「あいつは……おまえの母さんは……正真正銘の名探偵だった」
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インターネットで都市伝説についていろいろ調べたことがあった。その中にあるうわさがあった。とある女子高生のまわりで不可解な殺人事件がいくつもおきていたという内容だ。不審に思った警察も彼女の身辺調査を行ったが何も出てこなかったそうだ。
彼女はネットの中で中傷されていた。
死神とか、リアルなんとかとか……。
彼女のまわりを捜査していた警察官も彗星の民だったのかもしれない。いずれにしても、彼女が本物の名探偵ならば何かが出てくるわけがない。そして、問題はそこにはない。問題なのは俊樹が宮水二葉を名探偵だと信じていることだ。そして、おそらく彼女は本物の名探偵だったんだろう。
「名探偵の前ではどんなにふしぎな現象もこの世界の現実に収束する」
ありとあらゆるふしぎな事象を現実に収束させる能力。超常現象を通常現象の中で説明する能力。推理する能力。
そんな能力にふれてしまった俊樹に予知能力なんてものを信じてもらえるはずがない。
だが、真実はもう一つある。
俺が今、ここにいるということだ。
俺が今、三葉の中にいるということだ。これはまぎれもない事実現実だ。超常現象は、超能力は確かにここに存在している。俺の記憶が偽りでなければ。俺の存在が偽りでなければ。
けれど、それを、超能力の実在を証明する術がない。それはつまり、宮水俊樹を説得する方法が論理的に存在しないということになる。
もうひとりの俺が失敗するわけだ。解なし。正解が存在しないんだから。
三葉の身体の中に入ればどうにかなるような気がしていた。なんとかなるような気がしていた。最終的に、命を賭けて、頼み込めば俊樹も折れるものだと考えていた。甘かった。元名探偵の助手を相手に、そんなものが通じるわけがない。謎には真実が隠されていると考えるはずだから。だけど、ここには謎も真実も存在しない。これはミステリじゃないから。ただのファンタジーだから。
真実はいつも一つとは限らない。ファンタジーにおいて、真実は存在しない。
一介の高校生が世界を救えるほど世界は安くはないらしい。世界はそう簡単に俺を英雄にはさせてくれないらしい。
どうすればいい? 俺はどうすればいい?
彗星の民……バカだけど優秀なスタッフを揃えている。
「俺と二葉がまだ名探偵とその助手(兼保護者)という関係だった時だ。予言なんて日常だったよ。おまえを信じていないわけじゃない。おまえはファンタジーにとらわれたんじゃない。おまえがとらわれたのはミステリだ」
そう……来るよな。
「そういえば話したことがなかったな。二葉のこと。おまえの母親のことじゃない。俺の妻のことでもない。少女、宮水二葉のことだ」
――彼女は呪われし姫君とよばれた。
ミステリとファンタジーの外観は同質で区別がつかない。
こんなのってありかよ。ミステリの住人を、それも百戦錬磨の名探偵の助手を説得するなんて……無理だ。
「俺はただ……町のみんなを避難させてほしいだけなんだ。本当にただそれだけなんだ」
「このことは誰かに言ったのか?」
「もちろん。できるだけたくさんの人に言ってる」
俊樹は頭を抱えた。
「避難指示は出さないというより、出せないと言ったほうがいい。娘が隕石が落ちるから避難しろと言いふらしていて、その父親である町長が避難命令を出すわけにはいかないだろう。それは権力の乱用以外の何ものでもない。これは政治家として決してやってはならないことだ」
隕石が落ちないことを前提に話が進んでいる。だから、いくら話をしても話が噛み合うことはない。
「仮に、おまえが言っていることが真実なら、この糸守の住民は死を受け入れるしかない。俺にはどうすることもできない」
正論だ。360度正論だ。
取り返しのつかないことになった。
なんで、こんなにことになっちゃうんだよ。
もう、ダメなのか?
施設を爆破して、避難放送を流しても、今のままの方法じゃ、全員を救うことはできない。
「どうして、おまえは町民全員を避難させたいんだ? 本当のことを言ってくれ。正直に話してくれ。父さんは三葉の力になりたいんだ」
おわった。
決定的だ。
俺はこの質問に対する正解を持っていない。もしこの質問に正解できる人がいたら、小説家にでもなったほうがいい。俊樹を説得するためには一流のプロ作家のような天才的な想像力が必要になる。それでも足りないかもしれない。前代未聞の創作なのだから。俺の知性では無理だ。
爆弾が埋まっていれば避難の口実にもなるかもしれないけれど、フェイクでも高校生にそんなもの用意できない。
俊樹はまともだ。完全にまともな人間だ。わずかも狂っていない。でも、狂っていなきゃダメなんだ。狂っていなきゃ、隕石が落ちるなんてことを信じない。
「父さんを信じてくれ」
俊樹の目はまっすぐと俺をみている。三葉のことが大好きなんだろう。宝物って言ってたっけ。宝物ってなんだ? たぶん、こういう目でみつめていたいものなんだ。まっすぐに。
「父さんは町長だ。無理をきいてやることもできる」
それは娘への口調というより、もっと対等な……そう恋人に対する口調のようでもあった。そして、覚悟のセリフでもある。マジメそうな俊樹が言うセリフじゃない。
まいったな。
こんなの説得できるわけがないじゃないか。
「お願いします」
俺は頭を下げた。俺は頭を下げたまま。
「お願いします」
どうすりゃいいんだよ。この俊樹に言うことを聞かせる方法なんてあるのか? この状況をひっくり返す奇跡のような方法が……たったひとつでも冴えたやり方が……そんなものがあるのか?
もうひとりの俺も言っていた。救えなかった。できなかったと。
俺じゃダメなのか? 三葉ならできるのか? そういう問題じゃない。
そもそも根本的な障害がある。俺たちにはなんの力もない。ただのこどもにすぎない。マンガやアニメじゃない。これは現実だ。高校生のたわごとに耳を傾ける大人なんて現実には存在しない。
三葉……心が折れそうだよ。
あきらめないで。
キミは今、ここにいるよ。
世界はそんなに弱くできていないから。
俺は頭をあげた。俊樹をみつめた。
俺は今、ここにいる。世界を救うって役割をもらって。
考えろ。考えるんだ。何か手があるはずなんだ。見落としている点があるはずなんだ。みつけさえすればなんでみつけられなかったんだって、あきれてしまうような簡単な手が。
そのための時渡りのシステムじゃないか。
「俊樹……お願いだ」
「…………」
突然、町長室の電話が鳴った。
「あぁ、私だ……っ!? …………本物……なのか? ……あぁ、わかった」
俊樹が驚愕の表情を浮かべている。俊樹が電話機のボタンを押した。
「変わりました。町長の宮水です」
俊樹は恐縮そうに受け答えをしている。
「承知いたしました」
俊樹は電話を置いた。俊樹はケータイでどこかに電話をかけはじめた。裏をとっているようだった。
「三葉……おまえは今、何をしているんだ?」
「だから、俊樹に避難のお願いを……」
「今の電話は首相官邸からだ」