音ノ木坂学院へ仮入学した後、僕には生徒会の補佐という役割が与えられた。
おそらく監視の意味も込められているのだろう。
最もこれは、僕の憶測でしかないのだが……
教室で考え事をしていると、3人の少女が僕に話しかけてきた。
「こんにちは皇くん。ライ君って呼んで良いかな?」
「呼びやすい方で構わないよ」
「ありがとっ。私はヒデコ!こっちの2人はフミコとミカね」
「「よろしく!!」」
「よろしく。ヒデコさん、フミカさん、ミカさん」
「さん付けしなくても大丈夫だよ!そのまま呼んでねっ。ライ君♪」
ヒデコ達の、この出会って間もない異性への態度としては人によっては馴れ馴れしいと感じるのかもしれない。しかし、それが今の僕にとっては救いだった。
「そう言えばライ君。この学院で気になる女の子は見つかった?」
「……え?」
彼女はいきなりそんなことを言い出した……
「気になると言われても、まだこの学院に入ったばかりだし、何とも言えないかな」
「そうなんだ。それじゃあ、せっかく仲良くなったんだし、先ずは我が校の女神について教えてしんぜよう!」
ヒデコはどこか芝居かかった口調でそう言った。
「女神というと、μ'sの3人のことか?」
「察しがいいねぇ。それじゃあ、最初は穂乃果ちゃんのことから教えてあげるね♪」
そして3人が高坂さん達にについて話し始めた……
・・・・・・
「少し聞いても良いかしら?」
放課後、生徒会室で書類整理を手伝っていた時、生徒会長がふと、僕に話しかけてきた。
「何ですか?」
「……記憶が無いって、どんな感じなの?」
「……」
「ご、ごめんなさい。話しづらい事なら話さなくても良いのだけど……」
「いえ、大丈夫ですよ」
僕は自分の思っていることをそのまま話した。
「一言でいうと『色が無い』という感じですね」
「色が無い?」
「と、言っても別に色彩感覚が無い訳ではないですよ。例えば、そうですね……」
僕は一旦、言葉を切った。
「例えば、自分の目の前に綺麗な景色があったとすれば、誰しも心が動かされるものでしょう?」
「人によるとは思うけれど、少なくとも私はそう思うわ」
「だけど、僕は何も感じることができなかった……どんなに良い景色や街並みを見ても、その光景に何も感じない。まるで、世界が色を持たないように……」
「……」
会長は僕の話を静かに聞いていた。
「ですが最近、この学院に来てから何かが変わった気がするんです」
「何かって?」
「ええ。ここの生徒達が楽しそうに過ごしているのを見ていると、自分にもそんな経験があったのかもしれないと感じるんです」
「学生生活の経験ね……そう言えば皇くんのその制服。ロシアでも見かけたことは無いわね」
そうか……
この制服を採用している学校がこの国にない以上、どこかの外国の制服である可能性があったが、会長の話の通りなら少なくともロシアの学校のものでは無いようだ。
「そう言えば、会長はロシアで過ごしたことがあるんですか?」
「ええ。母がロシア人だったから、小さいころはロシアで過ごしていたの」
そうだったのか。
通りで、あの珍しい金髪や色白の肌は日本人にしては珍しいと思ってはいたが。
「なるほど。しかし名前が日本人であるなら、会長はハーフということでしょうか?」
「いいえ。よく間違えられるけど、ハーフでは無いわね。『クォーター』よ」
クォーター……
4分の1。ハーフの『2分の1』とは違い、例えば片親が純血でありもう片方の親がハーフであれば、その親達から産まれた子供はクォーターということになる。
「皇くんも純粋な日本人では無いのでしょう?その銀髪や私と同じくらいの白い肌からして……」
「会長の仰る通り、僕はハーフです。片方はまだ判明していませんが、もう片方が日本人の血をひいています」
僕が神楽耶さんに拾われてから少し日にちが経った後、身元確認のため、僕は血液検査を受けることになった。
そして検査の結果、僕には皇家の親戚の血が流れていることが分かった。
しかし、不思議なことにその血は100年前に途絶えているそうだ……
純血では無いそうだが、皇家の親戚の血をひいている僕を放っておく訳にはいかないということで、神楽耶さんは僕を養子として迎え入れてくれた。
「自分の血筋が分かったとはいえ、記憶の方はまだ戻ってはいません。だから僕は、1日も早く記憶を取り戻し、僕を拾ってくれた神楽耶さんや皇家の人たちに恩返ししたいと思っています」
「立派なのね。皇くんは……」
そう言って会長は僕の頭を撫で始めた。
「え?そ、その……会長?」
「あっ……ご、ごめんなさいね。子供扱いした訳では無いのだけど」
「い、いえ。お気になさらず……」
会長が突然撫でてきたことに少し驚いたが、不思議と嫌な気持ちは無かった。
――まるで、あの時のように――
「お爺様にお願いしてみたのよ。貴方がずっとここにいられるように」
……え?
その言葉とともに僕の中に何かのイメージが浮かんできた。
今のは、誰だ?
「本当に戻ったの?!良かったじゃない!って、そうなったらここにいる意味、綺麗さっぱり無くなっちゃうってことか……」
誰だ?一体……
「フフン。そうきたか。でもね生憎、私はそんなことで貴方を手放すつもりはないわよ」
その女性はとても優しそうに微笑んでいた。
「落ち着いてからで良いから、正式にこの学園に転入しなさい。我が生徒会は優秀な人材を求めてるの!」
学園?生徒会?一体どこの……
「これは最優先事項よ。良いわね?」
誰だ?……誰なんだ!?
僕は次々と流れてくるその光景を、ただ眺めていることしかできなかった……
・・・・・・
「皇くん!!」
「……!!」
気がつくと絢瀬会長が僕の肩を掴んでこちらに呼びかけていた。
「どうしたの?いきなりぼうっとして……」
「いえ。別に何でも、無いです」
先ほど見えた光景は、僕が失った記憶なのか?
その光景には絢瀬会長と同じ、金髪で肌が色白な女性が映っていた。
学園とか生徒会とか言っていたが……
「皇くん。貴方、泣いているの?」
「えっ?」
言われて、自分の手で頬を触ってみると、その頬は僕が流したと思われる涙で濡れていた。
涙を流すほど、大切な出来事だったのだろうか……
「先ほど、記憶が戻ったような感じがしました」
「記憶が?」
「はい。と言っても少しだけですが……」
「それでも良かったじゃない。記憶の手がかりが掴めたのだから」
「そう言っていただけると助かります」
それから会長は、しばらく考え込んだ後、再び僕に話しかけた。
「皇くん。もし良ければ記憶が全て戻った後、その話を聞かせてくれないかしら?」
「僕の、記憶を?」
「ええ。出来ればで良いのだけど……」
「分かりました。その時は、全て話します」
僕は会長が何故、そこまで僕の記憶のことを気にするのか分からなかった。
しかし、会長には入学手続きなどで色々とお世話になっているので、もしその時がきたら話してみよう。
・・・・・・
「そういえば、まだ高坂さんにあの手帳を返していなかったな……」
会長の書類整理の手伝いの後、僕はあの時拾った生徒手帳を手に持った。
僕があのとき理事長に渡したはずの手帳は今、僕の手元にある。
理事長が言うには、これからこの学院の一員になるのだから、女子生徒に慣れてもらう為にもこの手帳は僕自身が渡した方が良いと言ってきたのだ。
ヒデコ達の話によると高坂さんは、和菓子屋の娘で『穂むら』というお店に住んでいるそうだ。
いつまでもこの手帳を持っている訳にも行かないので、僕はその店まで足を運んだ……
「いらっしゃいませ〜」
「あの、すみません。僕は音ノ木坂学院の生徒で高坂さんの落し物を……」
「あら?穂乃果のお友達なのね。穂乃果なら部屋にいるから、上がって良いわよ」
「え?あの、僕は別に……」
僕が最後まで事情を話す前に、高坂さんのお母さんはやや強引に、僕を部屋まで案内してくれた。
「穂乃果〜!お友達が来たわよ」
とある一室の扉の前まで来ると、穂乃果のお母さんは高坂さんを呼びだした。
僕は手帳を渡しに来ただけで別に、友達と言うわけでも無いのだが……
「お友達?誰だろう……あれ?貴方はこの前うちに入学して来た、えっと、名前は確か……」
「……皇ライだ。よろしく、高坂さん」
僕は、μ'sのメンバーの1人である高坂穂乃果さんと出会った。
次回は穂乃果ちゃん達との会話シーンから始めたいと思います。アニメのストーリーが進むまでもう少し時間が掛かりそうです。