君の名は。再演す   作:マネ

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眠れる勇者と導きの盟友③

「睡眠薬」

 

「それは正解であって正解でない」

 

 自称郵便局員は袋から粉が入った半透明の袋を取り出す。

 

「これはただの白い粉。無害だ」

 

「それじゃ、アイツは倒せない」

 

「アッハッハッハッ」

 

 自称郵便局員は豪快に笑い飛ばすように笑った。

 

「キミはエルキラの後ろ楯の上にかろうじて立っている。彼にこれだけの戦術をもらってね。私にはそんなふうにみえる」

 

 俺はギュッとこぶしを握った。

 

「彼はキミに睡眠薬をわたすことは危険だと判断したんだろう。キミが敵にしている相手はそれほどまでに強い。おそらくキミになんらかのトリックを授けて、真っ向から立ち向かったとしても勝てないほどに。私の目にはキミは強者にみえない。ただの少年だよ」

 

「……………………」

 

「だが、だからこそ、できることもある。エルキラは英雄よりキミを選んだ」

 

 たぶん、俺を選んだのはエルキラじゃない。

 

「そのためのただの粉だ。キミは選ばれし者なのだから。立花瀧君」

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 ごくごくごく……と俺たちはペットボトルの水を飲んでいく。

 

 俺は脈絡もなく、テーブルをユキちゃん先生に押し付けた。ユキちゃん先生は椅子とテーブルの間に挟まれる。これで身動きは封じた。

 

 顔面に何かがぶつかった。

 

 衝撃で俺は椅子から転げ落ちる。

 

 ぶつけられたのはペットボトルだ。

 

 ユキちゃん先生は頭を切り換えたんだ。宝の山のように積み上げてきた勝利の方程式を邪魔なゴミのようにあっさりと捨て去った。勝利の方程式を披露することもなく。詐欺師も青い顔で逃げるほどの反応速度だ。これがエージェントの力か。

 

 反応速度が常人のそれじゃない。

 

 コイツは大切なものをすぐ捨てられる人間だ。

 

 驚く……フリーズする……状況の把握……逡巡……すべての思考をカットして反撃に転じたんだ。どんな訓練をしたら、こんな行動がとれるようになるんだろう? 戦っているフィールドが、次元そのものがちがう。

 

 ユキちゃん先生が俺の腹にハサミを突き立てた。衝撃で声が出ない。

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

「!?」

 

 だが、俺の勝ちだ。

 

 俺はハサミをつかむ。この時を待っていたよ。

 

 ユキちゃん先生が横にぶっ飛ばされる。

 

「ゴホゴホッ……」と俺は咳き込む。

 

 そこには二人の少年がいた。

 

 

「サンキュー! 司! 高木!」

 

 

 俺はハサミを明後日のほうへ投げた。ユキちゃん先生は二人の少年をみる。

 

「バカな。制服(学ラン)の下に、金属の鎧か?」

「テッシーの制服がブカブカでよかったよ」

 

 ユキちゃん先生の表情がゆがんでいる。予想外だったようだ。

 

「大丈夫ですか?」と高木。

 

「高木、背ぇ、ちっさっ」

 

 小学生にしかみえない。高木は言っている意味がよくわからないようだ。わからないだろうな。

 

「標準語? こいつら、まさか……?」

 

「呼ぶだろ。今の俺が賭けられるすべてを賭けて、おまえは俺が倒す!」

 

「警戒すべきは宮水の巫女ではなく、おまえだったようだな」

 

「これって殺人未遂じゃないのか?」と司。

 

 空気が変わった。まわりの鳥たちが飛んでいった。

 

 ユキちゃん先生の眼つきが変わる。人間じゃないようだ。恐怖なのか手が震える。

 

「おまえ、何度目のループだ?」

 

 ユキちゃん先生はハサミを二本出す。予備があったのか。

 

「俺はハサミ男。これからはこれで行く」

 

 背中がゾクリとした。

 

 人の本気の敵意だ。本物の殺意だ。

 

 三葉の身体の防衛本能も目覚めたような気がする。

 

 火事場の馬鹿力っていうのか、筋力もアップしたような気がする。っていっても、男の身体には及ばないけれど。

 

「三対一。それで勝てると思っているのか? 絶望をみせてやろう」

 

 ユキちゃん先生は自分の首にハサミをあてがって、もう一本を俺に向けた。

 

「動くなよ。動いたら、この女の首を掻っ切るぜ」

 

 これは想定していたことだ。だから、少し冷静になれた。

 

「予言はここまでだったな」

 

「アァ?」

 

「つまり、ここから先は予言するほどのこともないとるに足りない出来事というわけだ」

 

 ユキちゃん先生は俺の言葉の意味が理解できていないようだ。

 

 俺は漫画ハンターハンターに出てくるクロロというキャラのセリフをなぞるように言った。

 

「もう一度言ってやろうか? 俺にとってこの状態は昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものだと言っているんだ」

 

「……ぶっ殺してやる!」

 

 信じるぜ。エルキラ。

 

「ユキちゃん先生ってみんな呼ぶからわからなかったよ。でも、やっと思い出した。ユキちゃん先生は俺の……担任だ。なんで忘れていたんだろう? それよりもどうしてユキちゃん先生が生きてるんだ? おまえが助けたのか? なんで助けた?」

 

「……………………」

 

「おまえにユキちゃん先生は傷つけられない」

 

「やってやるよ」

 

「おまえにできる最強の攻撃は俺の腹へのナイフ刺しだ。それは鎧で封じた」

 

「鎧があるなら、脱がせばいいだけ……」

 

「ゲスな女がおるのう」

 

「婆ちゃん!」

 

「宮水の巫女か」

 

 婆ちゃんがゆっくりと歩いてきていた。神社は目の前だ。婆ちゃんがみていたとしてもふしぎではない。

 

「婆ちゃん、逃げて!」

 

「ババアに興味はないぜ。失せろ」

 

「そうじゃな。ワシにはおぬしを倒すことくらいしかできん」

 

「あ?」

 

「ダテに身近で二人もの入れ替わりをみておらんよ。そうか……そうか……」

 

 婆ちゃんは二度「そうか」と呟いた。何かを悟ったように。

 

「知っておった。知っておったよ」

 

「婆ちゃん、初めから知ってたのか?」

 

「すべてのう。ワシは信じておらんかったがのう」

 

「宮水の巫女。それで町長を説得できるとでも思っているのか?」

 

「思っとらん。そもそもワシが説得できたなら、こんなことにはなっとらん。こんなことにはなっとらんよ」

 

 こんなこととは三葉と俊樹が離れ離れになっていることだろう。

 

「おもしろいことを思いついた。ここで宮水の巫女を殺せば避難どころの話ではなくなるな」

 

「まったく人とは……身勝手の極みじゃよ」

 

 どうするんだ? 俺は何もしなくて本当にいいのか?

 

 ユキちゃん先生は婆ちゃんに襲い掛かった。俺は間に入ろうと走った。追いつけそうにない。

 

 

「アンタ、今、夢をみとるな?」

 

 

 ユキちゃん先生がふらつく。

 

「ババア……てめ――」

 

 ユキちゃん先生が倒れた。俺はギリギリでユキちゃん先生を抱きとめる。司と高木も抑えてくれていた。ユキちゃん先生は気を失っているようだ。

 

 俺は婆ちゃんをみる。

 

「婆ちゃん……すごい……」

 

 婆ちゃんは親指を立てて、片目をつぶった。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

 俺は学ランの下の潰した空き缶を外に出す。

 

「アイツはどうやってペットボトルを見分けようとしてたんだろうな? 司、遠くからみてたんだろう?」

 

「はい。この人はペットボトルを持って、じっとみていました。ラベルを。それだけです」

 

 俺は捨ててあったペットボトルを拾う。

 

 ラベルをみていた?

 

 そんなのみたって意味なんてないだろう? ラノベには特に変わったようすはない。俺はラベルに付着した水滴をぬぐう。

 

 ――ッ!?

 

「水を減らした……ラベルをみた……なぁ、司、ラベルをみたってどんなふうに?」

 

「みるって、こうですけど」

 

 司はペットボトルをもって、ラベルがみえるように手元で上向きにした。

 

「そういうことか。自販機から出してすぐのペットボトルだ。これで水滴は片側だけに付着する。水滴が見分ける印になったんだ」

 

「でも、彼女がラベルをみたあと、どうしたかまではわかりません。彼女、僕たちに気づいたのか、視線を向けてきましたから。僕たちもずっと彼女をみているわけにもいかず、僕たちの監視を逃れたそのあと、何かしたのかも……」

 

「そっちのほうはだいたい察しがつく。ユキちゃん先生にとって引き分けは勝利に等しいから」

 

「このバトルに引き分けなんて……」

 

「あるよ。たったひとつだけ」

 

 俺はその方法を説明した。さっきネットで調べた有名なミステリーのトリックだ。

 

「あぁ、なるほど。頭良いですね」

 

「みんなして、なにしとるん?」

 

 四葉がやってきた。どうやら監禁そのものがフェイクだったようだ。

 

「四葉、婆ちゃんの言うことをよく聞きな」

「どういうこと?」

 

「それじゃ、ちょっと行ってくる。婆ちゃん、ユキちゃん先生を頼む。司、高木、来てくれてありがとう。さっきも話したけど、ここはもうすぐ戦場になる。避難してくれ」

 

「あの……あなたはいったい何者なんですか?」と小さな高木。

 

「東京でまた会おう」


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