おだやかな世界でね
毎日 にこにこ
暮らせたらいいのにな……
私はリビングで東京の夕日を眺めていた。
明かりが灯り、街の景色がゆっくりと街の夜景に変わっていく。
すこし感動している自分がいた。
私はリビングに視線を戻す。壁中に貼られたデザイン画の中から、一枚、目に留まった。夕日に照らされた街の絵だった。
「きれい」
絵の右下に『TAKI』と書かれていた。このリビングからみえる街並みに似ているけれど、どこかちがう。細かいところまで、よく描き込まれた繊細な絵だった。隣りに賞状が張られてあった。
「画家になりたいんかな?」
私は瀧君の指をみる。すこし爪が絵具で染まっていた。
部屋に戻る。
机には建築関係の本ばかり並んでいる。教科書とか、参考書とかは置かれてなかった。机の引き出しを開けても、建築の本ばかりだった。学校の勉強をしている形跡がまるでない。
部屋を間違えたかと思ってしまうほどだった。高校生の部屋じゃない。
建築に関する法律の本まであった。
5000円? 高っか……この男は……バイト代、いったい何に使ってんのよ?
建築基準法? 消防法? 都市計画法?
こんなの人生の中で使う時なんてある? ないない。ぜったいないわ。微分積分より使わんわ。
なんなんよ、これは……?
ゴミ箱にテストの答案用紙があった。90点台ばかりだった。
三葉なら、家宝にしたいくらいの点数だ。
数学の答案用紙には意味不明な計算式が羅列してあった。そもそも何を計算しているのか、これが計算式なのかさえわからない。ドラマとかで出てきそうな数式だ。
「もう暗号文やわ。教科書もノートもない部屋で……この子、どんな勉強してるんよ?」
リビングにも、部屋にも、すぐみつかるようなところには教科書や参考書はなかった。アルバイトに、カフェめぐりで、瀧君にはそもそも勉強している時間なんてない。これでテストでほぼ満点ばかり……いったいどうなってるんよ?
もしかして、この子、勉強しなくてもテストでほぼ満点とれる人なの?
「だはあぁ……」
三葉は溜め息をつく。
「なんか不公平やわぁ……なんで、勉強してる私が赤点ギリギリで、勉強してへん瀧君がほぼ満点なん? 世の中、絶対まちがってるわ」
三葉は再び瀧の部屋を物色する。
そういえば漫画があったっけ。
「漫画、読むんだ」
勉強できる人は漫画を読まない。そんな偏見が三葉にはあった。
日本一勉強ができる優等生が死神の能力を手に入れて世界を変えていくサスペンスだったり、死者を蘇生させようとして、身体を失ってしまった兄弟がそれを取り戻そうとするダークファンタジーだったり、そんな漫画があった。
少女漫画はみつからなかった。ないのかもしれない。
「等価交換? こういう漫画が好きなんだ」
ゲーム機もあった。三葉はゲームをしたことがあまりなかった。テッシーが持っていて、小さいときはうらやましいと思ったが、いつの間にか興味が薄れていった。
「今度、ちょっとやってみようかな?」
スケッチブックがあった。
「…………」
日記のような、みてはいけないものをみようとしているような、妙な罪悪感があったが、三葉はどうしても好奇心にはあらがい切れなかった。
三葉はスケッチブックを開く。
風景画ばかりだった。
「やっぱりうまいなぁ」
そして、三葉はページをめくった。
「…………………………………………」
女性の絵だった。
三葉はその絵が一番素敵な絵だと思った。モデルに対する気持ちが込められているような……そんなやさしい絵だった。
「やっぱり好きなんだ……じゃなきゃ……」
こんな絵は描けない。
部屋は嘘をつかない。この部屋には瀧君が詰まっている。
何かモヤモヤした気持ちになる。うまく言葉にできない。心が落ち着かない。
…………………………………………。
そうだ。お風呂に入ろう。三葉は着替えをさがす。
当たり前だけど、男物の下着だ。
「…………ッ!!」
お風呂ゼッタイ禁止! ゼッタイ! ゼッタイッ!! ゼッタイ禁止!!
私はケータイに打ち込んだ。