を浮遊させた。

 

 

「もう安心しなさい、ヒーローよ」

 

 

「っぐす…ありがとう」

 

 

少年の足は赤く腫れあがっており、歩いてこの場所を離れる事は出来ないだろう。

 

 

「全く、親は何してたんだか…少し待ってなさい。こいつ等潰して助けてあげるから」

 

 

「う、うん…」

 

 

タツマキは少年を近くの瓦礫の上にゆっくりと下すとロボットを睨みつけた。一足遅くタツマキたちの数十m手前で立ち止まったロボット達はタツマキと少年の姿を見ると

 

 

『…セイゾンシャカクニン、3mヒダリホウコウ、ミチノエネルギーカクニン…カイジン、カイジン』

 

 

と、機械らしいつぎはぎの声でタツマキへと装備を向ける。

 

 

「はぁ!?誰が怪人よこのポンコツ!これは超能力よ!研究者はそんな事もインプットしなかったの!?戦場に出すならS級の情報位インプットさせときなさいよ!ロボットだけじゃなく開発者もポンコツね!」

 

 

『ハイジョ、ハイジョ』

 

 

10対の内の1体が肩のタレットから弾丸をタツマキに向けて発射していく。

 

 

「…全く」

 

 

タツマキが手を正面にかざすと彼女の1m手前で弾丸がすべて停止していった。

 

 

「機械の癖に人間に奉仕できないなんて存在する価値ないわよ…潰れなさい」

 

 

未だにタレットから弾丸を発射し続けてロボットへともう片方の手をかざし、振り下ろすような動作をするとベゴリ――とロボットの頭部が潰れ、重みに耐えきれないかのように肩、胸、足と順に潰れていった。

 

 

「(ここら一体を潰すのは訳ないけど…もし他にも逃げ遅れがいるかもしれないっていう可能性を考慮するとそれは出来ないし…。地道に一体一体潰していくしかなさそうね)」

 

 

そうやって一体を潰し終えた後目線を他のロボットへと向けると、ロボット達は建物の陰へと身を隠してしまった。

 

 

「……鬱陶しいわね。雑魚は雑魚らしく正面から来なさいよ」

 

 

しかし彼女の能力の特性上見えていない位置の敵を攻撃することも可能ではあるが、もし他に逃げ遅れた人間がいたらという状況を考えると目視しての攻撃しか行う訳にはいかない

 

 

「…どうしたものかしら、このまま雑魚ごときに拮抗状態なのも腹立つし――ッ!?」

 

 

そう考えていた矢先――突然、タツマキの視界がグラりと歪み体がふらつく。

 

 

「一体何が――ッ!」

 

 

見れば物陰に隠れ、こちらを伺うように見ていたロボットの背中の空間が揺らめいている。

 

 

「(熱…?いや…ガスね…にしても、無臭のガス使うなんて周囲への被害考えなさいよ全く!)」

 

 

彼女からすれば周囲の燃えている家屋もある所を見るに引火性ではないのが救いだったが、吸い過ぎれば少年も危うい。

 

 

「さっさとアイツを――このッ」

 

 

物陰にいるロボットへと手をかざそうとした瞬間、別のロボットがミサイルを発射してくる。

 

 

「(対怪人用ってだけあって、無駄に高度な戦術仕掛けて来るじゃない…)」

 

 

ミサイルを止めようと手をかざすがまた別の方向からミサイル――と多方向からタツマキをかく乱するかのような攻撃。一向にガスを出し続ける一体を仕留めることが出来ず、彼女の身体のふらつきも大きくなっていく。

 

 

「(本格的にマズいわね――雑魚のくせにここまでやるなんて…)」

 

 

ガスの効果であろうか、数発のミサイルがタツマキのサイコキネシスの範囲から外れて周囲の家の瓦礫へと直撃する。

 

 

「(…どうすれば…いっそいるかも分からない他の逃げ遅れよりも確実にこの子を救う為に周囲を潰すしかないわね。じゃないとこの子も一緒に…全く、近くに手の空いたヒーローは――)」

 

 

 

 

『いざという時に誰かが助けてくれるとは思ってはいけない』

 

 

 

 

周囲事攻撃を行うか否かが頭の中で堂々巡りする中、近くにヒーローが来ていないかと考えた瞬間――昔掛けられた言葉が頭の中で響きタツマキは頭を振る。

 

 

「(馬鹿ね――そうよ、他人なんて信用できない。私がどうにかするしかない)」

 

 

彼女の目に活力が戻り、手を高く掲げる。

 

 

「(やるわ、周囲、全部…ブッ潰す!!―――ッ?)」

 

 

タツマキが手を振り下ろそうとしたその瞬間に、足の力が抜け地面に膝をついてしまう。

 

 

「(ウソ…もうこんなに力が入らないなんて…マズい…)」

 

 

そう考えた瞬間、彼女が自身の力を上空へと収束させたが故に彼女の支配から外れたミサイルが彼女の付近へと着弾していく。

 

 

「…(見えないガスに気づけなかった私の油断…ね)」

 

 

次のミサイルはタツマキの正面へと直撃するだろう。彼女が少年の方を向くと、少年はガスの作用で意識を失っているようだった。

 

 

「良かった…(これであの子は痛みを知らずに――)」

 

 

 

 

 

「いや、良くないですよ」

 

 

 

 

 

パチン、と小さな音と共に目の前へとミサイルがバラバラになり。瓦礫の山へと落ちていく。

 

 

「え…?」

 

 

タツマキが振り向くと、今朝あったばかりの青年が目の前に立っているではないか。

 

 

「ア…ンタ…なんで…」

 

 

「一応これでもB級の102位なんですよ…僕。貴方の『戦慄』といったような二つ名はありませんが…」

 

 

「…」

 

 

喋りながらも青年がパチンと指を鳴らしていく度に周囲のミサイルがバラバラになっていく。

 

 

「僕も超能力者なんですよ。貴方どころか貴方の妹さん――『地獄のフブキ』さんの足元にも及ばない程度の出力ですけどね」

 

 

そう言いながらどんどんミサイルをバラバラにして切り落としていく青年。

 

 

「?」

 

 

タツマキは彼の用いる超能力が何かおかしい事に気づいた。

 

 

周囲に落ちていくミサイルは全て鋭利な何かで切られたかのようにスッパリと切れている。自分やフブキが落そうと思ったら握りつぶされたり押し潰されたかのようなぐしゃぐしゃの形になっている筈だからだ。

 

 

「あ…」

 

 

タツマキが再度青年を見ると彼の周囲がキラキラと煌いている。よく目を凝らさないと気づけない程だが青年の周囲にとてつもなく細いワイヤーの様な物が漂っており、その一本一本に光が反射しているのだ。

 

 

()()で切ってたわけ…」

 

 

「えぇ、ミサイルですからキチンと着弾しない限り大丈夫ですし。こういった小物を上手く使う事も大切なんですよ」

 

 

全てのミサイルを落とした青年が手を振ると周囲の煌きが一気に広がる。煌きの範囲がロボット達すべてを取り込むと一気に収縮し、次の瞬間ロボット達もバラバラになり、機能を停止させた。

 

 

「…」

 

 

「まぁ、こんな感じです」

 

 

最後に青年が指を鳴らすと、煌きが彼の手のひらの上へと集まり、3つの塊へと変化する。

 

 

「さて、一応救助を呼んでから周囲に逃げ遅れた人がいないか確かめますんで貴方は休んでてください」

 

 

手の平に乗った3つの銀色のサイコロを弄びながら携帯を取り出し、ヒーロー協会へと連絡を始める青年。

 

 

「あぁ、すいません。一応戦慄のタツマキさんと協力できたおかげでロボット壊せました。ロボットの数は9で間違いないんですよね…え?10なんですか?」

 

 

「待って、私が一体壊してるわ…」

 

 

「あぁ、そうなんですか…いえ、こっちの話です。10体全部壊してたみたいです。えぇ、では救助お願いしますね。子供が一人気を失っていますがまだ逃げ遅れが他にもいるかもしれないんで…えぇ、失礼します」

 

 

通話を終えると青年はタツマキと少年を見て微笑んだ。

 

 

「さ、ではこのまま救助を待ちましょう」

 

 

*

 

 

「本当にありがとうございました!」

 

 

救急車等の到着と共に少年を探しに来た少年の両親が青年に頭を下げる。

 

 

「別にいいんですよ。パニックに陥った民衆の中ではぐれてしまったものは仕方がないですし。それに大半は彼女の働きですから」

 

 

青年はタツマキの方を見る、少年の両親はそれを受けてタツマキにも頭を下げた。

 

 

「私の働きじゃないじゃない。アンタがお礼されるべきよ」

 

 

タツマキは顔に取り付けられた酸素マスクを取り払い、青年を見た。

 

 

「いやいや、自分なんて程度が知れてますから。では、もう病院に行ってください。詳しくお子さんの体を調べておいた方が安心でしょう」

 

 

「はい、本当にありがとうございました!」

 

 

子供を乗せた救急車に乗り込んで走り去っていった両親を見送ると、青年がタツマキの元へと歩み寄る。

 

 

「じゃぁタツマキさんも病院に行って身体検査は受けてくださいね。自分はあまりガスを吸っても無いですし大丈夫なんで」

 

 

手を振って家の方向へと瓦礫の山を歩き出した青年の背にタツマキは声をかけた。

 

 

「ちょっと貴方!名前は何だったかしら?」

 

 

「……『XI(サイ)』です。以後お見知りおきを」

 

 

「サイ…ね…」

 

 

自分とは全く使い方の違う超能力の形を目の当たりにしたタツマキ、ヒーローになってから自分でも久しぶりに他人に感心したと彼女は自覚する。彼は自分はおろか妹のフブキにさえ超能力の出力では足元にも及ばないと言っていた。しかしそう言っておきながらS級の2位である自分が敗北しかけた相手を容易く打ち破って見せたのだ。

 

 

それこそ彼の『闘い方』についてもっと見て知りたいと思ったタツマキは、その名前を深く記憶に刻み込んだ。




おまけ


現場に到着したのがタツマキではなくサイタマだった場合。


少年を上空へ投げ上げる→高速で一体ずつロボットを殴って壊す→少年をキャッチ→終了。


結論、サイタマはやっぱり次元が違う。

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