君の名は。再演す   作:マネ

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空と海と大地と呪われし姫君①‐1

 進路指導室で、ユキちゃん先生と話す前――

 

 

「彗星が落ちなかったら、なんでもいうこときいてあげるから避難してってお願いしたら、テッシーなら、どうする?」

 

「そりゃ、避難するやろ」

 

 妙なところでテッシーは正直だ。

 

 サヤちんが横目にテッシーを睨んでいる。

 

 あっ、テッシー、気づいた。

 

「ゴ、ゴホン……三葉、よく考えてみぃや。一人二人ならともかく、500人となるとムリやぞ」

「サヤちんもつける!!」

 

「えええええええええええぇっ!? ……えっ!? ええええええええええええええええっ!?」

 

 サヤちんが立ち上がって悲鳴をあげた。なぜか二回悲鳴をあげた。

 

「ムリやって」サッシーが抑揚をつけて、じっくりと言った。

「え?」

 

 サヤちんが急に真顔になった。真顔だ。完全に真顔だ。

 

「ちゃ、ちゃうわ。そういう意味やないって」

「どういう意味よぉ?」

 

 サヤちん、テッシーにぐいっと詰め寄る。

 

「は、話すだけで日が暮れてまうやろ」

 

 テッシーはおろおろしている。

 

「釣れた男どもに避難誘導も手伝ってもらう!」

 

「うまくいかんわ。まわってる間におまわりさんに補導されるわ」

「う~ん」

 

「三葉、ほんとにだいじょうぶなん? あたま」

 

「だいじょうぶ! すぐにサヤちんもこっちの世界に来れるから」

 

「それはない」

 

 サヤちんは標準語で言った。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 三人でいろいろシミュレーションをしたけれど、結局のところ、最後は役場に出てきてもらわなければならないという平凡な結論に至った。つまり、糸守町町長の説得なくして糸守が助かる道はない。

 

 つまり、ここが大一番。ここがクライマックス。

 

 クライマックスでの失敗は許されない。

 

 説得できなかったなんて絶対に許されない。

 

 行くぞ! 三葉!!

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 町長室。個室だ。

 

「三葉、学生服なんて着てどうしたんだ?」

 

 三葉の父親である宮水俊樹町長は目を通していた書類を机において立ち上がった。どうみても関連性のない書類が同じ机に並べられている。娘が来たから、急いで仕事をしているかのようにみせかけるために書類を広げたのか? それとも書類に目を通しているふりをしながら、娘と話そうとしていたのか? 面と向かって話すのが恥ずかしいのか?

 

 オヤジって大変だな。

 

「制服はテッシーに借りた。それより大事な話があるんだ」

 

「ティアマト彗星がこの町に落ちる。それで500人以上が死ぬ」

 

 えっ!?

 

「だから、住民を避難させないといけない。避難指示を出してほしい。避難訓練でもいい」

 

 三葉のオヤジさんはじっと俺の反応をみながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「その表情は……どうやら、当たりのようだな」

 

 困惑というより「どうして、それを知っている?」という驚きの表情になっていたんだろう。

 

「えっ……とぉ……」

 

 言葉をいろいろ用意してきたのに何も出てこない。

 

 マジかよ。長考の末の一手をたった一手でフイにされた。

 

「彗星が落ちてくる根拠もある。彗星が二つに割れる。それをみてもらえればわかる。彗星は二つに割れて軌道が変わって、糸守に落ちる」

 

 俊樹は原稿を読むように言った。

 

 やられた。

 

 こんなやり方があったのか。いや、効果的だよ。身体から力が抜けそうになる。

 

「昨夜のバカなバラエティ番組で、ティアマト彗星が地球に落ちる可能性があると放送されて、朝からそんな電話がずっと鳴りっぱなしだよ。危機感をあおれば視聴率が取れると思っている。こっちはいい迷惑だ。彗星が近づくたびに毎回毎回……1200年前に糸守町に隕石が落ちて、今回も落ちるとか、業務妨害も甚だしい。今日は大事なイベントがあるというのに……朝の報道で地球に落ちる可能性はゼロだと伝えられたが、効果はなかったようだ。ばかばかしい」

 

 彗星の民はテレビ局にまで潜り込んでいるのか?

 

「選挙も近いし、足の引っ張り合いだよ。おまえもいいように利用されてるようだな。ほんとうに情けない。そんなバカげた話を真に受けるなんて」

 

 これは説得どうこういう次元じゃない。

 

「それで?」

 

「避難指示を出してほしい」

 

「ちがうだろう。その話はどこから……いや、誰から聞いたんだ?」

 

「いえない」

 

 俺は唇を噛んだ。

 

 くそ……くそぉ……くそぉおおお……こんな敗北感は生まれて初めてだ。

 

 俊樹は俺をみつめてくる。

 

「信じられないのはわかるよ。でも、ちゃんと……」

 

 俺は無理やりに言葉を紡ぎ出す。

 

 三葉のオヤジさんは俺を手で制す。

 

「なにを言ってるんだ。おまえは……」

 

 やっぱりダメなのか……。

 

「……と言うだろうな」

「え?」

 

「おまえの言葉を普通ならきっとただの妄言だと切り捨てるだろう。そういう意味だ」

 

 俺の目の錯覚だろうか? 三葉のオヤジさんの顔が一瞬だがやわらかくなったように思えた。

 

「じゃあ」

 

 婆ちゃんでも信じてくれなかったのに……信じられない。このわからず屋みたいなオヤジがこうもあっさりと……。

 

 俊樹はメガネを外した。

 

 

 

「何も使わずに、その身だけで人間が空中に浮いているところをみたことがあるか? 異世界からやってきた怪物に追われながら、それと応戦したことがあるか? 巨大な城を指一本で動かしている人間をみたことがあるか? 錬成陣による人間の召喚(瞬間移動)をみたことがあるか?」

 

 

 

「なにを言ってるんだ?」

 

「……と言うだろうな。これらはすべて俺の実体験だ」

 

「はあ?」

 

「信じられないのはわかる。でも、ちゃんと……証人もいる。これは俺の歴史であり、この世界の現実だ」

 

 一瞬にして、俺と三葉のオヤジさんの立場が入れ替わった。完全に。

 

 人が浮かぶ? 異世界の怪物と戦った? 指一本で城を動かす? 人間の召喚? 俺はこれらを信じられるだろうか? 無理だ。ありえない。人は浮かばないし、異世界は存在しないし、城を指で動かすなんて物理的に不可能だし、人間の召喚なんて無理だ。

 

 時空をわたってきた俺でも信じられない。

 

 三葉のオヤジさんは何を言っているんだ?

 

「ちょうど二葉が三葉くらいの年齢だったかな。俺は少女だった二葉と出会った。そして、俺たち二人はふしぎの世界に迷い込んだ。それから二人でたくさんの冒険をした」

 

 二葉が三葉と四葉におとぎ話を語りかけるようすが俺の脳裏をかすめる。これは三葉の記憶だ。これはおとぎ話じゃないのか? そのおとぎ話に出てくる二人の男女は俊樹と二葉さん……?

 

「この世界はふしぎに満ちている。きっと、おまえはそれにふれてしまったんだろう」

 

 話の方向性がわからなくなってきた。

 

「あんたはだれだ?」

 

「俺は……あいつの助手だった……」

 

「…………」

 

 

 

「あいつは……おまえの母さんは……正真正銘の名探偵だった」


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