私が帰ったら誰が『シン』を倒す?
ほかの召喚士とガードに同じ思いを味あわせろと?
それは……しかし なにか方法があるはずです!
でも 今はなにもねぇんだろ?
記憶を封じ込められた俺があの日を思い出すことはなかった。ただ何かを後悔した感情だけが胸の奥で揺らめいていた。ずっと……ずっとだ……。
初めて奥寺にふれたときにかすかに覚えた切なさ。それはきっとこれだったのかもしれない。記憶を失っても、一度覚えた感情は忘れることがないのかもしれない。そして、今、俺ははっきりと思い出している。
俺は、失敗した。
失敗したんだ。
胸が痛んだ。
俺は糸守から逃げたんだ。
奥寺の気持ちなんておいておいて……。
ここで奥寺を死なせるわけにはいかないというのを言い訳にして……
電車に揺られて……。
糸守から離れるほど意識が薄れていって、どこかで奥寺の身体から意識を剥がされた。糸守から離れた場所では入れ替わりを維持することはできないらしい。
俺は糸守のみんなどころか、お婆ちゃんと四葉を説得するのにさえ失敗した。俺の言葉は二人に届かなかった。勅使河原と名取も隕石で死んでしまったそうだ。奥寺の友達はみんな隕石で死んだと奥寺が語っていた。勅使河原と名取は最後まであきらめず、自分の家族を説得していたんだろう。俺は二人を置いて逃げた。友達だったのに……。
ただ……奥寺を死なせたくなかったから……。
俺のエゴか……?
俺はサイテーな人間だ。
みんな、死んでしまった。
みんな、死なせてしまった。
俺が、死なせてしまった。
そして、何も変わらなかった。
俺は無力だった。何もなかった。あのとき、俺はただの高校生だった。何の力も持たない……ちっぽけな、ただの高校生だった。
だから、許してほしい……許してほしい……許してほしい……。
そんなことを心のどこかで思ってしまう自分に、自分で自分が嫌になる。
どこかで誰かに救いを求めている自分に、自分で自分が嫌になる。
誰も守れなかった自分に、自分で自分が嫌になる。
なりたかった自分と、なってしまった自分の落差に心が折れてしまいそうになる。
くじけても、立ち上がって、人は強くなる。それが人だ。
言葉にすればそれだけの話。だけど俺はもう一度立ち上がれるんだろうか? 一度逃げ出してしまったこの俺が……。
怖いよ。
もう一度あんな思いをするかと考えると怖くなる。
誰か、心の鍛え方を教えてくれ。
俺に、力をくれ。
きっと、これが俺の弱さなんだろう。誰かからもらった力で失敗すればそんなに心は痛まないから……。誰かのせいにできるから……。
くじけて……立ち上がるとき、人は自分の足を使うしかない。誰も足を貸してはくれないから……。
俺自身が強くならなければ意味がない。
俺は……。
◆ ◆
知らない天井だった。俺は寝ていたようだ。まだ暗い。俺は身体を起こす。なんだか腹筋に力が入らない。疲れているわけじゃないのに……ここはどこだ? どこかの旅館らしい。となりで司が眠っていた。すこし若い。まるで高校生のようだ。
なんだ!? どういう状況なんだ!?
記憶がつながらない。
たしか、俺は……そうだ! 大学のゼミの合宿で、孤島に来ていたはず……。
司とは同じ大学だがゼミは一緒じゃない。
視界に長い髪が入ってくる。俺はそれにふれる。
ギョッとする。病的なほどに指が細くなっている。俺は手のひらをじっとみる。この手相は見覚えがある。それに、これは……この感覚は……。
腹筋に力が入らなかったのは筋力が極端に落ちているから……。
俺は自分の胸にふれる。
「みつ……は……ッ!?」
封じ込められていた記憶が頭の中になだれ込んでくる。アルコールの飲みすぎで記憶が飛んで、そして思い出したような……そんな感覚……。
それよりも、なんで、三葉のことを忘れていたんだろう?
ここは三年前の……そう……奥寺と司と三人で、三葉をさがしに来た旅館だ。
俺は三葉と入れ替わっているのに……奥寺になっている……つまり……奥寺は三葉だったということ。
二人は完全に同一人物。
奥寺は記憶を失って、自分が糸守の出身だってことさえ忘れていた。奥寺から自分が記憶喪失だと告白されたのは先日のことだ。俺の二十歳の誕生日のこと。
奥寺から告白されて、俺は奥寺と二人で、奥寺の記憶を取り戻そうとした。糸守の出身だということを奥寺の義父である奥寺さんからきいて、三年前に、司と三人で、旅行に行ったことを思い出した。なんで、そんなことをしたのか、俺たちは思い出せなかった。
でも、今なら全部思い出せる。思い出せなかったのは入れ替わりシステムのプロテクトが働いていたためだろう。
知らない天井……あの日、俺は眠らなかった……。
旅館の部屋をみまわす。もう俺がいないということは、すでに新糸守湖へ向かったんだろう。
俺は着替える。
鏡をみる。
ノーメイクだとはっきりとわかる。三葉だ。まちがいなく宮水三葉だ。
高校生の俺が別人だと認識してもしょうがない。これはわからない。あえて、そういう派手なメイクをしていたのかもしれない。忘れたいことを覆い隠すように。
俺は靴を履く。
ホントに行くのか?
あの道は険しい道だった。
この奥寺の身体で行けるだろうか?
あの日、俺は三葉と出会うことはなかった。入れ替わっているんだから当然だ。出会うことはできない。
だが、今回は別だ。約束された出会い。
新糸守湖に、あの場所に、出会えるはずのなかった宮水三葉がいる。もう一人の俺と入れ替わって。
怖い。
三葉と会うのが怖い。
でも、行くしかないだろう。それがどんなに険しい道だとしても……どんな非難を浴びようとも……。
三年越しだ。
覚悟を決めろ。
他の選択肢なんてありえないんだから。
俺は司に書き置きをして部屋を出た。
完全に俺の筆跡じゃないか。同じ筆跡で、二枚の書き置きか……。
俺は階段を降りて、フロントへ向かった。早朝だというのにフロントに人がいた。白髪のお婆さんだった。
「ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……」
なんだ? どうした?
「ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……ドキドキ……」
お婆さんは何かブツブツと呟いている。俺がお婆さんに司を部屋に残していることを伝えようとしたときだった。
「ドキドキ二択クイ~~~~~~~ズ!!」
お婆さんは早朝にも関わらず俺の耳元で大声で叫んだ。
なんだ。このお婆さんは?
意味がわからないぞ。
「いにしえの竜の伝承(問題編)」「目覚めし五つの種族(解決編)」は問題編と解決編の関係にあります。問題編をすべて読んだあと、解決編を読むのと、①②③と番号順に読んでいく読み方があります。番号順に読んだ場合、だんだんと内容がわかっていく流れになっています。