君の名は。再演す   作:マネ

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命を捨てても召喚士を守る

誇り高きガードの魂……

見事なものです


いにしえの竜の伝承①

 詰んだ。

 

 俊樹を説得するという行為はまったく意味をなさなくなった。

 

 常識的な大人なら、高校生の娘から、隕石が落ちてくるので町民を避難させてほしいなんて言われて、それを本気にするわけがない。そもそも説得という行為自体が現実的じゃなかったんだ。なんで、説得しようなんて考えたんだろう。そして、祭りの日というのもまた厄介な要素だ。平日だったら、なんやかんや理由をつけて、避難訓練に持ち込めたかもしれないが、祭りを中止にしてまで、避難訓練するなんてありえない。

 

 俊樹ほどの名探偵の助手なら、予言と戦ったこともあるだろう。二日後、雷にうたれて死ぬと予言されて、実際にその通りになるとか。そして、そういう不可解な現象を推理によって、説明可能な事象にしてきたはずだ。

 

 だから、当然こう考える。三葉は『なんらかのトリック』によって、隕石が落ちると信じ込まされている。つまり、隕石は落ちない、と。

 

 俊樹が注目しているのは『なんらかのトリック』についてであって、隕石が落ちるかどうかについてじゃない。だけど、現実はトリックなんて存在しない。ミステリーじゃなくファンタジーだから。これは同時に俺と俊樹の間に、これ以上の会話は成立しないということも意味している。

 

 俺が俊樹を説得するということがありえなくなった。三葉でも同じだ。

 

 どんな言葉も、どんな演出も、名探偵の助手であった俊樹の前では通じない。

 

 トリックだ! の一言で終わり。

 

 詰んだ。

 

「ふつう、そうなるよなぁ」

 

 かめはめ波とか、ゴムゴムのピストルとか、ジャジャン拳とか、風遁螺旋手裏剣とか、月牙天衝とか、そういうわかりやすい必殺技が使えればよかったんだけど、少年漫画のヒーローのようなカッコイイ必殺技なんて使えないし。

 

 俺はただの高校生だ……。

 

 いや、ただの高校生じゃない。俺は二つの能力を持ってるじゃないか。一つはタイムリープ。もう一つは入れ替わり。

 

 ……こんな能力で隕石を止められるかよ。

 

 俺は三葉の身体で草むらに寝転がった。夏の草の匂いがした。

 

 行き詰った。次の手が思いつかない。

 

「どうすんだ、これ?」

 

 時間だけが過ぎていく。ティアマト彗星(ヤツ)は着々と糸守へ近づいているというのに……。

 

 俺の力じゃ……救えないのか……?

 

 俺は無力なのか……?

 

 三葉――。

 

 そもそも世界を救うことに意味なんてあるのか?

 

 俺と三葉が……奥寺先輩が出会えなくなるかもしれないのに……。

 

 世界は救わないほうがいいんじゃないのか……?

 

 もうやめたほうがいいんじゃないのか……?

 

 ……………………。

 

 なら、なんで奥寺先輩の身体に入った俺はあんなところまで追ってきたんだよ……?

 

 なんで、俺に手を貸したんだよ……?

 

 ここであきらめるなんてできるわけない。

 

 例え、三葉との記憶を失おうとも……三葉と出会えなくなろうとも……。

 

 立花瀧。あのとき覚悟は決めたはずだ。

 

 俺は唇を噛んだ。

 

 

 

 黒いクルマが近づいてくる。俺が寝転んでいるすぐ脇に停車した。

 

 なんだ?

 

 黒ずくめの男が降りてきた。結構背が高い。

 

 あやしい。彗星の民か?

 

「立花君?」

「え?」

 

 俺はがばっと起き上がった。

 

「キミの名前は立花瀧君かね?」

「そ、そうだけど……」

 

 男は大げさに肩をすくめる。どこか芝居がかっている。

 

「よかった。キミにわたしたいものがある」

 

 男はクルマの助手席から古びた大きな封筒を取り出した。

 

「手紙だ」

 

「俺に? 手紙?」

 

 今の俺は宮水三葉なんだぞ?

 

「そんなことありえないよ」

 

 俺は封筒と男を見比べる。

 

「あんたは誰だ?」

 

「郵便局の者だ。事務所の人間はキミがこの問題にケリをつけてくれることに期待しているよ。我々はこの封書をあずかって、かれこれ70年間保管してきたんだ」

 

 ……70年?

 

「明確な指令書付きで引き継がれてきた。ちょうどキミのような学ラン姿の少女に手渡すようにとね。名前は立花瀧。この時間の、この場所にきっかりで。立花瀧が現れるかどうか、みんなで賭けをしたんだが、負けてしまったよ。わははは!」

 

 男はセリフを棒読みするかのように話す。

 

「70年間保管してたって?」

 

「そう。70年と2ヶ月と12日間だ」

 

 ……………………。

 

 もう何がなんだかわからない。

 

「サインもらえるかね。これに」

 

 男は伝票を取り出す。伝票も古びている。

 

 俺は書き慣れた名前である立花とサインを書く。

 

「差出人は――」

 

 

  L KIRA

 

 

「これはエルキラと読むのかな? 日本人の名前ではないね」

 

 あぁ。

 

 エルキラ? コードネームか?

 

 俺は封筒を開ける。何枚か、大きな紙が入っていた。

 

 

 

 こんちには。立花瀧君。

 

 私の計算通りなら、キミは町長との面談後にこれを受け取るはずだ。

 

 そして、私のノートに狂いはなかったようだ。

 

 計画通り。

 

 心配しないで。キミはひとりじゃない。

 

 私はまだ生きている。

 

 

 

 まだ、というところの上側に強調の意味か、点々が打ってあった。しかも横書き。

 

 

 

 おいおい。どうした。70年!!

 

 エルキラって……思いっきり21世紀の名前じゃないか!!

 

「意味不明な文章だ」

 

 郵便局員は首を傾げている。

 

 たしかに、この文章だけをみるとまったく意味を成していないようにみえる。だが、なんだろう。いろいろ伝わってくる。

 

 この手紙はなんだ? ふしぎな手紙だ。意味不明な文章の羅列なのに、なぜか意味が理解できてしまう。

 

 この手紙は70年前に書かれたものじゃない。つい最近のものだ。つい最近といっても、10年くらいは昔のもの。そんなことすこしも書かれていないのになぜだかわかってしまう。

 

 差出人の名前と文章に散りばめられた単語の選択で、それがわかるように書かれている。それも俺だけにわかるように。

 

 

 

 エルキラ……私のノート……狂いはなかった……計画通り……。

 

 

 

 俺だけにそれとわかるように文章が構成されている。まるで俺にしか解けない暗号のように組み上げられている。事実、郵便局員はこの文章の意味をまったく理解していないようだった。

 

 この距離感。差出人は俺を知っている。立花瀧を知っている。きっと俺に伝えたいことがあるんだ。

 

 俺に伝えたいことはなんなんだ!?

 

 俺に何を伝えようとしているんだ!?

 

「これはまちがいなく俺宛ての手紙だ」

 

 

 

 エルキラ……おまえは誰だ?

 

 

 

 少しだけだが、三葉からの手紙かもと期待した。文体からいって、それはないだろう。文体なんていくらでも変えられるけれど、三葉ではない。文体の話じゃない。そもそも、三葉にこの文章は書けない。この演出もできない。

 

 手紙にはまだ続きがあった。

 

「キミ、ちょっと待ってくれ。これはいったい、どういうことなんだ?」

 

「さあね」

 

「バックトゥーザフューチャーの真似事なのか?」

 

「バックトゥーザ……?」

 

 昔の映画か?

 

「70年……それはないか……」

 

 70年はフェイクだと気づいていないのか。昔の手紙であることはまちがいないが、10年くらい前のものであって、70年も前のものじゃない。どこかで記録が改ざんされたのかもしれない。

 

 この演出は……バックトゥーザは郵便局員たちへのミスリードなのか?

 

 70年前に設定したのは何のためだ? 暗号化したのは何のためだ?

 

 彗星の民の検索から逃れるため……?

 

 それとも、本当にこの手紙は70年の時を越えたのか……?

 

 70年でも、10年でも驚きだ。どうやって、10年の時を越えることができたんだ? なぜ立花瀧を、俺の存在を知っている?

 

 

 

 はじまりはどこからだったんだろう?

 

 この物語の歯車はいつまわり出したんだろう?

 

 その答えを時の流れの底から拾い上げることは、今となっては不可能に近い……。

 

 

 

 この物語はそう単純じゃない。俺もまた物語の歯車のひとつにすぎないのかもしれない。

 

 大きな歴史の意志を感じる。

 

「キミ、だいじょうぶか? 力になろう」

 

「だいじょうぶ」

 

 俺は郵便局員を片手で制す。

 

「おじさん、二つ、警告しておくよ。このことは今日は誰にも言わないほうがいい。話すなら明日だ。そして、この糸守から、今すぐ出て行ったほうがいい」

 

「どうしてだ?」

 

「もうすぐここは地獄と化す」

 

 郵便局員のおじさんはポカンとした。

 

 

 おもしれえ。

 

 エルキラ……おまえの正体を暴いてやるよ。それがおまえの望みなんだろ?


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