四つ葉のクローバーの小葉はそれぞれに、信仰、希望、愛情、幸運を象徴しているという。
四つ葉のクローバーは希少で、みつけた者を幸せにしてくれるという。
俺は、あの日から、欠けてしまった四つ葉のクローバーの小葉をさがしつづけた。
いくらさがしても、さがしても、みつからなかった。
これは夢か?
走馬灯のようにイメージが流れていく。
1200年周期で地球のそばを通っている彗星。ティアマト彗星。
彗星が二つに割れて、流星として糸守町に片割れが落ちてくる。うすい雲を突き破って。美しく。そして、恐ろしく。
三葉がみたのはこれか? これなのか?
不意に叫び声がきこえた。それは二葉の叫び声だった。
二葉ッ! 二葉ッ!! 二葉ァッ!! どこにいるんだ!?
気づくと俺は二葉と結婚式を挙げた天空庭園にいた。
「隠り世か? 声が……!?」
俺は喉元を手でおさえる。ほっそりとした指だった。
二葉の身体……!?
さがしても、さがしても、みつからなかった四つ葉のクローバーをようやくみつけたような気がした。
みつかるわけがなかった。みつける方法は自分自身が四つ葉のクローバーになることだったんだから。初めから、四つ葉のクローバーの小葉はそろっていたんだ。
足元の地面に何か文字が書いてある。アイツの字だ。
――ちょっと待ってて。すぐに行くから。
これは夢か? 夢でも構わない。訊きたいことがあるんだ。
「あぁ、待ってるよ」
◆ ◆
「お父さん、なんで倒れたの? 早よ、救急車呼ばんと」
四葉があたふたしている。
「大丈夫」
「大丈夫? どこが? 巫女の能力? 鋼の錬金術? さっきから、お姉ちゃん、何言っとるの? 本当に変やよ!」
「んんっ」
お父さんが吐息を漏らす。
四葉は「お父さん!」と呼びかける。
口噛み酒の在り処に気づいたのはついさっき。お父さんの胸に手を当てた時。すべてが繋がった。
――時間が……ないんよ……三葉……
糸守の方言をお父さんが使うことはない。一度目の今日、自衛隊に担架で運ばれて、私の目の前でお父さんは死んだ。あれはお父さんやない。あれはお父さんと入れ替わった誰か?
そんなの一人しか思いつかん。
入れ替わる方法は口噛み酒しかない。なら、お父さんは身の回りのどこか、それか身体のどこかに身につけてないとおかしい。
そして、この悪魔の計画を立てた人物。
あの人の好きな漫画。好きなゲーム。好きな音楽。私はそれを知っている。暗号はそれを使って作られていた。私宛ての日記にそう書かれていた。
私があの人のことを話す人。あの人のことを話せる人。あの人のことを話さなくちゃいけない人。
それがエルキラということになる。
お父さんが眩しそうに目を開ける。視線だけ動かし、辺りを見回す。自分の手をみつめる。
「お父さん、大丈夫やの?」
四葉は心配そうだ。
お父さんはしばらく四葉を観察するように眺める。
「お父……さん……? んっ、ううん」
お父さんはそう言って咳払いをする。
「よつ……は……?」
お父さんは喉をおさえながら声を出す。
お父さんが私に視線を移す。私は窓を指差す。お父さんは自分が映った窓をみる。お父さんは立ち上がる。お父さんは状況をある程度は把握したらしい。私が状況を把握していることも。
お父さんは私の頭を撫でる。
「三葉、大きくなったね」
一度だけでいい。ずっと会いたいと思っていた。
「また、会えるなんて……思って、なかった」
「わたしはもう一度会えることを知っていたよ。なんて言ったらそれっぽいやろ?」
「お父さん? お姉ちゃん? 急に、どうしたん?」
私の瞳から涙がこぼれていた。
それをみて、四葉が驚いている。目をパチパチさせている。四葉が困惑している。
「もちろん、わたしを呼んだのは会いたかったからじゃないんよね?」
私も困惑している。お父さんは事情を詳しくは知らないらしい。この人はどこからやってきたんや? どの時代から……?
「政府の人が歴史を守りたいとかいうて、私たちの邪魔してて、避難指示を出しても、お父さんの対立候補はいうこときいてくれそうにないし、もうすぐ隕石が糸守に落ちてくるのに、まだ問題がたくさんあって、でも、町のみんなを一人も欠けずに避難させないといけないし、もうどうしたらいいかわからなくて……助けてほしいの」
「だから、お姉ちゃん、お父さんに、そんなこと言うても……」
「わかった」
「へ?」
四葉がキョトンとしている。お祖母ちゃんは悟ったように目をつぶっている。寝ているのかもしれない。
「もう、なんも心配いらんよ。ぜんぶ任せて」
「えっ!? ええええええええええええええええええええええええええッ!!!!」
四葉が腰を抜かした。
「さっきまでの言い争い、なんやったん!?」
「三葉、よく頑張ったね」
「わかるの?」頑張ったこと。
「わかるよ」
「お父さんが笑っとる。笑っとるわ」
四葉が怯えている。
「でも細かい状況がわからんなぁ」
「えっと」
「三葉、大丈夫やよ」
お父さんは瞬間移動するかのように、こめかみに指をあてた。
「同期した」
「え?」
「このわたしと、三葉が知っているわたし、二人は同一人物」
何を言っているのかわからない。
「わたし、チートやから……これ、わたしの決め台詞なんよ」
軽い。なんかすごい軽い。今までの重苦しい空気がかき消されていく。
お父さんは腕時計をみる。
「ミッションの難易度は下から二番目くらいやなぁ」
今、キミが繋いでくれたバトン、アンカーに渡せたよ。
「私、お父さんお母さんのこと、何も知らなかったんやなぁ」
「さぁ、三葉……糸守を救おうやないの」
「でも、どうやって? 避難なんて、全員はしてくれへんよ。町長の指示だとしても」
「簡単なことやよ。避難したくなるようにすればいいんやよ。たとえ、自衛隊が邪魔をしてたとしても、突破したくなるように。こっちがお願いするんじゃなく、向こうからお願いさせるように仕向けるんよ。簡単なことやよ」
なんか、考え方が全然ちがう。
お父さんは窓の外を眺めた。
「三葉、もう気づいていると思うけど……わたしがエルキラ」
お父さんはニッコリ笑った。
「お父さん、やばいわ……とうとう壊れてまったよ。やばい。やばいやばい。やばいわ」
私も笑った。
「四葉、平成の次の年号、知りたい?」
「お姉ちゃん、こんなときに、なに言うてんの? アホや」
「さぁ、三葉、四葉、ちょっと町を救いに行こう」
お父さんは町長室のドアを開けた。
「行くよ。四葉!」
私は四葉の手を引っ張る。
「ちょっと、お父さん!? お姉ちゃん!? これ、どうなってしまうん?」
「行ってらっしゃい。気ぃつけてぇ」
お祖母ちゃんが手を振った。
「ええええええええええええええっ!?」
いろいろ伏線は残ってしまいましたが、これにて完結です。伏線からオチはだいたい想像がつくと思います。読者のそんな想像を超えるようなオチを思いつけばいつか続きを書きたいと思います。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。