君の名は。再演す   作:マネ

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これは原作ではカットされてしまった第七章『うつくしく、もがく』230ページと第八章『君の名は。』231ページの間を完全ノーカットで描く物語です。


うつくしく、もがく
星空の守り人①


 彼女はこのあとエルキラに、俺のパーソナルな情報を伝えるだろう。エルキラから訊かれるのかもしれない。

 

 立花瀧としての俺の趣味嗜好は俺の友達なら知っている。そして、もうひとり、知っている人物がいる。もしかしたら、俺のヒミツの趣味嗜好まで知っているかもしれない人物。

 

 それは名前を思い出せない彼女だ。

 

 アイツなら、このエルキラの手紙の文章を書くための俺のパーソナルな情報を知っていて当然。むしろ、知らないほうが不自然なほど。

 

 俺の部屋で生活していたんだから。

 

 俺だって、アイツの趣味嗜好は知っている。アイツには話さなかったけれど……。

 

 俺がエルキラの手紙に出てくる言葉を知るのは中学三年になってから。三年前の中二の俺はまだ知らない。エルキラは三年前の俺ではなく、この俺を知っている。もしくは未来の俺。

 

 手紙の文面からは読みとれないが、単語の選択から、俺に対し、敵意がないことを推察することはできる。

 

 エルキラはアイツから信頼されている人物。俺に対し、友好的な人物。

 

 エルキラは、この手紙の書き手は司じゃない。司にこの文章は書けない。司はゲームをしないから。

 

 オヤジも俺の趣味までは知らない。俺の部屋には入らないから。

 

 つまり、ここから導き出される答えはたったひとりの人物を示唆している。

 

 ありえない。

 

 そんなことはありえないんだ。

 

 しかし、その絵がパズルのように組み上がっていく。エルキラは悪魔のような頭脳で、この奇跡のような方程式を組み上げたんだ。いったい、どうしたら、こんなことを思いつくんだ?

 

 エルキラの正体は……。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 私は町役場へ向かって、大きく転びながらも、全力で走った。あの人が書いた文字を握りしめて。

 

 町役場庁舎の前に、何人かの人がおった。大人が三人と小中学生にみえる二人だ。

 

「どいてえええええっ!」

 

 私は大声で叫んだ。止まってる暇なんてないんよ。

 

 突然、大人たちが二人のこどもを蹴り飛ばした。

 

 大人たちが私を睨みつけてくる。見覚えがない。最近町にやってきた人たちやろう。私はそのまま突っ込んでいく。

 

「どけえええええええええええっ!」

 

 衝撃。ぶつかった。さすがに三人は吹き飛ばせなかった。私は尻餅をつく。

 

「なんで?」私は見上げながら言った。はっきりと敵意を感じる。

 

「町長の命令でな。悪いな。おまえを通すわけにはいかないんだ」

 

「力ずくとか脳筋かよ。体力勝負とか、オレの分野じゃないんだけどな」

 

 そう呟きながら、男の子が立ち上がる。

 

「もしかして……司クン?」若っ。

 

 司クンは観察するように私をみつめてきた。私は視線を逸らす。

 

「なるほどね。本当に信じてしまいそうになる。それにアンタら!」

 

 司クンは大人たち三人に向き直る。

 

「ちょっとおかしいよ。町長の娘が父親に会いに来た。それに対して暴力を持って阻止するなんて。普通じゃないよ」

 

「町長の命令なんでね」

 

 うすら笑いを浮かべながら、大柄な男が言った。

 

「何の免罪符にもならない。三葉さん、残念だけど、ゲームオーバーだね」

「え?」

 

「あと15分」

 

「は?」と男たち。

 

「やっぱりきいてないんだ。アンタら、切り捨てられたんだよ。組織にさ」

 

「何を言ってやがるんだ?」

 

「アンタらは知りすぎた。だから、アンタらはまちがった時間を教えられた。彗星とともにアンタらを消すためにね」

 

 男たちの顔が青ざめていく。

 

「お、おい?」

「く、くそぉ!」

「ちきしょー!」

 

 司クン、何か勘違いしとるんかな?

 

「まだ隕石はそこまで近くには来てへんよ。大丈夫やよ。司クン」

 

 司が困ったように頭を抱える。

 

 ん?

 

 男たちの表情がよみがえる。

 

「あっ」

 

 ブラフ、司クンの作戦やったのね。

 

「よくもダマしたなぁ!! ガキが!!」

 

 三人の意識が私から外れた。チャンスかも。私は立ち上がって駆けだした。しかし、すぐに腕をつかまれた。身体能力が違いすぎた。痛い。

 

「放して!」

 

「ずる賢いガキどもめ!」

 

「お父さん!! お父さん!! 聞こえてるんやろおおお!!」

 

「黙れ!!」

 

 こんな指示をお父さんが出したの? 嘘やよ。

 

「三葉さん、静かに。勝負はすでについています」と高木クン。

 

「あぁ、予言するよ。今から2分以内に、アンタらはここからいなくなる」と司クン。

 

「ハァ? んなわけないだろ! バカ!」

 

 

 ~~♪ ~~~♪♪

 

 やっと~目を覚ましたかい♪

 

 それなのになぜ目も合わせやしないんだい♪ 「遅いよ」と怒るきみぃ~♪

 

 これでもやれるだけ飛ばしてきたんだよぉ~♪

 

 

 辺りに音楽が鳴り響く。これなんて曲やったっけ?

 

 リーダー格の男のケータイが鳴っているようだ。

 

 男はケータイをとる。

 

「山田です。先生……いや、ボス!!」

 

 誰や!?

 

「はい! 了解! 直ちに撤収します!」

 

 男はケータイを切る。

 

「おまえら、撤収だ! これより我々は糸守を脱出する。行くぞ!!」

「はい!」

 

 男たちは町役場の駐車場に入って、三台の車にそれぞれ乗って、走っていった。

 

 私は茫然とする。

 

「ちょっとちょっと……まだ仕事が残っているよぉ! なんなんだい! いったい!!」

 

 庁舎からおばさんが出てきた。

 

「テロが起きて、無線が乗っ取られてるってこのクソ忙しいときに早退かい。同じ都会から来たっていうても、ユキちゃん先生とは大違いだよ。まったく!!」

 

「司クン、何をしたの?」と私。

 

「彼らのボスはすでに僕たちが制御しています。敵の数とか、確信が持てなかったので、すこし様子をみましたが」

 

 司クンがにっこりと微笑みながら言った。司クンが「僕」って言ったのを初めてきいたような気がする。私も笑った。

 

「ありがとう。司クン、高木クン」

 

 なぜか司クンと高木クンの頬が赤くなる。

 

「三葉ちゃん!」

 

 役場のおばさんが声をかけてきた。

 

「父に会いに来たの。どいてや」

 

「それはできんよ。三葉ちゃんが来たら、帰ってもらうように町長から言われてるよって」

 

「町民を追い返すなんてこと、やっていいんですか? どういう権利をもって、三葉さんを追い返そうとしているんですか? 説明してください」

 

「え? なにこの子?」

 

「納得いく説明をお願いします。返答次第ではこちらにも考えがあります」

 

 司クンはそういってケータイを取り出して、操作をはじめた。

 

「きみ、何をしようとしているの?」

 

「べつに、なにも」

 

「脅迫?」

 

「まさか」

 

 司クンはニヤリと笑う。

 

「行って、三葉さん、高木くん。ここは僕が抑えます」

 

「ちょっと待ってて。お父さんを説得してくる」

 

 私と高木クンは走り出す。役場のおばさんは私を止めようとしてきた。

 

「おっと。あなたには説明責任がありますよ」

 

「きみはいったいなんなの?」

 

「僕もそれが知りたい」

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 

 私と高木クンは庁舎に入る。町役場の職員たちが立ちはだかる。

 

「三葉ちゃん、そのキズ、どうしたん?」

 

 町場の職員たちは私の傷だらけの姿に驚いたようだった。

 

 

 

 カクリヨで目覚めたとき、あの人の身体はひどく冷えていて、疲れていて、ボロボロだった。そうまでして、あの人は私に会いに来てくれた。

 

 私はあの人がサインペンで書いてくれた文字を握りしめる。

 

 勇気は受け取ったよ。私はもう誰にも負けない。

 

 

 

「どいて」

 

「ここは通せないんよ」

 

「どけって言ってんの!!」

 

 気迫で押す。

 

「通してあげなさい」

 

 その声の人は宮水神社の儀式とかでよくみかける人だった。

 

「課長……でも……」

 

「無線の件はどうなったんや? 電気が止まってる件は? おまえら、持ち場へ戻れや。親子喧嘩にいつまでも付き合ってるんじゃなか」

 

 そう言い放って、その人が深いため息をつく。

 

 振り返ると高木クンがケータイでこちらのようすを撮影していた。無言で圧力をかけてるんや。

 

「三葉ちゃん。すまんかったな。やっぱり似とるわ。懐かしいの思い出したわ。あの子も、そんな表情をしとったなぁ」

 

 あの子?

 

「町長を、彼を守るために。三葉ちゃん、行きない。町長と……おとうさんと仲良くね」

 

「はい。仲直り、してきます。高木クン、ありがとう」

 

「頑張ってください」

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 私が町長室に入るとお婆ちゃんと四葉もいた。

 

「もはや職員程度では止められないか」

 

 お父さんは何かを思い出しているようや。

 

「ずいぶんと暴れたようだな。三葉」

 

「何が?」

 

「おまえの本気は受け取った。だが、おまえの願いは聞き入れられない」

 

「糸守のみんなを避難させてほしい」

 

「今、二人からその話はきいた。先生からも電話がきたよ。隕石が落ちるかもしれないから、ここから住民を避難させてくれだと。どんな話術を使えばそんな妄言を吹き込むことができるんだ? それもあの先生にまで。これが宮水の血か。妄言ここに極まれりだ」

 

 お父さんはうんざりした表情になる。

 

「三葉、自分が言っていることがいかにめちゃくちゃなことかわかっているんだろう? 俺がうんと頷かないこともわかっているんだろう?」

 

「わかってる」

 

「ならば、どうする? 答えは最初からおまえが持っていたはずだ」

 

「うん」

 

「おまえはどうやって先生を説き伏せた? その妄言を聞かせてもらおうか? いやとは言わせん」

 

「いいよ。そのために私はここへ来たんよ。でも、これは言葉じゃないんよ」

 

 

 

 ――禁忌の秘術。究極召喚。

 

 

 

「お父さんは覚えていないかもしれないけど、私は覚えているんよ」

 

 あの日の担架で運ばれて、血まみれのお父さんを思い出す。私は近づいて、お父さんの胸にそっと手を当てる。

 

 お父さんはなぜかすこしだけ緊張しているみたいだ。

 

「もう誰も死なせない」


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