君の名は。再演す   作:マネ

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ブラスカといっしょに『シン』と戦ってやらぁ

ジェクト! ヤケになるな!

生きていれば無限の可能性があんたを待ってるんだ!

ヤケじゃねえ! オレなりに考えたんだ

それによ アーロン

無限の可能性なんて信じるトシでもねぇんだオレは

ブラスカ様! ジェクト!


目覚めし五つの種族②

 俺は階段を降りていく。早朝だというのにフロントに人がいた。白髪のお婆さんだ。パソコンに向かっている。

 

「ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……」

 

 なんだ? どうした?

 

「ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……」

 

 お婆さんは何かブツブツと呟いている。

 

「ドキドキ二択クイ~~~~~~~ズ!!」

 

 お婆さんは早朝にも関わらず俺の耳元でハイテンションで叫んだ。

 

「は?」

 

 これってどういう展開?

 

「真剣に答えな」

 

 意外にもしっかりした口調だった。

 

「このクイズに正解できないようじゃ、この先へ進む資格はないよ」

 

「…………なに言ってんだ? 俺は客だぞ。俺の意思でチェックアウトする」

 

「チェックアウト? なに言ってんだい。あんたが行きたいのは三年前の糸守湖じゃないかい?」

 

「!?」

 

 俺は息をのんだ。

 

「目が定まったね」

「あんたはナニモンだ?」

 

 俺はお婆さんの目をじっとみつめる。

 

「問題。あんたの妹が悪党につかまっている。すぐに助けださなければならない。しかし、あんたが今すぐ世界を救わなければ世界は滅んでしまう。どちらか一方しか救えない。妹、世界、どっちを救う?」

 

 心をえぐるような問題だ。

 

 あの日、俺は世界をあきらめた。

 

「5……4……3……」

 

 お婆さんはカウントダウンをはじめた。

 

 思った通りだ。

 

 このクイズは俺が高校生のときに読んでいた少年漫画に登場したもの。

 

 答えは知っている。

 

 お婆さんはゆっくりとカウントダウンする。答えをうながすように。

 

「……2……1……ブ~~~~~ッ、終了~~~~~っ!」

 

「あぁ……答えは……」

 

 俺は唇に人差し指を当てる。

 

「おめでとう」

 

 お婆さんはニヤリと笑みを浮かべながら、裏手の従業員用の扉を開けた。

 

「通りな」

 

「いったい、これはどういうことなんだ?」

「行けばわかるさ」

 

 このお婆さんは俺の入れ替わりを知っているのか?

 

 俺は一歩踏み出す。

 

「あの夜、ワシの爺さんは糸守におったんよ。ワシに組紐を買ってこようとしてのう……あれはネット通販じゃ売っとらんからのう」

 

 そう言いながら、お婆さんはフロントに引っ込み、椅子に座って、パソコンをいじり出した。ブラインドタッチだ。すげえ滑らかな指の動きだ。しかも、会話しながらとか、どんだけだよ。

 

「待っておるんよ。ワシはまだ……爺さんの帰りを……ずっと……ずっと……」

 

 そして、黙ってしまった。

 

 祭りの日。糸守の外の人もいた。一年でもっとも糸守に人が集まる日。あれは最悪のタイミングだったんだ。

 

 邪悪な神々はそこを狙った。的確に、ピンポイントで。

 

 何が偶然で、何が必然なのか……何が確率なのか……わからなくなってくる。まるで物語(フィクション)だ。

 

「爺さんを迎えに行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 俺は従業員用の扉を抜けて、旅館の外に出た。そこにはライトをつけた車が停まっていて、その車のドライバーが横に立っていた。大柄な男だ。

 

「どちらまで?」

「それじゃ新糸守湖までお願いします」

 

 男が俺の顔を覗き込む。

 

「キミは……キミの名前は立花瀧君だね?」

「…………」

 

「その表情、三年ぶりかな。久しぶりだ。大きくなったね。私だよ。といっても、キミは覚えていないがね。私は通りすがりの郵便局員だ」

 

「知らない」

 

 郵便局員は笑った。なれなれしい男だな。何者だ?

 

「さぁ、行こうか」

 

 おそらくこの身体(奥寺)のパワーではこの男には勝てないだろう。

 

「約束を果たそう。三年前の……キミとの、ね」

 

 俺はあやしいオッサンの車に何の疑問も持たず乗り込んだ。悪そうな人にはみえなかったからじゃない。オッサンなのに、少年のようなキラキラした目をしていたからじゃない。彼が俺の味方であることがわかったから。

 

 そう。

 

 さっきのドキドキ二択クイズは俺にそれをわからせるためのもの。

 

 あれはこれから三年前に飛ぶはずのもう一人の俺がつくったクイズだ。俺の趣味を知らなければつくることができない。俺の趣味を知っている人の中に悪人はいないし、そもそも、このクイズを作る機会のある人間は俺自身しかいない。つまり、この自称郵便局員はもう一人の俺が認めた人ということになる。

 

 三年前に飛んだということは三年経てば、間接的に、こっち側に戻ってこれるということだ。

 

 そして、これは三年前に飛ぶ前のもう一人の俺に俺自身でアドバイスできるということでもある! しかも、何度でもやり直せる! これは大きな大きなアドバンテージになる。

 

 こんな方法はあのときの俺にはなかった発想だ。

 

 もう一人の俺はこの俺とはちがった歴史を歩み始めているようだ。

 

 ンニャロウ……この世界の物理法則を理解し、使いはじめていやがる。

 

 しかし、なぜこうも劇的に変わった?

 

 三年前から俺に連絡をとってきたということは、何かしくじったのだろうか?

 

 ちがうな。

 

 これまでのことをまとめて推理すると、俺はこの時間を繰り返しているということになる。何度目かはわからないが。もう一人の俺は俺の行動を最適化しようとしている。じゃあ、何をさせようとしているんだ? もう一人の俺は未来にいるこの俺に何をしてほしいというのだろう?

 

 答えはひとつしかない。

 

 この自称郵便局員が知っている。

 

 無限の可能性とまでは行かないが、可能性は残っている! わずかだけど残っているんだ!!

 

 一度はあきらめたはずの希望が……まさか、もう一人の俺から教えられるなんて思ってもみなかった。なんだろう? この気持ちは。オヤジが言っていた。俺ができなかったことをおまえがやってのけるのをみているとふしぎな気分になるって。そんな感じかもしれない。

 

 それにしても、まだ過去に飛んですらいないヤツから、メッセージが届くなんて、妙な感覚だ。それこそが俺が何度かループしている証でもあるわけだが……。

 

 時の糸はこれ以上なく、複雑に絡み合っている。まともな物理法則が成り立っているとは思えない。

 

 本来、こんなこと起こりうるはずがないんだ。

 

 俺が糸守にたどり着いたとき、三葉とやり取りをしたデータがすべてデリートされた。これが歴史の修正力というものなのか? 何も残らない。何も残らなかった。

 

 そのはずだった。

 

 それでも、アイツからのメッセージは俺に届いた。歴史の修正力……神のデリートから逃れて、俺まで届いたんだ。

 

 神のデリートを逃れたものがいくつかある。そのひとつが奥寺のスカートの刺繍だ。すべてがデリートされるわけじゃない。デリートされるものとされないものがある。

 

 だから――。

 

 暗号化して、第三者を経由して、間接的にデータを送れば――。

 

 

 

 ――死神はりんごしか食べない

 

 

 

 神の検閲さえも突破できるということだ。

 

 俺が高校生の時に読んだ漫画の主人公だった新世界の神のように……。

 

 俺はクイズをしただけ。神にはそういうふうにしか映っていない。キミの名前は立花瀧君だねときいたのはアドリブだろう。俺を示唆することは何もない。クイズは俺を相手にじゃなく、今日、旅館を二番目にチェックアウトする人相手に。俺がクイズをしたことと、フロントのお婆さんがクイズを出したことは神の中では別のエピソードということ。つながっていない。

 

 もう一人の俺はクイズによって、俺本人かどうか確認した。そして、自称郵便局員本人による再度の確認。

 

 神の力。歴史の修正力。人はそれすら凌駕する。神をも欺く嘘をつく。これが人の力だ。

 

 神はパズルを解かない。

 

 しかし、これはもう一つの真理を示唆している。

 

 神は人の痛みを知らない。

 

 神が人の心を理解すれば神の検閲を欺くことなんてできないんだから。

 

 これは当然ともいえる。誰かが苦しんでいるということは誰かが潤っているということでもあるのだから。弱肉強食。それは生物の真理。神に心はいらない。

 

 神は残酷だ。俺はそれを科学と呼んでいる。

 

 どこまで行けるだろう?

 

 この無限ループ。

 

 

 今、この世界に未来は存在していない。

 

 

 未来は俺たちが掴み取る。この手で掴み取るんだ。

 

 彼がアクセルを踏み込んで、タイヤがまわり出した。

 

 もうすこしだけ……明日まで、走ってみよう。

 

「あの日、キミは隕石が落ちることを知っていて、住民を避難させようとしていた。しかし、失敗。500人の死者を出してしまった。地獄だったよ。それはキミが一番知っていることだね。そして、まだ500人の命を救う戦いは続いている……そうだね?」

 

「…………」

 

「一つだけ教えてほしいことがある」

 

 窓の風景が流れていく。街灯はぽつりぽつりとしかない。

 

「どうして、キミは隕石が落ちることを知っていたんだ?」

 

「俺は三年後の2019年の秋から来た。なんなら、平成の次の年号でも教えてやろうか?」

 

「ぜひ、伺いたいものだね!」

 

「俺も訊いておきたいことがあるんだ」

 

「何かね?」

 

 

 

「当然カウントしているんだろう? この時間ループは……何度目だ?」


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