君の名は。再演す   作:マネ

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エデンの戦士たち③

 糸守町で圧倒的な信頼を得ているユキちゃん先生なら。彼女が仲間になってくれら、状況は一変するはず。おそらく彼女も俺と同じく、時の――。

 

「テッシー、進路指導室ってどこだっけ?」

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「失礼します」

 

 俺は進路指導室に入った。

 

 ユキちゃん先生が脚を組んで椅子に座って、俺を待っていた。

 

 アレっ!?

 

「宮水さん、座って」

 

 空気がピリっとしている。これから互いのカードを見せ合おうとしているから……? 格上の相手を相手にしているから……? これはそんな空気とはちがう。とげとげしい感じ。これは俺の恐れ……?

 

 言葉にできない。数字に表れない何かを感じる。

 

 直感が俺に警鐘を鳴らしている。激しく。

 

 これは殺気。これは殺意だ。

 

 恐怖を覚えたその一瞬の硬直。その隙に先生は背後にまわっていた。俺は視線だけ先生を追う。

 

 背中に、肌に冷たいものが当たった。

 

「大声は出さないほうがいいわよ。……って、もう演じる必要はないか」

 

 セーターが切られた。ブラウスが引き裂かれる。

 

 ユキちゃん先生はハサミを持っていた。すぐ攻撃に転じられるような構え。その構えがプロっぽい。俺と扉との間にユキちゃん先生がいる。

 

 まさか……。

 

 思考を切り換えろ。驚いている暇なんてないだろ。

 

 セーターが切れてしまうほどの切れ味のハサミ。

 

 俺は転がるようにして、ユキちゃん先生から距離を取る。ほぼ半裸の状態。左腕にブラウスの切れ端が貼りついていた。

 

 下着姿かよ。まぁでも、ぜんぶ切られなくてよかった。

 

 一瞬の出来事だった。

 

「人を呼ぶかい?」

 

 こんな姿を誰かにみられるわけにはいかない。特に男子。

 

 何がおきてる? 何をされてる?

 

 助けを呼ぶことを封じられた。

 

 ユキちゃん先生はハサミをくるくると手の上でまわした。まるで別人だ。

 

「何を考えてる?」

「キミとすこし話がしたくてね」

「あぁ?」

 

 ユキちゃん先生とのやり取りを使って、サヤちんに信用してもらう。それが狙いだったのに……あばよくばユキちゃん先生に味方になってもらおうと思っていたのに……。完全にあてが外れた。

 

「録音しているようだね?」

 

 気づかれている。

 

 やりずらい相手だ。

 

「録音なら、つづければいい」

「えっ!?」

 

「宮水俊樹町長にきかせるんだろう? それはなんの意味も持たない」

 

 どうして!? だって、それは決定的な証拠になるじゃないか。

 

「彼は超常現象を信じない」

「…………」

 

「そういうふうに宮水二葉にされたんだよ」

 

 糸守町の象徴。今はなき宮水二葉。

 

「そして、すべての人物(星)の配置は我々の意図するものとなった」

「我々?」

 

「我々は彗星の民という。ティアマト彗星を神とあがめる者たちだ」

 

 死の流星をあがめる……だと?

 

 俺はユキちゃん先生を睨みつける。ユキちゃん先生の表情は教室でみせるものとはまるで別人だ。醜くすら感じる。

 

「町長が俊樹でなければ糸守の民も避難誘導させられていたかもしれないのにな」

 

 それは逆じゃないのか?

 

「彼は絶対に町民を避難させない。それは彼が超常現象を信じないから」

 

 なにを言っているのか、まるでわからない。町長が三葉のオヤジさんだからこそ、俺はチャンスだと思った。だけど、それはまったくの逆なのか!? 三葉のオヤジさんだから、みんなを救えない……?

 

 意味がわからない。超常現象を信じないなら、信じてもらえばいいだけのこと。

 

「宮水俊樹。彼を町長にしたのは我々、彗星の民だ」

 

 三葉のオヤジさんを町長にしたのはコイツら……!?

 

「驚くのも無理はない。すべてが逆なんだよ。おまえが思ってることと」

 

「すべてってなんだよ?」

 

「宮水二葉のことさ」

 

 

 

 ――糸守町の長に僕はなります! 二葉との約束ですから。

 

 

 ――彼は絶対に町民を避難させない。それは彼が超常現象を信じないから。

 

 

 ――そういうふうに宮水二葉にされたんだよ。

 

 

 

「彼女は、宮水二葉は我々の仲間だ」

 

 二葉さんが彗星の民? 俺たちの敵?

 

 宮水の入れ替わりは糸守を守るためのシステムじゃなかったのか? 糸守を消すためのシステムだったのか?

 

 あたまが混乱してくる。理解が追いつかない。

 

 何かがおかしい。何かが引っかかっている。

 

「おまえはそもそもの勘違いをしている。彗星が落ちたから、時渡りのシステムが生まれたのではない。時渡りのシステムが彗星を呼び寄せたんだ。世界の秩序を乱すシステムを粛清するために。神の粛清だ」

 

 目的は糸守町の住民を殺すため……?

 

「そうでなければ同じ場所に同じ隕石のカケラが落ちるという、このありえない確率の事象をどうやって説明する?」

 

 くっ……。

 

「我々は時の守り人。彗星の民。歴史の番人。正義は我々にある」

 

「ふざけるな!」

 

「自分の都合で歴史をねじ曲げるなよ」

 

 ユキちゃん先生は俺を静かに制する。現実を斜めにみているような表情。クールな表情を崩さない。

 

「自分の都合で歴史をねじ曲げることの何がいけないんだよ」

 

「それは神への冒涜だ」

 

「生きることが冒涜というのなら、俺は冒涜者で構わない。俺たちは運命を乗り越えて、明日へ向かう」

 

「糸守町は破壊されるべきだ。自分たちの勝手な都合で歴史を歪ませるべきではない」

 

「未来ってヤツは自分たちの手で掴むもんだろう。神様に与えられるもんじゃない」

 

「モノは言いようだな」

 

「それはこっちのセリフだ。おまえらはなんなんだ?」

 

「神さ」

 

「悪魔だろ」

 

「さて、と。訊きたいことがある。おまえはどうやってこの時間へ舞い戻ってきた? 二度目のタイムリープをどうやって行った? 時渡りは決まった時間帯にしか飛べない。そして、時渡りは連動する。この時間帯には飛べなかったはず。プログラムの書き換えをどうやって行った?」

 

 口噛み酒と結びつくことが……それがプログラムの書き換え方法だったわけだ。

 

 そりゃそうだ。こういうシステムには常に安全装置ってものがついている。こんなシステムを構築できる天才なら、当然そう考えるはずだ。

 

 宮水はその安全装置の管理者だったというわけか。

 

「答える気はなさそうだな」

 

「ていうか、おまえも俺と同じなんだろう?」

 

「あぁ、もちろん。宮水……いや、奥寺のほうがいいか?」

 

 なんで、その名前を知っている?

 

 

「おまえはだれだ?」

 

 

 ユキちゃん先生はハサミを構えた。


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