チラシ配りを終えた後、僕達は穂乃果の家にいた。
AーRISEのライブ映像をパソコンで確認していると突如、μ'sのランクが上がったことの通知が入る。
「きっとチラシを見た人が投票してくれたんだよ」
「嬉しいものですね」
2人がランクが上がったことに対して喜んでいると、南さんが大きめの紙袋を手に持って戻って来た。
「お待たせー」
「おかえり。ことりちゃん見て見てー」
「わぁ!ランクが上がってる。すごい!」
「ところで南さん。その袋に入っているものは何だい?」
「うん。さっきお店で最後の仕上げをしてもらったの」
その袋の中身は翌日のライブの衣装だった。
その衣装を見て穂乃果はとても喜んでいるようだ。
一方、園田さんの方は顔を赤くして動揺していた。どうやら恥ずかしがっている様子だ。
同じ幼馴染でもここまで反応が違うところは少し面白く感じた。
そして園田さんが南さんに詰め寄った。
「ことり。前にも言ったはずですよ。スカートは最低でも膝下までなければ履かないと……」
「そ、そうだよね……」
「だけど、しょうがないじゃん。アイドルだもん♪」
「アイドルだからと言って、『スカートは短く』などという決まりは無いはずです」
先ほどのチラシ配りでもそうだったが、園田さんは少し恥ずかしがり屋な面があった。
そのため、スカート丈をやたら気にするのも無理はないだろう。
ふと、園田さんがこの衣装を着た姿を想像してみる。
『大和撫子』の言葉が似合う園田さんが派手なアイドル衣装を身に纏う。
そのギャップに魅了される人がいたとしても不思議では無い。
僕の視線に気付いた園田さんがやや不機嫌な表情でこちらを見ていた。
「ライ……一体何を考えているのですか?」
「見てみたいと思っただけだ」
「なっ!変な冗談を言わないで下さい!」
「別に冗談で言ったわけではないよ」
「と、とにかく!当日、私は制服で歌います!」
「そ、そんなぁ。海未ちゃん……」
「そもそも。2人が悪いんですよ……私に黙って結託するなんて」
どうやら穂乃果と南さんは園田さんに内緒でこの衣装を作成していたそうだ。
スカートの短さに異常に反応する園田さんがこのことを事前に知っていれば、何が何でも反対したことだろう。
それを知っているから、2人は直前まで黙っていたのだろう。
園田さんが怒るのも無理はないが、今から衣装を作り直す時間はない。
さて、どうしたものか……
「だって、絶対成功させたいんだもん……」
「……」
園田さんは立ち去ろうとしたが、穂乃果の一言で足が止まる。
「ここまでずっと頑張ってきたんだもん。みんなでやってきて良かったって、頑張ってきて良かったって、そう思いたいの」
「穂乃果……」
そして穂乃果は部屋の窓を開け、外に向かって大声で叫んだ。
「思いたいのー!!!」
「何をしているのですか!?近所迷惑ですよ」
「でも、私も同じ気持ちよ」
「ことり……」
「私も、3人でライブを成功させたいな」
「いつもいつも……ずるいです」
「海未ちゃん……」
そして、園田さんは覚悟を決めたようだ。
「……分かりました。ですが、次からは事前に話して下さいね」
「海未ちゃん……ありがとう!大好き!!」
穂乃果が園田さんに抱きついた。
その様子を見て南さんは微笑んでいる。
……幼馴染とは良いものだな。
僕はそんな3人の姿に、以前夢で見た2人の少年と1人の少女を重ねていた。
全く知らない人物だと言うのに、彼らのことを思うと不思議と暖かい気持ちになる。
僕は記憶を失う前、彼らとはどういう関係だったのだろうか?
僕が全てを思い出した時、彼らと出会うことは出来るのだろうか?
・・・・・・
その後、僕たちは夜遅くではあるが、とある神社にてお参りをしていた。
「どうか、ライブが大成功しますように」
「緊張しませんように」
「みんなが楽しんでくれますように」
「「「よろしくお願いします!」」」
3人が今度行うライブについて、その成功を願う。
僕も彼女達と同じように翌日のライブの成功を願った。
・・・・・・
そして、帰り道……
僕は願い事について、あの夢の出来事を思い出していた。
『みんなが僕を忘れますように』
随分前に夢で見た、とある少年が発した願いだ。
その少年を助けてくれた大切な人達のことを思い、発した一言。
ただ願うだけで皆、その少年のことを忘れてしまうものなのだろうか?
普通、ただ願っただけでは自分という存在を忘れさせることなど不可能だろう……
だが、もしそれが出来るとしたら、僕ならどうする?
例えば、記憶を失う前の僕が、穂乃果達に危害を加えるような危険な存在だったら?
もしそうなら……
僕は……
「ライ」
僕は考え事をしている最中、園田さんに話しかけられた。
「園田さん、どうかしたかい?」
「今日はありがとうございます」
「ん? 何の話だ?」
「チラシ配りの件で色々と助けていただいたことです。色々とアドバイスを頂いたり、校門では不器用な振りをしてまで私を励ましてくれた事……感謝しています」
いや、校門で僕がほとんどチラシを配れていなかったのは振りではなく、単なる僕の実力不足だったのだが。
あの少女には真っ先にチラシを断られたし……
とは言え、自分からそんなことを言うのも少し恥ずかしかったのでそのことは指摘しないでいた。
別に気にしているわけでは無いが、あの時のことは出来れば思い出したくない。
それに……
あれは彼女が勇気を出したからこそ出来たことだ。
僕はただ、ほんの少し手伝っただけに過ぎない。
だけど、園田さんの感謝の気持ちは嬉しかった。
「ことりから聞いたのですが、確かライは記憶喪失でしたよね?」
「ああ」
なぜ南さんがそれを知っているのか? と一瞬思ったが、おそらく理事長にでも聞いたのだろう。
副会長から以前聞いたが、南さんと理事長は親子なのだそうだ。
「今回のお礼もしたいですし、今回の件が落ち着いたら、私もライの記憶探しを手伝います」
「いや、そこまでしなくても大丈夫だよ。記憶の方は今の所、僕だけで何とかなりそうだから」
「ですが……」
僕がそう伝えても、園田さんは納得しないようだ。
「もし本当に困ったことがあったらその時は、園田さんに相談しても良いかな?」
「はい、そのくらいでしたら喜んで。それとライ? 私のことは海未で良いですよ。私も貴方のことを、気づいたら名前で呼んでいましたし」
「ならそうしよう……海未。これからもよろしく」
「はい、よろしくお願いします。ライ」
園田海未……
最初は恥ずかしがり屋で人見知りが激しく、アイドルには不向きな少女だと思っていた。
しかし、それは彼女のことを碌に知らない僕の勘違いだった。
彼女の人を気遣う優しさ、そしてその真っ直ぐさには人を惹きつける魅力がある。
そして、そんな彼女のことが好きになり、支える人たちがいる。
海未はこれから、スクールアイドルとして着実に成長していくことになるだろう。
次こそは、ファーストライブの話を投稿したいと思います。