君の名は。再演す   作:マネ

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エデンの戦士たち⑤

「エロイムエッサイムエロイムエッサイム我は求め訴えたり」

 

「なにを言っている?」

 

 3……2……1……。

 

 バンと進路指導室の扉が思いっきり開かれた。扉がユキちゃん先生に当たる。ユキちゃん先生は床に倒れる。俺は立ち上がった。

 

 テッシーが入ってきた。

 

「ハ……ハダ……三葉、なんて格好してるんや!?」

 

 テッシーは手で目を隠しながら慌てている。

 

 カラダが熱くなる。

 

 あぁ、これ、恥ずかしいってヤツだ。

 

 テッシーは学ランを脱いで、俺の背中にかけた。

 

「これでも着てろ」

「あ、ありがと」

 

 テッシーの左の手の平にユキちゃん先生のハサミが突き刺さった。隙を突いて、ユキちゃん先生が攻撃してきた。とっさにテッシーは俺をかばって盾になった。ユキちゃん先生は完全に俺を狙っている。

 

「痛っ……マジかよ」

 

 床に血がしたたる。

 

 テッシーはハサミをそのままつかむ。

 

 ユキちゃん先生の左手が振られた。左手にもハサミを持っていた。テッシーはそれを右腕で止める。

 

「勅使河原……巫女の盾か……なぜこうもタイミングよく……さっきの呪文……ケータイか……策を弄せるとは、少々おまえらを見誤っていたようだ」

 

 ケータイはずっと通話状態にしておいた。サヤちんもきいていたはずだ。

 

「って先生!? おい、三葉! 何がどうなっとるんや?」

 

 ポケットに入れておいたからか、ちゃんと聞きとれていなかったらしい。どの程度の感度か試しておくべきだった。

 

「ユキちゃん先生にケガさせるなよ! カラダは先生だけど、中身はまったくの別人……中身だけが俺たちの敵だ!」

 

「はぁ!?」

 

 ユキちゃん先生がニヤリと笑う。

 

「先生のカラダが悪いヤツに乗っ取られとるっちゅーことか?」

 

 テッシー、おまえ天才か!? 理解早すぎ。

 

「あぁ、つまり手詰まり」

 

「ダ……ダジャレ?」

 

 ばか。

 

 テッシー、サイコーだよ。ほんとサイコーだよ。

 

 でも、ばかだから、ブレーキ役がいないと破滅する。そっか。だから、二人はぴったりなのか。

 

「テッシー、今は逃げの一手しかない」

 

「三葉、おまえ、とんでもないもんと戦っとるんやな。まるでSFや。まぁ、誰が相手やろうとかまわんわ。三葉を傷つけるヤツは俺が許さん」

 

 テッシーは力でハサミを奪い取る。ヤツも指は折られたくないのかハサミを捨てた。カラダはユキちゃん先生のだから、あまり乱暴なことはしてほしくない。本物のユキちゃん先生には会ったことないわけだけど、まわりの人の反応をみれば良い先生だってことくらいはわかるから。

 

 一瞬『鏡の中の三葉』が脳裏をよぎった。三葉にも俺はまだ会ったことがないことを改めて思い出す。

 

 テッシーに手を引かれた。

 

「逃げるぞ」

 

 テッシーは走り出す。

 

 なんか今、俺、凄いヒロインしてないか? やばい。ちょっと泣きそう。

 

「俺が女だったら、惚れてるかもな」

「はぁ? なに言うとるんや。あほ」

 

 なんでだろう。

 

 こんな状況なのに……殺されかけたのに……世界がピンチなのに……頭の中でお気に入りのBGMが流れている。たぶん、俺の身体だったら、こんなことはなかっただろう。

 

「三葉、これからどうするんや?」

「俺は作戦通り町長に会いに行く」

 

 まだ俺が知らなくちゃいけないことがあるらしい。罠かもしれないけれど行かなければならない。役場で暗殺なんてしてこないと思うけれど。

 

「あと、どこかでユキちゃん先生と決着をつけなくちゃいけなくなると思う」

「どうやって倒すんや?」

 

 カラダはユキちゃん先生のだから、傷つけるわけにもいかないし。

 

「物理攻撃はしちゃいかんのやろ?」

「あぁ」

 

「数の力で押さえつけて行動不能ってのがああいうタイプの敵を倒すのに、よくある作戦やけど」

「数の力じゃ俺たちのほうが不利だろうな。相手は人気者のユキちゃん先生。誰も力は貸してくれない」

 

「手詰まりやな」

「そうでもない。保険はかけといた。うまくいけば倒せはしないけど行動不能には追い込める」

 

 おそらくうまくいかない。どう考えても一手足りない。決め手がない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 俺たちは靴を履いて学校から脱出した。サヤちんにはテッシーから、ユキちゃん先生が危ないので彼女から逃げるようにと連絡してもらった。

 

 テッシーに手を離されてから、身体が震えだした。

 

 人の敵意に生まれて初めて触れた。野性の動物が人間に感じる恐怖に近いものかもしれない。ダメだ。震えが止まらない。

 

 テッシーに抱きしめてもらいたい。

 

 男のときには一度も考えたことのないことだ。心が身体に馴染んできている。

 

「三葉、だいじょうぶか?」

 

 俺は助けられるだけのお姫様じゃない。勇者だろう。

 

 三葉の身体は俺が守るんだ。俺しかいないんだ。

 

 震えがぴたりと止まった。

 

 まるで三葉と会話しているかのようだ。そうだ。この身体の中にいるときは、いつもそうだった。

 

「だいじょうぶだ。テッシー。キズ、みせて」

 

 俺は左腕に巻きついていたブラウスの生地を切って、テッシーの手の止血をした。さすがに、上半身のもうひとつの生地は使えない。俺がごそごそとブラウスを脱いで、袖を切っていると、後ろを向いているテッシーの耳が真っ赤になっていった。なぜが笑いそうになった。

 

「そ、それにしても、まるで悪霊にでもとりつかれとるようやったな。三葉んちの婆ちゃんなら、なんとかできるんやないか? 巫女やし」

 

「あぁ、なにか知っているかもしれないな」

 

 

 

 ――宮水俊樹。彼を町長にしたのは我々、彗星の民だ。

 

 

 

 いろいろありすぎて、整理できない。

 

 俺は何かを見落としているような、そんな気がするんだけど、今はそれを考えている暇もない。前へ、前へ進まなければ。まずは三葉のオヤジさんのところへ。

 

 三葉のオヤジさんが町長になったのは彗星の民のシナリオ。

 

 オヤジさんに会えば彗星の民が仕掛けた決定的な一手の正体がわかる。

 

 彗星の民……ユキちゃん先生……ハサミ男……ヤツは俺より強い。

 

「婆ちゃんの前に、まずは町長に避難指示を出してもらえるように説得しにいく」

 

 

 

 ――彼は絶対に町民を避難させない。

 

 

 

 説得は本当に不可能なのか!?

 

「三葉、俺は作戦を続行するぞ」

「あぁ。頼む」

 

 テッシー、こいつは信頼できるヤツだ。

 

 今までも友達だと思っていた。俺の世界で、実際に会って、俺の姿で話してみたい。

 

 テッシーは将来家を継ぐんだろうか? もしかしたら、俺たちは将来どこかで出会うのかもしれない。そんな予感がする。もうこれは予感じゃない。確信めいたものを感じる。司のほうがテッシーに早く出会うかもしれない。

 

 つながりは俺と三葉だけじゃない。糸は思っていたより、ずっと複雑に絡み合っている。もう、ほどけないくらいに。

 

 テッシーとサヤちんと司と高木……俺と三葉……きっと楽しい。

 

 これが終われば、今のこの記憶はすべて失ってしまうのだろう。

 

 すべて消えてしまうのだろう。

 

 でも、この想いは消えない。

 

 そう信じてるんだ。

 

 

 なぁ、そうだろう。三葉?


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